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神殿への道▼

2014/11/03 09:10

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 神聖の魔女を見つけた以上、俺は早々に神殿に戻らねばならん。
「せっかく村の人と仲良くなれたのに」
「ユマ様行っちゃヤダ~!」
 ユマ様も村人も乗り気では無いが、王より偉い美巫女様のご命令は絶対だ。神殿にて説明を受け、魔王討伐の旅に出てもらわねばならんのだ。
 俺と一緒に……。
 早々に顔を見られてしまったので嫌がられるだろうなぁ。とても優しい言葉を掛けてはいただいたが、本心からとは到底思えない。この様な美しい方が、醜いと言われるような世界などあるはずが無い。そして俺のこの顔が綺麗だなどと。
「巫女様がお待ちです」
「わかった。どうしてこうなったのか説明してもらわなきゃいけないしね。それに帰れるのかどうかも……」
 荷物は何も無い。だが突然知らない所に放り出されて、大変心細かったところに親切にしてくれた村の者にもう一度挨拶をしたいという。
「半刻ほど待ちます。ご用意ください」
 抱きしめあって、女と別れを告げられている。またもらい泣きしそうなので、目を逸らしておいた。
 何となく居辛くて、村の外で待つ。
 小さな池があるのを見て、何気なく仮面を外し自分の顔を見てみた。
「……」
 もう見慣れているとはいえ、本当にがっかりする。もう少しだけでいいから、せめて普通と呼ばれるくらいだったら、自信を持って生きて行けるものを。
 足で小石を蹴りいれると、水に映った自分は波紋にかき消された。
「お待たせ。案内してくれるのよね?」
 晴れやかな声がして、あわてて顔を隠して振り返ると、ユマ様が変な仮面を被って立っておられた。
「何ですか、それは?」
「え? 貴方とお揃いにしてみたんだけど。似合わないかな?」
 ……似合うも何も、何ゆえ折角のその美しい顔をそのような不細工な仮面で隠さねば……はっ!
 そうか、美巫女様も言っておられたが、大変に美しいので良からぬ誘惑も多いと。だからあえて不細工な面で顔を隠されたのだな。なんというご配慮。素晴らしいではないか。
「よろしいかと思います!」
「ひょっとこみたいなの被ってるから、おかめにしてみようと思ったけど、上手くイメージ出来なかったから夜店で売ってるアニメの魔女っ子のお面みたいなの出てきちゃって」
 意味はほとんどわからないが、魔法で作られた仮面なのだな。すごい。
「では、参りましょう」
「……えっと、これに乗るの?」
 馬を見て何故か驚いておいでだ。聞くと今まで乗られた事がないらしい。ユマ様の国では何で移動されていたのだろうか? まさか歩き?
「失礼」
 乗り方がわからないようなので、ご無礼承知で抱えあげて差し上げた。
自分でもこの手が柔らかな体に触れて恥ずかしく、顔が熱くなったのがわかったが、仮面のおかげで見えなくて助かった。
 う……軽い。いい匂いがするぅ。
「あ、ありがとう……」
 照れていらっしゃる? 何か胸にきゅんと来るものを感じた。
 さて困った。俺も一緒に乗るのはよいのだが。
 後ろでくっつかれては、ドキドキしているのがバレるだろうし、前に乗って頂くとなると手綱を取るためにはずっと抱きかかえる状態になってしまう。勇気がいるな、これは。
「前と後ろ、どちらが良いでしょう?」
「後ろは落ちそうで怖いので前でお願いします」
 そうですよね、やっぱり。

 神殿への道すがら、美巫女様よりの伝言をお伝えした。
 いざ神殿へ行って、慌てさせてしまうのも気の毒であるし、予習をかねてお話しておかねばならない。
 ……というのは建前で、黙って密着しているこの間を何とかしたいというのが本心だ。さっきから仮面の中は汗が流れるほど緊張しているし、出来るだけ不快に思われないよう、手綱を持つ手に微妙に隙間を空けるために不自然な力が篭っていてそろそろだるい。
 話をしていれば少しは気が削がれるだろう。
「ええっ? 黒魔王を倒しに?」
「はい」
「ってか、黒魔王ってナニ?」
 ……そうか、そこからお話せねばならんのか。この世界の事を全くご存じないのだからな。

 この世は大きく三つに分かれている。このルドラ国を含む人間の住む土地、精霊や妖精の住む土地、そして魔族の住む土地。それぞれの関係は決して悪くは無かった。お互いに交流はしつつも不可侵の誓いをその成り立ちの頃から創造の神の前で立てたのだ。それは長い間守られ、永劫に続くかと思われていた。
 だが、三つの世界の住人のうち、最も寿命が短いのが人間。他の魔族や精霊に比べて十分の一にも満たない。魔族の最高の王が代替わりしたのはもう何百年も前の話ではあるが、その頃から少しづつ均衡が崩れ始めた。
 魔族が人に干渉するようになり、人の価値観が歪められ、不要な争いの種が撒かれた。中立を守っていた妖精や精霊も人側に着く者、魔族に着く者と分かれ始めた。
 混乱をもたらした魔族の王は『黒魔王』と呼ばれている。
 人の国は幾つかに分かれているが、その中心である大国ルドラにある神殿は、創世の神より神託を受ける選ばれた巫女が祈りを捧げ、魔族の侵攻より人の世を護って来た。
 今代の巫女はその美しさも然ることながら、非常に強い力を持っているため『美巫女』と呼ばれ崇められている。
 その美巫女様が、神託を受けたのだ。

 異界より来たりし神聖の魔女に誓いを立てた剣士と共に黒魔王を倒した時、世の均衡は戻り再び正しき道に戻るだろう……と。

「で、私がその神聖の魔女というわけですか? まあ確かにこの世界の人間では無いので、異界から来たで合ってるんだろうけど。魔法も使えるみたいだし」
「実は、俺もそんなに詳しくは無いので、後の説明は美巫女様直々にして下さると思います」
 すみません、頼りなくて。
 ふーん、と小さく漏らされて、しばらく黙っておられた。
「えーと、ではエリオさんはその剣士というわけですか? 私に誓いを立てるという意味がわからないのですけど」
「その辺も俺はよくわかりません」
 そんなに詳しく説明してくれなかったもんな、巫女様。
 でも、もし命を差し出せと言われても、このユマ様にだったらいい気がする。何だろう、この感じ……。
 唐突に、ユマ様の話が変わった。
「エリオさんはあまり女性と付き合ったことは無いの?」
「皆無ですね」
 人並に恋などした事もあったが、告白する以前に近寄ることさえ許されなかったからな。人生終わってるみたいなもんだ。
「えっと……こんな事言ったら引くかもしれないけど、私も男性と付き合った事も無いの。だから気が利かないかもしれないけど……そのぉ、頼れる人は他にいないので仲良くしてね」
 またも衝撃が走った。
 ユマ様! これだけお美しくて引く手数多であろうお方が、ものすごく意外だが、き、清らかな体でいらっしゃるのですね!
 仲良くですと? 勿論でございますとも! 頼ってくださいませ!
 うぉおお、これは何があっても俺がお守りせねば!

 神殿に着くと、表に迎えの例の神官達が並んで待っていた。
 このように美しい者達が揃っているのに気押されたのか、ユマ様の肩が微かに震えている。俺の服の裾を縋るように掴む手がいじらしい。
 余程緊張しておられるのだろうか。小声で堪えすぎてお腹が痛いと仰っている。
「エ、エリオさん……」
「大丈夫ですよ」
 そしてユマ様と俺は、巫女様のおられる神託の座の泉の前に着いた。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13