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【第二章】新大陸 - 99:最後の死闘

2014/11/08 19:39

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 ブブブブ……低く響く虫の羽音。

 小女王と違い、大女王は戦うらしい。

 背丈よりも長い金色の髪が、翅の起こす風に別の生き物のようにうねり、少し透け感のある白い着物の裾がオーロラのように翻る。時折ちらりと覗く脚は銀色の光沢のある昆虫特有の棘々したもの。僅かに残る人らしい部分は片腕と顔半分のみ。それが美しく、そしてよく見知った顔に似ているものだから余計に違和感が大きい。

 この最上階の部屋は天井が高そうだが、桃色の糸が張り巡らされているためそうは飛び回れないだろう。それでも、宙に浮かんでいるだけでこの存在感。

 なんだろう、体が熱い。力が沸き上がってくるような気がする。

 大女王は強いのだろうか。戦え、倒せと闘争本能に訴えて来るのはひょっとしなくてもこの鎧のせいなのだろうか。あの異質な生き物はここにいてはいけない、この世から消し去れと。

 いやいやいや、待て。いかにもう切り離せないとはいえ、ルピアのお母さんなのだぞ! やはり命を断つなど私には……。

 そんな私の考えを読んだのか、ルピアが一歩前に出てきた。

「マユカ、言ったはず。大女王だけは生かしておいてはいけないんだ」
「しかし……戦うのは良いが命まで……?」
「もう母の部分は生きていない。中途半端に面影が残っているだけなら、いっそ全て消えて無くなってしまったほうがいい! 」

 珍しく声を荒らげてルピアが言った。

 そうか。あれはお母さんであると同時に、お母さんを奪ったものなのだ。それを目の前にして平静でいられるはずが無い。

 体が死にそうなほど辛い時も、決して表に出さず我慢してた奴だ。一人で悲しい思いを抱えてたのに、それすらも見せずに。人の事ばかり心配して。私以上に固い鉄の仮面を被ってきたルピア。

 私はルピアのお陰でやっと仮面を脱いだ。だから今度はルピアの番。

 これ以上悲しませるのは嫌だ。それだけでも私にとっては戦う理由になる。

 大女王を倒す!

「ふふふ……私に勝てると思っているのですか?」

 わずかに覗く顔が、たとえ穏やかな笑みを浮かべているとしても。

「勝つ。今は負ける気がしない。別にヴァファムに恨みはないし、先の事故以外殺したことはない。だが女王よ、お前だけには個人的に恨みがあるからこちらも殺す気でいくぞ」
「個人的な恨み?」
「ああ。世界を救うとか、そんな御大層な理由はどうでもいい。お前は私の大事な男の母親を奪った。悲しい思いをさせた。それだけで殺したいほど恨みがある!」

 ぶん、と自分が構えた棒が音をたてる。握り具合、重さは変わったように思えないが、もはやスチールのツッパリ棒の安っぽさは留めていない金色に輝く戦杖。

 これから攻撃に出ようという構えなのか、六本の手足を広げ、少し高度をあげた大女王。

 女王と管で繋がっていたオスの虫達が慌てて離れた。大女王自信の翅が起こす風で桃色の糸が揺れている。その上にはこれから孵るであろう卵もある。あのキノコちゃんみたいな幼生もいるかもしれない。ここでやりあったら巻き込んでしまう。

「あー、ちょっと待て。さっきも言ったが他のヴァファムは巻き込みたくない。出来るなら安全な場所へ。それとも外へ出るか? やりあうのはそれからだ」

 我ながら暢気に言ったが、そこで大女王も気がついたらしい。ここには他に人に寄生しているものはいないようだが、あれだけ子供を大事にする女王だ。卵の一つでも壊したら大変なことになりかねない。

「……出ましょう」

 大女王がひらりと手を動かしたかと思うと、景色がぐにゃっと歪んだような気がした。そしてなんとも言いようのない感覚に襲われた。

 一番近いのはあれだ……遊園地のすごく高い所から一気に垂直降下する絶叫マシン。なんちゃらフォールってやつ。

 体が一瞬ふわりと浮いて目の前が真っ白になったが、気が付くと先程の城の最上階の部屋とは全く違う場所にいた。

 広い屋外だ。完全に日は落ち、濃紺の夜の空。ひんやりした空気が頬を撫でていった。足元の感触は石畳。黒々としたシルエットでセープの城が目の前に聳えているところを見ると、最初にセープ王に憑いていた第二階級と戦った城前の広場のようだ。

 確かにここなら邪魔は入らないな。

 ……でもなぁ、魔法? 一瞬で場所を移動できるほどの事が出来ちゃうんだな、大女王。なんか、ちょっと不安になって来たぞ?

