HOME

 

【第二章】新大陸 - 95:十一階の殺気

2014/10/15 16:11

page: / 101

 九階の混乱が嘘のように静まり返った十一階の踊り場。
下で足止めされているのもあるが、上下関係の厳しいヴァファム達だ。この階には下っ端はもう上がって来られないのだろう。静かで、そして不気味。

 先に白黒の男女と戦った十階には誰も居ないようだったのでそのまま上がって来たが、この十一階にもひょっとしたら誰も居ないのかもしれない。それだったらこのまま大女王のいる十二階に一気に上がってしまいたいが、階段はここで途切れていた。

「奥だ。十二階は本来神を祀る神殿の場所。普段は重要な行事の時にのみ、しかも王族しか上がれないから階段は隠されているんだ」

 道案内のリシュルが教えてくれた。十一階はやはり何があっても素通りは出来ないらしい。

 末広がりの造りになっているセープの城は、上に行くほど狭い。先程いた九階に比べてもかなりこの十一階はコンパクトなようだ。天井もやや低い。それでも感覚としては軽く体育館4つ分以上はあるだろう。部屋は少なく、ガランとした感じがする。

 まだあと二・三人とは戦わねばならないのは覚悟の上だ。恐らく今までに無い強い相手であろうことも。

 今は私とルピア、そしてグイル、ゾンゲ、リシュルの五人だけ。一度に大勢を相手にできるイーアとミーアはゲン達のもとに置いてきた。本人達は何があっても最後まで一緒に行くと言い張ったし、下が早く片付けば追ってくるかもしれないが、あちらも流石に全員抜けたら人手が足りない。

 いや……本音は、まだ幼いイーアと本来は女らしくて優しいミーアを、これ以上危険な目に遭わせたくなかったのだ。あそこも大変だが、まだ治癒魔法の医師団も仲間も大勢いる。

 正直な話、私は僅かながら死を覚悟しはじめた。大女王の怒りに触れた時から。だからあの二人を連れて来たくなかったのだ。かといって、ここにいる三人の戦士だったらいいというわけではない。他の誰に何かあっても嫌なのは同じなのだが、彼等は言っても聞かないだろう。

 彼等もまた、何かを覚悟しているような目をしている。これから凶悪犯の元に突入する刑事と同じ目。その重さを知っているから男の覚悟を挫きたくない。

 そしてルピアも。先程階段で魔力の補給はした。別にもうそのままでもいいのに、律儀に猫になって私の腕の中で丸くなっている。ひょっとしなくても階段を昇るのが疲れるから抱っこされているだけかもしれないが、ふわふわの毛の心地良さに私も何かを補給できる気がするのでこれはこれで嬉しい。

「マユカは死なないよ。僕がちゃんと元の世界に戻す。大丈夫、誰も死なない」

 微笑むように宝石のような緑の目を細めて見上げる金色の猫。

 ああ、お前は私の心を読めるのだったな。最初は勝手に人の頭の中を覗くなんてと思ったが、今は慣れてしまって逆にホッとする。

 そもそも猫という生き物は皆、人の心を読む力を持ってるんじゃないかな。微妙なタイミングで焦らし、そして甘える。首をかしげる角度、真っ直ぐに覗きこむ表情豊かな目、全てが人の心を掴む様に計算されている。

「……ルピアはいい猫だな」
「だって猫の王様だからね」

 そう言ってルピアがすりすりと顔を私の腕に擦りつける。尻尾がくねくねと手首に巻き付いてくすぐったい。こうしてると本当に普通の猫ちゃんだ。その様子を見て、ゾンゲやグイルの表情も緩んだ。

 絶妙の角度で首を傾げてルピアが言った。くりくりの目が真っ直ぐ私を見てる。

「ねえマユカ。全てが終わったら……お願いがあるんだ」
「お願い?」

 何かどきりとした。こんな事をあらたまって言うなんてまるで……いや。

「僕に本当の笑顔を見せて。泣き顔でも、怒った顔でも何でもいいけど」
「何だそれは。前に私に笑うなと言ったくせに」
「だってあれは怖……じゃなくて! 拳握らないで!」

 言いたいことは何となくわかった。私の心を覗けるルピアだけじゃない。私だって少しくらいはルピアの事をわかっているつもりだ。

「お前の、お前達の前でなら私はこの鉄仮面を脱ぐ事ができる気がする。心の底から笑うことも、泣くことも……きっと」
「まあ今だってマユカは前に比べると表情が柔らかくなったと思うぞ」
「ああ、それは感じる」

 グイルとリシュルが言ったが、え? そうなのか?

「特にルピア様をそうやって抱いている時は優しい顔をしている」

 ゾンゲまで。

 そうなのかな、そうかもしれないな。いつの間にか心に抱えていた大きなトラウマは少し忘れた気がする。眠るときもほとんど夢に見なくなった。

 他に気になることがありすぎるからか、それとも、本当にルピアに心を許しているからか……自分でもよくわからないが。

 笑えるといいな。最後は心の底から。

「ああ、そのお願いがきければいいな」

 全てが終わったら、か。

 少し和んだのもつかの間、はっと顔を上げたルピアが私の腕から飛び降りた。

 グイルも、ゾンゲも、リシュルも何か感じたみたいだ。そして私も。

 これは……殺気?

