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ゆるさん、斬る!▼

2014/11/03 09:47

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「いやあああああああああっ!!」
 ユマ様の悲鳴と共に、横っ面を張られて飛ぶ魔族。

 ゆ  る  さ  ん 。

 ユマ様の近くにいるだけでも不快だというのに、あろうことか、ち、ち、ちち、乳を触るとはっ!!
 いや、触るなんてもんじゃない、掴みやがった! そう大きくは無いが、あの綺麗でふわふわで丸くて……でなくて。俺だってそんながっしり触ったこと無いのにっ!! 思いきり掴みやがって!
 いいだと? ほう、そうか触り心地が良かったか。当たり前だ、ユマ様の大事な乳だからな。それは非常にうらやまし……でなくって!

 殺す。

 コイツ、魔族だろうが何だろうが、斬るっ!
「剣」
「ほい」
 よし、妖精、魔獣褒めてやる。ユマ様は躊躇っておられたが、一緒にポケットに入っていたチビ共が早々に剣を渡してくれた。
「ふっふっふっふ……」
 もう怒りが一定のところを超えると、笑うしかないという事に初めて気がついた。
 剣を抜くと、床に尻をついたままの男が後ずさる。ユマ様の魔法のポケットを知らんから何処から剣を出したのか不思議なようだ。
 せっかく、無条件で黒魔王の所に行けるかもと大人しくしていたが、これは見逃すわけにはいかん。見たところこの魔族の男は丸腰。だが、やってはいかん事をやったのだ。その報いは受けてもらうぞ。
「きーさーまー。俺の……俺のユマ様にっ……」
 頭の真上から思いきり剣を振り下ろした。死んで詫びるがよい。
「むっ!」
 だが、刃は魔族の男に当たる事無くぴたりと止まった。渾身の一撃であったのに。
「ふん、人間如きに斬られるものか」
 魔力で防御したのか?
 魔族が立ち上がった。ひょろりと細いが俺よりも高い所にある目が、蔑むように見おろしている。
「これ以上無い極上の魔王様への供物だが、我に剣を向けるとは。無事で済むと思うな」
 一瞬で肌が粟立つほどの、恐ろしい程の殺気が立ち昇るのがわかった。
「言っとくけど、デデルは強いわよ。かなり高位の魔族だから」
 ……妖精、知り合いなのなら先に言っとけ。
 だが怒らせた以上はやるしかあるまい。
 元々魔族の国に行き、魔王と闘わねばならんのだ。いかに高位の魔族といえどいずれは対峙するであろう。少し早まっただけのこと。練習だ、練習!
 デデルとかいう魔族の男は、その美しい顔の口元ににやりと余裕の笑みを浮かべやがった。(注:エリオから見たらデデルは美形です)
「女、この男を片付けたら後でもう一度揉ませろよ」
 ぷちっ。
 なんか頭の中で音がした気がする。
 言うに事欠いてなんという……!
「二度と揉ませるかぁ!」
 もう一度思いきり斬りかかる。
 後ろで手を組んだまま、ひょいとかわすデデル。
「エリオ、落ち着いて」
 妖精の声がする。そうだな。その言葉で少し頭が冷えた。
「ユマ様、危ないですよ。少し離れていてください」
「う、うん」
 ユマ様が部屋の隅に離れるのを確認して、もう一度剣を構えなおした。
「よろしい。相手してやる。だが……」
 デデルがふいに片手を宙に翳したので、魔法でも使われるのかと身構えたが、何も無い空中から現れたのは剣だった。
「そちらだけ剣を持っているというのも不公平ではないか」
「そ、そうだが……」
 何だ、その馬鹿でかい剣! てか、人の事は言えんがどこから出した。
 金色に輝く幅広の重そうな剣を片手で構え、優雅にお辞儀をする。その後、目にも止まらぬ早い動きで打ちかかって来た。
 何とか頭上で剣で受け止めたが、剣もろとも一刀両断にされそうな勢いの攻撃は重く、踏ん張った足がずるずると後ろに滑った。
 手首にじーんと鈍く衝撃が残る。この細い剣が折れなかったのは美巫女様とユマ様の魔力で強化されたからだろう。
「ほう、止めるとは」
 互いに慌てて離れ体勢を立て直す。大剣は続けて攻撃が出来無いのが難点だな。ここを突けば。
 大きな剣が襲ってくるのを飛んでかわし、こちらも振り抜いた後の隙を突いて剣を振るう。かわされても続けざまに打ち込み、やっとデデルの二の腕を切っ先が掠めた。白いドレスシャツの袖に切込みが入り、じわっと染み出したのは血。魔族の血の色って何色かと思っていたが、普通に人と変わりない赤い色だった。
「この……手加減をしておれば」
 更に怒ったのか、大剣を両手で持って振り翳して掛かってくる。
「エリオさん!」
 かわそうとして、何かに足を取られて転んだのと、ユマ様の声が響いたのは同時だった。そして大きな金色の剣が降りてくるのも。
 思わず目を閉じた。あんなのを喰らったら確実に真っ二つだ。死を覚悟した一瞬のうちに、頭の中を過ぎったのはユマ様の事ばかりだった。

