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【第1章】五種族の戦士 - 49:虫が好かん

2014/10/14 16:55

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 私は閉所恐怖症でも暗所恐怖症でもない。どっちかと言うとちょっと狭くて暗いところの方が落ちついたりする。猫みたいなものだ。

 しかし今は落ち着かない。誰かに監視でもされているような。気のせいか、壁が動くような気がしなくもないし……。

「マユカ、怖い?」
「怖くないと言えば嘘になるな」

 海沿いのポンプ小屋から武器工場へ続く、ヴァファムの幹部用の通路。

 幹部用だからか誰も襲ってはこない。それが一層不気味だ。

 思った以上に天上が低く暗い。百八十は無いと思うが、この中で一番背の高いリシュルはやや屈んでいる。地下を通っているのだから仕方は無いのだが、灯りは各々の手持ちのオイルランプのみ。石の壁の内部は海が近いからか、微かに潮のニオイがして、空気は湿って淀んでいた。

 ぱっと見、直線で八百メートル位だと思った。大体歩いたら十~十二分で着く計算だ。だがもうもっと長く歩いているように思う。搬入口チームに危険が集中しないようにするため、三十分経った辺りで入って来るように打ち合わせして別れた。間に合うだろうか。

「暗いと時間の感覚が曖昧になるものだ。大丈夫、実際はまだそんなに経っていない。むしろ早すぎるくらいだ」

 冷静なリシュルが一緒で良かったと思う。狭いところが少し苦手というミーアは私にくっついたままだ。

「いっそ何か襲って来てくればいいのになぁ」
「物騒な事を言うな、ミーア。この狭い空間で戦うのは厳しいぞ」

 リシュルの言うとおりだ。武器を持っいるが、ここでは振るう事は出来無い。流石に蛇だけあってか、彼はこういう所は好きみたいだ。それは猫ちゃんも同じなようだ。

「降りていい?」

 暗いところの猫特有の真ん丸の目でルピアはうずうずしている。

「やめておけ。暗いから踏んだら大変だ」
「うー、壁にくっついてる虫さん、追いかけたいなぁ」

 ……虫? そういえばかさかさって……壁が動いてるのって……。

「女性は見ない方がいいかも。海がすぐ横だからな。灯りで逃げてる」

 リシュルが灯りを出来るだけ横に向けないように動かした。気配りに感謝するが、スリングの猫ちゃんはそんな気配りなど皆無なようで。

「暗いところの壁はフナ虫がびっしりぃ」

 ひいいいぃ! 言うなルピアっ! 見ない。絶対に見ないっ!

「ずっと誰かに見られている様な気がしてたのはそのせいか」
「多分、それだけじゃないと思う」

 まだ言うか、この猫にゃんめ。

 だがそれは冗談では無かったようだ。

 これは……人の気配? この先に何かがいる。

「ミーア、お待ちかねの刺客が来たみたいだぞ」
「うっ、本当は待ってないのに」

 この殺気でもないじとっとした視線だけのような気配。これは知っている。

「ノムザルンカスか?」
「正解。迎えに来てやったぞ」

 相当背の高い男だったから、この低い天上の中で完全に腰を曲げている。ランプの灯りにぼんやりと印象の薄い顔が浮かんだ時、スリングの中のルピアがしゃーっと猫らしい威嚇の声をあげた。

「ミーア、ルピアを抱っこしててくれ」
「待ちなよ、流石にここでやり合おうと思わない。迎えだって言ってるだろ」

 慌てたようにノムザが両手を広げて見せた。素手だ。先程得物の鎖鎌は回収してやったしな。でかい手にすっごい水掻きがついてるが。

「迎えに来てくれとは言ってないぞ。迷いはせん、こんな一本道」
「知るかよ。ケイ様の命令だ。着いて来な」

 背を向けて歩き出したので大人しく着いて行く。横でリシュルとミーアが少し呆れていた。

「そいつ、役つきでしょう? 友人の様に喋ってますね、マユカ」

 やはりおかしいかな? 一度手合わせをした相手だから、何となく信用できると言うか。変な話、一度拳を交えた相手と言うのは分かり合えるものだ。こいつはわりと裏が無いタイプだと思う。それに目の前に敵がいる事で気持ちが引き締まり、蠢く壁の事を忘れられたのは幸いだ。

 ……考えてみたら壁にいるのも、ノムザも虫なんだが……。

 無言で背の高い男の後を着いて行く。一応ミーアもリシュルもそれぞれ鞭と三節昆はいつでも振るえるように手にしている。勿論私も邪魔だと思いつつ薙刀を持っているし。ここでは、とノムザは言った。広い所に出た瞬間、そうはいかないだろうと言う覚悟は勿論出来ている。

