HOME

 

【第1章】五種族の戦士 - 41:本気で怒った!

2014/10/14 16:46

page: / 101

「ルピアを……子猫を返せ」
「いいよー。もういらないしぃ」

 悪びれた風も無く、少女は笑った。

「だってつまんないもん、せっかく一緒に遊んであげようと思ってたのに、動かなくなっちゃったしぃ。ワンちゃんのお兄さんも弱っちかったしさぁ」

 ぽいと子猫をこちらに投げやがった。落とさないように慌てて受ける。

 小さな金色の体は目も開けずぐったりしている。それでも温かくて息をしているのがわかった。良かった、何とか生きてる。

「ルピア! しっかりしろ」
「……マユカ……」

 うっすらと目を開け、かすれた声を上げた。

 こんなに弱ってるなんて……。

 とりあえず猫の姿のままなので、人目も憚らず口付けした。ほんの少し元気そうになったが、まだ人の姿には戻れないみたいだ。こんなのもでは足りないかもしれないが、また後でたっぷりしてやるから。

「待ってろ、さっさと片付ける。マナ、ルピアとグイルを頼む」

 ルピアをマナに渡して向き直ると、退屈そうにリボンの少女は自分の髪を弄っていた。

「お姉さんさぁ、怒らないんだ? あんたの仲間がこんだけやられてるのにさぁ、全然表情も変えないなんて、冷たいよねー」
「貴様……!」

 こんな時でも私の顔は仮面のままなのかと自分でも呆れる。こんなに腹が立っているのに。怒っているのに。本気で。

 どんな凶悪犯相手でも、ここまで憎いと思ったことは無かった。その茶色いロールした髪も、スカートの短さにすら吐き気がする。

 こんな見た目の娘は日本にもゴロゴロいた。口のきき方も礼儀も知らず、自分本位で平気で他人を傷付ける。気にするのはメールの中身と流行だけ。そんな娘を何人夜の町から昼間に連れ戻したか。それでもそんな娘達も中身は素直な優しい子が多かった。だが、今は目の前のちゃらちゃらしたギャルに、殺意すら覚えている。いまだかつて私をここまで怒らせた奴はいない。

 私の可愛い子猫ちゃんをよくも!

「怒ってるぞ、猛烈にな!」

 相手の力量もわからないが、もう体は止められなかった。思いきり殴りに行ったが、ふっと掻き消したように少女の姿が消え、拳は虚しく空を切った。

「遊ぶ? わーい、いいよぉ、リリクが一緒に遊んであげるねぇ」

 気がつくと後ろから声が聞こえた。何だ、今の速さ。

「マユカ、落ち着け」

 リシュルとゾンゲが横に立った。ああ、そうだな。怒りに任せて動いてもろくな事が無い。折角三人いるのだ、作戦を立てなければ。

「大きい猫ちゃんとお兄さんも一緒に遊びたいのぉ? いいよ、まとめてリリクちゃんが面倒みてあげる」

 何処までも腹の立つ奴だ。自分で言うのだからコイツが最強の第二階級幹部のリリクレアで間違いないのだろう。まさかこんな小娘の姿とは。今までの幹部はまだもう少し相手として尊敬に値した。私はどんな相手でも全力で戦う相手には敬意を払いたい方だ。

 たとえ本体は小さな虫であっても、今までの役つきは女王のためにという一つの意思を持って戦意むき出しで戦ってきた。その気概は組織に組み込まれた者として、それなりに崇高だとすら思える。

 だが、コイツからは戦おうという意思も、殺気もなにも感じない。それが気味が悪い。遊ぶと言ったな? これが遊びだと言うのか。

 じり、とこちらが動いても、鼻歌を唄いながら全くかかってくる様子も無いリリクレア。こちらの出方を窺っているのか?

「マユカ、気をつけて。第二階級と言う事は、必ず武器を持っている」

 ルピアを抱いてグイルの介抱をしながら、部屋の隅でマナが言った。

 そうだな、コモナレアはモーニングスターを隠し持ってた。ルミノレアは流星錘を。一見何も持っていないように見えてもどんな武器が出てくるかわからない。

 おもむろにピンクのチェストの上のクマのぬいぐるみを抱き上げ、面白くなさ気にそれを撫でている少女は、一見隙だらけに見えてどこから掛かっていいやら図りかねた。それはゾンゲとリシュルも一緒だったようで、広がって三方から囲んだはいいが、誰が最初に出るか互いにタイミングを計っているみたいだ。

「遊ぶならはーやーくぅ! 退屈だって言ってるじゃんかぁ」

 いきなりキレたように、ぬいぐるみを床に叩き付けた少女の姿のモノは、ついに自分から動いた。よし、これでやっとやる気になった。

 つかつかと真っ直ぐリシュルの方に歩いて行ったリリクは、無造作に腕を振り上げてその頬に向かって腕を振り下ろした。

 え、平手って。勿論リシュルはかわしたが、それが気に入らなかったのか、えいえいっと言いながら何度も殴ろうとしている。さっきの異常な速さは何処に行ったのかという、トロイ動きだったので、蛇青年はことごとくかわしてはいるが。困っているというより呆れた顔だ。

