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妖精に訊こう▼

2014/11/03 09:50

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 赤ん坊というのはうるさくて手が掛かるものなのだな。
 腹が減ると泣くし、オシメが汚れても泣く。眠くても泣く。それ以外にも何か気に食わないとすぐに暴れる。何でも口に入れるので気をつけねば怖いし、抱いてると服は涎でべたべたにされ、髪も平気で引っ張りやがる。
 魔族も人間も赤子の時はほとんど同じだと妖精は言う。
「あんたらもね、こんなだったのよぉ。そう思うとお父さんとお母さんに感謝したくなるでしょ」
「……」
 いかに俺のように疎まれて酷い扱いをうけていたにしても、少なくとも今こうして生きているという事は育ててはくれたのだ。確かに感謝はする。
「どうでもいいが妖精、一番小さいくせに年寄りのような物言いだな」
「二百歳過ぎてるもん」
「ああ、本当に年寄りだった。ジジィかバアァかはしらんが」
 きーきー言う妖精を尻目にユマ様を見ると、また魔法でだされたのであろうが、湯で白い粉を溶かして乳のようなものをつくり、柔らかい吸い口の瓶に入れて飲ませておられる。その手つきは慣れたものだ。
「高校のときに夏休みにバイトでベビーシッターをした事があるの。赤ちゃんなら顔の事は言わないし」
 大半がわからない言葉だったが、しったーと言うのは乳母のようなものだろうか。それに最後の辺りは頷けた。
 両親にはよい思い出はないが、弟が小さいときはよく俺にも懐いていて笑いかけたり後を追ったりしていた。物心ついて周りに引き離されるままに段々と近づかなくなったが、兄弟の仲はそう悪くは無かった。確かに赤子は見た目で人を判断しない。
 清潔な身なりに調えてもらい乳で腹が満たされたからか、寝床を用意しに行ったユマ様に代わって俺が抱いているとチビ魔族は眠ってしまった。元々のあの憎いデデルだと知っているがゆえ、イマイチ愛情は湧かなかったのだが、こうして自分の腕の中で安心しきった顔で寝息をたてる小さな生き物は、起きている時の煩さも忘れさせる。可愛いな、なんか。
「エリオ、すっかりいいお父さんじゃない」
「俺はコイツの父親になる気なんか無いぞ」
 頭の上で頬杖をつくな妖精。肘が刺さりそうで痛い。
「前に言ったじゃん。本番の予行練習のつもりでってね。ほら、この子をユマが産んだ自分の子だと思ってごらんよ。愛情湧くでしょうが」
「なっ……!」
 何を言ってるんだお前っ?
 そりゃ、もし本当の自分の子だとしたら本気で愛せると思う。多分命に代えても惜しくないだろうな。だが、リオっ、お前何て言った? ユマ様が産んだ俺の子って……。
「お前なぁ、子供と言うのは何もせずに成せるものでは無かろう?」
「意外。それは知ってたんだね、エリオ。おりこうさん」
 何故そこで頭を撫でるかな? ひょっとしてこないだデデルが小さくなったのをはじめて見たときに「産んだ?」と訊いたのをまだ引き摺られているんだろうか? 俺は顔だけで無く頭も可哀想認定か?
「ばっ、馬鹿にするな。この歳だぞ? しししし、知っておるわっ」
 ……そのような行為をしたことが無いだけでな。
「じゃあなんで健康な体を持った男女が揃ってて、しかもどっちも好きなのに同じ場所にいて何にもしないのさ? 接吻一つしないじゃないの」
 せ、せせせっ、接吻とか言うな~~っ! このエロ妖精っ!
「ああ。ひょっとしてやり方がわかんない?」
「そっ、そ、そそそんなことはっ!」
 一応その、何となくはわかるぞ、うん。馬が交わってるの見た事あるし。
 そこで、ふと妖精の先の言葉を思い出した。
「つかぬ事を尋ねるが、先程どっちも好きなのにと言わなかったか?」
「うん、言った」
 待て。俺は確かにユマ様が好きだ。心の底から愛おしいと思っている。もう誓いを立てたからとかそういうのもどうでも良いほどに。だがユマ様はどうなのだろう?
 神殿の命を受け、仕方なく俺といるというのではないというのは、多分自惚れでは無くそうなのだろうとは思う。嫌では無いだろうという事も。それでも、本気で好いてくれているかはわからぬではないか。
「俺の片思いでは無いとなぜ言い切れる?」
「わかるわよぉ。魔王に幾ら命令されても生めなかった愛の種が育ってるのわかるもん」
「?」
 何故か妖精は自分の腹を撫でている。
「もうすぐリオ、種を生むから愛の実を大きくしてね」
「それは一体どういう……」
 そういえばすっかりこうして馴染んでいるというのに、まだコイツから詳しい話を聞いてないな。魔王の近くにいた妖精、魔王の事も非常に良く知っている。しかも逃げてきた。高位魔族のデデルでさえその存在を知っていたし、意味深な事も言っていたというのに。
 実はこのうるさくて小さい妖精は重大な秘密を握っているのではなかろうか? 何故だろうか、それはとても大事な事だと思うのだが、魔法にかけられでもしたように尋ねられないのだ。
「愛の実と言うのは何だ?」
「それはもう少ししたら話すね。今はまだ早いよ」
 まただ。またはぐらかされたというのに、その後を訊けない。
「それよりさぁ、ユマは本当にエリオの事好きだよ。だからもっとこう、男らしく攻めていいと思うよ。女の子はねぇ、男から襲われるの待ってるんだから! いっちゃえ、いっちゃえ!」
「うっ……襲っ……!」
 何故か吊り下げられて素肌を晒し恥ずかしげに頬を染めたあの時のユマ様が思い出された。あれが俺だけの目の前に……。
 耐えろおおおぉ! 俺の鼻粘膜~!
「あぶぅ……」
 いかん、賑やかにしすぎたのかデデルがむずがった。慌てて軽く揺するとまたすうすうと眠る。
「ごめんなさい、寝かしておくわね」
 そう言ってユマ様が俺の手からチビを抱き取って行かれるのを見送ると、懲りない妖精は耳元で囁いた。
「わからなかったら丁寧に教えてあげるからねぇ。どこを触ると気持ちいいとかぁ、ここで何をこうするとか。恥ずかしがらずに訊くのよぉ。何てったってリオ、愛の妖精なんだし」
「……」
 生々しくて恥ずかしいわっ! 何だか頭がくらくらしてきた。
「あー、やっと寝てくれましたぁ」
 戻って来られたユマ様の声に、自分がびくっと飛び上がるのがわかった。
「明日はそろそろ次の国に入れそうなんでしたね? お茶でも飲んで落ちついたら今夜は早い目に寝たほうがいいわよね」
「はっ、はい! そうですね」
 ユマ様の顔が見られない。
「あの、エリオさん?」
「何ですか?」
 精一杯平静を装って微笑んでみたのだが、ユマ様はすっと目の前にハンカチを差し出された。
「鼻血が出てます」
 ……残念だったな、俺。