 一歩一歩進む度にそれは強まってくる。奥の小さな扉の向こうから。

 気配がもしも目に見えるのならば、それは何千何万という鋭い刃がこちらに向かって飛んでくるような感じだ。これ程までの気を今まで感じたことはない。

「扉の向こうはすぐに階段だが……」

 リシュルが肘を抱いて身を震わせるように言った。ああ、わかるぞ。この腹の底から湧き出してくるような恐怖。ゾンゲもグイルも何も言わないが毛がぞわぞわと動くのがわかった。ルピアもいつの間にか人型に戻っている。

「やはりそう簡単に女王のところには行かせてもらえんという事だな」

 この先に途轍もない強い奴がいる。

 だが……行くしか無い。そして倒さねばならない。 扉を開けるか? それとも向こうから開くか?

 とりあえずノックしてみる。

「誰かいる?」

 すぐには返事は返って来なかった。

「マユカ……トイレじゃないんだから」
「やっぱり、一応確認しておかないと」

 事前確認は大事だと私は思うが、なぜ皆そんなに呆れ顔なのだ?

 ややあって、低い声が返って来た。

「いるぞ」

 ほら返事があったじゃないか。

「いるって」
「……」

 いるんだな。やっぱり。すぐ向こうに。

 大きく息を吸い込んで思い切ってノブに手を掛けた。開けた瞬間に襲ってくるとも限らない。覚悟を決めて扉を開ける。

「お邪魔しまーす」

 ぎいいぃと音をたてて重い扉が開いた。

 薄暗い、そう広くない階段下のホール。吹き抜けの上の方の遠い窓から差し込んでくる光は夕刻のオレンジ色。空気が全く違うように感じた。先程から感じていた殺気は全くなく、物音一つ無い静けさ。

 ふわりと嗅いだことのある匂いが鼻をついた。この甘い花のような、蜂蜜のような。いや、僅かに違うもっと薔薇のような芳香も混じっているが、これは女王の匂い。吹き抜けになった階段の上から漂ってくるのだろうか。

 飾り手摺のある石の階段の下に、彼等は静かに立っていた。いきなり襲いかかってくるでもなく、ただ、差し込んでくる夕日に長い影を落として。

「待っていた」

 静かな低い声は先程ノックをした時に返事した声。

 刑事スキャン始動。身長百八十センチほど、やや細身。性別男。三十代ほどか。手には鎖で繋がれた三十センチほどの二本の棒……ヌンチャク。濃い灰色の短い髪の精悍な顔以外は頬近くまで固そうな薄い灰色の鱗が見えている。特徴からしてこれがスイの言っていた『師匠』か。

「絶対に通しませんわよ」

 もう一人。百五十センチほどか、一見小柄で華奢な女性。くりくりの長いピンクっぽい巻き毛に足首ほどのふわりとしたドレス。大きな目とふっくらした頬の少女じみた顔。十代後半から二十くらいかな? 穏やかそうな笑みを浮かべているが、妙に迫力がある。手には大きな羽根扇子。一言で言うならフランス人形、まさにそんな感じの可愛らしい姿。

「母上……やはりここに」

 ちょっと待て。リシュル、今なんと……。

「え? あれがリシュルのお母さんか?」
「ああ。憑かれていなくても恐らくセープで一番強い女だ」

 そういえば、父ちゃんより母ちゃんの方が怖いって言ってたな。だがこの見た目、違う意味で怖いぞ!

 七人も子供を産んで十八のリシュルが下から二番目ってことは一番上はかなりの年上だから……若くは無いはずだが、スイ然りセープ王然り、どうも寿命が他の種族に比べて長いという蛇族は全体に若く見えるようだが……若く見えすぎるだろこの母ちゃん。下手したら息子より若く見えるぞ!

「ええと、一応名前を訊いて良いだろうか。私は東雲麻友花だ」
「存じてますわ。伝説の女戦士。私は大女王様にお仕えするサイネイア」
「俺はキドネイアだ」

 どちらもイア。第一階級が二人か! これは……確かに強敵だな。

 二人の第一階級は、二手に分かれ、ゆっくりと歩み寄ってきた。これといって構えもないが、またあの突き刺すような殺気が満ちてきた。

「本当は生かして連れて来いと言われておりましたが、何が会っても殺せと大女王様のご命令です。出来るだけ楽に、美しくあの世に送って差し上げますわね」

 フランス人形が華やかに笑みを浮かべた。

 そしてヌンチャクの男も。おそらくこいつらが最後の幹部。

 背中を冷たいものが伝うのを感じた。

 やるしかない。戦闘開始だ。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13