優しさに包まれて▼
2014/11/03 09:39
page: / 30
「エリオさん?」
遠くでユマ様の声がする。
起きなければと思うが、瞼が重くて目を開けられない。
「エリオさんが起きて来ないの。もうすっかり日が高いのに」
うう、もう朝なのか。起きなければ……先を急ぎたいのに、俺なんで朝寝坊なんか……。
「え~い! おーきーろー」
何か小さいものに目を抉じ開けられた。近すぎてぼやけて見えないが、多分あの不細工妖精だ。
昨夜も考えていたのだが、魔獣と倒した精霊はともかく、何故あの妖精まで一緒にいるのだろうか? 仲間にしてやるとも何とも言っていないはずなのだが、普通に夕食に混じっていたしな。
手を動かすのも億劫だが、何とか振り払ってもう一度目を瞑る。乾くではないか、目が。
ああ、でも何故こんなに震えるほど寒い。
「ユマ、お兄さんすっごい熱いよ? 震えてるし」
「え? 熱があるのかしら」
ひんやりした、柔らかな感触が額に触れる。ユマさまの手? いやこれ、手じゃないよな。ってか頬に当たってるのは髪?
重いまぶたを抉じ開けて、薄く目をあけると、超・超・超至近距離にぼやけたユマ様の顔が!
ええええ~? ひょっとして額がひっついてるっ?!
「やだ、すごく熱い。エリオさんしっかりして!」
あの……危うく昇天しそうになったのですが、今。
熱を測るのにというのはわかるのですが、何故額同士で?
「昨夜もめっちゃくしゃみや咳してたしさ、濡れたまま走ってたもんね。風邪ひいたんじゃないの?」
不覚っ!
結構体は鍛えていたはずなのに、何故か小さい頃から熱を出すとかなり高かったからな。医者が弱い喉から来ているとは言っていたが。
……ああ、嫌な事を思い出した。
よく熱を出して寝込んでも、母も父も面倒な顔で看にも来なかった。こんな恥晒しな見た目の子供など、いっそ死ねば良いと思っていたのかもしれない。咳をしすぎて血が滲もうと、熱でガタガタ震えていようと、屋敷の奥の部屋に押し込められていたものだ。何とか生きていられたのは、目の悪い使用人がギリギリでも世話をしてくれたからだ。
「エリオさん、死なないで!」
ぐえ。
あ、あのう、圧し掛からないで下さい、ユマ様。抱きしめてくださるのですか? それは嬉しいのですが、胸にぷにゅっとしたものが……これはもしかして……ち、ち、ちち、乳ですかっ?
いかん、思い出した。そうだ、俺、昨日見てはいけないものをっ!
柔らかそうで、丸くって綺麗だったなぁ。ピンクの……じゃなくてっ!
違う意味で死にそうだ。目が開けられないではないか!
「やだ、どうしよう! 段々熱くなってくる気がする。顔も赤いし」
「ユマぁ、死なないから少しは離れてあげなよ。おっぱい当たってたら熱も上がるわ」
お っ ぱ い あ た っ て る。
何てことを言うのだ! 妖精!
そうだ、何とか起き上がれば良いのだ。そうしたら心配をかけなくても済むじゃないか。
「大丈夫……ですから」
よし、何とか声は出たが酷い擦れた声だ。うう、やはり喉から来ているのだな。ああ、だるくてなかなか起き上がれない。
「酷い声だわ。あーんって出来る?」
口を開けるのも苦しいが、言われた通り開けるとぐい、とまたも妖精に抉じ開けられた。しかも今度は毛むくじゃらの黒い手まで。こら、魔獣っ、貴様までなんだ!
