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【第二章】新大陸 - 86:後戻り不可

2014/10/15 15:57

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 緑濃い山々に堅牢に守られた盆地。大きな川が何本も流れるそんな豊かな地には、この大陸で最大の都市が広がっている。

 鳥族、魚族を凌ぐ勢力である蛇族の国セープ。その首都がここセムである。

 山道を越えてきて、町を見下ろす高台で足を止める。ここから見るとそこそこ大きな道路脇の街路樹だろう緑の帯と、それで綺麗に区画分けされた整然とした街並が良くわかる。中央から放射線状に広がる様は、遠めに見るとビスケットのようにも蜘蛛の巣のようにも見えた。かなり計画的に造られた都市だとわかるな。

 蜘蛛の巣の中央は周囲から一際浮いた高く大きな建造物……王城だ。1

「……久しぶりだな」

 リシュルが小さく呟いた。

 あの城で生まれた王子様だもんな。帰って来たと言えないのがキツイな。彼の両親も役つきに寄生されていると言っていた。自分の家と家族が別物になってるなんて、どんなに辛いことだろうか。他のヴァファムに寄生されていた人達の家族もそうであったが、相手が違う。

「リシュル、両親と戦う事になるかもしれないが……」
「覚悟は決めている。気にしないでくれ」

 人のことは絶対に言えないが、リシュルもわりと無表情だ。内心穏やかで無いだろうが、顔には出さない。それゆえに余計に心が痛い。

「父はともかく母が強い。恐らく大女王の最側近にいる。気をつけて欲しい」

 へ、へえ~。そうかお后様は王様より強いんだ。七人も子供を産んだお母さんだもんなぁ。それで強いって……なんか想像するだけで怖いな。

「スイ君の師匠ももちろん強いんだろう?」

 いるのかいないのかわからないほど大人しい白蛇ちゃんは、こくりと頷いた。これでもこの国の武術大会の覇者なのだから、戦力には違いないのだが……。

 歳が近く体つきがそう変わらないイーアと並んで横にくっつかれておると、小学校の先生にでもなったような気がする。

「師匠はとても強いです。僕と同じでスピードが無いのが救いですが、第一階級に憑かれています。完全な先祖返りでは無いですが全身が鱗で覆われているので、背中側は攻撃しても効きません」

 ううっ、また蛇かぁ……というか、これから戦うのはほぼ全員蛇族なんだったな。いい、とりあえず顔が蛇じゃなかったら。

 さて、それでは行こうか。

「ルピア、そろそろ自分で歩いてもらえるか? いい加減重い」

 山道登りで早くもへばったルピアは、猫になってお馴染み赤ちゃんスリングで楽チンに運ばれて来た。途中ゾンゲが代わってくれたものの、最初の子猫姿じゃなくて立派な成獣なものだから長時間だと肩にズシンと来る。これ、猫にゃんでルピアじゃなかったら我慢出来無いだろうな。

 山の途中までゲン達に幌馬車で送ってもらい、最後の山道は歩いて来た。

 それぞれ手には今まで使ってきて随分なれた武器。

 スレカイアに曲げられてしまったツッパリ棒は、ルピアが直してくれた。戦力的には微妙だが、正直故郷との繋がりを絶たれなかった事はすごく嬉しい。

「お守りみたいなものだものね」
「ああ」

 人型に戻ったルピアも含め、私達八人は町に下りた。


 石造りの堅牢な建物の並ぶセムの町は、やはりヴァファムの支配下にあるのがわかるゴミ一つ無く清潔で、寒々しくすらあった。

 静かな町を進むと、

「女王様ノトコロ、行カセナイ!」

 あちこちからものすごい数の町の住人が出て来た。全員下っ端に寄生されているのは額の印で一目でわかる。流石に年寄りや幼児はいないが他の町よりも女子供も関係なく寄生しているのか、年恰好もまちまちだ。

 その数は千ではきくまい。通りを埋め尽くすほどの人数。

「すんなり城まで行けるとは思っていなかったが、流石に数が多いな」
「ねえ、マユカ。ゲン達もせめて町を通るまで一緒でも良かったんじゃ……」

 ミーアの意見は尤もだ。だが、これは計算済みだ。ちゃんとルピアと打ち合わせしてある。

「大丈夫、僕が防御陣で囲む。出来るだけ下っ端の相手をせずに集まったまま真っ直ぐに城に向かって走れ」

 大人数は無理だが、最初のほうで町で防御陣で守ってもらって通り抜けた事がある。魔力と体力が回復した今、このくらいは簡単に出来るらしい。

 私が何のためにこれだけの人数に絞ったか。それはルピアに城に着くまでにあまり負担をかけたく無かったからだ。

 確かに下っ端相手くらいならそうこちらはダメージを受けないが、人数が多すぎる。もし一緒に居残り組みに来てもらって私達だけが城に行くにしても、後に残された彼らは湯水のように湧いてくる相手に、次第に疲弊するだろう。それでは第二陣として来てもらうという当初の目的が破綻する。

