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【第二章】新大陸 - 64:もう一つの鉄仮面

2014/10/14 17:13

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 死相だなんて縁起でも無い事を……。

 凄い先生だと聞いていただけに、その言葉が酷く重く圧し掛かった。

「や、やだなぁ。僕はこんなに元気なのに」

 女医さんから逃れる様に、私の後ろに身を隠したルピアの手はこころもち震えているようにも思えた。

「あの、先生? ルピアは魔力補給もしたし、元気ですけど?」

 確かに、私の代わりに攻撃を受けたり、すごい大技の魔法を使ったりして一度の魔力補給で目覚め無いほど疲れ果てていた。だが馬車に乗る頃からは異常に元気に見えているのだが。

「見た目は元気そうだけど、彼はぼろぼろよ。猫は人に弱味は悟らせない名人なの。放って置いたらそのうち人目に付かないところで突然倒れて死ぬわね」

 何を言ってるんだ先生。でもそれは……あり得過ぎて怖い。

 考えてみたら私を含め他の者は怪我をしたりする度に医者にみてもらっているが、ルピアは一度も診てもらっていない気がする。

「いい機会だ。ちゃんと診てもらえ」

 隠れていたルピアを差し出すと、先生の合図で看護婦さん数人が現れた。いいじゃん、お前女の人が好きだろう。ナースって萌えなんじゃないのか? ま、なぜか結構年かさの女性ばかりのようだが……。

「ふふふ、隅々まで調べてあげるわね」

 女医さんも看護婦さん達もなぜか非常に嬉しそうだ。中身は残念だが見た目だけは極上の美男だからな。

「よくお姉様方の言う事を聞くんだぞ。先生、ブスッと注射でもしてやってください」
「わーっ! 嫌だぁ、助けてマユカー!」

 ルピアを白衣のアマゾネス達が強制的に検査室に引き摺っていく。

 じたばたしている様子は非常に元気そうなのだがな。部屋の中と外なので大丈夫だろうと思い、任せて表で待っていることにした。


 議事堂のほうも気になるし、ミーア達を預けて今日中に帰るとは言ってあったから、残っているグイルやゾンゲはあまり遅いと心配するだろうか。

 だが、もし本当に先生の言うようにルピアが入院という事態になったら、私も一緒にいないとマズイ。それこそ本当に死んでしまいかねない。

 さあどうしようと思っていたら、待たせてあったゲンとニルアが指示を欲しいと寄って来た。なぜ私に……と思わなくも無いが、病院と言うのはどこも悪くない人間には退屈なところではある。

「そろそろ戻らないとマズくなぁい? 首都のほうも大変だろうし」
「ああ……その事だが」

 ひょっとしたら私は動けないかもしれないと言う事を告げると、ニルアが先に自分達だけで戻ると言ってくれた。

「あらん、蛇のお兄さんの側にいたいんじゃないのぉ?」
「び、病院ですし、ご無事がわかったので」

 ニヤニヤ不気味に笑ったゲンちゃんにニルアが真っ赤になってるのが可愛い。ふ~ん。なるほどぉ、いつの間にそういう関係になってたんだ。なかなかやるな少女。

「ではイーアは置いておくとして、先に帰ってくれるか? 議事堂周辺は押さえたとしても、まだかなり危険な状態である事は確かだ。下っ端だけならいいが、ひょっとしたら周辺から他の役つきが第一階級を奪還に来る事も考えられる。途中で会った過激な少年達のような動きも気になるし」
「了解よぉん」

 ゲンちゃんはわりと物分りがいいのでやりやすい。傭兵としての経験が長いからだろうか。オネェなのはともかく、こういうのが一人いてくれるととても助かるタイプだ。きっといい刑事になれると思う。

 三日後にこちらで合流と打ち合わせをして、別れ際、

「あ、待って! ボクも先に行く」

 慌てたようにイーアが走って来た。

「お兄さんは? イーアは私達と一緒にいてもいいんだぞ?」
「その兄ちゃんが早く行けって。もういっぱい話せたし、思ったより元気そうだったし。自分はいいからすこしでもマユカの役に立てって」

 なんかせっかく会えたのに気の毒な気もするが、わりとあっさりした兄弟関係なんだな。それとも信頼しあってるが故なんだろうか。

 まあいい。兄弟がいいと言うなら、向こうは一人でも人手があったほうがいい。いざとなったら下っ端くらいなら大人数相手でも一撃で気絶させられるイーアは、グイルとゾンゲが完全で無い今は頼もしい存在だ。

