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最悪だ▼

2014/11/03 09:42

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 気に食わん。
 何なのだ、この男。失礼にも程があろう。
 確かにユマ様は女神様と間違えてもおかしくは無いほどお美しい。いや、俺にとっては女神様以上なのだ。だが自分も相当不細工にも関わらず、人を見るもおぞましい化け物などと! けしからん!
 魔獣や妖精に慰められると言うのも気に食わん。泣いてなんぞおらんわ。泣くもんか。ちょっと鼻がつーんとするけど……くうっ。
 最近ユマ様や妖精に普通に接してもらえるから忘れていたのだが、俺の顔は仮面で隠さねば人を失神させる程なのだった。本当の事だから余計に腹が立つのだが。なのにユマ様は俺の事を男に、
「エリオさんは私にとって、いなくては困る人。まーその……私の夫のようなものでしょうか」
 そう説明なさった。ちょっと恥らうような仕草が可愛らしい。
 ……正直、聞き間違いかと思いました。ユマ様!
 おっと。夫。大事な事なので二度繰り返してみた。そして噛みしめる。
 ああ、もう何という甘露な響き。俺、もうこの先この言葉を心の中で繰り返すだけで何も喰わずとも生きていける気がしますっ!
 顔が超熱いです! 何かが滴り落ちそうです!
 その位感激したのに、タイラという男はこの世の終わりみたいな顔でユマ様を不憫だと言いやがる。
 そうなのかな。やはり他の者が見ればそう見えるのだろうか。浮かれてる場合じゃなかったのかな。
 ずずーんと落ち込んでいると、この男がここに来た理由を語り始めた。
 魔族に村が襲われたというのは気になる。端とはいえまだリドル。妖精の国と接するヒリルにも達していないというのに。テーリャとの間にある妖精・精霊の国が既に魔族の側についたという事では無いか。そうでなければやすやすとは通って来れまい。
 死人は出ていないらしいが、怪我人も多く出たと言うし、確かに癒しの泉に頼りたくなる気持ちはわかる。
 魔族を直接見た事は無いので、見てみたいとも思うけれど……。
 さんざん酷く言った後に力を貸せと言われてもな。
 何だよ、魔族に不細工な男を差し出すって?
 お優しいユマ様は、
「でも困っている村人さん達を放って置くのも嫌だわ」
 そう仰っているが……俺もそう思わなくも無いが、面白くは無い。
「大事なエリオさんを差し出す気は無いけど、泉の水を運ぶお手伝いくらいならいいんじゃない? 水持って降りられないでしょ、この崖」
「ああ、それなら……」
 妖精が長らく放置されていた精霊の青い石をぽいと泉に放り込むと、あの不細工な水色の女が不機嫌そうに立ち上った。
「……おぬしら、我を放って長かったの」
 怒ってるなぁ。いや、ホントすまなかった。
「ひえええええっ! 精霊っ! しかも何と醜い!」
 おい、タイラとやら。お前いっぺん鏡を見るがいい。
「主よ。この男溺れさせてよいか?」
 主って俺とユマ様だったっけ? いやぁ、気持ちはわかりすぎるほどわかるが、殺すのは良くないと思うぞ?
「駄目だよそんな怖い事言っちゃ。精霊さんはとっても美人だもん、人間の基準を気にしないでね」
「うむ。そうであったな。そなたの様な不細工な女を美しいと言う人間の言う事など逆さ言葉として聞けばよいのだな」
「そうそう」
 もしもし、ユマ様? 幾らユマ様の国の基準がこの精霊や妖精と近いとはいえ、精霊がしれっと酷い事を言ってますよ。でも気にしないあたり、なんてお心が広くていらっしゃるのですか。俺も見習わねば!
「で? リオちゃん精霊さんをどうすればいいの?」
「この泉の水をその村に降らせてもらえばいいじゃない。水の精なんだし」
「わあ、リオちゃん天才」
 ユマ様が手を叩いて喜んでおいでだ。
 思わず肩にとまった妖精を指でナデナデしてみた。
「賢いな小さいのに」
「リオ子供じゃないしっ!」
「はいはい。二百歳過ぎてるジジィだったな」
「ジジィじゃないっ!」
