時間が止まれば△
2014/11/03 09:52
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「あ、あの? エリオさん?」
どうしてしまったのだろうか、エリオさんは。すっかり嫌われてしまったかとばかり思ってたのに、いきなりテントに勢いよく飛び込んできて、
「お伝えしたいことがっ!」
そう力強く言ってから、なぜか頬を真っ赤にしたまま目の前に仁王立ちしてるんですけど。デデルちゃんは寝ちゃったので精霊さんが預かってくれたが、ライちゃんと共にリオちゃんがなぜか連れて行ってしまった。
……つまり只今テントの中に二人っきりなのだ。こんな状況がもう数分続いているのだけれど。
お面つけたままなので顔が蒸れて仕方が無いのだが。
「エリオさん、何か言いたいことがあったんじゃないですか?」
こくこくと頷くエリオさんは妙に可愛い。
「ゆ、ユマっ、ユマさまっ!」
「はい?」
その後もたっぷり一分以上は時間があっただろう。仕切りなおしたように大きく息を吸ったエリオさんは私の肩に両手をがっしりと置いた。思わずビクッと身を竦めてしまったのだが、私は座ったままで、中腰のエリオさんに上から肩を押さえられてる状態なんで逃げも出来無いし、エリオさんも放さなかった。
ってか何か異常なほどの迫力を感じてちょっと怖い! それにすっごい手が震えてて力が篭ってるので微妙に痛い。
「たっ、たたたたっ」
「た?」
何か一生懸命言おうとしている様子。そんな口を尖らせて怖い顔してどもってどうしたんですかエリオさん?
「さ、さ、さっ……」
「さ?」
「あっ、あ、あ、あああ」
「あ?」
た。さ。あ。何の事やらさっぱりわかりませんが?
いや、待て。
た……耐えられない。さ……さよなら。あ……アバヨ。今までの経緯からそんな言葉がぽんぽんぽんと浮かんだ。
耐えられない、さようなら。アバヨ。
がーん。
やっぱりエリオさんはこの顔が嫌いなんだ――――!!
ちゃんと隠してるのに、でもこの先もずっとこのままなんて耐えられないんだ。
その事を伝えるために……そうよね、言い辛いよね。だからあんなに必死に言葉が出ずにどもってたんだわ。エリオさん優しいから。
駄目だ涙が出て来た。今までが幸せすぎたんだもの。ずっとずっと男の人に優しくされる事なんかなかった人生の中で、ほんの一時でも素敵な思い出が出来たんだもの。これ以上求めてはいけないんだ。
理想の顔を手に入れたけど、これは呪いで、やっぱり大事なものと引き換えにしないといけないものなんだ。足を手に入れる代わりに、声を失った人魚姫のように。
ぐるぐる頭の中で今までの事が過ぎって、そして消えて行った。
エリオさんの笑顔、エリオさんの寝顔、エリオさんの剣を振るう姿、ちょっと恥ずかしいエリオさんも。
馬に乗ってるときの温かい腕の感触も何もかももう無くなって、この知らない世界に一人ぽいって放り出されちゃうんだ……。
「ゆ、ユマ様? 水が仮面から滴ってますが……」
ううっ、だって、だって泣いてるんだもん。きっとお面の下はぐっちょぐちょのべったべたで、とんでもない顔になってるんだ。
突然、エリオさんがつんのめった。
「イタッ!」
何かがひゅんと音を立てて飛んできて、こつんとエリオさんの頭にあたった気がする。
「しっかりしろ、バカっ!」
ええと……リオちゃんの声が聞こえた気がするんだけどな? 思わずあたりを見渡したが、誰もいなかった。
「?」
頭をさすりながら、エリオさんがまた表情を引き締めた。
「すみません。ちょっと気持ちが昂ぶって。あの、思い切って言います」
言わなくていいのに。聞きたく無いのに!
「たっ、たとえどんな姿であろうと、ユマ様の事をさっ、最高にあ、愛していますと言いたかったんです、俺はっ!」
「へ?」
たとえ、最高に、愛してる。耐えられない、さようなら、アバヨじゃなくて。
……。
あのう、嬉しいのですが何と言うかその、こんだけ溜めといてそれは……前にも言ってましたし?
