【第1章】五種族の戦士 - 29:屋敷の奥で
2014/10/14 15:07
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目の前の地味な女が、美女に変っていく様な妙な感覚がある。
先程まで『印象が薄い』というのが最大の印象であったのに、気圧される様な存在感。だが、殺気は感じ無い。本人が言うように、ここで戦う気は無いのだろう。
しかし、面白く無いことを言ったぞ、こいつ。
他の種族を根絶やしにしない? 共存だ? それは慈悲だから感謝しろだと? 秩序ある平等な世界だと?
ふざけるな。
食料は配給制、清潔な居住空間、規則正しい生活。ある意味素晴らしいかもしれない。だが、他の者に寄生し、意識を乗っ取る事は平等か? 肉体的に劣る年寄りや子供を家族から引き離し『飼う』のが慈悲か?
私から見れば狂ってるとしか思えない。
今すぐにでも殴りかかりたいが、ここは我慢だ。早まった事をして、貴重な情報源を失うのも嫌だしな。
ミーアも同じ考えの様だ。私の肘にしがみ付いている手に力が篭っているが、この娘は頭の回転が速い。熱くなりがちな男共を置いてきて良かった。
「コモナレア……さん? あなたは第二階級の役つきか?」
「ええ。こちらの小女王エルドナイア様と同じ大女王から生まれました」
ほうほう。こちらの女王様はエルドナイア様というのだな。そして、以前会議で聞いていた通り、小女王は下っ端~監視位の下層を、大女王が役つきの精鋭を産むのか。ということは、今まで倒してきた役つきも全て大女王の子ということ?
人類皆兄弟……う~ん、どこかのスローガンを地で行くとは。
何かキーンと音とも呼べぬものを感じた気がしたが、コモナレアがはっと顔を上げたところを見ると、虫の言葉だったのかもしれない。
「女王が会いたいと仰っておられます」
いよいよ会えるのか、女王に。
うう、しかし卵産むところとか見たくないな。幼虫も……。
奥の螺旋の階段の方を向くと誰か降りてきた。一瞬、女王が自ら来たのかと思ったが、違った。
横でわぉと小さくミーアが言ったのが聴こえた。
「ちょっとコモナ。おかしな者をエルドナ様に近づけてはいけないよ」
若い男だ。一見地味な女に比べ、随分と派手な奴だ。
刑事スキャン最速で再起動。
年齢はコモナレアと同じ位か少し下、身長百八十~八十五センチ、細身。ムカつくほど長い股下。腰ほどもある長髪は鮮やかな青で一部緑と黄のメッシュ。顔はやや女っぽい美形。ノースリーブのシャツの腕から覗く長い腕には髪と同色の羽根がついている。
「アタシと同じ鳥族だ」
ミーアが漏らしたが、うん、見てわかった。あの羽根が作りもんだったら踊りながら「スター!」とか叫びそうだもん。
「そのエルドナ様がお呼びなのだ。邪魔をするな、ルミノレア」
レア。この鳥のド派手兄さんも第二階級か。かなりの上位の役つきが複数いる事は予想の範囲内だが、ユング様で苦戦した通り、第三階級と第二階級では強さは段違いだ。まだいたりするのかな?
「お優しいエルドナ様は、説得してどうにかなるとお思いかもしれないが、ユングもグレアもフレイもこの女に倒されたのだぞ? 話して済むような相手ではあるまい」
仰る通りでございますよ、ルミノ様。内心ぶちキレ寸前なんだ。
だが流石にミーアと二人だけで、素手で第二階級二人を相手に立ち回りする気は無い。それに……。
「他にも役つきがいるのか?」
「ふん、探りにかかってるのか? 安心しろ、俺達だけだ。此処はな」
何だ? 意味深な事を言う。他にも役つきがいるという事ではあるのか。
再びきーんという音が響いた。
「ちっ、エルドナ様がお呼びだ。コモナ、先に行け。俺もコイツ等が暴れないよう着いて行く」
むう、監視が増えたか。仕方あるまい。
「ではこちらへ」
階段を上がるのかと思ったが、予想に反してコモナは屋敷の奥へ進んだ。階段横のドアが開かれると、上質な絨毯の敷かれた広く長い廊下に出た。T字になった突き当りを曲がるとドアが幾つか並んでいた。
「お静かにお願いします。まだ生まれたばかりの子が沢山おりますので」
幼虫さん達のお部屋ですか。
「うう……」
部屋の中から何か聞えた。人の呻き声?