 一応考えているんだぞ、私も。

「行くよ!」

 仄かに光る図形が広がり、私達を傘のように包む。

「走れ!」

 一斉にかかってきた武器を持った市民の中を、私達はかまわずに走る。出来るだけ早く、そして纏ったまま。

 ルピアの魔法陣に当たった下っ端達は後ろに飛び、するすると抵抗も無く私達は進めた。これはあれだ、スイが使っていた攻撃を受け流す皮膜のようなもの。

 そして私達七人とスイ少年の八人は、ついにセープの王城前に辿り着いた。


「大丈夫か、ルピア」
「う、うん、へい……き」

 ぜえぜえ言ってるが、魔力を使いすぎてとかではなく、私達に合わせて全力疾走で走ってきたからだろう。こいつ体力ホント無いからなぁ。

 城門の前まで来たら、下っ端の姿は見えなくなった。上下関係が非常に厳しいヴァファムだから、おそらく下層の者は近づけないのだろう。何よりこの雰囲気……。

「むっとするくらい異様な気配だな」

 いつもは静かに黙っているゾンゲが毛を逆立てて肘を抱いている。

 確かに、ただの人間の私にもわかる濃密な気配。なんとも言いようの無い殺気でも敵意でもない、この寒々しいもの。毒々しいとでも言おうか、イメージとしては触れれば爛れる毒のような、それとも甘い匂いを漂わせて虫を誘う食虫植物のような。……虫の大本営で食虫植物って変だが、なんとなくそんな感じだ。

 目の前に聳える城は、ここまでもそうだったが、見た目としては日本の城に少し似ている。反り返った屋根とか下広がりで上の方に行くほど小さくなっていくフォルムとか。だが全体に大きな切り出しレンガのようなもので造られていて、日本建築のような屋根の裏側にまで飾り細工がしてあるような繊細さは無い。十階建てくらいかな、かなり高層の建物であり、大きい。

 もう一つ日本の城と違うのが石垣の上に建っているのでなく平地に建っていて周りを高い城壁に囲まれていることだ。これもレンガの丈夫そうな壁。上部は偲び返しのように尖った金属製の柵になっている。

 大通りの突き当たり、目の前には大きなアーチ型の城門。扉は閉されているが、門番もいないし、閂らしきものも見えない。

 ここを入ってしまえばもう後戻りは出来無い。大女王を何とかするまで。

 一体この先何人の役つきと戦わなければいけないかもわからないが、ただ一つ言える事は、休む間もない連戦であろうことだけだ。

「ルピア、魔力補給しておこうか」
「わーい! マユカから言ってくれるなんて初めてじゃないか?」

 暢気に喜んで折角の綺麗な顔をタコチューにして待ち構えているルピアにかるく唇を触れるだけのキス。一秒もなかったな、たぶん。

「えー? これだけ?」
「今はな。また後で。見ろ、周りを……」

 身を乗り出して見ること無いじゃないか、グイル、ゾンゲ、ミーア。リシュルはイーアとスイのチビ二人を抱え込んで目を覆ってるし。

「恥ずかしくないよ!」
「いや、私が恥ずかしい」

 そんな一息ついた時間は長くは続かなかった。

 危険、そんなものが頭に閃いた気がする。その瞬間、ぐいとルピアに引き寄せられた。視界の端に銀色に輝く光を見た気がする。

 そしてひゅん、という風を切る気配も。

 頭上でじゃら、と音がした。

「よく来た。だがここまでだ」

 低い男の声。

「……父上……!」

 リシュルが声を上げて見上げた方をそろりと見ると、城門の上に誰かが立っていた。

 男だ。細身でそう大きくは無いが、見ただけで身の軽そうな髪の長い男。手には銀色に光る長いもの。あれは……中国武道で使う九節鞭?

「我が名はメキナレア。大女王様の元には行かせぬ」

 ふわりと重さも感じさせないほど静かに男は目の前に降りてきた。

 刑事スキャン始動。

 身長およそ百七十五センチ、体重は六十キロほどだろうか、非常に細身。推定年齢四十から四十五。色白。背中の真ん中ほどまであるストレートの長い髪は鮮やかな藤色。刺すような視線の切れ長の目は金色。どうでもいいがかなりの美形。というか……リシュルをそのまま歳を行かせたような顔。

「レアということは第二階級か。宿主はリシュルの父ちゃん?」
「ああ、まさか一番最初に出てくるとは思わなかったが」

 う、うん。王様扱い軽くないか?

 まあいい。まずはコイツを倒し、中に入る!

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