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【第1章】五種族の戦士 - 55:とりあえず終結

2014/10/26 09:34

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 百二十八人。

 これは工場で使役されていた人の数である。種族も様々で、うち三分の一以上が下っ端に寄生されていた。マナを介して小学校に待機していた残りを呼び寄せ、総動員で耳かき作業が行われた。

「並んでくださーい」
「順番ですよぉ」

 ノムザのおかげで工場を制圧し、これ以上の武器の拡散を防げ、無事村人達を取り戻すことには成功した。ベネトルンカスに寄生されていたチィナはマナやリールと再会を果たして嬉しそうだったが……以後の扱いに困る者が二人ばかりいる。

「ノムザをどうする? 悪い奴ではないが宿主に気の毒だから出すか?」
「あー、それなんだけどね」

 既にビンに入ったベネトとノムザ本人(本虫?)の話を聞いたルピアが難しい顔をした。確かに体は魚族の男性なのだが寄生を解くと死んでしまうかもしれないとの事だ。

「どういうことだ? まさか女王ほどデカくて取り出せないほど奥にいるというわけでも無かろう? 第三階級だぞ?」
「いや、宿主のほうの問題だ。あれは身体能力は高いが事故で頭に損傷をうけた青年の体なんだそうだ。ほとんど自分の意思というのも記憶も無い。たとえ無事にノムザを取り出せたとしても人形のようなものだよ。一人では生きて行けないし、どこの誰かもわからないから家族に返しようも無い」

 それは……う~ん。そうか、本来ならもっと強い宿主も選べた立場であるのに、わざわざそんな体を。ひよろひょろだとは思ってたが、ひょっとしなくてもノムザって違う体を選んで、あの鎖鎌使ってきてたらたらかなり強かったかも……。

「軽部、ひょっとしてお前の仕業か?」
「はい。これは先程も申し上げましたが、私がヴァファムを日本に連れて行きたいと言った理由の一つです。植物状態の人間でも寄生することによって活動もできるかの実験です。ノムザさんはその成功例ですよ。多くの人の命を救う事だって出来るのですよ」

 しっかり増援部隊の縄で縛り上げられている軽部は得意そうに答えた。

 ふむ。確かに普通に喋れて動けるのはヴァファムのおかげかもしれない。犯罪者や一般人に寄生させるというよりは真っ当に聞えるが、それだって間違ってる。ヴァファムだって個性も高い知性もあると納得したばかりなのに、それで実験だと? 第一動けたとしてもそれは「別人」だ。その人を救った事にはならないのではないだろうか。

 あー、もう何かやっぱりコイツは色々理解出来無いな。

「で、まあノムザは後で考えるとしてだ。コイツ(軽部)はどうしよう」

 ルピアがつんつん後頭部を突くのを、非常に嫌そうな顔で我慢している軽部。前の軽部なら発狂していたところだろうな。色々腹が立っていたので、少し意地悪を言ってみた。

「ルピア、その軽部触ってる手、手すりやら虫やら持って洗って無いよな? しかも猫ちゃんのときは四本足で地べた歩いてたわけだし」
「ああ。だって手を洗う場所無かったから。大丈夫、ご飯食べる前にはちゃんと洗うから」
「……」

 わあ、面白いほど怖い顔になったぞ。きーってなってるのがわかる。だが残念ながら縄ほどいてはやらんから、洗いにもいけまい?

「そういやベネトさんの猫も地べた歩いてたなぁ」
「……」

 ま、この位にしておこうかな。

「で、どうする軽部?」
「どうするとは?」

「今後のことだ。大女王からこの世界を解放するため私達は向こうの大陸に渡る。もう向こうの世界との繋がりを絶った今、ここに留まる必要も無いと思うが?」

 ぶっちゃけ味方にもしたくは無いのだが、放っておけば何をやらかすかわからんしな。もう昔のように完全に精神を病んではいないようだが、コイツは言葉一つで人心を惑わす口達者だ。

 見た目は地味な男だ。背はそこそこ高い。そう太っているわけでもない。だが猫背で前髪がうっとおしくて、眼鏡で撫で肩で、人を上目使いで見て……そう、よくオタクとか言われてるタイプにこんなのが多いなという印象を受ける外見。そして神経質。だが、観察入院中に身なりをきっちり整えてもらい、取り調べをした時に藤堂さんが言っていた。昔のドイツの総統みたいな奴だと。

 背筋を伸ばしてハキハキと喋ると、異常に人を惹きつける喋り方をする。秩序正しく清潔にとの訴えは間違いでは無いのだが、言っている事は極端で、一つ間違えれば危険思考ともとれる発言ばかりなのに。思わず引き込まれたと言っていた。いじめられ、虐げられて病んだ精神の奥には、強烈なカリスマ性があるのかもしれない。入院先でもかなり他の患者からは慕われていたし、聞き込みに行った近所の年配のご婦人方の印象も悪く無かった。

