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【第二章】新大陸 - 73:電話してみる

2014/10/15 15:46

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 街の役場らしき建物をみつけたのはもう日も傾こうという頃だった。

 二階建てで全体に洋風な外観だが、木造瓦葺というやはりこの世界で今まで見てきた、日本の明治・大正期の擬似洋風建築を思わせるアンティークな佇まいだ。

 中は無人。もうしばらくの間役場としての機能を果たしてはいないようだ。二階には会議場らしき大人数を収容できる部屋もあったので、ここを兵士や耳かき部隊の待機場所に決めた。街の皆さん、公共施設を不法占拠することをお許しいただきたい。始末書は書く。

「前に行った町では内線電話や有線放送が通じていたが、こちらにもあるのだろうか」

 ふと役場の受付業務のカウンターが目に付いたので言ってみた。

「繋がってるんじゃない? 他の地区ならともかく、エリマは温泉熱の地熱発電施設もあるし、国内外から人が来るわりと進んだ所だもの」

 ミーアがしれっと答えた。先に言おうか、そういう情報は。

 そういえば街中にも街灯が規則正しく並んでいたし、お土産屋の店先にもあきらかに電飾であろう看板も見受けられた。

 役場の仕事スペースを見て回ると電話があった。向こうの大陸でも見た箱にコップみたいな話口のあるクラッシックなものだ。どうもダイヤルするのでなくプラグを差し替えることで繋がるらしい。

「あらぁん、これ内線だけじゃなくて外にも繋がるのね。進んでるぅ~」

 ゲンちゃんがゴツイ手で弄りながらひゅうと口笛を吹いた。

 そうか、進んでるのか……そう思わなくも無いが、車でなく馬で移動して来たような文化レベルだ。そう思うと最先端だな。

 なになに? 町長室、資料室。これは内線だな。その他、消防署、警察署、源泉管理事務所、温泉病院院長室、その他交換所とある。

「交換所?」
「相手の番号を交換所で言うと繋いでくれるんだろう」

 リシュルが仕組みを説明してくれた。一応国王の息子だもんな。電話くらいあったんだろう。ふうん、昔の日本と同じなんだな。

 そこで、何故か閃いてしまった。

「なあ、セープの王宮って電話ある? 電話番号わかる?」
「勿論あるが……なぜ?」
「大女王がいるんだろ? 電話を掛けてみようかと」
「…………」

 皆が呆れている。うん、そうだな。呆れるか、やはり。ルピアまで情けなーい顔で見ているな。

「いや、ほら。前に内線に掛けたら直接役つきがでたじゃないか。ああいうのが無いかなーと」
「まさか大女王は電話には出んだろう」

 そうかな、やっぱり。

 そこでぽんと肩に手を掛けられた。ルピアだ。

「にゃ、にゃにゃにゃーにゃにゃ」
「それはまずこの街の小女王を何とかしてからにしようか、と言ってる」

 ゾンゲの通訳が入る。むう、それもそうか。

 気を取り直して、その隣の温泉病院院長室とやらに掛けてみた。つーつーという音。やっぱり留守かなと切りかけた時、

「もしもし」

 相手が出た。なんか聞いた事のある声。

「えー、こちらは町役場だが」
「そのようですね。そちらに到着なさったのは知っていますよ、レディ」
「……あの時の鳥男か」

 わお。直接幹部に繋がってしまったぞ! やはり見張られていたか。だがそれは元より予想の範疇だ。どうでもいいがレディなどと呼ばないで欲しい。照れる……じゃなくてこう、背中がこそばゆい。

 受話器を塞いで、他の皆に報告する。

「国境に出た第二階級に繋がった」
「……マユカ、笑っていいだろうか?」

 笑ってる場合じゃないから、お話してみよう。電話に出るという事は、今近くにはいないという事だ。くないが飛んでくる事は無いだろう。

「鳥男とは酷い言われようだ。コシノレアと名乗ったと思いますが。覚えておいてくださいねとお願いしたのに」
「それはすまん。コシノさん、そちらには小女王がおいでだろうか?」
「おいでですよ。今も同胞を産む崇高なお仕事をされています」
「そうか。では後ほどお邪魔する」
「ふふ、お待ちしております」

 通話をそこで切った。振り返ると、全員がぽかーんと立っていた。漫画でいう所の目が点という感じの情けない顔だ。

「の、長閑に会話してたな、マユカ」
「相手はあの第二階級でしょ? 何そのこれから遊びに行くみたいなノリ」

 そうかな、そう長閑に話していたとは思えないのだが。

「小女王、温泉病院にいるって」
「……そ、そうか」
「い、居所がつかめて良かったな」

 そうだとも。現場に出動するには下調べが必要なのだぞ。たまたまとはいえ、うまく繋がって探し回る労力も無かったし、非常に穏便な形で会話出来たのだからうはうはではないか。

