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【第1章】五種族の戦士 - 12:町役場の奥で

2014/10/14 14:18

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 ぎいいぃ……と不快な音をたてて重い扉が開いた。

 ルピアの事が酷く気になるが、今は先にここを何とかしてからしか戻れない。

 高い天井のホール、横手にはいかにも役場という風情のカウンター、その向こうには書類のびっしり入った棚や引き出しのある壁、幾つものデスクが並んでいる。わりと見慣れた景色。町役場というのはどこも同じ様なのだなと思ったのが、最初の印象だった。

 だが誰も職員がいない。勿論用事で来ている市民も。不気味なほど静まり返った中は、高い位置にある窓から差し込む日で陰影濃く浮かんでいた。使い込まれた感じの黒光りする木の床や壁の重々しい造りがノスタルジックな感じだ。一昔前の日本の役場はまさにこんな感じだったのだろうな。

 ヴァファムは綺麗好きだと言ってたが、本当に塵ひとつ落ちていないホールを足音を殺して横切る。後の二人も流石は肉食獣だ。気配を殺すのが上手い。

 嫌な視線を感じる気はするが、姿は見当たらない。

 誰かここで掛かって来てくれるといっそ有難いのだが、誰も出てくる気配も無く、正直どこを目指せばよいのかもわからない。

「市長の執務室とか?」
「とりあえず上に行くか」

 目の前に草臥れた感のある小豆色の絨毯の敷かれた木の階段が見える。表から見た感じは三階建てだった。そんなに詳しくは無いが外観は日本の明治時代あたりの擬洋風建築といった趣だったが、中もそんな感じだ。意外にも木造。こういうの、映画に出てきそうだな。黒猫を抱いた未亡人がドレスでこの階段を降りてきたら、燕尾服にステッキの紳士が待ってる。そんなシュチュエーションが似合いそう……とかそういう脳内妄想はよい。

 踊り場に大きな肖像画が掛けてあった。立派な髭をたくわえたおっさん。市長かな。だが、その肖像画の目が光った気がした。

「伏せろ!」

 何かが頭の上をかすめて行った。矢? 太い針の様なもの。

「とんだ仕掛けだな。誰も当ってないな?」
「ああ」

 豹男とワンコ青年は低く返事をした。

 これは監視されているな。カメラでもあるのだろうか。知能も技術も高いと聞いていたが、なかなかのものだ。

 感心ばかりもしていられない。おいでになったぞ、敵が。

「フレイ様ノトコロ、行カセナイ」

 階段を上がり切った所で、四人軍服の様な格好の奴が出てきた。手にはそれぞれ剣、長刀ににた長い槍。短刀を両手に持った奴もいる。

「ほう、偉いさんはフレイ様というのだな。覚えておこう」

 問答無用だ。戦闘開始。事情聴取はその後でもよい。

 普通の家の廊下とは違い広いが、長刀は邪魔そうだな。まずこいつからだ。長物は広い屋外で使うものだ。そして接近戦には向かない。懐に入ってしまえば簡単に倒せる。突いて来た所を片手で受け止めると、膝で柄を折ってやった。ぼんやりした目つきなのに驚いたように見開いたのが面白い。ちょっと他の奴も……なぜかグイルとゾンゲまで一瞬引いた様に見えたが、きっと気のせいだ。長刀男は一本背負いで階段の下まで投げておいた。死んでないな。大丈夫だろう。

 次に短剣を両手に持った短髪の男にまず蹴りを入れた。すいっとかわす身のこなしが今まで町で遭った奴と違う。

「なかなかやりそうだな」

 短ドスを胸に交差するように交互に動かすから急所は狙えない。寄生されてるにしても、もともとの身体能力も高かったんだろう。だが知ってるか? 二刀流というのは隙が無さそうでわりと不便なのだぞ。

 柄物を使うやつはわりと下半身に隙がある。斬りかかって来た所をかわすのでは無く、腕の防具で受けてそのまま刃先を本人の方に向けて押してやった。顔を防御するために持ち上げたもう一方の柄物には力が篭っていない。その隙に足を凪ぐと割と簡単に倒れてくれた。気の毒な事に自分の武器で傷をつけた様だが、軽傷だ。