 そして開けた場所に出た。空気が少し軽く感じた。

 壁は石積みのまま。だがガランと広く、仄明るい。トンネルを抜け外に出たような気さえする。

「ケイ様はこの先で待っておいでだ。だが……」

 振り返ったノムザルンカスは構えた。素手のままで。

「簡単に連れて行くのも気に食わん。今度こそ!」

 やはりそう来るか。気持ちはわからなくない。リベンジしたいという事か。しかも素手で。こういうわかりやすい思考の持ち主は嫌いではない。たとえ相手が虫に寄生されていようと。

「よしわかった。ルピア、薙刀を持っててくれ」

 スリングから降ろすと人型になったルピアに武器を渡す。

「なぜ? 俺は鎌を持っていたのに」
「お前が素手だからだ」

 相手が素手なのにこちらだけが武器というのもな。何時もは一方的に武器で襲い掛かられていても、こちらまで習う事は無い。

「ミーア、リシュル手を出すな」

 出来ればこの隙にミーアとリシュルに奥へ行って欲しいが、それはさせてもらえんだろうな。なら早い目に決着をつけてもう一組と合流せねば。役つきはもう一人いるとの事だし。

 たん、と長身が床を蹴った。空手の動きに似ている。突きで来るか。得物が無いと動きが読みやすい。

 動きは第二階級の面々と違いそう早くない。軽くかわして蹴りを入れたがそれは肘で止められた。こういう大きい相手は懐に入ってしまえば……。

「マユカっ!」

 背後から何かが飛んできたのに、ミーアの声ではっと気がついた。

 際どいところでしゃがんでかわしたが、組みに入っていたノムザはかわし損ねたらしい。ざく、と嫌な音がして目の前で血がしぶいた。ノムザの脇腹を何かが掠めて行ったから。

「な……ぜ……」

 信じられないと言う顔で、がくりと膝をついた長身の魚男は、私の背後の一点を見ていた。ふりかえると、小さな人影が微笑んでいた。

「勝手なことをしてはいけませんね、ノムザ。ケイ様は迎えに行けと仰ったでしょう? 誰が勝手に手を出せと言いましたか? しかも一旦負けたのでしょう? 素手で勝てるわけが無いでしょう」

 妖艶に笑う赤い髪の女。額にはくっきりと第三階級の印。

 もう一人か。しかし、なんて事を……!

「大丈夫か?」
「あ、ああ……」

 今まで戦っていた相手だが、思わず気に掛けてしまった。そう深い傷では無い様だが、この体だって寄生されている誰かの体なのだ。しかも中身は味方ではないか。私を狙っていたのなら、助っ人に来たと納得できるが、味方に怪我をさせておいて勝手になどと……しかも笑ってやがる。

「お前は?」
「私は第三階級ベネトルンカス。そのような役立たずなど放っておいて私と参りましょう。ケイ様がお待ちです。ご案内いたします」

 刑事スキャン始動。性別女。推定年齢二十~二十二、身長およそ百五十五センチ体重推定四十キロ。癖のある赤毛は背中まで届くほど長い。上から八十五、五十八、八十ということころか。華奢で小柄だがスタイルはいい。頭部に獣耳。猫族だろうか。顔もやや吊り目だが可愛らしい造りだ。

 そして、ノムザを傷付けた武器は飛び戻りその手に収まっている。あれは……ブーメラン? ただのブーメランじゃない。片方が刃の様に薄くなっている。受け間違えたら自分も傷付けそうな危険な作り。

「コイツ、キライかも」

 ミーアがあからさまに嫌な顔をしている。そうだな、ミーアはこういう義に薄い奴は嫌いだな。私だって嫌いだ。

 だが、一緒に行かねばならないだろうか。今、このベネトは戦おうとはしていない。戦う意思の無い者とはやりあえない。

「さあ、参りましょう」
「怪我の手当てぐらいしてやれよ。仲間だろう?」

 ルピアもお冠のようだ。

「仲間? もう必要の無い者などほうっておけばいいじゃないですか」

 うああ、この女……! 超ムカつく。虫が好かん。ホントに虫だが嫌いだ。

「冷静に顔色一つ変えられない、貴女にならおわかりですわね?」
「いや、わからんな。顔に出ていないかもしれないが、私は非常に怒っている。とりあえずわかるのはお前よりノムザのほうがわかりやすく好きなタイプだという事だ」

 はっきり言ってやったが、赤毛の女はふふん、と鼻で笑っただけだった。

 そっちにその気が無くてもこっちからかかっていっていいだろうか?

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