 ……子供が癇癪を起した時みたいだな。

 思わずぽかーんとゾンゲと目が点になってしまったが、ここで行かなければ。

 がら空きに見えた横から、思いきり正拳突きに行く。

 だが、リリクはこちらも見ずに、それを肘で止めた。

 がきっと硬い感触に、拳がじーんと痛かった。何? 何も持っていないと思っていたが素手の感触じゃなかった。

 同時に蹴りに入っていたゾンゲももう一方の手で止められている。コッチも何か硬い音がした。

「やーっと楽しくなってきたぁ」

 予備動作もなく、ぴょんと軽く飛んで一旦離れると、リリクは両手でくるくると何かを回していた。短い持ち手のついた、四・五十センチの二本の毛の生えたピンク色の棒?

 あれは……ひょっとして*トンファー? いつの間に。

「えへへー、可愛いでしょ? 木のままじゃ可愛く無いからぁ、色つけて、キラキラとふわふわ飾ってみたのぉ」

 ……。

 デコったトンファーなんか初めて見たっ!

 トンファー。訓練でも使ったことのある馴染みのある武器だ。警棒として正式採用している国もある。棒に取っ手をつけただけの簡単な造りだが、防御と攻撃を兼ね備えた地味に嫌な武器だ。

 しかし、トンファーにファーって……洒落にもならんな。

「蛇っぽいお兄さんは結構タイプぅ。だから最後に遊ぼうね。まずは……大きい猫ちゃん!」

 ふっとリリクの姿が消えたと思ったら、次の瞬間に打撃音と共にゾンゲが飛んだ。

 何が起きたのかもわからないほどの早さだった。大丈夫かと声をかける間もなく、今度は私の方に何かが迫ってきたのを感じ、顔の前で腕をクロスして防御に入ったが、防御出来るレベルの打撃では無い。

 痛っ……!

 何とか飛ばされはしなかったが、足が絨毯で滑らなかったから後ろに倒れそうになった。いっそゾンゲの様に飛ばされたほうが衝撃が少なかったかも。これ、戦士の鎧じゃなかったらヤバかった。

「ふうん、お姉さん丈夫ねぇ」

 ひゅう、と口笛を吹きながら余裕の顔でまたリリクがバトンのようにトンファーを回している。

 間を置かず、すぐに立ち上ってコッチから回し蹴りに行ったが、やはり肘側に長い部分を回して防御された。

 その隙に大人しくしていたリシュルが後ろから回り込んで拳を入れたが、またふっと掻き消える様にすばやくかわされた。

「待ってなさいって言ったでしょ?」

 今度はリシュルが飛んだ。良く見えないほど速かったが蹴りをくらったらしい。

「リシュル!」

 どこかに隙は無いかと考えていたら、横でゾンゲが静かに立ち上った。

 あ、この感じ。ぐるるって唸ってる。ひょっとしてキレた?

「マユカ、ちょっと退けてた方が……」

 ちょっと持ち直したらしいルピアに言われて、倒れたリシュルを引き摺ってそろーっと下がる。この状態のゾンゲは見境がないから巻き添えを食らうと怖い。

「あれぇ、猫ちゃんがなんかこわーい」
「猫と言うな。俺は豹だ!」

 熊手にみたいに伸びた爪を翳し、通常の何倍かの速さでゾンゲが飛んだ。そこからの乱れ引っ掻き。

 ばり、といい音が聞えたが、爪は例によってトンファーで防御されていた。爪に引き裂かれたピンクのファーが細切れになって宙に桃色の雪の様に舞う。デコられていたビーズと一緒に。

「ああーっ! アタシの可愛いフワフワちゃんとピカピカがぁ!」

 上目使いでぷうっと頬を膨らませたリリクから、今まで感じられなかった殺気がゆらりと立ち昇った気がした。

「怒ったっ! 悪い子はお仕置きっ!」

 もう一度かかって行ったゾンゲの爪を、避けもせず受けるリリク。だが、次の瞬間に、ゾンゲの動きが止まった。

「ふふん。ねんねしてなさい。可愛く無い猫ちゃんはキライなの」

 トンファーの長い側がゾンゲの鳩尾に食い込んでいた。くるっと回して突いたのだろう。

 声も上げずに倒れたゾンゲ。

 ……強い。今まで戦った中で一番苦労したコモナレアが霞むほど、ハンパ無い強さだ。まさかあの状態のゾンゲの攻撃を受けきり、反撃を食らわすとは。

「さあて、次はお姉さんだよぉ。そうだ、いいコト考えちゃった。この体気に入ってるけどちょっと飽きて来ちゃったし。お姉さんの体ちょうだいよ」

 何言ってるんだ、コイツ?



*トンファー
長さ四十~五十センチの棒に持ち手をつけたものを二本一対で両手に持って使う。防御、打撃攻撃、突きなど多彩な使い方の出来る武器。
沖縄空手、中国拳法にも良く似た物がある。アメリカやイギリスでは警察官の特殊警棒として正式に採用されている。映画やアニメなどでも結構お馴染み。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13