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愛の実の真実▼

2014/11/03 09:51

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 ユマ様が、俺のユマ様が……。
 あの美しかったお顔が……ああ、何と不憫なのであろうか。
 まさに呪い以外の何物でも無いというほどに醜く変ってしまわれたなんて、これは悪い夢であって欲しいと思った。
 だがこれは夢では無いのだ。
 落ち着いて考えてみろ。自分も似た様なものというか、更に酷いかもしれない顔なのだぞ? 偉そうに不細工だなんて言えないじゃないか。俺は男だから顔が酷かろうがまあ何とか生きてこられた。だが女の顔は命というではないか。傷一つついても心にも傷が残るというのに、その顔が全て……。
 一番辛いのはユマ様自身なのだ。ひとしきり泣いた後はけろりとして、いつもと同じように明るく振舞っておいでだが、心中はいかばかりか。きっと心では涙を流しながら、それでも周りを気に掛けて振舞っておいでなのだ。なんと健気で強いお心であろう。
 黒魔王め、絶対に許さん。
 今日はヒリルに入れたが、やはり国境で止められた。怪しい仮面の男女は神殿の首飾りを見せてもそう簡単には通してもらえない。
「見ない方がいいですよ。不細工なんで」
 色仕掛けも効かなくなったユマ様は正直に仰られたが、それでも外せと言われて渋々二人で素顔を晒した。
 結果、国境の見張りの男達は全員黙った。中にはその場に倒れたもの、走って行って吐いてた奴もいる。
 俺はもう慣れているので構わないが、ユマ様はどう思われたのだろう。これが現実。嘲笑う目と引き攣った笑いは心を突き刺す剣なのだ。
「お、お気の毒にな……」
 その言葉が一番気の毒だと、彼らは知らない。
 何とか国境を通り、新しい国に入ったが、宿のある街では泊まらずに、人けの無い場所で野宿しようとユマ様は仰った。
「国境での事、傷つきましたよね、やはり」
「ん? そんなことないよ。だって慣れてるもん。なんか久しぶりだなーとしか思わなかった。でもほら、エリオさんに迷惑かけるし」
 軽く笑いながらそう仰ったが、俺がいるのに何を今更。だが俺の前でも仮面を外される事がないのが気になっていた。
「こうして馬に乗ってると一番いいよね。今までと同じ、今までと……」
 何か祈るようにユマ様は小さく呟いておいでだった。
 流石に食事時は仮面を外されたユマ様。
「たとえどんな姿でも、ユマ様はユマ様です!」
 本心からそう言ったつもりだったが、何と言うかその……俺もやはり慣れるまでは時間がかかりそうで。
「エリオさん、食欲無いの?」
「あ、いや、その……考え事を……」
 仕草や声がそのままなだけに、首を傾げて覗き込まれても余計にその落差が気になって、思わず目を逸らしてしまう。
「……やっぱり食欲も無くなりますか、この顔は」
 悲しげに俯いてしまわれた。ああっ、俺の馬鹿!
「違います! す、すみません」
 慌てて訂正したものの、ユマ様は仮面を被ってしまわれた。
「もう大丈夫だよ、見えないから」
「それでは食事もしにくいですよ? それに蒸れるし」
 仮面の不便さは一番よく知ってる。自慢にもならないけど。
「もう食べたよ。いいの、この方が私も気持ちも楽だし」
「……」
 その後、これといった会話もなく食事を終えた。いつもと同じスープなのに、なんだか味気なかった。

