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衝撃の素顔△

2014/11/03 09:10

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 私がこの世界に飛ばされてきてすでに五日目。根っからのお気楽体質で、なんだかすっかり馴染んでしまった。自分でも呆れる順応力だ。。
 だって、この「吐き気がする」「生理的に無理」とまで言われ続けた私の顔を見ても、この村の美男美女は美しいと言ってくれる。
 しかも私は本当に魔法が使える。呪文? なんだそりゃだが。
 あまりにボロ着てるんで、こましな布があったらね~と冗談で言ってみたら、シルクっぽい反物が出てきた。うう、こんな事なら最初から「服出ろ~」と言えば良かったが、そこは趣味でもある裁縫の腕を生かして、一人一枚ずつだが簡単なワンピースやシャツを縫ってあげた。後々の事を考えて勿論ミシンも出してみたよ。
 奇跡の魔女の誕生だ。皆にひれ伏されてしまった。
 小麦粉や最低限の調味料などは同じようなものだったので、ちょこっと魔法で足しつつ、料理を作ってあげたら泣いて喜ばれた。
 あまり気を遣わないで普通に喋ってとお願いし、何人かとは相当仲良くなった。妹の由佳に似た美人のリエラさんが居候させてくれている。
 はっきり言って、ここは居心地がいい。綺麗なお姉さんのお友達に可愛い子供達、イケメンの働き者の男たち。
 しかも自分は笑えるほど都合のいい無敵な魔女っぷり。
 もうすっかり満足して村人ライフを満喫していたら、ひょっとこに似た珍妙なお面を被った背の高い人が村に来た。
 そういえば最初に「神殿に迎えを遣してもらう」とか言ってたな。この人がそうなんだろうか。まあ、腰の立派な剣といい、皮のブーツやそこそこ上等っぽい身なりも、この村人とは違う。偉い人なのかな。
「なんでそんなヘンテコな仮面を被ってるんですか?」
 そう訊くと、その人は
「酷い顔なので」
 すごくいい声でそう答えた。
 待てよ。私みたいな不細工が美人で、村人みたいなのが不細工。って事はこの人は相当の美形なのではないだろうか。見えてるわりと長めの金の巻き毛だって天使様みたいだし。
 ふふふふふ。これは見てみたい。自分の事を相当不細工と思っている様だが、私の感覚は変わってはいない。この村の人達だけでも充分に目の保養になっているが、仮面で隠さねばならないほどの顔。見てみたいではないかっ!
 ええ、不細工女が何言ってんだ~ですけどね、今は私は絶世の美女。鏡を見るとげんなりするが、心だけでも美女でありたい。
 そして、子供達と食べようと思っていたクッキーが焼けたので、お茶にしようと、そのエリオという剣士様をお誘いした。
 その仮面さぁ、いちいち食べるのに下を持ち上げてるし、面倒だと思うんだけど。取っちゃえばいいのに。そう思ってたら、 突然唸り声をあげたエリオ様。
「くうう……!」
 え、クッキー不味かったのかなぁ? ひょっとして味覚まで逆……なんてことは無いのは今までの村人の反応でわかっている。違いは人の顔の美醜だけで、他の物は変わらないみたいだし。
「いえっ! 感動して」
 泣いてるよ、この人。
 そっか。なかなか感情の起伏の激しい人なのだな。でもね、ちらっと覗いたその口元だけでも充分に期待が持てるカンジだったよぉ?
「ねえ、取った方が食べやすいよ? 涙も拭こうよ」
 絶対無理、そう言いたげに仮面を戻した彼の後ろから、イタズラ盛りのチビっ子の手が伸びた。よし、グッジョブ!
 その顔が晒されたのはほんの一瞬だったが……。
 私は息が止まるかと思った。
「あ、あのっ……」
 手で顔を覆って、うろたえてる彼の耳は真っ赤になってる。
「よく……見せて」
 自分でも大胆な事をしたと思う。その長いしなやかそうな指の手を掴んで、そっと退けてみた。
 時が止まった。
 がらがらどしゃ――――ん。
 ええ、雷に打たれましたよ。ぱっぱら~っと天使が耳元でラッパを吹きましたとも。あくまでイメージだけどね。その位の衝撃。
 色白の細面の顔に、金の睫毛に覆われて煌く青い瞳は涼やかな切れ長。すっと高い鼻、薄すぎず分厚すぎない形の良い唇はバラ色。眉の形もとてもいい。全てが計算しつくされて形を考え、絶妙のバランスで配置されている。その顔が恥かしげに頬を染めて、目尻に真珠のような涙を溜めてるって……反則。
 今まで生きてきて、こんなに人の顔を見て美しいと思った事は無い。
 決して女っぽい顔では無いが、男としては美しすぎる顔。
「なんて……綺麗」
 思わず呟いた。
 いかん、こんな綺麗な人に私などが触っては、ブスがうつってしまう!
 慌てて手を引くと、その人は顔を覆って泣き出した。
「ひ、酷いです! 醜いと罵られるのはもう慣れております。でも……そんな心にも無い事を仰るなんて」
 いや、本気で素敵だと思ってるんですけど?
 あ、そうか。この世界では逆なんだった。ここまで綺麗だという事は、この世界では最悪の部類。
 この人も私と同じで自分の顔に酷いコンプレックスを持って生きてきたのだろうな。気持ちは痛いほどわかるのだが、全く正反対って。
「ごめんなさい。傷付けるつもりはなかったの。綺麗だと言ったのは本心だよ。私が生まれて育った所では、私は最も醜い女だった。そして貴方のような人は最高に綺麗なの」
「……」
 真っ直ぐに見て言うと、彼はまた珍妙な仮面を被りなおして素顔を隠してしまった。だから、通じたのかどうかはわからなかったけど。
「ユマ様はお優しいのですね」
 彼はそう言っただけだった。
 きっと信じてないんだろうな。まあ身についた常識を覆すのは難しいものな。この超お気楽者の私でも丸一日はかかったし、エリオさんはすごく真面目そうだし。真面目な人ほど常識は捨てられないものだ。
 ただ不細工に生まれただけで、心の奥底まで言葉や視線の剣に突き刺されて傷ついて来た。表向きは平然としていても、いつも血を流して痛みに耐えて来た。私は今、ほんのちょっとだけ癒されているけれど、彼は現在進行形で痛いのだろうな。
 生まれた世界が逆なら、きっと全く違ったであろう私達。
 最も気持ちがわかるのに、最も遠い存在なのかもしれない。
 でも……何だろう、この気持ち。
 分相応で無いのはわかってるけど。似合わないのはわかってるけど。
 私は恋に落ちてしまったのかもしれない。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13