「にゃ、にゃごぅ……」
「じゃあ行くか……」

 なんだか気の抜けた表情の戦士達と共に、私達は温泉病院とやらを目指した。


 渓流に掛かる橋を渡りきると、空気が一変した。

 ピーンと張り詰めたような緊張感のある空気だ。それに、すごく大勢の人の気配。まだ姿は見えないが、見張りクラスが待ち構えているに違いない。

 もう夕刻。川面に金色の光を投げかける日は山の向こうに沈もうとしている。考えてみれば前の小女王の村に行ったのも夕方だった。途中で日が暮れて暗い中で戦うのに苦労したんだった。

 かといって居所もわかった事だし、向こうにも私達の動向が知れている今、下手に夜を明かしてからというのも、寝込みに攻め込まれる危険性がある。それならばこちらから攻め込んだほうがまだ良い。

 数階建てのホテルか旅館だろう建物が多い。平屋の多かった川向こうより圧迫感があるが、やや坂がちの道沿いの街路樹や行灯に似た意匠の街灯は趣があって、ここに来たのが戦いに来たのではなく、湯治に来たのならさぞ良い所だろうなと思う。

「温泉病院ってあれかな?」

 なんだか病院っぽい建物を発見。残念ながらこちらでは赤十字なんてものはないので印がわからないが、ホテルよりはそっけない白い二階建ての建物。

「にゃん」

 ルピアが頷いている。ほう、何故そう断言出来る?

「にゃにゃにゃー」

 ルピアが指差したのは街の案内パンフレット。多分役場でもらってきたと見える。公共施設の他、細かく「○×楼」とか「△○旅館」とか書いてあり、ご丁寧にグルメスポットまで乗っている。うん、間違いないか。というか、そんな便利なものがあるのなら先に見せろ、馬鹿者め。

 まあいい。目指すはあの建物。少しでも日のあるうちに行きたい。

 そうは思ったが、やはり障害は付き物だ。

「キオシネイア様ノ所行カセナイ」

 坂の途中、目指す温泉病院まであと少しという所で、ものすごい数のヴァファムに寄生された人たちに囲まれた。皆それなりに武装している。

 ふん、こいつは百人近くいるのではないだろうか。いるのには気が付いていたが、国境の下っ端達と同じくある程度の一線を越えた瞬間に襲ってくるよう命令されていたのだろう。

 幹部に辿り着くまでにあまり疲れるのも嫌だが、ウォーミングアップとも言えなくも無いか。

「皆、気をつけろ!」

 ここは早めに切り抜けたいので、ルピア、医師団、耳かき部隊を下がらせ、私達もそれぞれ武器を持って対抗する。

 結構な坂の足元が水平で無いのでやや動き辛いが、ツッパリ棒を最大の長さに調節し、思いきり振り回す。面白いように人が倒れていく。足場は相手も悪いのは同じ。バランスを崩せば転ぶのは早い。

 長い得物の刺叉のグイル、三節昆のリシュルも同じ戦法で相手を転ばせている。ゾンゲ、ゲンは素手で蹴りとパンチ、投げ技で、ミーアはもうすっかり愛用になってしまった鞭でばしばし倒している。

 倒れた所をイーアを先頭としたデザール・キリム軍の兵士がとどめを刺してまわり、その後耳かき部隊が掃討。何も言わなくてもかなりの連携がとれている。

 それでも数が多かったのでかなりの時間を要してしまった。

 くそ、日が沈む……。

「よし、片付いたか」

 気が付けば結構息も切れた。心配した暗さは、流石に進んだ地区だけあって日暮れと共に点った街灯が払拭してくれた。私達の最大の敵はこの坂道だった。通常の倍以上の筋力を使った気がする。

 幸いこちらに怪我人は出なかったし、解放した人々は坂を下って向こうの地区へ逃げるように指示したので去って行った。

 気をとりなおして目的の病院へと歩を進めかけた私達の上を何かがばさばさと音をたてて過ぎった。

 ……来たか。コシノレア。

 すとすとん、と足元に突き立ったのはあのくない。

 坂の上で街灯に照らされ、鳥から人型へと姿を変えて優雅にお辞儀をしたのはやはりアイツだった。緑の髪に浅黒い肌の男前。

「お待ちしておりましたよ、レディ」
「俺ははじめましてだよな。へぇ、これは強そうなお姉さんだ」

 ……おい。

 何でコシノレアが二人いる?

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