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【第1章】五種族の戦士 - 19:やきもちと猫王の爪

2014/10/14 14:25

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 脇腹への一撃は結構効いたみたいだ。

 腹筋、背筋は割と鍛えれば殴打に対して強くなれるが、脇の筋肉は鍛えて引き締める事は出来ても、瞬時に意識して力を籠められない。内臓にも近いので効果がある箇所だ。じわっと効いて来るしね。

 今まで片手でのみ構えていた刺叉を両手に持ち替えたのは、グレアが本気になったという事だろう。

 びゅっ、と空を切る音を立て突き出される刺叉。一人ずつ確実に仕留めようというところか。まず狙われたのはリシュルの様だ。さっきので一番油断ならないと踏んだのだろう。

 まあ、おかげさまというかこの隙に……とばかり後ろと横からゾンゲと共に攻撃に行くが、振り回される長い柄と時折離される片手で防がれる。目が幾つもあるような察知能力が一番すごい。

 こいつ、元々はどんな職業の人間だったのだろう。華奢なのに状況判断と腕力が半端じゃない。上位のヴァファムに寄生されると身体能力も上がるものなのだろうか。

 ずっとリシュルを狙っていた矛先が突然、ゾンゲに向いた。予想外の動きに一瞬避けそびれたゾンゲが思いきり腹を柄の後ろ側で突かれ、勢いよく飛ばされて壁に激突した。

「ゾンゲ!」

 猫族だけあって受身はばっちりだったが、あの大柄のグイルをドアもろとも吹き飛ばした力だ。ゾンゲはしばらく立てそうに無い。

 声を掛ける前に、部屋の隅で空気のようになっていたルピアがゾンゲの元にすぐに走って向かってくれたのでお任せする事にして、意識を戻すと既に遅かった。

「ほうら、二匹目も捕まえた」

 グレアルンカスの声が冷酷に響いた。

 ついにリシュルも牛の角の様になった刺叉の先に捕まり、そのまま壁に押し付けられていた。正しい使い方なのだが……

「リシュル!」

 この隙に本体の方に攻撃に行こうと思ったが、私はまずリシュルを救出に向かった。私を狙って刺叉を動かしてくれればリシュルが逃げられる。この後第二階級が控えているのに、これ以上仲間を減らしたくないというのが一番の理由だったのだが。

 壁に突き刺さるように食い込んだ先は、丁度細身のリシュルの両腕と体がすっぽり収まり、完全に手の動きまで押さえられている。もう少し幅がある体型だったら腕は入らなかっただろうし、大怪我だったところだ。不幸中の幸いだが、思いきり力を籠めてもびくともしない。

「くっ、動かん!」
「幸い無傷だ。このくらい問題無い。マユカ、今のうちに」

 はあ? リシュル、なんだ捕まってるのにその余裕。

 だが確かにそうだった。武器を使えない今がチャンス。

 グレア様、あんたも本気かもしれないがこっちも本気で怒った。

 思いきり息を吸い込んで気合を入れる。

「ほう、ここまでやってもまだ表情も変えないのですか、レディ」
「この顔は地だ」

 内心は結構怒ってるのだが、どうもそれすら顔に出てないらしい。

 リシュルが捕まっているおかげで奴は武器が使えない。この隙に何とかしてやる。皆が頑張ったのに美味しい所だけ持っていってすまん。

 刺叉を握っている手に思いきり蹴りを入れる。当たりはしなかったが手を離してくれた。これは計算通りだ。

 だがグレアが手を離したにも関わらず、リシュルを捕まえている刺叉は壁に突き立ったままだった。余程がっちり刺さっているのだろう。だが考えるヒマも無く次に移る。

 華奢な青年だが、素手でもかなりの使い手のようだ。あっさり武器を手放しても焦る様子も無く、逆に身軽になった分動きが早い。

 連続回し蹴りは紙一重で交わしたが、突きに来た腕はあえて受けた。

「いっ……!」

 一撃が重い。手の甲の防具で受けたが、びりびりと衝撃が走った。だが普通なら骨でも砕けそうな一撃だったが、思いの他ダメージは少ない。この小手、皮の軽いものだがひょっとして伝説の戦士の鎧というだけあって、案外凄い物なのかもしれない。

 行ける。

 連続で来た突きの腕を今度は掴んだ。よし、組める!

