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【第1章】五種族の戦士 - 11:虫の知らせ

2014/10/14 14:16

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 まず踏み込んだのは中低層の古びた建物の多い区画だった。雰囲気から言うと下町の風情だ。だが、人影も無い町に活気はなく、死んだように静かだ。商店らしきものもちらほら見えるが、営業している様子も無い。

 ヴァファムは社会主義らしい。各々の商売で利益を得るのではなく、食料等の物品は配給制、生産、活動も全て役割を決められた奉仕制。これはこれでアリだとは思うが、面白くは無い。

 途中、箒やデッキブラシを持って、黙々と清掃作業をしている一団に出会った。額に薄い印が浮かんでいる所を見ると寄生されているのだろう。目も虚ろだ。

「ヴァファムはすごく綺麗好きなんだ」

 グイルが呆れた様に言ったが、それは興味深い。虫とはいえ、褒めるべき美点であろう。日本人としては大変素晴らしいと思うぞ。そういえばこの町も先の村も非常に手入れが行き届いて清潔だった。

「どうする? 一般人も解放しながら行くか?」
「いや。指示を出している上の存在を叩けば下っ端は従うとルピアから聞いている。もう少し掃除をしていてもらおう」

 そういうわけで、現在マッチョ組と共に役場に向かっている。人選は間違っていないと思いたい。

「あまりマユカの近くに寄るな、犬」
「俺の前を歩くんじゃねぇ、尻尾が邪魔だ猫」

 ……私とした事が間違えたな。よりによって猫と犬……いや、豹と狼だからな。五人の中でも対個人戦向けのパワー系、かつ比較的口数の少ない大人を選んだつもりだったが、意外とこの二人仲がよろしくない。タイプが似ているからだろう。近親憎悪というのだ、そういうのを。

 今更戻れんし、出来れば仲良くやっていただきたいのだが。

「二人とも、もう少し協力的になれんのか?」

 ぎっ、と睨んでやると大人しくはなったが、先は心配だ。

 目指すは役場だが、やはりそう簡単には行かせてはもらえない。虫特有のセンサーの様なものでもあるのだろうか。一般庶民の居住しているらしい下町を抜け、町の中心らしき繁華街……もっとも、静かで商業活動もなされていないので華やかでは無いが……に出た頃、最初の団体が襲ってきた。

「秩序、乱ス、敵」

 おお、警察官っぽい服装だな。警棒なんかも持ってるぞ。微妙に近親感を覚える。しかも犬族の町。尻尾見えてるし。

 犬のおまわりさんリアル版。ちょっと萌え……は置いておいて。

「この世界の秩序を乱しているのは貴様らでは無いか」
「邪魔者ケス」

 消してみろ。おまわりさんには人情も必要なのだぞ。

 振り下ろされた警棒を蹴りで飛ばずと、一人目は大外刈りでとどめに鳩尾に拳。二人目・三人目は連続回し蹴りでゾンゲとグイルにパス。とどめは任せた。次の奴に拳を突き出した時、すっとかわされた。

「お、やるな」

 制服の胸の印が少し違う。こいつは他の奴より偉いさんだな。空手に似た動きでかかって来るが、動きがなかなか早い。数秒徒手の様に受けながら様子を見たが、足技は苦手らしい。少し本気を出して膝を払い、バランスを崩した所で首の根元に手刀を入れておいた。

「ワリと苦戦したな」
「「ええっ? 今ので?」」

 ハモるな。一撃必殺が信条のこの東雲麻友花、数度かわされて少しは戦い甲斐があったのだぞ?