「ではお願いする。まあ三日後にもう一度会えるから」
「わかった!」

 というわけで、入院となったミーア、リシュル、私、只今検査中のルピアを残して、幌馬車は議事堂に帰って行った。



「あの猫の坊やはしばらく入院してもらうわ。やっぱり他の二人とは比べ物にならないくらい状態が悪い。少なくとも十日は安静が必要」
「そんな……」

 三日どころか十日とか宣告されてしまった。

「心配しなくてもこの診療所はそれなりに設備も整ってるし、ヴァファムの手も及ばない。心配なのはわかるけど金髪子猫ちゃんもちゃんと看てるから置いておいても大丈夫よ?」
「いや……ルピアと私は離れられないんだ。私も一緒にいないと……」

 この先生はすごく信用出来そうだ。思い切って私がこの世界に来た経緯を先生に話してみた。

「……召還ねぇ。噂には聞いた事があったけど……そう、猫族のデザール王と伝説の戦士なのね。そりゃ禁忌の技を使えばあの状態も納得いくわ」

 治癒魔法の大家だというだけあって、魔法に詳しい先生は溜息をつきながら何度も頷いた。そんなに凄いことだったのか。

 それよりも十日以上って……そこまで私が足止めされるのは厳しい。

「ルピアはそんなに悪いのですか?」
「何というか……命を削っていってるとしか。表向きはわからないだろうけど、内側から徐々に崩れて来てるって感じね。本当は全身夜も眠れないほど痛いだろうし歩くのも厳しいくらいよ。誤魔化すために制御の魔法を無意識に自分にかけてるの。だから魔力の減りが通常より早いの。本当ならもっとすごい魔法を使える素質を持っている筈よ。それに変身出来るそうだけど、あの歳なのに子猫にしかなれないというのは非常事態なの」

 命を削ってる――――誤魔化すために自分に魔法を――――。

 何てことだ。いつも愛想だけは良くて、頼りないのかすごいのかよくわからない、口を開けば冗談ばっかりで……。

 私と一緒じゃないか。私は悲しくても嬉しくても怒っていても顔に出ない。だが、ルピアは自分が辛いのを見せないようにいつも笑って、他の人の心配ばかりして。本当はもっとすごい事が出来るというのもその片鱗を見せてくれた。だから信用できる話だ。

 ルピア……。

 鉄の仮面を被ってたのは私一人じゃないじゃないか。

 そう思うと無性に愛おしく、健気に思えた。本当は全然残念なんかじゃない、そこまでしてこの世界の人達を救おうと必死になっていたなんて。

「今は薬で眠らせてある。起きるまでそっとしておいてあげて。きっと貴女の顔が見えたら意地を張って、また何でもないフリをすると思うの。距離が開かないギリギリのところにいて頂戴」


 ミーアとリシュルの様子を見に行ったり、病院の中を散策したりした。それ以上離れると流石にマズイので、診療所からは出られない。元々ベッドの数も少ないが、外の状態が状態だけに入院患者は案外多く、ほとんどがお年よりや子供で、私達の一行やイーアの兄のローアの様な歳の者は珍しいのだそうだ。

 女医さん……ヒミナさんはこの建物の一角に住んでいる。私もそちらにお世話になることになった。三十代半ばの美人の女医さんとは何故か非常に気が合った。先のミーアとの話じゃないが、こんな姉が欲しかったと思う。

「まあ私も治癒魔法を使う医師として、極力頑張るから。そう心配しないで」

 ヒミナ先生も言ってくれたので、任せるしかない。

 だがあの小さな可愛い子猫を抱っこ出来無いのは非常に寂しい。

 夜、海が見たいと思い中庭に出た。

 もう夜も更け、灯りは満月に近い明るい月の光だけ。病院の夜は早く、既にほとんどが寝静まって静かだ。ルピアをこっそり覗きに行ったが、静かに眠っていたので部屋には入らなかった。

 海風の気持ちいい中庭を歩いていると、奥の裏庭の方で大勢の人の気配がした。まさかヴァファムの下っ端が攻めてきたのかと思ったが、どうもそういう感じじゃない。電子音のような不快な音でなく、はっきりした人の言葉で話す声が微かに聞こえてきた。

「武器は随分集まりました」
「みなとてもやる気になっています」
「あまり無理はしないでくださいね」
「数人殺してしまったものもいますが……これも仕方が無いと思います」
「虫つきといえど、元は大事な隣人達。傷付けても命を取るのは最小限に留めてください」

 ……この会話。

 そして、皆が敬語で話している主要人物の声に何となく聞き覚えがあった。

 そーっと気配を殺して、様子を伺うべく近づいた。

 月明りに照らされた芝生の庭に、数十人の若い男女が剣や槍を手に集まる中、中央にほっそりした人影が杖をついて皆に指示を与えるように立っている。

「決起の日は近い。それまで皆さん、無事に逃げとおしてください」

 穏やかに微笑んだ反ヴァファムの集会の首謀者と思しき人物。

 それはイーアの兄のローアだった。

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