HOME

 

【第1章】五種族の戦士 - 2:黄金色の子猫

2014/10/14 14:09

page: / 101

 何とか事なきを得た……のだろうか。

 気がつくと医務室で寝かされていた。完全にイッてしまった私は、足元の子猫に手を伸ばして抱き上げたのは覚えている。その瞬間、部屋中の子猫が一斉に私の元に駆け寄って来たのも。

 ヨチヨチと色とりどりのふわふわの毛玉が私の元にみゅーみゅーいって寄ってくるさまは……。

 昇天。

 いや、一匹二匹なら叫んで、取り乱すだけ乱れて、イメージを壊すだけ壊し、皆にドン引きされるという事態に発展していただろう。だが、あまりの嬉しさに臨界点を超え、気を失ってしまったのだ。これは幸い……なのだろうな。気を失う前に醜態を晒していなければの話だが。

「申し訳ありませんでしたあああぁ!」

 上杉巡査がまたもフライング土下座している。

「まさか東雲さんが突然息を荒くして鼻血を流して倒れるなんて……アレルギーだったのですね? だから今までも現場で野良猫を見たとき激しく避けていたのですね? 気がつかなくて本当に……」

 泣くな、ワンコ。こっちが泣きたいわ。興奮しすぎて鼻血出して倒れたなんて、末代までの笑いものだ。

 だが、そうか。アレルギーという事で収まったか。激しく避けていたのはギリギリの理性のなせる業なのだがな、実際は。

「上杉君のせいでは無い……ところで、あの子猫達はどうした?」
「回収して一応拾得物扱いで管理されてますが、生き物なので動物愛護センターの方にお願いしてもうすぐ引き取りに来ます」
「!!」

 馬鹿者っ! 二・三匹はお持ち帰りしようと思っていたのにっ!

「現在箱の送り主を捜査中です。鑑識が指紋の解析をすすめてますが、誰がいつどうして東雲さんのデスクに置いたかも不明で……」
「監視カメラは? あんなに大量に入っていたとなると相当大きな箱だろう? 搬入したらわかるだろう」
「いや、それが……」

 こうしてはおれん。これは何処の組の嫌がらせだ。私のイメージを崩して楽しむ愉快犯の仕業か?

 この手でとっ捕まえて一本背負いで沈めてくれるわっ。

「あのぉ、東雲さん」
「何だ?」
「鼻血止まってるなら鼻の詰め物取ってから来てくださいね。流石にそのままいつもの無表情は恐ろしすぎます」

 …………。

 許すまじ。犯人っ!


 不思議な事が起きた。

 子猫達が箱ごと消えてしまったのだ。署員が交代で見ていたにも関わらず、誰も箱を持って行った者もいないのに。

 そして、消える前にダンボールを調べた鑑識は、開けた上杉と藤堂さん以外の一つの指紋も見つける事が出来なかったという。

「怖いですね」
「……ああ、怖いな」
「東雲さんの『うにゃああああ』という寝言も怖かったですけどね」
「……忘れろ、上杉。正拳突きで忘れさせてやろうか?」

 犯人もわからず終いで、この猫騒動はわずか一日で迷宮入り。

 ……のはずだった。


「なぜ?」

 家に帰って玄関のドアを開けた私を待っていたのは、巨大なダンボールだった。署から消えた箱だろう。

 なぜ、目の前で小刻みに揺れているのだ。何故みゅーみゅー聞えているのだ。ってか、何故鍵の掛かっていた部屋の玄関マットの上に置いてあるのだ。ほわぃ?

 何の嫌がらせだ? 私が今までにそんなに人に恨みを買う事をして来覚えは……あるな。ふむ、きっと恨む人間はいるだろう。だがどうやって入った? 合鍵でも勝手に作ったというのか? もはや嫌がらせで済まん犯罪だそ。

 みゅーみゅー。かりかり。

 ああ、魅惑の音が私を誘う。

 開けちゃっていい? いいよね? ココ私の家だしぃ。 ペット禁止のマンションじゃないしぃ。

 いや待て。あの大量の猫が飛び出してきたら……?

「お姉さ~ん。早く開けてよぅ」

 おー、よちよち。私だって早く開けたいんだよぉ。だがしかし……!

 ん?

「待て。今誰が喋った?」

 空耳だ空耳。この魅惑の鳴き声に私の心が反応しただけだろう。

「僕ですよぉ。箱の中ですぅ」

 ……何故、独り言に返事がある?

 萌えはどこかに瞬時に消えた。

 人が入っているなら問題ないでは無いか。その方が問題だというツッコミはいらん。

 僕? 男か。ならば不法侵入の罪でしょっ引けば良いだけの事。

「何故このような犯罪を犯す?」
「どうでもいいから、早く開けて。兄弟達に引っ搔かれて痛いんだよ」

 どうでも良くないぞ! これでも一応独身の女だぞ。

 だが、職業柄刃物を持っていようと怖いとも思わんし。抵抗したら死なない程度に、顔面に拳と膝を入れてくれる。

 そろり。

 慎重に箱を開ける……と、うるうるした幾つもの目が私を見た。

「くっ……!」

 飛ぶっ! 飛んでいくっ! 私の理性があああああぁ。

 雪崩の如く溢れ出る子猫。

 多分私は無表情のまま、口をぱくぱくしていただろう。

「のわあああっ! 可愛いいいいぃ! やん、やんっ。何匹いるのっ! 触らせてっ! もふもふナデナデさせるのじゃぁ~~!」
「お、おねえさん……?」

 はっ!

 そういえば不法侵入犯罪男は何処に? 恐る恐る覗き込むと箱の中は空だった。

「おね~さ~んってば~」

 ぷにぷに。私の手の甲に柔らかな玉が当る。

 肉球っ! くわあああっ、この弾力。たまらんっ!

「ね~ってば」
「……」

 短い後ろ足だけで立って、私の手の甲に前足を乗せているちょっと変わった毛色の子猫。金色? 始めて見るな、こんな綺麗なネコちゃんは。なんという愛らしいポーズ!

 ……ってかさぁ、喋ってない? このコ。

「やっと僕の方見てくれたね」
「……喋ってる?」
「うん」

 ???

 むずっと金ぴか子猫ちゃんを抱き上げた。くすぐったいとか何とか言っているが、関係ない。

 エメラルドの様な美しい緑の目。純金で出来てるみたいな毛。ヒゲまで金色だ。肉球だけがラブリーなピンク。なんと……なんとビュリホ~でわんだほ~!

 思わず頬ずり。ぬおおっ、この柔らかい毛っ! まるで耳かきの後ろについてるアレみたいじゃないかぁ!

「僕にキスしてください」
「もうっ、ちっちゃいコがマセた事言ったらメッでしょっ!」
「……性格変わってますよね、おねえさん」
「おねえさんだなんてぇ! 麻友花ってよ・ん・でっ」

 もう人語を喋ってようが関係無い。可愛いもんは可愛いっ!

「では、マユカ。僕にキスしろ。速やかに」

 命令口調? ナニ、そういうプレイがお好みっ?

「いいのか?」
「早くしろ」

 ではお言葉に甘えまして。

 むちゅ~。

「の、濃厚だな」

 ちょっと目を細めた子猫ちゃんはにやっと笑った……様に見えた。

「兄弟達よ! 今契約は終わった。救いの戦士を我らが国へ!」
「みゅ~!!!」

 子猫達が一斉に私の方に駆けて来る。ヨチヨチと。

 そして私はもふもふでふわふわの毛玉に全身包まれた。

 本日二回目の昇天。 合掌してくれ……。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13