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【第1章】五種族の戦士 - 46:今はまだ

2014/10/14 16:52

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 朝起きて、早朝に近くをランニング。簡単な素振りやエクササイズの後、シャワーを浴びて朝食をとって身支度して出勤。定時までの仕事の後は、道場で鍛えてから食糧を買いに行くか、行きつけの定食屋で野菜メインの夕飯を食べて帰宅。担当の事件が難しいときや帰りが遅くなった日はこの限りではなかったが、ここ何年もほぼ同じような毎日を過ごしてきた。

 ここ数年付き合った男もそういないので、休みの日の楽しみといえば猫グッズや猫の写真集を見て悶えるくらい。近所の野良猫や、ウチを別宅扱いにしている穂波さんのところのチィがおやつをねだりに来るのを待つ……色気はないな。うん、振り返ってみると何と枯れた独身女であろうか。

 接触する機会のある妙齢の異性など、いかにイケメンであろうと仕事の同僚であり、犯人であり、道場で投げ飛ばすだけの関係。それ以上でも以下でも無い。

 同性もそうだ。お洒落をするわけでもなく、恋の話をするわけでなく。学生時代の友人達とはたまにしか言葉を交す機会も無いが、話が合わず面白い事を言えるでもない私に、本当に気を許せる友などいなかった。

 だが今はどうだ。

 大好きな猫はいつも傍に。幾ら鍛えようと日常生活で役に立った事は仕事以外無い……仕事ですらも極稀だが……の武道も役に立っている。

 いい男も、気を許して喋れる仲間もいる。ルピアだけじゃない、ゾンゲもグイルもリシュルもイーアも。同じ女のミーアも、つい最近知り合ったばかりのマナですら会話が成り立つ。見た目も様々だが皆いい奴等だ。鍛えてきたのはともすれば浮きがちだったが、同じく戦うものとして気持ちがわかるから安心して背中を任せられるし、気も許せる。

 過剰な気もするが、好意を隠しもしないルピアも……無駄に綺麗な見た目だから、身構えてしまうのもあるが、最近は勝手に気持ちを読まれても嫌な気もしなくなった。

 嫌な気どころか……多分、今まで生きてきて、誰か一人をここまで好きだと思った事は無いかもしれない。死んだらいやだ、置いて行くなと泣いたのは本心からだったと思う。

 捨てて惜しいものが無いというのは、条件にもあったように確かにそうだ。私に仕事以外に捨てて惜しいものなど無い。

 時の流れがどうなっているのかは知らないが、もう一ヶ月以上は経った。戻れたとて私の居場所はもう無いのかもしれないが。

 だが……わかっているのだ。

 ここは私の本来いる世界では無いのだと。いかに居心地が良かろうと。

 もしも無事ヴァファムの大女王をしとめ、この世界に再び平穏が訪れたなら、私の役目は終わる。その時はどうなる。

『責任は取る』

 以前ルピアが言ってた気がするが、どう取ってくれるんだろうな。まさか責任を取って嫁にもらうという事か?

 それはアリかとも思う。だが一生異邦人のままこの世界で生きてゆくのか?

 それこそヴァファム以上のこの世の異物なのではないだろうか。いてよいはずがないのだ……。

『嬉しい?』

 嬉しくないと言えば嘘だ。でも……。


「マユカ、まだいいじゃないか、そんなの今考えなくても」

 お腹のスリングの中から声がしてはっとした。金色子猫が緑のくるくるした目で見上げている。

 ううっ、慣れて来たとはいえホントに可愛い。首を傾げるな。

 ルピアには私の考えてる事なんか筒抜けなのだ。特にこうしてくっついていると尚。

「一応リリクレアが下っ端に命令を出したから途中は安全かもしれないけど……第三階級にみつからないようにしないと」
「そうだな。気合を入れないとな」

 怪我人を学校に置いたまま、少しでもと下見に来た私達。今は街中を移動中だ。目立つのでマントだけ外した戦士の鎧の上に丈の長いワンピースを被って来た。宿から荷物を持って移動して良かった。スリングをかけてると、私は遠めに見たら赤ん坊を抱いた母親のように見えるだろう。中身は猫ちゃんだが。

 マナにもルピアが呪(まじな)いをかけたので、残留組の動向もわかるし、逆に向こうにもわかるようになっている。なぜ、マナなのかはルピアの趣味だろうか。女にしかかけないと言ってたしな。

 今一緒なのは道案内のニルアとイーアのお子様二人だ。ニルアがすでにリリクレアではないと知らない者もいるのか、その姿を見ると町の人は頭を下げたり、恐れをなしたように身を隠す。

「なんだか複雑な気分です……」
「仕方が無い。時期女王候補だったのだからな。だが、意外に目立つな……」

 魚族の多いこの町で一番浮いていないのはイーアだ。皆と離れてイーアとだけ行動する事は滅多に無かったからか、魚少年はご機嫌に私の腕に掴っている。

「こら、マユカにくっつくな」

 ルピアにゃんこが文句を言っているが、聞いてはいないようだ。

「へへ、何かあったら僕がマユカを守ってあげるんだ」
「頼もしいな、イーア。でも怪我をしてるんだから無理はするな」
「一応、体に強化の魔法を掛けておきました。私も戦えますから」