ちょっと自分でも落ち込んでたから思考が勝手に負の方向に暴走してたけど、めちゃ傷ついてたのに?
ちょっと冷静になって、じわじわ~っと嬉しさがこみ上げてきた。涙なんか一瞬でひっこんだ気がする。
よーく考えたら、さようならアバヨってなんだ自分、どうしてそう思ったんだよバーカと心でツッコミをいれてみたり。
エヘヘ。どうしよう、今度は嬉しすぎる。これまたお面を被ってて良かった。きっと今は緩んだ情け無い笑顔を浮かべているに違いない。さっきから一人百面相をしてるのを見られなくてすんだ。
「ユマ様はこんな俺の事は嫌いでしょうか?」
「き、嫌いなわけ……ないじゃないですかっ!」
嫌いなわけないじゃないのよ。私だって最高に好き。あ……愛してるもん! 嫌いだったら泣いたりしないし!
「ユマ様が好きです。誓いなんかどうでもいい。そんなもの無くたって俺はもう一生ユマ様だけでいいです!」
最初を言い切って安心したのか、今度は少し大胆にエリオさんが詰まる事無く言った。
そして座ったままだった私の前に目線を合わせるようにエリオさんも跪くと、そのままがっしりと抱きしめられた。
どきっと心臓が鳴ったのが自分でもわかった。
温かい広い胸。長い逞しい腕が私を抱きこんでる。
「俺と素晴らしい愛の実を育てましょう」
「……は、はい」
なんかよくわからないけど、ものすごい告白をされている。
すっごい幸せなんですけど~~~!
強く抱きしめてた腕が解かれたと思ったら、今度はお面をそっと外された。
ううっ、涙やらなんかでひどい顔になってると思うんだけど……それに絶対赤くなってるよね。自分でも頬が熱いのがわかるもん。
ってか! このこちらでは最高に不細工な顔をこんな間近で見ていいんですかっ!?
「ぶ、不細工なんで、その、あんまり見ないで?」
顔を隠そうとした手は手首を掴まれて動かせなかった。
間近に迫るエリオさんの真剣な青い目と整った顔。
「ユマ様は……綺麗です」
背中に回った腕に引き寄せられ、視界がエリオさんの顔だけになったと思うと、唇をふさがれた。そう、唇で。
それも触れるだけの短い時間じゃない、どきどきどきって心臓が何回か打つ間中ずっと。
震えてるけど、ぎこちないけど、でも。
エリオさんがキスしてくれた! 自分からこんなに大胆にっ……!
ああ、どうしよう。なんなんだろうこの体の奥がぶるぶるってしちゃうようなおかしな感じ。愛おしくて、この背中に回った手の触れてるところがもう自分の体の一部みたいに自然に感じて。好き、ホントに好き。
もう一度唇が重なった。
がっちりと組み合うような深い深い口付け。
ドキドキと鼓動すら感じる、温かい体温が伝わってくる。頬に触れる柔らかい髪の感触もちょっと男っぽい皮の服の匂いも、何もかも好きで、好きで。
このまま時間が止まって欲しい。
長い長い口付け。このまま一つに解け合ってしまいたい――――。
「……」
で、でもっ。キスなんて慣れてないものだから、鼻だけで息をするというところまで上手くいかなくて、酸欠になりそうなんですけどっ、などと色気の無い方向に頭が行き始めた時、エリオさんの唇が離れて行った。
「ぶはっ」
……エリオさんも息をしていなかったようです。なんという初心者なんでしょうか、私達。思わず目が合って二人同時に笑った。
「す、すみません、そっ、その……慣れてなくて」
「私もなので……」
とかいいつつ、また近づく顔。
何度でもキスして。嬉しい、本当に嬉しいから。
何もかもはじめてはエリオさんなんだもの。キスしたのも、手を繋ぐのも。だったらその……このまま全部はじめてをあげてもいいかも……そんな事を考え始めたとき、何やら視線を感じた。そして。
「そのまま押し倒しちゃえっ」
「主、今ぞ」
「うがうっ」
……。
思いっきりテントの入り口付近からこの視線の主達の囁き声が聞えるし。しかも全員。
「エリオさん、皆が見ていますね」
「……うっ!」
甘いひとときはお開きとなった。
でも……ホントに幸せ。呪いなんかもうどうでもい
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