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魔獣の分際で!▼

2014/11/03 09:13

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 初日にして野宿。
 覚悟はしていたし、この先ずっとこうであろうが……ひ、一つのテントで女性と一緒に寝るっ!
 どうしよう。朝テントの中が血の海だったら(勿論鼻血で)。
 ユマ様のポケットより取り出されたテントはかなり立派で大きい。端と端で寝れば、そう密着する事は無いのだが……。
 同じ空間の空気を吸っていると思うだけでドキドキする。
 しかしだ。二人っきりというワケで無いのが少々悔しい。
「ライちゃん、ねんねしようか~」
 ぐぬぬ……何故魔獣ごときがユマ様にくっついておるのだ。清らかなユマ様の手を穢れた舌で舐めるでない! 小さくて可愛いなどと仰るが、俺から見たら全然可愛くなんか無いのに。あいつ、絶対にオスだな。
 ライちゃんなどと、そんな名前似合わんわっ。
 ……俺、なんで獣にヤキモチを妬いているのだろう。
「がう、があぅあ」
「あらそうなの? いいコねぇ」
 ユマ様はこの魔獣の言葉がおわかりになるらしい。俺にはさっぱり理解出来無い。やはり魔法使いと言うのは凄いのだな。
「なんて言ってるんです?」
「夜はライちゃんが、他の魔獣や怖い獣が来ない様に見張っててくれるんだって。だから人間は安心して寝ろって」
 ……ふむ。少しぐらいは役に立つのだろうか、魔獣。夕飯の支度をする時も、火おこし代わりに使っておられたな。
「火を点けられるってライターみたいだからライちゃんね」
 そういう理由で名づけられたらしいが、詳細は謎だ。
 一応獣避けにランプは点けたままにしておく。
「エリオさん、早く寝たほうがいいよ。疲れたでしょ?」
「は、はい……」
「肩でも揉んであげようか? マッサージ上手なのよ、私」
「い、いえっ! お気遣いなく」
 駄目ですユマ様。そんな事をされたら俺、確実に昇天出来ます!

 疲れていたのか、何だかんだであっという間に眠ってしまった。
 気がつくともう朝の様で、外が薄明るかった。ランプはいつの間にか消えていて、青く染まる薄闇の中、ユマ様はまだ穏やかな寝息をたてておられる。
 横を向いて眠っているその姿は、薄い毛布が体に沿うように滑らかな曲線を描いていて、零れ落ちた黒髪が顔を半分ほど覆っている。
 息をのむような幻想的で美しい眺め。呼吸に合わせて緩やかに上下する肩も、微笑むように薄く開けられた唇も……。
 永遠に眺めていても飽きないだろうが、また自分の体が大変な事になってはいけない。目を逸らしかけて、ユマ様が黒い何かを抱きしめておられるのに気がついた。
 おい、魔獣。なぜしれっとユマ様の寝床に入っているのだ。しかも抱きしめられて爆睡かっ。見張りをするんじゃなかったのか。
 許さん……! コイツ絶対に今に始末してくれる。
 ふとあの位置に代わりに俺がいたら、などと想像てしまった自分が情けなく、ユマ様の眠りを妨げない様、そっとテントを出て思いきり朝の空気を吸う。
「落ち着け。獣相手に何をムキになる事があろうか」
 はあ。どうしたというのだろう。どちらかというと、俺は冷静な部類に入る人間だと自分では思っていたのに。
 今まで他人には冷めた態度を取って生きてきた。迂闊に懐に入れば後が辛いから。そんな事もわからぬ幼少時には、皆に愛される弟に比べて、俺は親にさえも疎まれた。繋いでと出した手を振り切られた時から、醜い顔を隠す仮面だけでなく、心にも仮面を被ってきたつもりだった。
 ユマ様に出会った瞬間、そんな仮面を叩き割られた気がした。
 人の傍にいられる事が楽しくて、拒否されない事が嬉しくて。生きていて良かったと思った。人を本当に愛おしいと思った。
 だがわかっているのだ。愛おしいと思う気持ちが強ければ強いほど、拒絶された瞬間は立ち直れないほどに辛いであろう事も。
 それでも神に誓いを立てた今、たとえ拒絶させる日が来ようと、俺は逃げる事は無いだろう。ただ一人を慈しみ守ると約束したから。
「俺、がんばりますっ!」
 昇り来る朝日に改めて誓いをたててみる。
 腕が鈍らぬよう、剣の素振りでもしようか。