 ひとしきり和んだ後、タイラとやらを見ると、ぽかーんと間抜けにも口を開けて立っていた。
「あんたら、妖精に精霊に……そんなものまで味方に付けているって一体……」
「言っただろう。ユマ様はこの世の理を乱す黒魔王を倒すため、異界より遣わされた神聖の魔女。そして俺は美巫女様の前でユマ様をお守りする事を神に誓った剣士だ」
「そう言うとヒーローみたいでカッコいいですね、エリオさん!」
 ふふん。ヒーローと言うのはわからんが、何だかちょっと優越感。
 ははぁーっとタイラという不細工男が平伏したのも気持ちいい。
「じゃあちゃちゃっと行きましょうか」
「そうですね」
 とりあえず持っていた水筒の幾つかに水を汲む。毎度の事ながら、重い水筒もあっさりユマ様のポケットに収まった。
 どうでもいいが、これ先程まで俺達全身ばしゃばしゃ浸かっていたが……飲むのか? ああ、でもユマ様のお入りになった湯! 飲める、ごくごく飲めるぞ。って、俺が飲むわけじゃないけどな。
 ポケットに妖精や精霊が入ったのを確かめると、まだユマ様の魔法で羽根がついたままの馬に飛び乗った。手を取って引き上げて差し上げると、ユマ様は俺の前の定位置に収まられる。ああ、少しは慣れて来たとはいえ、本当にこの密着具合が堪りません。
「あの~、オレはどうすれば?」
 タイラが訊いたが、知らんな。生憎馬は二人で一杯だ。例え乗れる場所があったとしても乗せんがな。
「登って来たんだから降りれば良いだろう? 水を汲んで帰る気だったんだろ?」
「まあ、そうですけど……」
「でも可哀想よ。ああ、そうだ。ライちゃ~ん」
「がう?」
 ユマ様のポケットから顔を出した魔獣。おお、コイツがいたな。
「あのお兄さんを乗せてあげてくれる?」
「がうぉあうあっ!」
 あ、何かものすごく嫌そうに抗議したな。気持ちはわかるけどさ。
「そう言わずに。ね?」
「うがぉう……ぐうあ、がうっ」
「え~? でもねぇ……」
 ちらっと俺の方を見るユマ様。何て言ってるんですか、魔獣?
「ライちゃんがタイラさん乗せるのは絶対嫌で、私かエリオさんだったらいいって。だから、コッチの馬にエリオさんとタイラさんで乗ってくれる?」
「えええええっ? 嫌ですよっ! なんであんな男と!」
「そっ、そんな悪夢のような事を! オレ、やっぱり自力で降ります!」
 ……計らずとも意見が一致してしまった。
「よし、自力で降りろ」
「でも村人さんの所、一刻も早く行った方がいいでしょ? じゃあ、エリオさんがライちゃんに、私とタイラさんでこっち?」
「それがいいっす」
 即答するな!
 そりゃ、俺はあんなムカつく男と二人で馬に乗るより気心の知れた魔獣のほうが遥かに良い。だが待て。
 このユマ様と密着する美味しい位置。ここにあの男が?
 大事なだいじ~なユマ様に息が掛かるほど近くで触れる?
 いか~~~~ん! 断じてならんぞ!
「ユマ様、魔獣の背に。俺がその男と乗りますので」
「エリオさん偉いねぇ」
 ええ。ユマ様に変な男を近づけるなど出来ましょうか。穢れます! 腐ります! 俺が我慢すれば良いのです。
「お、おい……」
「言っておくが、崖を降りるまでだ」
 文句は言わせん。ユマ様のために。
 ユマ様が魔獣に元に戻れと仰ると、ずんずん大きくなって元の姿になった。
「ひいっ!」
 いちいち煩い男だな。まあ、ムアンバ飼ってる奴もいない。これを見てタイラとやらも大人しくなった。
「ふかふか~。ライちゃんよろしく」
「がう」
 ユマ様は魔獣の背中でご機嫌だ。そうか、ふかふかなのか。今度乗せてもらおう。
「おい、早く乗れ」
「は、はい……」
 こんな男抱きしめるのも嫌なので、後ろに乗せる。
「じゃあ、しゅっぱーつ」
 ユマ様の掛け声で、馬と魔獣が空に舞った。
 くそう最悪だ。そんなに掴るなタイラ! 気持ち悪いわっ!
「しかし、美巫女様もお美しいユマ様の傍に置くのに、もう少し剣士の見た目にも拘られても良かったのにねぇ……」
 やっぱ、コイツいつか斬る!

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まいるどタブレット小説 Ver1.13