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【第二章】新大陸 - 91:隠し通路の先

2014/10/15 16:01

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 短い筒状の縦穴を通り抜けると、下は暗い浄化槽……ではなく、薄暗い通路だった。先に降りた魔導師達が手にカンテラのようなものを持っていて、それで照らしてくれているのでなんとか見える。

 入り口を通った感想は、下品だがいつもトイレでさようならしている食べ物たちの成れの果てにでもなった気分だ。だが口には出さなかったのに、

「マユカ、僕も立派な○○こになった気分だよ!」

 私とミーアの後に、なぜか猫の姿になって降りてきたルピアだが、下で受け止めてやると笑うように目を細めて誇らしげに言った。

 お前というやつは……残念だな、やっぱり。だが難しい顔をしていた魔導師達も思わずくすりと笑ったので、場を和ませる事にかけてはコイツは天才的だ。そのあたりが猫ちゃんというところだろう。
ルピアを抱いたまま王様達に続く。天井が低く二メートルにも満たないほどの幅の通路は狭いが、そう不快でもなく、余談だが別に臭くはない。

「歩かないのか? ルピア」
「多分この先いっぱい魔法を使わないといけないだろうから……くっついてていいかな?」

 いいけどな。こうやって猫ちゃんを抱っこしてるとこっちも嬉しい。温かくて柔らかい体。ふわふわの毛。薄暗がりで瞳孔の大きくなったクリクリの夜の猫特有の目で見上げるのがたまらなく可愛い。

 ルピアも一応考えてはいるみたいだな、猫の姿だったら私も恥ずかしげも無く魔力補給もしてやれるし抱きしめていられる。

 だが……ほんの少し不安もある。この先ルピアが魔法を使わないといけない場面が多いと予感していると言う事は、間違いなく厳しい状況になるということだ。

 顔の前に抱き上げて口付けた。短い毛に覆われた口は少しチクチクするが構うものか。誰も気づいていないか、それとも見ていても何も言わないのか。いつものようにツッコミも入らないので少し長めにキスする。

 人間の男前の姿の時はタコチュー顔で迫ってっくるくせに、照れたように目を伏せるルピアにゃんこ。

「えへへへ、元気百倍」
「それは良かった」

 ぎゅっと抱きしめて先を急いだ。


 少し行くと急勾配の階段になっていた。階段というより木製の梯子に近い。流石に一階から九階までノンストップで行けるだけあって、長い長い上りだった。ルピアニャンコはいつの間にかゾンゲやグイルの肩に乗っかって移動している。猫なんだから自分で歩けよと思ったが、さっきの話ではないが少しでも体力を温存しておいて欲しい。魔力は強いがか弱い猫の王様はすぐにバテるからな。

 階段の終わりは行き止まりの天井に見えたが、王様が横の壁を何やらごそごそやると、がたんという音をたてた。鍵になっていたようだ。

「この上は少々狭くなっておるので一人ずつ出る。上が低いので頭を打たないよう。また、みつからぬ場所ではあるが、念のため不意打ちに注意されよ」

 先頭にいた王様が皆を振り返って言った。九階の役つき本人はここにいるからいきなり大物は出ないだろうが、下っ端や見張りクラスはいるかもしれない。

「では私達が先に行こう」

 王様は強いだろうが魔導師達は戦闘向きではないだろう。細い階段でなんとか順番を入れ替わり、王様、リシュル、私、ゾンゲ、グイル、ミーア、イーア、スイの順で出ることにした。ルピアは猫のままゾンゲに乗っかっている。

 王様がそっと天井……恐らく出口から見たら床であろう……を押し上げると、明るいかと思ったがやはり暗かった。灯りを持っているこちらよりも暗いくらいだ。

 すっと王様が頭から闇に飲まれたように見えた。続いてリシュルも。そして私も続く。

 頭を出した途端に少しカビ臭い気がした。どこかの部屋にでも出るのかと思ったが、天井が非常に低く、注意されていたが少し頭をぶつけた。やや暗がりに目が慣れて、微かに前に這うように進むリシュルの後ろ姿が見える。流石は蛇だ、こういう狭いところはお得意らしいな。昔、祖父母の家の押入れの天井を外して、こっそり屋根裏に上って秘密基地ごっこをして遊んだのを思い出す。

 うーん、だがこの体勢って後ろから見たら尻が丸見えだな。そして後ろを着いて来てるのはよりによって闇でも普通に見える猫族の野郎共だ。なんか嫌。

 王様とリシュルが目の前から消えた。今度は縦穴を降りたみたいだ。はぐれないように続こうとしたが、少し待てと言われたので待つ。狭いって言ってたもんな。

「いいぞ、マユカ」

 リシュルに呼ばれて、下に飛び降りる。狭いが触れるのは柔らかい感触だった。布? 沢山の布のある場所。先に行った王様が扉を開けたのだろう、少し明るくなってその正体がわかった。ああ、ここは……クローゼットなのか。