 ブブブ……静かな夜の空に虫の羽音が響く。大きな月を背に異形の影。

 遠い町の灯と月明かりの広場。他に邪魔をするものはいない。

 暗いが自分が光を発しているような女王の姿はよく見える。残念ながら私もなんか鎧のせいか光っちゃってるので視覚的には互角だろう。

 ああ、鎧といえば、この金ピカにバージョンアップした戦士の鎧、軽部に言われるまで知らなかったのだが頭の飾輪に猫耳がついてるそうだ。流石は猫族が作ったって事で。それに金色猫にゃんに「僕とおそろい」って言われて……納得出来るかっ! 猫にゃんは好きだが自分が猫耳なんてちょっと恥ずかしいではないか。まあ今はどうでもいいが。

「ルピア、離れてろ!」

 先手必勝と突きに行く。宙に浮かんでいる相手だが、地面を蹴った足は自分でも驚くほどの跳躍力と滞空時間をみせた。戦士の鎧すごいな。猫耳でもいいや。

 女王は逃げなかった。

 正確に喉元を狙った突き。だが、当たらなかった。後数センチのところでピタリと止まった棒の先。

 何だ、今のは。何をしたようにも見えなかったのに!

 着地して仕切り直す。

 外に出たことで天井も壁も無い今、こちらは圧倒的に不利。相手は翅があって飛ぶのだ。それでも、ほぼ昆虫化しているとはいえベースは人間。あまり高くも自由にも飛べないようではある。

 もう一度、今度は薙ぐように攻撃に行く。今度は僅かに高度を上げてかわされた。

 着地したところでルピアがよろよろと近づいてきた。魔力は少しは回復したようだが、まだサイネイアにやられた怪我が治ってない。足元もおぼつかないのに出てくるな。

「マユカ、まずは女王を地面に降ろさないと」

 頼らねばならないのはわかっているが、本当はあまり魔法は使わせたくない。さっきのようにルピアが狙われたら……考えただけでゾッとする。

「これが最後だから思い切り行くよ。頼ってよ、僕を。ちょっと準備に時間が掛かるから、マユカも頑張ってくれる?」

 勿論私は頑張るが……最後って。なんだか酷く不吉に響く言葉。

 そんな私達のやりとりを大女王は浮かんだままで過ごしていたが、ルピアが手を胸前で組んで呪文らしきものを唱え始めた途端に動き出した。

「させません!」

 急降下してきた女王は鉤爪のある足で蹴りに来た。狙いはルピアのようだ。

 攻撃に来た時こそ一番のチャンス! 

 すかさずこちらも飛び蹴りで受けに行く。同時に本体を棒で突きつつ。

 がつんという硬い音をたて、腿に私の蹴りが入り、女王の軌道がズレてルピアには当たらなかった。固い! 足がじーんと痺れた。

 頭を狙った棒はまたしても寸でのところでぴたりと止まったかのようだった。スイのあの空気の膜とも違う、壁にぶつかるような感じでもない。見えない手に受け止められるような。これも魔法なのだろうか。

 何度もジャンプしては攻撃を繰り返す。大女王もやはりヴァファムの特徴とも言える視野の狭さがあるのか、ルピアの事を忘れ、私の方に意識を集中してくれたようだ。魔法の発動まで時間を稼がねば。

 再び高く飛び上がった女王。ブブブブという羽音が止まることはない。降下してきて今度は攻撃に来た。宙に浮かんだまま足で薙ぐように蹴ってくる。かわすと上昇降下を繰り返して今度は別の足が掴みかかるように襲ってくる。

 予想外に魔法も武器も持たない素手での直接攻撃だが、昆虫特有の棘々した足は人の大きさになったらそれ自信が武器のようだ。荷物や魚を運ぶ時に使う手鉤を束ねて大きくしたような先はまともに食らったら確実に刺さるだろうし、特にあの足の巨大な弧を描く先端は鎌のようにも見える。首くらいは飛びそうだ。一本は人の手だが棘々が五本。二刀流ならぬ五刀流か?