「人がいるのか?」
「ああ、下の村の人間だ。食欲旺盛だからな、チビ達は」
ルミノ様から不穏な言葉が聞えたが、まさかな。幼虫が人を食うとかホラーな想像をしてしまったが……。
「村人を殺したりはしないから安心しろ。これ以上無い位の待遇だぜ?」
「ご覧になればわかること」
うえっ、その……正直見たくは無いのだが。
だが、村人がここにいるなら、無事を確かめるのは必要かな。
ノックもせずにコモナレアが一つのドアを開けた。
中はこれもヴァファムに相応しく清潔とわかる空間だった。ピンクの小花の壁紙も可愛らしい、天井の高い部屋。壁に取り付けられたランプが部屋の中を照らしている。
窓辺のテーブルに小奇麗な服を着た若い男と女が向かい合って座っていた。夫婦かな? 一見して犬族とわかる獣耳。穏やかな食事風景だが、部屋に私達が入ってもこちらも見ない所はやはり不自然だ。寄生されているのだろう。
テーブルには豪華な食事。どう考えても二人が食べるには多すぎる。
「……まだ、食べるの? そう……」
女が呻くように言って、苦しそうな表情でフォークを口に運び続ける。男の方も苦しそうだ。
辛いな、食べたくないのに食べなきゃいけないというのは。
「幼生達がお腹を空かさない様に、しっかり食べてくださいね」
コモナレアの笑顔が不気味に見えた。
部屋を後にして、確かに待遇は悪くは無いと思いつつも、嫌な感情が残った。幼虫が見えなかったが、村人達の体内が子育てに使われているのだろう。何と言う恐ろしい事を……。
「村の人は全員ここに?」
「若い健康な者だけです。村は年寄りが多かったですからね。彼等には他の所で奉仕していただいてます。一人も死人は出ておりませんからご安心を」
安心出来るか。やはり、コイツ等の言う秩序や平等というのは、人の暮らしには相容れないものだ。
住む世界は違っても、他の猫や犬、鳥、蛇、魚……どの種族も考え方も生活の仕方も私は理解できる。だが、ヴァファムは違う。違いすぎて理解など到底出来無いし、賛同出来無い。その事だけはハッキリ言える。
ミーアが飛び出しそうになるのを無言で制した。
「マユカは平気なの? あんなのっ……!」
「平気じゃない」
「だってこんな時まで顔色も変えないなんて」
「こんな顔だ」
役つき二人にしーっとやられ、ミーアが舌打ちをした。
気持ちはわかる。私だって本当は今すぐにでもこの二人に殴りかかりたい。投げたい、蹴り飛ばしたい。
だがまだだ。まだこの先に女王がいるのだ。
今、感情に任せて先走ったら駄目だ。新米刑事の頃、藤堂さんに現場で怒鳴られた。多くの人の命を守ろうと思うなら、結局間に合わなかった人になりたくないなら、自分の一時の激情を抑え、大局を見据えろと。
「ふうん、異界の女は本当に冷静なのだな」
ド派手鳥男にバカにするような口調で言われた。
またキレそうになるのを必死で堪え、二人の役つきに挟まれて廊下を進む。廊下は灯りが点され明るいが、窓から見える外はもう完全に日が暮れて夜の様相だ。
廊下のつきあたり。大きな豪華な扉。
コモナレアがそっとドアをノックした。
「エルドナ様、異界の女戦士とその仲間を連れて来ました」
この扉の向こうに小女王、エルドナイアがいる!
しばらくの沈黙の後、声が返って来た。
「お入りなさい」
ハープをかき鳴らす様な美しい穏やかな声。
「俺はここにいる。この先は選ばれた男しか入れない」
ルミノレアが僅かに怯えた様に後ずさった。
ドアが静かに開けられた。
女王の部屋に、私は踏み入れた。
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目次
- 【第1章】五種族の戦士 chapter open
- 1:鉄仮面の修羅
- 2:黄金色の子猫
- 3:伝説の戦士
- 4:五つの種族
- 5:お披露目
- 6:どう責任をとる
- 7:戦士の初陣
- 8:特殊部隊結成
- 9:討伐の旅路
- 10:夢と優しい子猫
- 11:虫の知らせ
- 12:町役場の奥で
- 13:女幹部の鞭
- 14:魔力の補給
- 15:作戦会議
- 16:秘密兵器登場
- 17:薙刀演舞
- 18:警察署の美青年
- 19:やきもちと猫王の爪
- 20:内線1番の男
- 21:豹男、キレる
- 22:私の嫌いなモノ
- 23:夜、橋の上で
- 24:もふもふとの遭遇
- 25:間に合わなかったにならない
- 26:大ウサギに大苦戦
- 27:突入前の小休止
- 28:消えた村人
- 29:屋敷の奥で
- 30:女王の部屋と母性
- 31:薙刀VS流星錘
- 32:私はデブでは無い
- 33:何度も化ける女
- 34:あけの明星の恐怖
- 35:馬鹿と言うな
- 36:仮面はまだ外さない
- 37:平和な港町
- 38:真夜中の刺客
- 39:狂った町
- 40:港の倉庫
- 41:本気で怒った!
- 42:ムリムリっ!
- 43:私の中のリリク
- 44:はじめての感情
- 45:もやもやの正体
- 46:今はまだ
- 47:鎖鎌の使い方
- 48:冗談には気をつけよう
- 49:虫が好かん
- 50:久々に萌えっ
- 51:ケイ様と秘密の部屋
- 52:繋がりを絶つ
- 53:薙刀VSブーメラン
- 54:ノムザの反乱
- 55:とりあえず終結
- 【第二章】新大陸 chapter open