HOME

 

【第1章】五種族の戦士 - 33:何度も化ける女

2014/10/14 16:35

page: / 101

 女というのは怖い。

 自分も生物学上は女なのだが、戦う相手として、と言う意味でだ。

 馬鹿にするわけでは無いが、男はわりと単純でわかりやすい。例外もあるが、力が強く、スタミナがあっても先は読みやすい。基本どんな生き物だって男は戦うように出来ているのだから。

 だが女は違う。特に人はそうだ。元々戦うように出来ていない体だが痛みに耐え、粘り強い。そして何かを守るためならば女は男よりも冷酷になれる。見た目と中身が大きく異なる事があるのが女なのだ。

 そして多くの女は変貌する。

 少なからず犯罪の現場でも女の絡んだ事件を見てきた私はそう思う。

 化粧をしただけで見た目が変るように、その人格までもころころと天気の様に変ってしまうことが多いのが女。

 か弱そうなどこにでもいる様な女が、簡単に男を篭絡し、手玉に取って金を貢がせる、悪女に変貌する。そういうのを何度も見て来た。

 だから女は怖いのだ。


 普通の女でも怖いのに、寄生しているのはヴァファムの中でも上位の幹部。この一見華奢で地味な女の体を幹部が選んだ理由は何なのだろう。

「このままでは暗いですわね」

 キーンというあのヴァファム独特の鳴き声と共に、ぱんぱん、と良く響く音でコモナが手を叩くと、今まで灯りの無かった洋館の玄関と二階に灯りが点った。かなり視界が明るくなったな。

「さあ、これで少しはやりやすいでしょう?」

 ふん、自分も見えたほうが動きやすいのだろう?

 鞭を持っているミーア、三節昆を構えているリシュルに視線を送り、まず私が様子を見る。

「纏めてかかっておいでなさい」

 別段構えるでもなく無表情のまま、コモナが言い放った。

 ほお、余裕だな。素手か。

「お前は武器を使わないのか?」
「まずは様子見です。出す必要も無いかもしれませんでしょう?」

 ふうん。何か持ってはいるのだな?

 ではこちらも素手で行かせてもらおう。

 薙刀を捨て、身軽になって走った。何かされる前に倒してやる!

 間合いを計り、突っ立ったままのコモナに組みかかったが、手が触れるか触れないかという時、その姿がふっと消えた。

「!」

 どこかの筋肉を動かした素振りも見えなかったのに!

「マユカ、上っ!」

 ルピアの声が無かったら、思いきり上から顔面にキックを喰らうところだった。それほどまでに高いところからの攻撃。

 腕をクロスさせて受けたため、ダメージは大した事が無かったが、こいつ、鳥男より余程重い攻撃だ。腕にも戦士の鎧が無ければ危ないところだった。

 余裕で着地したところを今度はすかざず回し蹴りに行ったが、またもその姿が掻き消えた。残像すら見えるほどの速さで。

 何てスピードだ! 人間の速さじゃない。

 この尋常でない身体能力。幹部に選ばれるわけだ。

 何より表情が全く変わらないのが憎たらしい。

「マユカ、それを君が……」

 ルピア、みなまで言うな。わかっているわ、そんな事っ!

 間髪入れずにリシュルが三節昆の攻撃を入れたが、バク転というよりブリッジのような形で難なくかわされた。体も柔らかく、その動きは全く無駄が無くて美しい。

「ふふ、怖い怖い」

 これも間をおかずに、こちらの中で最も動きの早いミーアの鞭が翻ったが、これもダメージを与えられはしなかった。ただ、一番速さに追いつけたのは流石と言える。僅かに鞭の先が尾の様に後を引いた髪を掠めたみたいだ。

 ぱらり、と一纏めにしていた髪が解けた。

「あら」

 これは予想外と言う顔で、コモナはぴょんと軽く後ろに数メートル飛んで距離を置いた。

 なんという身の軽さ。そして速さ。

「こいつ……一体何族の女だ」

 リシュルが言ったが、確かに何族だろう。他の今までの幹部と違い、目立った身体的な特徴が無い。体の柔らかさや優雅な動きは、最初に戦った第三階級のフレイルンカスに寄生されていた犬族の元ダンサーの女性に近い気がするが、鳥族にも勝るスピードと力強さはそれを上回る。

 職業も不明だが、筋肉のつき加減は格闘家で無い。やはりこいつもバレリーナの系統だろうか。師匠が言っていた、最も戦うために適した筋肉を持っている身体。

「うふふふ」

 突然、コモナが声を上げて笑い始めた。

 地味な纏め髪が解けただけで、酷く妖艶に見える。

「あーあ。やっちゃいましたね。お淑やかにしているつもりでしたのに」

 自分の髪を撫でて、にやっと笑ったコモナは、全くの別人のように艶やかに笑った。さっきまでの無表情で堅い感じは消え、口調まで色っぽい。そして、只でさえ殺気を感じていたのが、倍になったような。