 先に何度かかわすうちにマントが裂け、髪の先が散った。

 だがやりあっているうちに少し攻略ポイントが見えてきた。脇から生えてる人にも獣にもありえない一対は少し動きが鈍いし、固い甲殻に覆われていてダメージは与えられないが、人の部分を残す部分以外にはこちらの攻撃がなんとか当たる。柔らかい部分だけを魔法で防御しているのだろう。

 月明かりに透ける薄い翅。甲虫の外側の固い翅は飛ぶのには使っていない。あの薄い翅を狙えば。

 それでもこちらはジャンプ以外に近づく事が出来ず、相手は自由に高度を上げる。どうやっても届かない。

 ぱあっと周囲が明るく光ったのは次の瞬間だった。いつものあの魔法の印とは違う、もっと大きなものがルピアの周りの地面から何本も立ち上がった。それは白く輝く光の柱のように細く長く、空に向かって伸びていく。

 その中心で金色の髪を炎のように逆立て、胸に両手を当てて立つルピアは私が知っている彼じゃなかった。その双眸は白っぽい緑に光ってる。

「させぬと言った!」

 大女王が再び降下してきた。

 私も大きく跳躍して迎え撃つがすいとかわされた。しまったと思ったが、ルピアの周りの光の柱がその時一斉に動き始めた。

 意思を持っているかのようにうねりながら女王に向かっていく白い光は、何匹もの白い蛇のようにも見えた。

 高く飛びすいすいとかわしていた女王だったが、段々と集まり正確に追いかけてくる光に段々と追いつかれ、ついに足の一本に光が触れた。

「捕縛」

 ルピアの声に合わせ、しゅるんと大きく撓った光が女王の六本の手足を捉えた。その姿はまさに蜘蛛の巣に掛かった虫そのもの。

 声もたてずに身を捩る女王を少しずつ高い空から引き下ろす白い光の帯。

 すごい! ルピア、とんでもない魔法が使えたんだな!

 悠長に関心してもいられない。この隙に私は攻撃しないと!

「マユカ、今だ」
「ああ!」

 思い切り突きに行ったが、はやり人の部分には当たらない。当たる部分は甲殻で弾かれる。

 くそっ、何か物理的なダメージを与えないと、こんな大技を使ってルピアが長時間もつわけがない。

 とにかく先に考えていたように翅を狙いに行く。本体を狙うと見せかけて、広げたままだった翅に足で思い切り蹴りが入った。

 ばり、そんな乾いた音。

 よし、片方だけだが翅を破った。

 痛みを感じたのだろうか、僅かに残る美しい人の顔が怒りに歪んだ。

「おのれ……!」

 ルピアの白い光の戒めを引きちぎるように、女王が身を縮めたあと手足を思い切り広げると光が四散し、こちらに返って来た。

「わあっ!」

 弾かれたようにルピアが飛んで地面に叩きつけられた。

「ルピアっ!」

 女王もまた片翅を失って飛べなくなったのかフラフラと降りてきた。光に吊り下げられていたから宙にとどまっていたが、支えるものが無くなった今、もう飛び立てはしないだろう。

 ルピアが気になったが、この機を逃すわけにはいかない。

 地に足がついた状態の方が私は戦いやすい。下段に棒を構えて突っ込む。

 顔をやや伏せ、立っていた女王が顔を上げた。虹色の大きな複眼が眩く光ったと思うと、すさまじい何か襲ってきた。

「許さぬ……」

 風というか気の塊というか……魔法なのだろうか、これは。流石女王と、弾き飛ばされながら考えてる私もなんだか悠長かもしれない。

 かろうじて地面に叩きつけられはしなかったが、着地というにはやや無様にルピアの横に尻もちをついた。

「もう……一度、さっきのを……やる。目を何とかすれば魔法は使えない」

 そう言ってルピアが立ち上がろうとしたが、腹を押さえてうずくまった。唇の端に血が見える。地面に叩きつけられた勢いで先の傷が開いたのかもしれない。第一もう魔力も残ってないはず。