 胸倉を掴んで足を払うとグレアがよろめいた。足は普通みたいだ。

 そのまま大外刈りで倒す。

「わっ!」

 受身は下手くそで助かったが、こんなもので倒せるとは思っていなかった。案の定こちらが体勢を立て直す前に一撃突きをお腹に食らった。

「マユカ!」

 心配そうなルピアの声が響いたが、マトモな体勢からの攻撃で無かった上、これも鎧のおかげだろうか。そんなに効かなかった。

 とにかく体勢を立て直されては厄介なので押さえ込みに入る。

「こらーっ、他の男に密着するなっ!」

 ……ルピア。

 怒るぞ、こんな時まで残念かお前っ。これは技であって好きで密着してるわけでは無い!

 逃れようとバシバシ地味に反撃してくるグレアの手が痛い。これ、押さえ込んだのはいいけど、この先どうしよう。せめて誰か動ければ。磔のリシュルは問題外として、ゾンゲもミーアもまだヤバそうだ。

 だが予想外の伏兵がいた。

「僕のマユカを殴るな、コイツっ!」

 全く戦力外として見ていたルピアが、バリバリと音を立ててグレアをひっ掻いている。ふーっと毛が逆立つほど怒ってる。

 おおっ、さすがは猫ちゃん、立派な爪ですこと。そういやコイツ自在に爪が伸びるんだったな。

「痛い、痛いっ! 顔はよせっ、顔だけはっ!!」

 ……うん、折角のグレア様の綺麗なお顔を……ひえぇ、痛そう。

「あまり傷付けるな。寄生されてる人には罪は無い」
「男である事が罪っ!」

 バリバリ。ルピア、もうグレア泣いちゃってるよ?

「マユカどけて!」

 声に押さえ込んでいた体をずらすと、ふわんと何かが降って来た。

「ぐぉっ」

 鳩尾へとどめの一撃を喰らわせたのはリシュルだった。

「私もこのくらいやらせてもらってもいいでしょう?」

 大人しそうな顔にほんの少し意地悪な微笑を浮かべて、握った拳を納めた蛇青年。

 哀れグレア様は気絶した。

「助かったがどうやって逃れた?」
「私の得意は縄抜けと細い所を通る事ですから」

 ……そうだ、コイツ蛇なんだった。

 何でも関節を自在に外して、頭と同じ程度の大きさの穴ならにゅるんと通り抜けられるんだそうだ。すごいがやってる所を想像するとちょっとキモイ。

 こうして、五戦士が苦戦を強いられたヴァファム幹部、第三階級グレアルンカスを捕獲することに成功した。

 この後下っ端達に降伏するよう指示を出すのは、まだこの上の司令がいるので早々に虫を取り出す。横で膝枕にブーブー文句を言うルピアを無視しながら、私が耳かきでほじほじすると、立派な赤い虫が出てきた。

 キモイ。こんなのが体の中にって想像するだけで鳥肌。

「あのっ、その……助けていただいて、そのぉ……」

 我に返ったらしい灰色の髪の青年は、性格が一変して超シャイになってしまった。さっきの自信満々の戦いっぷりは何だったのだというくらい。これでも警察官だという。能力は優れているが、大人しすぎるのと華奢な事から一介の平警官。私と同職ではないか。

「手荒な真似をして悪かったが、この後は警察官として市民を守る職務を全うして欲しい」

「はい、頑張ります。司令の役つきに寄生されているのはウチの署長です。本当はとても良い人なので、助けてあげてください……ううっ」

 グレアルンカス、本名はロキル君というらしい……が涙目で訴える。気の毒な事に顔も服も引っ掻き傷でボロボロになっているが、なかなか可愛い。結果ヴァファムに目をつけられたとはいえ、あれだけの腕力、隠れて鍛えていたんだろうと思うと健気。絶対いい警官になれる。

 こういう子が同僚だったら目の保養にもなったのになぁ。

「マユカ、他の男を褒めるな」
「勝手に人の頭を覗いて勝手にヤキモチを妬くな」

 まあ、ルピアもよく頑張ったもんな。意外に役に立つと言う事もわかったし、これなら連れて歩いても大丈夫かもしれない。

 ミーア、グイル、イーア、ゾンゲはちょっと自信喪失したみたいだが幸い怪我も大した事が無かったので次で頑張ってもらおう。

 ロキル君の情報で、放送局にいる署長に寄生したユングレア司令は三節昆(さんせつこん)に似たフレイルを使う強敵だとわかった。

 皆で気合を入れ、放送局に向かう。

 ……刺叉の次は三節棍か。

 何? ヴァファムって武器マニア?

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