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【第1章】五種族の戦士 - 39:狂った町

2014/10/14 16:44

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 宿屋の時計を見ると午前三時過ぎ。まだ外は暗いがもうすぐ朝が来る。

 考えてみたら世界が違うのに二十四時間で一日というのは同じ。時計も同じような造りだ。住んでいる人以外、私の知っている日本に非常によく似ている。文化的に百年程の差はあれど、考え出すと気味が悪くなってくるほどに。

 一応宿の人に声を掛けようとも思ったがやめた。

 この町はおかしい。

 ひょっとしなくても宿の主も味方ではない。ヴァファムに意識を乗っ取られてもいない男と下っ端に寄生されている男が一緒にいる、男二人が攫われ、私達も暴れたにも関わらず誰も出て来ない所を見ると、こうなることをわかっていたのかもしれない。ここに泊まった瞬間から私達は狙われていたのだろう。

 ルピアに渡されていた料金だけ部屋に置いて出て来た。置きっぱなしのグイルとルピアの荷物も一緒に。

「お金いらなかったんじゃ……」

 マナが少し呆れているが、仮にもお風呂にも入らせてもらい、短時間とはいえベッドで快適に眠らせていただいたのだ。タダというのは気が引ける。

 縛り上げた男達は放置してきた。

「ミーア達の宿も無事ではないだろうな」
「そうですね。こちらより人数も多いですし、返り討ちにはしていると思いますけど」

 ルピアがいないのでもう一組がどうなっているのかはわからない。だが、マナが言うとおり向こうは全員が戦える。チビのイーアですら魚族最強の戦士なのだ。ゾンゲもリシュルもいるし大丈夫だろうとは思うのだが……こちらはグイルですら一緒に連れて行かれている。

「思うのですが、グイルさんはわかっていて一緒に行ったのではないですか? 鼻も利きますから眠らされたりはしていないでしょう。ルピア様一人よりは心強いですし。彼はそのくらいの気が回ると思います」
「そうか。それならば納得が行く。少しは安心できる」

 頼む、グイル。ルピアを、私の子猫を守っていてくれ。

 時間は違うが丁度目指す港の途中、朝落ち合おうと言っていた中央広場近くを通る。無事ならば合流出来るかも知れない。

「急ごう」

 ひんやりと冷たい空気のまだ夜も明けぬ町を、私とマナは走った。


 ひたひた。

 大勢の足音が聞える。魚族が多いのもあるだろうが、足音が妙に水っぽい。

 気がつけばかなり大勢の人間に囲まれていた。

 点々と灯る街灯に、人々の影は不気味に伸びて、建物の壁に、石畳の道に大きな化け物のように伸びている。

 額に印のある者もいる。だが無い者も同じように手にそれぞれ棒や箒などを持ち武装している。中には長剣やナイフを持っている者もいる。

「やはりこの町はすでにヴァファムの手に落ちていたか」
「こちらが本当の姿というわけですね」

 もう少しで中央広場という所で、町の人間に囲まれた。

 女もいるが、年寄りや子供の姿は見えない。やはりどこかに囚われているのだろう。

「リリク様の命令……」

「リリク様ノタメ二……」

 口々に呟く町の人の目には生気が無い。

 部屋に押し入って来た男が言っていたヴァファムの役つきの名前。リリク様か。一体どんな奴なんだろう。ヴァファムに寄生されていない者まで味方につけるというのは、何か催眠術のようなものでも使うのだろうか。だがあの男は受け答えは普通に出来ていた。

 じりじりと囲まれ、退路も無くなって来た。一般市民に手荒な事をするのは気が引けるのだが、私達は急いでいる。足止めを喰らってイライラしているのはマナも一緒のようだ。

「強行突破しますか」
「それしか無さそうだ。だが待て、向こうが僅かでも手を出して来てからだ。こちらから先に手を出すのは良くない」

 一撃でいい、襲ってこられたら反撃できる。拘る必要は無いとは思うが、警察官として叩き込まれた常識を守りたいのだ。

 少しづつだが進む。かかって来ないなら来ないで良い。そのまま行かせてくれるなら誰にも痛い思いをさせなくて済む。私達が一歩進むたびに囲んだ町人は一歩下がる。いっそ走って突破出来そうかと思い、走り出した時、ついに一人が棒で殴り掛かってきた。

