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【第1章】五種族の戦士 - 14:魔力の補給

2014/10/14 14:21

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 町役場前の広場。馬で駆けつけてきたのは十名ほど。残りはそれぞれ散っているらしい。

「こっちは役つきを押さえた。そっちは?」
「ミーア。リシュルもこちらへ向かっている。掃討部隊も相当な数を回収した。数箇所で無事な市民を保護している」
「そうか。良くやった」

 私は避けていたのかもしれない。すぐにルピアの顔を見るのを。

 だから事務的な話から入ったが、そうも逃げてはいられなかった。

「王を……」

「ああ。降ろしてやってくれ」

 ゾンゲに担がれてそっと地面に降ろされたルピアの顔は酷く白く見えた。苦しそうでも無く、ただ眠っている様な穏やかな顔。

 すごく頑張ったんだろ? ほら、サービスだ。膝枕もしてやろう。こんな地面に綺麗な髪がつくのは嫌だもんな。

「ルピア? 私だ。聞えるか?」

 離れすぎた。だから近くに来れば元に戻るものだと思っていたのに……ぐったりとした体に劇的な変化は訪れなかった。

「息はしているが……段々と鼓動も弱くなっている気がする」

 ゾンゲの言葉にまた心臓がドキンと跳ねた。

 白い頬に触れてみたが目を開けない。もう離れてないぞ? ほら、こんなに近くにいるのに。

「なあ、ルピア? 何で目を開けないんだ?」

 何かがじわじわと心に湧き上がって来る。考えてはいけない事。

 揺すってみても反応しない。人形のように身動きもしない。 なあ……いつもみたいに残念な事言って呆れさせてくれないのか?

 どうすればいい? 何か言ってくれ。頼むから。

 お前が私を呼んだんだろう? 契約だなどと勝手な事を言って呼んでおいて、魔力が切れたなどと言われても困るんだぞ。

 そうだ、こいつは私にとって迷惑なだけの存在で、それほど長い時間一緒にいたわけでもない他人だ。

 なのに、なぜこんなに胸が痛い? それが一番わからない。

「王様だろう? いっぱい責任もあるのに……」

 そういえば、人の姿の時、こんなに間近でじっくり顔を見た事が無かった気がする。子猫の時はずっと見ていても見足りないほどなのに、こんなキラキラのイケメン顔、恥ずかしくて直視出来てなかったんだ。

 こんなに睫毛長かったんだ……緑の瞳が印象強すぎて他には気がつかなかったけど、そのすっとした鼻も、眉も綺麗。でも決して女っぽい訳じゃなくて。薄いけど形のいい唇が少し色を失ってる。

 金の髪を撫でてみた。指にしっくりと絡まるその手触りは猫の毛の様に柔らかで細くて……。

「嫌だ……こんなの……」

 怖かったのだ。私は。

 もしかしたらもう遅かったのではと認めるのが。

 自分が知らないうちにこの男に気を許していたと認めるのが。

 人に心を許した分だけ、何かあった時に辛いから。


『おまわりさん、どうしてもっと早く来てくれなかったの?』


 昔々に自分が呟いた言葉が蘇る。

 私はそのおまわりさんだ。きっとルピアもそう言うだろうな。そして国の人達も。王様を酷い目に遭わせた私に。

「お前も私を一人にするのか? こんな知らない所で……」

 熱い物がこみ上げてきた。横で何も言わず皆が見ているのがわかってるから泣かないけど。

 どうしよう、どうしよう……。


『魔力の補給と言うのはどうやればいいのだ?』
『口付けをしてくれれば』


 ……しなきゃいけないのか? やっぱり。

 それで元に戻ってくれるならいいが、戻らなかったらどうする?

 いやいや。人命救助だと思えば。人工呼吸だ、うん。署でもさんざん練習させられたでは無いか。よし……!

「皆向こうを向いていてくれ」
「何故だ?」

 ゾンゲ、そこですかざず返すな。空気読め、空気。

「えーっと、人工呼吸をするのだ。こういう瀕死の者を助けるにはそれが一番だろう。人命救助の基礎だ」
「人工呼吸。初めて聞いた。では、今後のため是非見学させてくれ」
「…………」

 至極真面目に言っているとわかるだけに、それ以上拒否出来無い。

 豹男、覚えてろ。無事ルピアが目覚めたら、後で一時間尻尾もふもふの刑にしてくれるわ! 根元までじっくりとな! ってんな事言ってる場合じゃないだろう!

 仕方が無い。行くぞ、ルピア。

「うっ……」

 顔を近づけると更に綺麗な顔が気になって……やっぱり抵抗がある。いっそおっさんとかの方がやりやすかったかも。もういい、こいつは署の練習用の人形『警次君』だと思おう。

 顎を持ち上げて、ちょっと口を開かせて……。

 むちゅ。

 きゃーと後ろからメイドちゃん達の声が聞こえた。

 慌てて放すが、全然目を開けそうに無い。

「足りない」

 あ、そうか。足りないのか。もっとね。

 もう一度『警次君』にむちゅっとした所で、はたと気がつく。

 ん? 今「足りない」って言ったの誰だ? ってか吸われてないか? しかも私の後頭部を押さえてるのは誰?

 ちらと視線を上げると、ゾンゲ他がガン見してる。こいつらの手では無いよな。 ってことは……。

 顎に当てていた手に力を籠めてみた。唇は勝手に離れた。

「いたたたっ!」
「……貴様、いつから目を覚ましていた」
「い、一回目……」

 ほお。そういえばとても色艶のよい顔になってるな。元気そうだ。

「人が本気で泣きそうなほど心配したのに!」

 思いきり膝枕のまま立ち上がった。ごちんという音は知らん。


 その後、簀巻きでグイルに担がれていたフレイ様を脅して、この町の下っ端に中央広場に集まる様指令を出させ、虫を取り出すための長い列が出来た。

 別働隊で動いていたミーア、リシュル達に女子供の収容されていた施設も開放され、この町は無事取り戻す事が出来た。

 フレイルンカス……フレイ様は本来、この町の市長の秘書の女性だったらしく、若い頃は踊り子だったのだそうだ。あの脚力と身のこなしはそこから来ていたのだな。実際、私の空手の師匠ですら、バレリーナのキックには勝てないと言っていた。優雅に見えて、実は最強の戦う筋肉を持っているのはバレリーナだというのはどうでもいい知識だと思っていたが、この度実感させてもらった。

 役つきのヴァファムはやっぱり少し大きくて、赤い発達した羽根と長い触角を持っていた。

 最後にフレイが発した音は、遠方の上位に知らせた合図だった事を聞き出し、少しぞっとした。この先どんな事態が待っているかも予想がつかない。

「本当にありがとうございました。まさに救世主」

 フレイ様……本名はユリカさんというらしい。私と良く似た名前。ユリカさんにハグされて、意味も無く嬉しかった。

「この先、お気をつけください。よろしければこれを」

 鞭、いただきましたけど……私もこの格好で鞭ってかなりキビシイものがあると思うので、後でこっそりイーアにでも持たそう。

「いやあ、ホントに死ぬかと思った」

 へらへら笑ってるんじゃない、ルピア。

「本気で泣きそうなほど心配してくれたって本当?」
「……本当だ」

 悔しいがな。もうあんな思いはこりごりだ。

「これでわかっただろ? 僕達は離れられない。今度から一緒に最前線に出るからね、僕も」
「自分の身は自分で守れよ」
「あと、もっと毎日口付けしてね」
「……投げるぞ」

 残念だ。本当に残念だよルピア。お前という男は。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13