 クローゼットらしき場所から出ると、狭いが普通の部屋だった。一階でトイレに飛び込み始まった秘密通路はここで終わりのようだ。

「侍女の支度部屋だ。まさかこんなところに通路があったなんて」

 リシュルが驚いている。まあそうだな、万が一敵襲に遭って逃げるにしても王様の部屋からの通路があったら敵にだってバレるだろう。それが侍女のクローゼットの天井とは誰も思うまい。そして出口がトイレとは。コレを作った人は天才だと思う。ただ、反対から来たから良いものの、トイレから出る方だったら更にシュールな眺めだろうな……美貌の王様が便器からにょっきり顔を出す所を想像して可笑しいよりちょっと怖かった。

 次々に出てくる一行。なんかゾンゲが照れてるみたいに目を合わせないのは絶対に私の尻を間近で見てたに違いないが、何も言わずにおこうと思っていたが、

「実にいい眺めだったなぁ、ゾンゲ」
「しっ。ルピア様、内緒です」

 ……こそこそと話してるのが聞こえてるんだよ、ニャンコ二匹! くそーっ、なんでこんなに露出度が高いんだ戦士の鎧……そして猫だから一撃も食らわせられないじゃないか。覚えてろ、後で尻尾の根元まで撫で回してやるわ!

 そんなことはさておき、この部屋のドアを開けたらどうなるかはわからない。

 王様、魔導師達はこの階を確認するまでここで待機していてもらい、五種族の戦士と私、ルピア、スイで部屋を出た。

 間取りはリシュルもいるので問題ない。ここは九階の北の一番外れ、大きな廊下に出ると突き当りは王の謁見の間がこの階の三分の一ほどを占め、あとは控えのいくつかの部屋があるだけだそうだ。王の寝室などは十階に、リシュル達の部屋はこの下の八階、七階にあるそうだ。

 廊下で二・三人の下っ端に会ったが、声を上げられる前にのした。他は見て回ったが、もういる気配がないので王様達に出てきてもらい、早々に十階に上がる事にした。

「私達が城の門を潜った事はもう気がついているだろうから、あまり時間をかけると下の階の役つきも気がつくかもしれない。この隙をついて一刻も早く女王のもとに行く」
「もし癒やしや休息が必要になったらこの階に戻ってきてください」
「守りの結界を張り、僅かなりともみつからぬようにしておきます」

 魔導師達が言ってくれたので、万が一の王様の護衛も兼ねてスイ少年を置いて行くことにした。本人は最後まで一緒に行きたがったし、この前に師匠がいるかもと思うと貴重な戦力だが、もしここに下の階の役つきが上がってきた時のことを考えたら、いくら強くとも王様一人では不安があるし、上で誰かが傷ついた時の交代もありうると説得すると、白蛇少年は納得した。

「頼んだぞ、スイ」
「はい。マユカさん、気をつけて。師匠にあったら弱点は脇の下です」


 一人減り、また私達はデザールからの最初のメンバーに戻った。

 リシュルに案内され、十階への階段を行く足取りはやや重い。

 階段を上がり切る前から感じるこの気配。寒々しいほどの殺気。この先には強い幹部がいるのがわかるから。

 上に行くほど、大女王に近づくほど強い敵がいることはわかっている。各階に一人づつとは限らない。そして確実にその一人ひとりが強力だろう事も。そう、わかっていたのに。

「マユカ、来る……!」

 まだ猫のままのルピアが、背中の毛を逆立ててふーっと威嚇の声を上げた。ゾンゲもだ。グイルも低く唸っている。

 十階の踊り場に足を踏み入れた途端、ひゅん、ひゅん、と音をたてて何かが目の前をよぎった。

 察知していたので誰も当たらなかったが、その正体は私が持っている突っ張り棒を伸ばした時と同じくらいの棒だった。しかも左右から二本。

「待っていたぞ!」
「待ってましたよ!」

 いきなりか。すごくいきなりだな!

 待ち構えてましたって感じで登場したのは、二人の男女。

 刑事スキャン瞬間起動。二人共二十代前半、身長はおよそ百七十センチほど、驚くほど大きくはない。一人は黒髪の男、肌も黒い。もう一人は白といっていいほどのプラチナブロンド、肌も異様なほど白い女。共に長い髪を頭の上に高く結い上げた変わったヘアスタイルにつり目気味の顔つきは、性別と色は違うが双子と言っていいほど似ている。そして男女の違いはあるがこれまた共にボディビルダー並みのムキムキ筋肉質。一応女の方は小さな三角のブラで胸は隠しているが、男の方は上半身裸。下半身のみサルエルパンツのようなゆったりしたズボン着用。裸足。そして手には六尺ほどの八角棒。

 左右で対照的に棒を構える二人は、眉間にしわを寄せて怒りの形相だ。こういうの、どこかで見たことあるぞ。

 あー、アレだ。お寺の門に立ってる仁王像二体。阿吽だったっけ?

 こちらも一斉に展開してそれぞれ構える。 

「僕はヒオキレア」
「わたしはミオキレア」

 寸分たがわぬ鏡に写したような動きで、ぐるん、と棒を回して中段に構えた二人。

 レア。いきなり第二階級が二人か……コイツは手強そうだ。

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