 それでも必死で立ち上がろうとしている姿にまた、何かが吹っ切れた気がした。

「馬鹿、無理するな! 死ぬぞ!」
「バカって……いう……な」

 ゴメン、ルピア。でも大馬鹿だ。一生懸命なのはわかるがお前が死んだら意味が無い。

 敵が目の前にいようがなんかまた男女が逆になってようが構わない。抱き寄せて思い切りキスする。口の中に血の味が広がった。

「マ、マユカっ?」
「ちょっとだけだが魔力の補給だ」 

 まあ、勿論大女王も目の前でいきなりキスしはじめた私達をぼけっと突っ立って見てたわけでは無かった。またあの力の波が襲ってきて、二人とも吹き飛ばされそうになったが、ルピアの頭を抱え込んで何とかしのいだ。

「動くなよ、ここを」

 あの複眼をなんとかすればいいのだな。

 もう一度女王に向かって突っ込む。ルピアもそうだが、女王もそう長時間、そして連続しては魔法を使えないようだ。

 棒と虫の手足との攻防。再び複眼が光り始める。

 咄嗟にもう裂けていた自分のマントを引き外し、ひらりと宙に放った。

 一瞬だが動きを止めた女王。そこを渾身の力をこめて突きに行く。

 金色の棒の先が虹色の女王の複眼を射抜いた。

 あれだ、先のサイネイアの羽根扇と同じ。放ったマントになんの意味もない。ただ一瞬でも他に気を向けただけ。


 オオオオオ――――!!
 

 空気を、地面を揺らすほどの女王の声が響く。

 身を捩り、のたうつさまは舞を舞うよう。この隙にもう一撃と出たが、魔法は封じてもまだ五本の武器があることを忘れていた。

「人ごときが……許さぬ、許さぬ!」

 物理攻撃にうつった女王は今度は異常なスピードで動き始めた。

 中央の一対はまだ目で追える動きだが、回し蹴り、そして腕のパンチが速い! 何とか棒を回しながらしのぎ続けたが、当たらなくともその衝撃波だけで物を切り裂けそうな勢いにこちらから攻撃に移れない。

 すこし息切れしてきて私の反応が遅れ、一番大きな鎌のような足の連続蹴りをかわし損ねた。一秒にも満たないほんの刹那の時間に私は死を覚悟した。 

 だが私はダメージを受けなかった。

 目の前に大きな光る図形が広がって盾のように私を守っていたから。

 これは……いつものあのルピアの防御陣。止めるだけじゃなくて、代わりに自分がいつも攻撃を受けていた。ってことは……。

 視界の端に地面に崩れ落ちる姿が見えた。

「ルピアっ!!」

 やっぱ馬鹿だお前! そんなヨロヨロなのに身代わり使うなんて!


 ぷちん。

 キレたぞ私は。

 棒を投げ捨てて素手で女王の懐に入った。

 もう相手が虫であろうと何でもいい! 

「うおおおっ!」

 節のある昆虫の足とドレスの胸元を掴み、背負投げだ。

 背中の固い翅がぐしゃと嫌な音をたてて地面に叩きつけられた。すかさずひっくり返して押さえ込む。虫って背中側からだと足が届かなくて抵抗出来ないからな。

 と、ここではたと我に返った。

 ええと。押さえ込んだのはいいけど、この後どうするんだよ私。

「胸の、中央……あたり……女王の、核が……そこ、を」

 ルピアのかすれた声。

 押さえ込んだまま拳を振り上げたその時。

 きいぃんと空気を震わせて女王がヴァファム特有のあの声をあげた。

「仲間を呼んだのか?」

 くそう、沢山呼ばれたらまた……だが違ったようだ。

「いいえ逆です。危ないから来てはいけませんと子供達に伝えたのです。」
「覚悟を決めたか」

 そう言った直後、うつ伏せのままの女王がくすくすと笑い声を上げ始めた。

「覚悟? ふふふ、おかしなことを」

 もはや逃げも出来ないくせに、随分と余裕のある声だな。

「我らヴァファムは第六の種族などではない。我らこそ力の石。這いずり、四足で歩き、言葉も持たなかった獣達に文明を言葉を与えたもの。謂わばこの世界の創造主であるというのに。その正しき愛を受け入れぬ世界に再び機会を与えてやったのに。猫の王よ、お前の一族、そしてこの体の主だけはそのことを知っていた。だから封じられていた私を放ってしまったのではなかったのか? そして異界の女よ、お前も。お前達の祖も我らであったのだぞ? お前は神を殺すというのか」

 何を言ってる? 何のことだ? 創造主? 神だと?

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まいるどタブレット小説 Ver1.13