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【第1章】五種族の戦士 - 38:真夜中の刺客

2014/10/14 16:43

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 ナイフ……。

 一瞬、昔の嫌な記憶が蘇りかけたが、少し前から起きていて頭がはっきりしていることもあり、すぐに切り替えられた。

 マナにも見えているだろうか。彼女も気がついてさえいれば、もしこのまま襲ってきてもかわせると信じているが。

「どんな怖い女かと思ってみれば、結構別嬪さんみたいだぜ?」
「一人ハ仮ニモコモナレア様ガ選バレタ体ダ。当然ダ」
「まあしかし無愛想な顔して寝てるな」

 ……放っておいてもらおうか。

 声だけ刑事スキャン始動。一人は普通の人間らしい声。二十~三十代のわりと若い男の様だ。やや低めの声、音の響きからしてそこそこ大柄の男だと思う。もう一人は下っ端のヴァファムに憑かれた者特有の電子音のような耳障りな声だ。男の様ではあるが小柄と見た。足音も一人は軽く、一人は重い感じ。

 向かい合った形で互いに横を向いて寝ている私達だが、薄目を開けて寝たフリをしているマナの唇が微かに動いている。

「そのまま」

 そう読み取れた。ああ、わかっている。

「別嬪さんに傷をつけるのも何だしな。この異界の女の強靭な体は女王が欲しがっておられるらしい」

 ……私が何者かとわかって来ているようだな。ただの物盗りでは無いのはこれで明らかになった。女王と言ったところを見ると、流暢に喋っている男のほうも寄生されているのだろう。ふん、面白く無い状況だ。今までの事を考えると、表情や発声に差異の無い者は上位のヴァファムだった。役つきなんだろうか。

 かさかさとポケットでも探っている様な音がする。丁度髪が顔を半分ほど隠しているので向こうからは見え難いだろう。薄っすら目を開けると、男が小さな瓶を出したのが見えた。あれは……。

「吸うな」

 マナに唇で伝える。微かに頷いた彼女にはわかったようだ。よしよし、出来る女は本当にやりやすい。

「さ、もっと深くおねんねしてな」

 手が伸びてきて、顔に小瓶が近づけられた。息をぐっと止めてしのぐ。これはルピアが女王エルドナイアを眠らせた時に使った、あの眠りの煙だ。マナも息を止めているだろう。

「モウイイカ?」

 よし、小瓶はしまったみたいだ。はー、息しよう。

 がばっとシーツが捲られ、ころんと仰向けにされた。抵抗はしない。我慢だ、我慢。寝たふり寝たふり。こういう時、表情が変わらない自分がちょっと便利だと思う瞬間だ。

「眉一つ動かさねぇ。ぐっすりみたいだぜ。お前運べ」

 抱き上げようとしたのか、もう一人の男の手が背中と膝の後ろに入って来た。両手開いてると言う事は、ナイフも納めたようだな。

「重イナ」

 むっ、失礼なっ。

「重くて悪かったな」

 目を開けると目の前に男の顔があった。暗い部屋だが、窓からの月明りでぼんやり見える顔は、あまり寝起きにはお目にかかりたくない類の顔だった。若いが、貧相なネズミみたいな顔。最近レベルの高い顔に囲まれているせいか、酷く不細工に見えた。額に印が見える。

「!!」

 驚いたのか、ぱっと離れた男は、もう一度ナイフを出そうとしたのか、ポケットを探った。だが遅い。

 飛び起きる勢いで顎を蹴り上げた。

 もう一人は?

「入る所をお間違えでは無いですか?」

 こちらもマナに蹴り上げられていたが、かなり大柄の男だ。よろけはしたが、もう一人の様に飛んではいかなかった。

「くそっ!」

 かかって来るかと思ったが、くるりと身を翻して、部屋のドアの方に走る男。

「逃がすか」

 追いかけ、後ろから足を払い、つんのめった所を脇に入って横車で倒す。

 ずずーんと大きな音を立てて、男は床に倒れた。下の階に宿泊者がいたら大変迷惑だな。すまん。

 そのまま袈裟固で押さえ込む。

「は、放せ!」
「馬鹿者。寝込みを襲われておいてそう簡単に許せるか」

 マナがもう一人にとどめの一撃を食らわせておいて、部屋のランプを点した。

 明るくなった部屋で見ると、押さえ込んでいる男の額には印が無い。上位の役つきにしては弱すぎる。どういう事だ?