「こらこら、無理したらダメ」
ユマ様が二匹(?)を退けてくれたので少し楽になったが、涙が出た。
「すっごい腫れてるわね。扁桃腺持ちなんだね、エリオさん」
扁桃腺? 良くわからないが喉の奥が腫れるのはいつもの事だ。
「薬があればいいんだけど。とにかく何か甘いものでも飲みましょう。水分も摂らないといけないしね」
何か……涙が出てきました、ユマ様。
こんなに優しい言葉で気遣ってもらった事など今まで無かった。
『まったくお前はどこまで迷惑をかける?』
頭の中で、家族の、使用人の声が響く。
溺愛されていた弟がほんの微熱でも出そうものなら、医者は呼ぶわ、母が寝ずの看病をするわで大変だったのに。
意識が朦朧とするほど熱を出していても、言い出す事すら出来なかった子供の頃。
だから、強くなろうと思った。人よりも何か優れた所があれば、見返せると思っていた。
剣の大会で優勝して国一番となっても、騎士に召される事は無かった。この呪われているとしか言いようの無い見た目のせいで。仮面を外すと皆、一様に言葉を失い、酷い言葉を投げかけてくる。一時期本当に他人など、全て憎いとすら思っていた。
唯一、親に感謝する事といえば、小さいときからずっと肉親にすら罵られ続けてきたから、赤の他人の言う事など耐えられるほどの免疫がついた事くらいだろうか。
だが、今は全ての事に感謝できる。
俺を選んでくれた巫女様にも、そして拒む事無く受け入れてくれたユマ様も。全てはユマ様に出会うための長い道のりだったのならば、今までの事は決して無駄では無かったのだ。
知っていますか? 父よ、母よ。今は俺の事をこんなに心配してくれて、優しい声を掛けてくれる人がいるのですよ。
「待っててね。荷物の中に蜂蜜があったはずだから」
ユマ様はテントを出て行った。
「ほら、これで冷やそうね」
妖精が小さな布を塗らした物を額に乗せてくれた。
「がうぁう」
気が利くのかどうなのかよくわからない魔獣も、俺が震えているのを見て毛布を引き摺って来てくれた。ちょっと獣臭い口で、頬をペロペロ舐めてくれる。
正直、こいつらは邪魔だと思っていた。なのに、人ですら無いものまでこんなに優しくしてくれるなんて……。
俺、本当に生きてて良かったと思う。
「くっ……」
「やだ、泣いてるの? そんなに辛いの?」
妖精と魔獣が驚いているが、そうじゃない。この涙は嬉しくて出るんだ。男が泣くなんて格好悪いが、だが涙が出て仕方が無い。
この頃、俺は酷く泣き虫になった気がする。
悲しくて泣くんじゃない。辛くて泣くんじゃない。嬉しくて。
「ポケットごそごそしてたら神殿でもらった薬草出てきたから。お薬飲んで、蜂蜜のお湯飲めば少しは……」
ユマ様が戻ってきて慌てている。
「エリオさん泣いてるじゃない! ライちゃん、リオちゃん何か意地悪したんじゃないでしょうね?」
ぶんぶん二匹が首を振っている。気の毒に疑われてしまったな。
「違います。とても良くして……げほっ」
情けないことに咳き込んで喋れない。何とか魔獣を抱き寄せて思いきり胸に抱いた。
「嬉しくて、涙が……」
「そうなの。ごめんね、心配なんだよね? ライちゃんもリオちゃんも」
「そーそー!」
「がうぁ」
ユマ様が用意してくれた苦い薬を飲んで、甘くて温かい蜂蜜を溶いたものを飲むと、少し喉の痛みがひいた気がした。それに眠気が……。
「すみません、情けない事で。先を急ぎたいのに」
「いいじゃない。無理しちゃダメ。きっと疲れが溜まっていたのよ」
子供みたいに優しく髪を撫でられ、恥ずかしいのに嬉しくて……黙って身を任せた。
ふわふわと気持ち良く眠くなって、慈悲深い女神の様な美しい顔が覗きこんでいるのを見ながら眠りに落ちていく。
「ちょっと、ユマ、この薬草飲み薬じゃなくて傷に塗る薬なんだけど?」
遠くで聞えた妖精の声は聞かないでおく事にした。
page: / 30