 包帯の巻いてある二の腕はちょっと痛々しい。かなり強いがまだイーアは十二だ。普通だったら小学生でもおかしくない歳なのだ。ニルアだって日本だったら中学生だ。この二人はあまり危険な目に遭わせたくは無い。

「ねー、気になってたんだけど、猫王様変身したとき服どうなってるの?さっき貼った湿布も無くなっちゃったねぇ」

 イーアがつんつんとルピアを突きながら長閑に言った。

 うっ、そういえば今まで何も気にしてなかったが、本当にそうだな。

「原理まで話すと一晩くらいかかりそうなので簡単にしか言わないが、目に見えない速さで着脱するのだ。変態だろう、素っ裸で人に戻ったら」
「よくわかんないけど、大変そうだね」
「うむ。大変なのだぞ。切羽詰っている時は下着を付け忘れる」

 イーアは納得したようだが……聞かなかった事にしておくな、ルピア。切羽詰っている時って朝みたいな時とか……そうか、パンツはいてなかったのか。そんな奴に濃厚キスしていたのか私は。そう思うと本気で涙を返せと言いたくなる。

 聞いていたのか、横でニルアちゃんが真っ赤になっている。可愛いな、ウブで。リリクレアの時のあのイケイケぶりと偉い違いだ。

 つんつん突かれるたびに、にゃっと声を上げて小さい手を振り回すルピアは猫そのものだ。見ていて飽きないが、そろそろやめてやってくれ、イーア。スリングが爪でボロボロになりそうだ。


 少し和んだところで、町を抜け、海沿いを行くと人の気配も無くなって来た。港の倉庫のあった方とは逆の方角だ。少し張り出した岬が見える。その先に白い灯台らしきものも。

「あの岬の付け根の辺りに武器工場があって、地下です。もう少し行ったところに幹部しか知らない抜け道が……」

 ニルアが言いかけて、はっとしたように顔を上げた。スリングの中のルピアも緊張したように体を強張らせたのがわかった。

「……誰か後ろを着いて来てる?」

 イーアが振り返らずに小さく呟いた。

 ああ、私にもわかる。何だろうな、この殺気でもない異様な雰囲気は。

 これは視線か。見られている。じっと。

 そっと振り返ったが誰もいなかった。身を隠すような物は何も無いのに。

 微かに水音が聞えた気がした。

「もう少し近くまで行ってみよう。様子だけ見たら引き返すぞ」
「了解」

 町の様子も見たし、ここまでの道も覚えた。抜け道とやらの場所を確認したら一旦引き上げた方がいいかもしれない。

 怪しい気配はもう感じられなかった。

 しばらく行って、ポンプ場のレンガ造りの建物が見えた。

「入り口はここにもあります。リリクレア達はここから入って行きました。働かされている人達や、資材の搬入はもっと向こうの建物の入り口から」

 ニルアの指差した方、港の倉庫と同じような大きさの建物が見える。地面から短い煙突のような物が生えている場所も見える。微かだが煙か湯気が立っているのも確認出来た。

「地下か……厄介だな」

 とりあえずこの通路は危険そうではある。細く密閉された空間は逃げ道が無い。行くなら搬入口だな。

「よし、場所と地理の確認は出来た。少し作戦を練った方がいいみたいだ」

 あまり良い予感はしない。ここは一旦帰ってミーア達の到着を待って頭数を揃えてからだなと、向きを変えようとした時だった。

 背後でばしゃっとまた水音が聞えた。

「あれぇ? 帰っちゃうの? 乗り込まないんだ。待ってたのにさ」

 振り返ると今度は一人の男が立っていた。全身ずぶ濡れで。

「帰さないけどな。伝説の戦士とやらを生け捕りにして来いってケイ様のご命令だから」

 短く尖った歯の並ぶ口で笑った男は、腿に巻いたベルトから柄物を抜いた。

「貴様は……?」
「第三階級ノムザルンカス。以後お見知りおきを」

 優雅ともいえる仕草でお辞儀をした男。

 刑事スキャン始動。身長およそ百八十七~九十センチ。非常に長身。ひょろりと細身。髪は緑の短髪。目は金色の一重。ぴっちりとしたグレーの着衣はウエットスーツのようなツナギ。足は裸足。手及び足の指には水掻きが見られる。首筋には鰓らしきもの。魚族だろう。海の中から追いかけていたと思われる。以上。

 ちゃりっとノムザルンカスと名乗った男の手の武器が鳴った。

「ニルア、ルピアを頼む」

 スリングごと渡し、こちらも構える。

 ふん、鎖鎌とはまた物騒な物を持ってるな。

 だが、逃がしてはもらえないとなると、戦うしかあるまい?

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