HOME

 

【第二章】新大陸 - 56:如意棒と船出

2014/10/14 17:03

page: / 101

 緩やかに揺れる視界、頬を撫でる風は心地よく、潮のにおいは何処の世界でもかわらないのだなと思った。

 水を切る音、遠くで海鳥の声がする。広がる海の色は澄んだ青……。

「うげ~、ぎぼぢわるぅ」
「……」

 もうほとんど見えなくなった陸地に心で手を振る。知らない土地ではあったが振り返れば様々な事があった。それらの全てが白い波頭を覗かせる海に浮かぶように思い出される。沢山の人と出会い、強い相手とも戦い、そして別れも――――。

「げろげろっ」
「……ルピア、うるさい」
「だってぇ、気持ち悪いんだよぉ」

 膝立ちになって、船の縁から顔を出しているルピアは真っ青だ。完全に船酔いだ。やつれきった顔をしてるな。

「全く、情けない」

 ちょっと可哀想なので背中を撫でてやる。

「デザールは内陸だから船に乗る事なんか無いからな」
「まあ、頑張れ。しばらくしたら慣れる」

 ふと見ると、お魚少年イーアと鳥娘ミーアは平気なのかマストに登ってご機嫌で景色を見ているが、それ以外の男、グイルもゾンゲもリシュルもへたり込んでいる。デザールとキリムから連れて来た耳かき部隊も全滅に近い。

 セープのある大陸までは帆船で早くても五日はかかる。大丈夫なのか、こいつら……。



 リリクレアと軽部の支配下にあった港町と武器工場は何とか解放した。

 ビンの中のリリクレアを半ば脅す形ではあったが、下っ端に命令させ降伏することを約束させた。その後は毎度お馴染み耳かき部隊の元に長蛇の列が出来たのは言うまでも無い。

 寄生されていなかった一般市民は、町の中央広場に集め、もうヴァファムに従わなくても良い事などを説明し、最後はケイ様……軽部の弁舌にお願いした。

「いつかこのような歪んだ形でなく、ヴァファムもそして様々な種族の人間も、共に手を取り合い暮せる日が来ることを信じましょう」

 そんな言葉で締められた演説はそう長いものでは無かったが、やはり人心を捉えるのが上手いのだろう。涙しながら聞くものもいた。

 最初に入った倉庫にいた小さな子供連れの母親や、お年寄りなども自分の家に戻った。自分の意思を取り戻した夫や家族とこれからは一緒に暮すことができる。

「本当にありがとうございました!」

 あの抱かせてもらった犬族の赤ん坊と母親もいた。僅かな時間であったのに覚えていたのか、笑顔でこちらに手を伸ばすので、もう一度抱っこさせてもらった。本当に人見知りしない可愛い子だ。

「大きくなったらお父さんとお母さんを手伝うのだぞ」
「だぁ」

 タイミングよく返事のような声を上げたので、母親も父親も顔をあわせて驚いた後、皆で笑った。

「赤ちゃん抱いてるとすごく女らしいよね、マユカ」

 ルピアは何故そんなにニヤニヤしているのだろうか? というか、さり気にいつもは女らしくないと言われていると思う。

「や、そうでなくて。どう? 僕の子を産んでみない?」
「寝言は寝てから言え」

 ……そりゃな、もういい加減子供の一人や二人産んでおかないとヤバイ歳になって来たのは事実だが。今妊娠してどうやって戦えというのだ。

「むう、酷いな。本心なのに」
「……ま、それはまたいずれ」

 その場は誤魔化したが、子供はそれ以前に作る行為をしないと出来無いのだぞ、ルピア。わかってて言ってるんだろうけどな。

 武器工場に連れて来られていた山の向こうの鍛冶屋の村の人々や、近隣の町や村の人達はキリムの兵数人に付き添われ、続々と帰路についた。

 全てが片付くのには丸二日かかったが、その間に傷ついた戦士達もゆっくりする事が出来たようで良かった。

 すっかり大人しくなってしまった軽部と共に、もう一度だけあの部屋を訪れた。やはりここは空気が違う。肌に馴染むというか、懐かしいというか。排気ガスも少ない外の世界の方が空気は綺麗なのだろうが、百パーセント果汁よりも、薄いほとんど果汁の入っていない添加物の入った安い清涼飲料水の方が飲みなれてるみたいなもんで、妙に落ち着くのだ。そんな喩えをすると、軽部は呆れたように笑ったが、なんとなくわかると言った。