 ……?
 あ、生きてる。どこも痛くない。
「え?」
 目を開けると、すぐ前に剣を振り下ろした格好のままのデデルが少し間抜けな顔をして固まっていた。素手で。
「剣は?」
「し、知らん! 消えてしまったぞ?」
 消えたぁ? あ、もしかして。
「エリオさん、無事ですか?」
 ユマ様が走って来た。剣を消したのはユマ様ですか?
「ユマ様の魔法で?」
「ん? そうかな? やめてーって思ったらでっかい剣が消えた」
 またも無意識に魔法を使われましたか。
「魔法だと? 女、お前魔女か?」
「えっとぉ、そうみたいです」
 ……あの、ユマ様、相変わらず自信なさ気というか長閑というか。
「だが、物を消し去ったりするような魔法など聞いた事も無いぞ」
「ユマ様こそ黒魔王を倒すため神殿より遣わされた神聖の魔女。物を消そうと出そうと造作も無いのだ」
 うーん、何か言ってからなんで俺が偉そうに言ってんだという気もしたが、まあいいや。ユマ様は偉大なお方なのだぞ! その乳を掴むとは!
「神聖の魔女……」
 デデルは焦っている。完全に俺から視線を外してユマ様を凝視している。
 よし、今だ! と自分の剣を掴み立ち上がろうとしたが駄目だった。そういえばさっきも何かに足を取られて転んだのだった。そう思って足首を見てぎょっとなった。
 なんじゃこれは~!
「残念だったな、切り刻みは出来んが絞め殺してくれよう」
 デデルの髪の毛か? 銀色の縄のようなものが巻きついている。それは蠢きながら長さを増し、次第に這い登ってくる。剣で斬ってやろうと思ったが、今度は手首にしゅるっと巻きついた。
「エリオさん!」
「魔女よ、見ておれ。この醜い男が魔王様に差し出される事なく愛するそなたの目の前で果てるところを。醜い人の子も断末魔は美しかろう」
 言いたい放題言った後、デデルはくくく、と笑い声を上げた。
「くそっ!」
 もがけばもがくほど、締め付ける力が強くなっていく。伸びた髪の毛の束は両手首を一絡げに縛り上げ、引っ張り上げられて宙吊りに近い形になってしまった。足は逆に思いきり両方向に引っ張られて大股開きにっ!
「うあ……っ」
 やめろー! 股がさけるぅ! ズボンが破れたらユマ様に見られ……ってそれどころじゃないし! なんか真ん中からも髪の毛伸びてきて首に……。
「エロっ……じゃないや、エリオさんを放して!」
「まあ良いではないか。二人で見ていような?」
 なっ、馴れ馴れしくユマ様の肩を抱くな魔族めっ!
 これ……苦しい以上に妙に恥ずかしいんだけど……なんでだろう。ユマ様が真っ赤になって震えておいでなのは心配してくれているのだろうか。

 俺、どうなるんだろう?

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まいるどタブレット小説 Ver1.13