 グイル、ゾンゲもそれぞれ長い剣を振り回す奴と戦ってるが、任せておいて大丈夫だった。二人ともなかなかいい動きをしてる。こういう時はちゃんと協力するのだな。

 二刀流男を羽交い絞めにしてちょっと話を聞かせてもらおう。

「ボスはどこにいる?」
「教エナイ……」
「ほう。寄生されている者には気の毒だがちょっと実験してみたいのだ。憑いているお前らは痛みは感じるのか?」

 足を思いきり踏んずけてみた。ぐりぐりって。

「イタイイタイイタイ……」

「痛んだな。そうか、いいコトを聞いた。次はどうして欲しい?」

 いや、これ以上はやらないがな。聴取で暴力を振るう警官は最悪だ。ちょっと脅してみただけだ。

「フレイ様とやらはどこにいる? 弱点はあるのか?」

 必殺、にっこり麻友花スマイルを見せてやる。

「コノ階ノ執務室……」

 あ、白目剥いて気を失いやがった。失礼な。

「マユカ……目が全く笑ってない」
「痛めつけるより怖い。ものすごい殺気を感じた……」

 グイルとゾンゲが涙目になっていた。


 なかなか強い奴等だったので、そのボスのフレイ様とやらはさぞ強いだろうと気合を入れなおす。

 いざ、奥の部屋へと向かおうとした時だった。

「マユカぁ!」

 思いがけない声で階段の下を見ると、ぜえぜえ息を切らしたイーアの小さな姿が見えた。

「どうした? なぜ持ち場を離れている?」
「それどころじゃ無いもん! 猫の王様がっ、ルピア様がっ!」
「ルピアがどうした?」

 イーアは泣きそうな顔で駆け上がってきて、私にしがみ付いた。一瞬びりっとくるかと身構えたが、大丈夫だった。

「急に倒れて動かないんだ。生きてはいるけど目を開けない。猫の姉ちゃん達がマユカと離れすぎたからだって……」
「え……」

「大勢の下っ端に追われてる子供達を見つけて……僕も頑張ったけど数が多くて。王様は魔法でバリアを作って子供達を守ってたんだけど、途中で意識を失って……」

『あまり離れると後で色々と面倒でな』

『契約の秘術で思いきり力を使ってしまったから、君の体内に蓄積された異界の魔力を補給をしないと、僕はいずれ死んでしまう』

 そういえばそんな事を言ってたような。

『口付けをしてくれれば』

 一度もしてないよな。ああ見えて結構弱ってたのかも。なのに頑張って、市民を守って、昨夜は私を慰めてくれた優しい子猫……。

 別れ際の青ざめて酷く悲しげな顔が頭を過ぎった。

「……今すぐ戻りたいがそうもいかんようだ。ここまで来てボスを倒さずには状況が悪化する。ゾンゲ、イーアに変わってルピアの所にいってやってくれ。距離が問題なのなら担いででも連れてきてくれ」
「わかった」

 ゾンゲはくるっと向きを変えると階段を駆け下りて行った。

 ベストな選択だと思う。なのに何故こんなに胸が痛いのだ。


 立派な扉がある。文字は読めんが執務室とはここの事だろう。

 一応、ノックをしてみた。横でグイルとイーアが呆れているが、こういうのは礼儀だからな。礼状も手帳も無いがまあ、仕方が無い。

「どうぞ」

 おお、返事があった。って、え?

 ドアを開けると、大きなデスクの向こうに窓からの光で逆光になった人影が座っていた椅子から立ち上がった。

「フレイ様というのはあなたか?」
「そうです。お待ちしておりました」

 ええと……多分表情は変わっていないと思うのだが、私は今非常に混乱している。目の前の人物。確かに額に印がある。今まで見たどの寄生されていた人物よりもはっきりとした、複雑な図形の。だが、目つきがぼうっとしてるでも無く、表情が無いわけでも、機械音の様な不愉快な喋り方でも無い。

 女から見ても美しいと思える女性だ。年は私よりは上だろう。三十代半ばという所か。身長およそ百七十センチ、肌は白い。目はグレーっぽいブルー。ブルネットの艶やかな髪は胸位までの長さ。スリーサイズは九十・六十・八十五という所だろうか。ワリと正確なのだぞ、私の刑事スキャンは。

 美人さんに穏やかに微笑まれては戦う気力も無くなるというものだ。

 だが、その美しい微笑とは裏腹に、波の様に襲ってくるのは紛れもない敵意。いや、殺意。

 待ってろルピア。早めに倒してすぐに行く。それまで頑張れ。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13