「お前はヴァファムの役つきか?」
「ち、違う。もう一人はそうだが……俺は寄生されていない。め、命令されてどうしても……」
「ほお、誰に?」
「……」

 ダンマリか。ふうん、顔には出ていないかもしれないが、私は非常に怒っているのだ。

 二の腕を押さえ、肘を少し逆さまに曲げて差し上げた。

「いたたたたっ!」
「喋るか? 折れるぞ?」

「リ、リリクレア様……」

 レアか。第二階級の役つき? だが何だろう、このおかしな胸騒ぎ。どうして寄生もされていない男が命令をきいているんだ?

 町で感じた違和感。向こうの大陸に最も近く、既にヴァファムの支配下にあると聞いていた町。そして武器工場があるとされている場所。なのにごく普通に機能している町。

「こいつは少しややこしい事になっているようだな」
「コモナレアの記憶はわずかしか残っていませんが、聞いた事があります。リリクレア……第二階級の役つきですね。しかもこちらの大陸に派遣されているうちで最も上位」

 マナも肯定した。

 そこでふと、この男達が入って来たときの事を思い出した。

 待て。男のほうも簡単だったとか言わなかったか?

 第一、これだけの騒ぎになっているというのに、どうして私の動向のわかるルピアが来ない?

「もう一部屋の男二人も襲ったのか?」
「あ、ああ。違う組が……」

 グイルもいるのでそう心配は無いとは思うが、さっきから良くない予感しかしない。なんなんだ、この焦燥感は。

 下っ端に寄生されている小男と押さえ込んだ男達をシーツで縛り上げ、慌てて身なりを整える。

 戦士の鎧。いつでも戦えるようにしておかなければ。

 マナと二人で侵入者二人を引き摺るように男の方の部屋に向かう。

 グイルとルピアが泊まっている部屋はドアが開けられたままだった。

「ルピア! グイル!」

 返事は無い。

 灯りを点けるとがらんとした部屋にひと気は無かった。

 ベッドが酷く乱れている。こっちはルピアが眠っていた方だと思う。あいつは裸足でないと眠れないと言っていた。律儀に揃えられた靴がそのまま置いてある。

 乱れたシーツに少量だが赤いものが見えた。血の跡。

「血が……!」

 くらっと景色が傾いた気がした。あの可愛い子猫が血を流している所が頭を過ぎって、目の前が暗くなった。

「マユカ、落ち着いて。たったこれだけしか血が残ってない。かすり傷くらいは負ってるかもしれないけど、死にはしていないと思う。それに相手の血かもしれない」

 マナに言われて、慌てて気を取り直した。そうだ。その通りだ。グイルも強いし、ルピアだってあの爪だ。簡単にやられはしない。

 もう一つのベッドはグイルが眠っていた方だろうか。サイドボードにいつもつけている錘入りのリストバンドが置いてある。こちらに血痕は見られないが、何かで裂いたようにシーツがボロボロになっている。

「こ、殺しはしていないはずだ。命はとるなとは言われていた。特に猫族の王様は何があっても生かしてつれて来いと言われてる」

 ガタガタ震えている男に殴りかかりたい衝動に駆られたが、コイツを殴っても何の解決にもならないという分別くらいはある。

 攫われた? あの二人が?

「こっちには何人来た?」
「さ、三人……」

 生きているなら取り返せる。だがそれなら急がないと。

「急がないと本当にルピアが死んでしまう。ルピアは私とあまり離れているとまずいんだ」

 グイルも知っているはずだ。初めての役つきフレイルンカスと戦った時のあの身動きも出来なかった状態を見てる。一足遅かったら死んでいたかもしれない。前のように魔力を酷使しなければ少しは猶予はあるだろうが、それでも……。

「どういうことです?」
「異界から呼ばれた私と長時間離れていると、マスターであるルピアは死ぬ。そういう契約らしい」
「そんな……!」

 マナが縛り上げた男の襟首を掴んで揺すった。

「何処に連れて行ったかわかりますか?」
「港の方としか……」

 マナと顔を合わせると、彼女は頷いた。

 待ってろ、ルピア。絶対に死なせはしない。

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