「表情一つ変えずに見張りをのして……怖い、怖すぎるよマユカ」

 グイル君、怯えた様に逃げるのはやめろ。段々君が上杉巡査に見えて来た。そういえば似てるな、ワンコの様な青年だったからな。

 全部で八人。三人掛かりで数分で倒した。本職は警察官の様なので、私直々に耳かきをしてやった。うう、虫が出てくるのは何度見ても気持ちが悪い……。

 正気に戻った警官達に、まだ寄生されずに残っている人がいれば保護する様言い渡すと、私達は先を急いだ。

 大体町の作りは似ているとの事で、案内はグイルに任せてある。

 どうも区画毎に見張りがいるみたいだ。そしてお約束どおり、偉い奴が居る所に近づくにつれて、警備は厳しくなっていくのが常。

 十~十二人ずつくらいが波の様に襲ってくる。

 所詮ゾンゲ、グイル、そして私の敵では無かったが、かわされる機会も増え、一撃では昏倒させる事が出来無い相手が増えてきた。

 しかも武器を持っている。

「猫などその程度か」

 相手の剣が僅かにかすめ、服の一部に切れ目が入ったゾンゲを見てグイルが笑った。

「そういう犬も大した事が無い」

 私と同じく表情は変わらないが、ゾンゲが傷のついたグイルの防具を指差して顎を上げた。

「何をっ!」
「やるのか?」

 おい。ワンコとニャンコ。お前らがケンカしてどうする。血の気が多いのは若くて良いのだが。

「……おすわり」

 びくっとグイルが身を縮め、条件反射の様にしゃがむのが面白い。

「お手」

 ビクビクしながらそろーっと私の手に自分のでっかい手を乗せる。それを見ているゾンゲの肩が震えている。笑ってるよな。

「……貴様も笑っている場合では無いぞ、ゾンゲ」
「うっ……」

 別に睨んでいるわけでは無いのだが、見上げて目をじっと合わせると蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。しばらくして先に目を逸らしやがった。怯えてるな。

 顎を持ち上げて豹柄もふもふの喉を撫でると、目を細めてゴロゴロと音を立て始めた。おお、可愛いぞ、何か。それにここの毛は柔らかくていいなぁ。癒されるぅ~! じゃなくて!

「仲良く出来んなら二人とも帰れ。私一人で行く」

 さっさと歩き始めると、二人は慌ててついて来た。

「「姐さんに着いて行きますっ!」」

 誰が姐さんだ。私は極○の妻では無いぞ。

 その後二人はやや協力的になった。私の機嫌を損ねると『殺(や)られる』そう思ったというのは後から二人に聞いた話だ。

 あと二回程団体さんと戦って、少しづつだが豹男とワンコ青年に疲れも見えて来た頃、目指す町役場が見えて来た。

 その頃、ミーア、リシュル達も下っ端の一群と戦っていたのは後で知った事だが、イーアと共に残したルピアの身に異変が起きたのは私には虫の知らせのように届いていた。

 虫と戦っている中で虫の知らせ。それ冗談? とのツッコミはいらん。


『マユカ……』


 すぐ耳元でルピアに呼ばれた気がした。

「ルピア?」

 思わず辺りを見渡したが、勿論こんな所にいるはずも無い。

「どうしたマユカ?」
「ん、何でも無い。気のせいだ」

 もう二キロくらいは歩いて来ただろうか。中央広場は繁華街の横手にある図書館の近くだとグイルが言ってたから、広場からでも一キロくらいある。馬で来ても良かったが目立つといけないので掃討部隊用に置いて来た。

 さっきのルピアの声は酷く弱々しかった。それに何だろう。この嫌な胸騒ぎは。何かあったのだろうか。

 気にはなるが、すぐ目の前に役場が迫っている。

 そして、尋常ならざる殺気も。

 強い奴がいる。それがわかる。

 もう向こうには見つかっているか、今までに倒した見張りのヴァファムから報告が行っているだろう。どうも虫達はテレパシーの様なもので交信している節がある。

 『役つき』と呼ばれる、軍隊でいう所の将校の様な奴。

 無事倒すまでは、戦いに慣れていないルピア達を呼ぶわけにはいかないのだ。

 不気味に静まり返った石造りの立派な建物。

 その役場の重いドアに、私は手を掛けた。

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