 そしてさっき工場内で、階段の上から声を上げた時の作業員の反応。

 寄生されているでもない者の人心を飴と鞭を使い分けて操る才能。

 それ故に、私はこの男に言いようの無い気味の悪さと恐怖を感じるのかもしれない。それは無意識に気圧されていると言う事なのだろうか。

 呼ばれたと言ったが、彼も召還されたという意味が何となくわかる。ヴァファムの女王がただ知識を得るためだけでなく彼を選んだのが。

「……」
「こう言っては何だが、同じ日本人として、お前にこれ以上手荒な真似をしたくない。もしもうヴァファムに加担しないなら一緒に……」

「あの部屋は……日本だ。あそこからは離れたくない」

 沈黙の後、微笑んでぽつりと漏らした言葉に少し私も心が揺らいだ。

 三年間ずっとここに留まり続けたのはそのためか? たとえ外に出られなくとも、あの部屋の中は空気が違った。確かにあそこだけは違うと私にもわかった。

 たとえ小さな画面の中だけだとしても、情報は入手でき今日何があったかもわかる。人々の言葉が、今が見えていた。完全に放り出されたわけでなく、あの部屋にいれば、異世界のど真ん中であろうと日本で引きこもり生活をしていたのと変らなかったのかもしれない。

 私はそれを壊してしまった。

「ボクは……ここは嫌いではない。日本よりも余程ボクの理想に近いこの世界は嫌いじゃない。それでも……帰りたい」

 正直な気持ちなんだろうな。そしてそれは私にも痛いほどわかる。

 私もあの世界では相容れるものは少ないかもしれない。喜びも悲しみも怒りも浮かべない私の顔。その原因を作ったのもあの世界。

 それでも帰りたい。いつかは。

 だがそれは今すぐじゃない。まだ私にはやるべきことがある。

「マユカ、こいつは置いておいても大丈夫じゃないかな?」

 突然ルピアが言い出した。

「置いておくって、お前コイツは……下手したら役つきのヴァファムより余程危険なんだぞ?」
「あの部屋の近くにいさせてあげなよ。もう何も出来無いもんな?」
「ああ、もう向こうの情報も得られないボクなど女王もいらないだろう」
「どういう契約かわからないが、召還された以上一定の条件を満たすか不可能になった場合戻れるはずなんだ。でも彼は消えない。つまりは、コイツも使い捨てって事だよ。自分が使い捨てにしたノムザと同じようにね」

 わかるようなわからんような説明だったが、私を呼び出したマスターであるルピアの言葉は説得力があった。

「じゃあ、ボクはもう戻れないのか?」
「もう何もしないで大人しくしててくれれば、マユカと一緒に戻れるように僕が方法を考えるよ。でも手放しで解放はしてやれないから……そうだ」

 大袈裟な仕草でルピアが手招きをしたのは、ミーア達と一緒にいたノムザだった。

「彼に見張りをしててもらえばいいよ」

 おーい! 猫王様、残念な奴だとは思っていたが本当にお馬鹿か? さっき寄生を解くことが出来無いと言ったばっかりで、中身はいくらいい奴でもヴァファムの幹部のままだぞ?

「俺が? ケイ様を?」

 ノムザ自身も呆れているのだが……。

「マユカ、僕はちゃんと計算して喋ってるんだから残念扱いはやめてくれないか?」
「いや、駄目だろ、それはどう考えても」

「ノムザルンカス、君はヴァファムが最終的にこの世界を掌握出来ると思ってる? 女王の思い描く規律正しい世界こそ正しいと思ってる? 寄生し、他の人の意思を奪う事は正しい?」
「女王様の命令は絶対だが……」
「ほら、即答出来無いじゃないか。ヴァファムは賢い。君はその中でもかなり僕達他の種族の考えに近いよね。何故かわかる? ケイ様の近くに居すぎたからだよ。すっかり感化されてしまってるんだよ」

 ほう。言われてみればそうかも。それ故の最後の反抗があったのかも?

「君はある意味希望なんだよ。ひょっとしたらヴァファムと僕達はわかりあえるかもしれないっていう。だから君を信じてケイ様を任せる。どう?」

 ノムザは感極まったような表情で何度も頷いた。

 ああ、ここにも人心を操るのが上手い奴がいたな。そういや連合軍司令だもんな。上手な言い方だ。希望とまで言われて無茶できるほど、こいつはお馬鹿ではないのはわかっているしな。

「ノムザさん、ボクを許してくれるのですか?」
「一緒に、ここで大人しく待っていましょう。帰れる日まで」

 うん、まあ下手な奴に任せるよりはいいか……。


 なんか後味は良くないが、何とかこちらの大陸は片付いたようだ。

 次は向こうの大陸に渡らなければ。

 大女王とやらにお目にかからねばなるまいな。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13