「わああ!」

 隙だらけの振り方だったので、あっさりかわせた。だが、それを切欠にして一斉に襲い掛かってきた。

「余り傷付けるな」
「ええ」

 マナはサーカス団員らしくバク転でひょいひょいかわしつつ、軽く蹴りを入れて蹴散している。コモナレアに憑かれていた時も一番苦戦した相手だが、味方になると本当に心強い。

 私も回し蹴りで数人纏めて飛ばしておいて、何人かは投げた。刃物を持っている者もいるので、あまり混戦になると同士討ちされても後味が悪い。長剣を持っている者、ナイフを持っている者を優先的に倒す。

 少し間が開いたので、一気に走る。目指す広場はもう目の前だ。もし向こうの組がいなかったらそのまま港を目指す。

 何人か蹴散らしたのを見て恐れをなしたのか、かなりの町人が減ったが、振り返ると屈強そうな男達が追ってくる。先頭にいるのは余所の町でも見慣れた制服、キリムの警察官の格好だ。下っ端よりもやや上位の見張り役が憑いているのだろう。少し額の印が濃い。

「リリク様ノ所二行カセルナ!」

 ほうほう、コッチの方向にリリク様がおいでなのだな。

 目指す広場が見えた。そこにも何人もの町人がいるが、よく見ると倒れている者、今まさに飛ばされている者がいる。

「ゾンゲ! リシュル!」

 街頭に照らされて見慣れた豹の顔と、ほっそりした青白い姿が見えた時、心底ほっとした。

 程なく、追っ手も全て倒し、額に印の無い何人かは逃げて行った。

「無事だったか。良かった」
「それはこちらの台詞だ、マユカ」

 やはり彼らの宿も襲われたらしい。

「ミーアとイーアは? リールもいないな。まさか連れて行かれたんじゃ……」

 賑やかな二人がいない。強いと言っても子供と女だ。だが、その心配はリシュルの一言で晴れた。

「足の速いミーア、リールには処理部隊とキリムの兵を呼びに行かせた。町の住人を何とかしないと、武器工場にも辿り着けない。イーアが少し怪我をしたが動けないほどじゃない。今安全そうな場所に隠してある。マユカの指示を仰がなかったのは悪かった」

「いや、いい判断だ。感謝する。そうか、イーアがやられたか」

 違う組にリシュルを置いておいて良かった。

「こっちはルピアとグイルが連れて行かれた。怪我もしているかもしれない。グイルは恐らくルピアを案じて自分で着いて行ったのだと思われるが。本当にすまない」

 簡単にこちらが襲われた時の状況を説明しながら、港の方を目指す。

「ルピア様は大丈夫だろうか?」

 ゾンゲが心配そうだ。自分の国の王様だし、同族ゆえかルピアもゾンゲを一番信頼している。

「何があっても生かして連れて来いと言われていたらしいから、酷い事はされていないと思うが、あまり私と長時間離れていると前みたいに……それが心配なんだ」
「そうだったな」

 あの時、ほとんど息もしていなかったルピアを担いでいたのはゾンゲだった。よく知っているだけに深刻さはわかっているだろう。

「早く取り返せばいい。大丈夫、か弱そうに見えて強いですよ、猫は」

 リシュルが微かに笑いながら言った。

 ああ、そうかもしれない。猫は強かな生き物だからな。


 町を抜けると海が見えた。

 水平線の彼方が微かにピンクを帯びた色に染まっている。もうすぐ夜が明けるんだな。

 港の方としか聞いていなかったが、鼻の利くグイルもいないので場所まではわからない。職業柄、経験から言えば誰かを攫って行くとしたら建物ではあるだろうとは思う。連れて来いと言う事は、待っている者もいるだろう。

「あれかな?」

 よく映画で見るようなレンガ造りの倉庫が幾つか並んでいる。恐らくあの中のどれかだと勘が告げた。

 リリクレアとか言ったな。そこにその役つきもいるのだろうか。マナがこちらの大陸に派遣された役つきの中で一番上位だと言った。コモナレアより強いのだろうか。

 こちらは四人。だが増援を呼びに行った仲間を待つ余裕も無い。

 まず一つ目の倉庫の前に立つ。

 気合を入れ、重そうな扉に手を掛けた時だった。


『マユカ……』


 ルピアの声が聞こえた気がした。

 弱々しくて今にも消え入りそうな声。

 この感じ、前にもあった。

 まだ大丈夫だよな? 頼む、もう少し頑張ってくれ。

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