 液晶の割れたモニターが痛々しく床に落ちているのを見て、ほんの僅かに心が痛かった。

「ここ、電気も来ててネットに繋がってたって事は、電話は?」
「線は繋がってますよ。でも電話機が無いので……元々内線も何も無いからここを選んで身を隠していたんです」

 本当に殺風景な部屋だからな。

「たぶん周波数は違うだろうがキリムの都会では一部電話らしきものもあったくらいだから電気も全域に普及していないだけで都市部は有線放送があったくらいだし来てるぞ」
「日本の明治末期から昭和初期並みには進んでいるようですからね。ここの人達はその技術を軍事利用しないのが偉いと思う」

 座り慣れた椅子に掛けた軽部は、以前のあの狂気の目はもうしていない。穏やかな笑みを浮かべ、慈しむようにデスクに手を滑らせている。

「……ルピアはモロモロ残念な男だが、嘘はつかん。いつかきっと日本に帰してくれる」
「信じて、待っています」

 ここは日本。この部屋だけは。だから私も去りがたいのはわかる。いつかこの部屋だけでなく、ドアを出ると見慣れた生まれた世界だったらいいな。

 去り際、部屋の中にある物を持っていっていいと言ってくれたので、形見では無いが私も何か向こうに繋がりのあるものを身に付けていたいと思い物色したが……うーん、さすがにパイプ椅子持って歩くのもつらいし、草臥れたソファーに、隅っこのちいさな手洗い場の石鹸。他にあるものといえば部屋の隅の掃除道具のロッカーくらい。バケツにモップもなぁ……。

 見渡しているうちに、面白いものを見つけた。配管の通っているっぽい出っ張った柱と壁の間に、ハンガーのかけられた棒が渡してある。

「なあ、軽部。あれ、もらってもいいかな?」

「つっぱり棒? いいですけどあんなもの何に……」
「如意棒みたいだろう?」
「まさか武器に?」
「ああ。途中で入手した薙刀はベネトに真っ二つにされたからな。工場のほうに行けばまだいいものがあるかもしれないが、出来れば故郷に繋がりのある物を持っていたい」
「東雲さんも、いつも故郷を思い出せますね」
「ああ」

 こうして私は自分の得物を手に入れた。

 伸縮もでき、軽い。そこそこ太さもある丈夫そうなものなので使い勝手も良さそうだ。

 来るべき女王の側近との戦いも、これで素手でなくて済む。

 武器工場の作りかけや完成品の武器は、軽部とノムザに委ね、もう一度町の人と炉で溶かし、スプーンやフォークなどの日用品や、本来のこの工場で作られていた船の部品などに再生してもらうことにしてある。仕事を与えられて、中身はヴァファムのままだがノムザも喜んでいるしいいな。

 元々こちらの出身のベネトルンカスに寄生されていたチィナはこの町に残すことにした。セープ王国に残されたサーカス団を見つけたらここに帰って来るようにと伝言する事を約束して。マナとリールもここでお別れだ。素でもかなりの使い手である二人には、他の元幹部達と同様、再びせっかく解放した町がもう一度ヴァファムの手におちるのを阻止するために、デザール、キリムの合同軍に協力してもらう。そしてリリクレアに寄生されていたニルアは、故郷セープに戻すべく一緒に船で渡ることになった。


 そして、途中嵐にもあってやや遅れたものの、七日の航海の後私達は新しい大地に辿り着いた。

 この大陸の中央にある大国セープ王国。蛇族の国の首都に大女王はいる。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13