「化けた?」

 タヌキかキツネかな、この女。いやいや、そんな種族無いよね。

「酷いですねぇ。本来の私に戻っただけですわ。もう手加減いたしませんわよ」

 ほう、今まで手加減してくれていたのか。恐ろしい事を聞いたな。

 だが攻撃をやめるわけにはいかない。こちらも本気モードに備える。

「よし、いくぞ」
「了解っ!」

 三人で一斉に行くように見せかけ、波状攻撃だ。

 長い得物を一度に使うほど私達も馬鹿では無い。同士討ちを避けるため、ややずらして行く。頭の良い二人だからその思惑は通じている。

 まずは遠目からリシュルが一番端の棒を握った状態で足元を狙うように三節昆を放った。これは難なくかわされるのは計算済みだ。

 着地点を見極めてミーアが待ち構え、蹴りを入れるフリで鞭を振るう。これもかわされるが、もう一度リシュルに着地する脚を続けざまに狙われて、コモナが僅かにバランスを崩した。

 よし、いいところに来た。

 思いきりスピードを乗せて回し蹴りに入る。後頭部に上手く蹴りが入る、そう思った瞬間、くるりと向きを変えたコモナはかわしもしなかった。

 打撃の衝撃と共に、踵に激痛が走った。

「イタッ!」

 いつの間にかコモナが手にしたもので蹴りを受け止めていた。

 トゲトゲの先のついた棍棒の様なもの。

 これってモーニングスターとか言うのだな、確か。

 何とか間合いを取って逃れ、自分の足を見てみたが傷はついていなかった。これも鎧がまもってくれたのであろう。ぐさっと刺さりはしなかったが、相当痛かった。

 それより……。

 確かに武器を持っているとは言っていたが。


 ど こ か ら 出 し た !


「胸の谷間に入れてましたの。これ、折り畳み式なんですよ。ほら、柄が伸びて、ここのボタンを押すと棘が出ます」
「……親切に説明ありがとう。隠せるほど羨ましい胸なのだな」

「貴女も頑張って寄せれば、ナイフ位なら隠せる谷間が出来ますわよ」

 髪が解けたコモナ様は、非常にノリがいい。皮肉も素晴らしい。嫌いじゃないよ、こういう性格。

 だが悪かったな、寄せないと谷間の出来無い胸で。

 ふ、ふん。得物を隠し持つほどズルい女じゃないんだからなっ!

「よぉし、今度からアタシもその手で行こう」

 ミーア、感心してるんじゃないよ。立派なお胸だからなぁ。そして横で照れてるんじゃないよグイルにイーア。

「マユカ、大丈夫だよ。僕は大きすぎるよりやや小ぶりな胸が好きだ!」
「……ルピアも親切にありがとう」

 覚えていろよ。絶対に今晩は寝かせてやらない。もふもふナデナデで朝まで啼かせてくれるわっ! 勿論子猫姿でな!

「なかなかおやりになりますから、武器を使わせてもらいますね」

 にっこりと無邪気ともいえる顔で笑うコモナはもはや別人。

 そんなに和んでいる場合では無い。

 くそっ、素手でも全く歯が立たないのに、やはり武器を出してきたか。

 しかも物騒なのが登場したぞ。上品な見た目に似合わない無骨な武器。

 いや、元々は聖職者が好んで使っていたというものだ。似合いといえば似合いなのかもしれないが……コイツはいわば女王に仕える聖職者。

 聖職者が打撃武器を好んだのは、血を流す機会が少ないからだと言われているが、実際は剣で斬れない西洋の騎士の鎧でも打ち砕いた恐ろしい武器。頭に打撃をくらったものが噴水の様に血を流したことから、ホーリーウォータースプリンクラーなんていうブラックな別名もあるくらいだ。ふむ、嫌だな、頭から血を噴出すのは。

「いやあっ! こわいいいいいい! マユカ、それ怖いっ!」

 ルピアが勝手に思考を読んで怖がっているが、知った事じゃない。

「マユカ、怪我は無いか?」

 冷静なリシュルを選んでおいて良かった。

「ああ。だがあれで叩かれると相当なダメージを食らうぞ。気をつけろ」

 コモナレアはそう簡単に倒せる相手では無いな。

 だが、マテ。よーく考えたら私はこういうのは知ってるかも。

 アレだ、チンピラとか悪い子ちゃん達をしょっぴきに行った時に何度かお目にかかった『釘バット』。あれと同じだよね。

 そう思うと少し怖くない気がした。

 そんなものを持ってる悪い子ちゃんは、お仕置きが必要だな。



*モーニングスター
古代からヨーロッパで発達した打撃系武器の完成形。中世ヨーロッパで棘付メイスから進化したとも言われる。「明けの明星」を意味する名前は、先端が星に見えるため。日本では鬼の金棒みたいなもん? RPGなどのゲームでもおなじみの名前だが、ゲームのものは鎖で鉄球を繋いだ中国などの狼牙棒に近い形が主流。

page: / 101

 

目次

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13