 簡単な朝食を済ませ、再び移動準備。巨大なテントが小さなポケットに吸い込まれるのを見ると、流石の魔獣も怯えて俺の脚にしがみついた。
「ぎゃおぅ!」
「ついでにお前も吸い込まれてしまえ」
 蹴ってやろうとも思ったが、ユマ様に叱られそうなのでやめておいた。
 基本動物は嫌いでない。動物は見た目がどうのなど言わんからな。襟首を掴んでユマ様に渡そうと持ち上げると、足をぱたぱたさせて今度は俺の胸に縋りついた。
 ……なんだ、コイツ。ちょっと可愛いかもしれない。撫でてやると目を細めてゴロゴロ言いやがる。
「デカイ時の威厳とか無いな」
「がう?」
 ま、いいか。ユマ様も旅は道連れと仰ったし。二人きりだと間が持たない時も、コイツがいれば何とかなるかもしれない。
 結局最終的には『ライちゃん』はユマ様のポケットに納まった。幾ら小さいからと言っても魔獣だ。あまり人様のいる所では出せない。
 馬で進むこと半日。森を抜けてリドルに着いた。国境(くにざかい)の検問所には兵がいるが、神殿でもらった通行証代わりのペンダントを見せれば、どこの国にも行き来自由だ。これの効力は妖精の国、精霊の国にも及ぶという事だ。魔族の国テーリャ以外は。
 以前は国境などあって無い様なものだったらしい。だが、黒魔王の代になって魔族が人間と敵対する様になってから、たとえ同じ人の国同士でも行き来が厳しくなったのだそうだ。
「通ってよいか?」
 ペンダントを見せると、リドルの二人の若い兵はすんなり通してくれたが、二・三歩行くと絡んできた。
「兄さんも姉さんもさぁ、通してくれてありがとうのお礼も無いワケ?」
 ああ、そういう事か。そういやリドルは金に汚いらしいしな。無駄な争いはしたくないので、ポケットから小銭でもと思っていたが、事情を知らないユマ様は違う解釈をされたようだ。
「ええっと、ありがとうございます?」
 ぺこりとお辞儀されたのが可愛らしいが、兵達はバカにされたように取ったのだろう。みるみる顔色が変わった。
「お姉ちゃんさぁ、そういうんじゃなくて。コレよ、コレ」
 手で輪を作って見せる男。下卑た奴だ。俺はこういう輩は好きでない。
「第一、何で二人とも仮面つけたままなんだよ。幾ら神殿の使いだからと言って怪しくねぇか?」
 取ったら後悔すると思うぞ。特に俺。
「お金取るんだね。巫女様そんな事言ってなかったのに」
 そういう素直な所は美点だとは思うが、ますます兵は怒ったようで、ユマ様に手を伸ばした。慌てて避けようとしたユマ様の仮面がからんと落ちた。おのれ、何をしてくれる。
「無礼者! ユマ様に何をするか!」
「……」
 あ、兵達固まってる。みるみる赤くなる顔。
「やだ、顔見えちゃったよ。不細工でビックリしたのかな」
 困ったように俺を振り返るユマ様。いや、そんな顔を見せられたら俺も奴等のように固まりますから。びっくりはしたと思いますけどね、逆の方向で。
「お金ってどの位いるの?」
 首を傾げるのは反則だと思いますよ。俺は少しは慣れましたが。
「め、め、滅相も無いっ! こんなべ、別嬪さんから金なんてっ!」
「ど、どうぞ通ってください。ようこそリドルへ!」
 湯気が出そうな二人はぺこぺこ頭を下げて道を空けた。
「よくわかんないけどいいのかな?」
「お気になさらず、参りましょう」
 ぽわーんとなっている兵を無視して、検問所を通り過ぎた。
 何となく悔しい感じがしたので、振り返って俺も仮面を外し顔を見せてやった。
「……」
 違う意味で固まった二人は見ていて少し面白かった。
 リドルに入った。さて、この国はすんなり通り過ぎられるだろうか。目指すは魔族の国だ。人間の国でそうそう足止めを食うわけにもいかないのだがな。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13