 夜。
 ユマ様がテントの中でデデルに乳を与えておられるので、外で剣を磨いていた。最初は逃げ腰だったチビも魔獣も、ユマ様の素顔を見ても笑顔を見せて前と同じように振舞っているというのに俺は……見ないでと言われたら否定する事も無く本当に見ない。ユマ様が嫌な事は極力したくないから。でもこれでいいのだろうか、本当に。
「エリオ、ちょっとおいで」
 ものすごく偉そうな態度で妖精に耳を引っ張られた。
 テントから少し離れ、大きな木の下に連れて行かれた途端、小さな手でぱちんと思いきり頬を叩かれた。
「何をする?」
「腹が立ってんのよ! イライラするったらないわ、あーっ、もう!」
 ばしばしばし。今度は頭に乗っかって髪が乱れるほど連打。
 小さな妖精の手などそう痛くも無いが、なんか精神的に激痛だ。
「あんたは他の人間と違ってもう少しマシな男だと思ってたのに、やっぱり見た目だけでユマの事を好きだったのね」
 うっ。何かがぐさりと刺さった気がする。
「そ、そんな事は無いぞ!」
「妖精や精霊と人間や魔族の感覚が|今は《・・》反対なのは知ってる。でもさぁ、上辺だけじゃないでしょ、人を好きになるっていうのは」
 そんなのお前に言われなくてもわかってる。わかってるけど……。
「何があろうと俺はユマ様をお守りするし、ただ一人だと誓った心に偽りなど無い! 今だってすっ、好きだし!」
「嘘つき」
「嘘じゃない!」
 絶対に嘘じゃない。ユマ様の事を考えていない時間なんか無い。好きで好きで……言い出せないけど好きで!
「じゃあなんで順調に大きくなってた愛の種が育たなくなったのよ? わかるんだから、リオには。本当の愛に触れてしか、いい愛の種は生まれない。そして本当の愛がないと愛の実は成らないの! このままじゃ……」
 勢い良く言い出して、急に黙ってしまった妖精。頭の上の小さな体を掴んで掌に乗せてみたら泣いていた。
「このままだったらどうなるんだ?」
「悪い種しか生まれない。魔王がそうだったように、愛の実の成らない悲しい心を生み出す種にしかならない。悪い種を作った愛の妖精は死ぬ事も許されず、永遠に暗い世界を彷徨うの。リオのお母さんみたいに」
 ほとんど意味は理解出来なかったが、本気で泣いてる顔だ。
「あんた達を見て、これは絶対大丈夫だって思ったの。真っ直ぐな愛の力で、いい愛の実を成らせて、世界を元に戻すことが出来るって。出会えたのは偶然じゃない。きっと導かれたのだと思ってた」
 世界を元に戻す? さっきは魔王とか言ったな? コイツ、実はものすごい秘密を握ってるんじゃないだろうか。
 出会えたのは偶然じゃない。野原で精霊に追いかけられて来てぶつかったのは、こうして今一緒にいるのは、コイツの言うように何か見えない力に導かれたような気がしなくもない。
「……なあ、基本的な事を訊いて良いだろうか?」
「なによ」
「愛の実ってなんだ?」
 今までも散々はぐらかされて来たが、今日こそ聞きたい。
「リオ達みたいに選ばれた愛の妖精だけが生む種から木が生えるの。それに成る金色の実の事だよ。それを育んだ愛の持ち主に全てを変える力を与える」
「全てを変える力……」
 なんだか空恐ろしくなってきた。コイツは魔王にその愛の実を成らすために囚われていたのだと言った。もし魔王がそれを手にしていたなら……。
「魔王は本当に愛する人をみつけられなかったの。だからリオのお母さんの生んだ種は悪い種だった。それでも魔王の望みを叶えたの。悪いほうにね。それに気がついた魔王は今度はリオに良い実を成らせようとしたの。でもやっぱりダメだった。実どころか種も育たなかったわ」
「……魔王の望みを叶えた?」
「世の理を曲げてしまったのよ」
 そういえば美巫女様もそう仰った。世の理を曲げた黒魔王を倒せと。だからユマ様が異世界より招かれ、俺も一緒に……。
「普通の人達も本当の愛を知ってる。でも、それではダメなの。強い魔力を持った普通じゃ無い人達の普通じゃ無い愛で無いと。ユマとあんたはそれにぴったりじゃない。だから種が育ったのよ。なのに!」
 思い出したように、また今度はぽかすかと俺の掌を叩き始めた妖精。
「俺とユマ様が本気で愛し愛されれば、その種は良い種に育つのか?」
「そうよっ! なのにあんたはユマの見た目が変わっちゃったくらいでいじいじして! ユマの気持ちを考えてあげなよ。ユマの世界ではアンタみたいなの、今のユマみたいなのが美しいのよ。今まで散々っぱらアンタと同じで醜い顔に悩まされてきたあの子が、やっと綺麗になったのに、喜べない。それはね、アンタに嫌われたくない、ただそれだけなんだよ! はっきりしない態度だったら、ユマは嫌われたと思って愛が冷めちゃうじゃないの!」
 なんとぉ!
 そうだった。ユマ様の世界の事情を忘れていた。
 俺に嫌われたくないなんて……! なんていじらしい! なのに俺は、俺はぁ!
 嫌いになんかなりません! ああ、この湧き上がってくる愛おしさ。
「ありがとう、妖精!」
 おもわずテントに走った。ユマ様にこの愛を伝えるために!

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まいるどタブレット小説 Ver1.13