 夜も更けてテントの中。
 やっとリドルを抜け、明日はヒリルの国境を越えられるだろう。ここまで寄り道もしたが意外と早く来た。ヒリルを越えるとその向こうは妖精と精霊の国シシル。
 妖精の国か……どうも妖精や精霊の美的感覚は人間や魔族と逆なようだが、リオや水の精霊は姿形よりも魂で判断するので、その辺は問題ないと言っていた。あれらもユマ様を慕っている所を見るとそうなのだろう。
 それは良いとして。
 確かにこの先の事を考えると目も冴えようものだが、それ以前に寒くて眠れない。何故か顔だけが酷く火照る。
 いつもテントの端と端で寝るというのに、この夜間冷えこむ外のせいで隅では冷気が入ってくる。というわけで、真ん中で肩がくっつくほど近くに寄り合って毛布を被っているのだが。
 近いです、ユマ様。体温を感じるほど近いです! なのに何ゆえにユマ様はそのように無防備にお眠りなのだろう?
 月の明るい夜。テントの中までうっすらと青く仄明るい中で、眠るユマ様の小さな唇が微笑むように僅かに空いているのに見惚れる。

『健康な体を持った男女が揃ってて、しかもどっちも好きなのに同じ場所にいて何にもしないのさ?』

 妖精に言われた言葉が蘇る。
 今、このままこの愛らしい唇に口付けてそして……。
 そっと顔を近づけると、思いがけず手が伸びてきて引き寄せられたた。
「えっ?」
 だ、抱きついて……って、えええ? まさか、妖精、ユマ様にまで入れ知恵を? いや違うな。ユマ様は眠っておいでだ。すうすういう寝息が聞える。
 寒かったんだな。横を向いてきゅっと手を胸前に揃えておられる。
 自分の分の毛布も上から掛けて、一枚の毛布に一緒に潜り込んで軽く抱きしめた。このくらいはいいですよね、ユマ様。
 人の体温って温かいな。ユマ様も温かいですか?
 ちっ、となぜか舌打ちの音がユマ様のポケットから聞えたのは気のせいだと思っておきたい。

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