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聞いてませんよ!▼

2014/11/03 09:45

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 実は魔族を見るのは初めてだ。
 妖精はリオ以前にも、遠目でだが見たことがあった。精霊もいるのは知っていたが水の精霊を見たのが初めてだったし、俺、考えてみたら結構知らないことばかりだ。
 強いのだろうか? 怖いのだろうか?
 だが、幾らムカつくやつだとはいえ、タイラの心意気に感動したのだ。それなのにこの村の人間ときたら……ああ、思い出しても腹が立つ。誰も好んでこんな顔に生まれたわけでは無いのに。

『こんな顔でも自信を持って生きなきゃ親に対して失礼じゃないか』

 本当にそうだな。俺も愛情も何も感じたことの無い親ではあったが、この世に産んでくれて、生かせてくれた。そのおかげでこうしてユマ様に出会う事も、一緒に旅をする事もできるのだ。そう思うとありがたい。
「エリオさん、ちょっと怖いかも」
 腕にぎゅっと掴るユマ様がいじらしい。
「大丈夫ですよ、ユマ様は俺がお守りします」
「えへへ。頼りにしてますね、エリオさん」
 くああ。えへへって何ですか、その笑い方。可愛いですっ! 反則です。ちょっと小首を傾げて恥ずかしそうに上目使いって。いかん、鼻の奥がちょっと熱く……耐えろ俺の鼻粘膜。
「……あんたら、ホントに仲がいいな。ユマ様も物好きだ」
 タイラ、まだ言うか。ちょっと印象上がってたのにまた下がる。
「タイラさんにも近々いい奥さんが見つかりますよ」
「本当ですか?」
 ユマ様は何もお答えにならなかったが、ニコニコ笑っておいでなので不思議な力がある方だから本当に違いない。ふん、お前など独り身でいれば良いものを……と少し意地悪な事を考えた。
 束の間だったが雰囲気が和んだのは嬉しい。結構緊張していたしな。
 目の前に一軒だけ破壊も何もされていない立派な屋敷が見えて来た。村長の家らしい。ここを占拠して見てくれの悪い男を周囲の村から集めているとの事だった。全部で七人必要なのだそうだ。
「後はこの村から一人出せば良かっただけなんだ。タイラが行けば済んだものを。旅の方に代わっていただくなど」
 もう仮面はつけていないので、案内の村人がこちらを見るたびに眉を顰める。一応言葉は申し訳なさそうには言っているが。慣れてるがな。
「構わん。お眼鏡に適わなかったと言う事では無いか。どういう規準で選んでいるのかはわからんが、俺なら大丈夫だろうか?」
「ええ、それはもう。何人か近隣の村から連れて来られた男がおりますが、その中でも桁が違うというか群を抜いて……そのぉ……」
 いい、皆まで言うな。言いたい事はわかっている。そうか、俺ってそこまで……いやいや、わかってる事じゃないか。
「と言う事は、この中には結構なイケメン達が捕らえられて……うふ」
 ユマ様が何事か呟いておいでだが、意味はわからなかった。でも何で嬉しそうなんでしょうか。
 屋敷の入り口に立つと、何やら不穏な気配を感じ、気を引き締め直す。
 村人が扉に付いた輪を打ち、中に知らせた。
「つ、連れて参りました!」
「入れ」
 普通に人間の声と同じような返事が聞えて来た。
「武器は持ち入るな」
 むう。見えているのか? しかし剣が無いと後々……。
「エリオさん、貸して」
 ユマ様が腰の剣を外して、あっという間にポケットにしまってしまわれた。おお、その手があったか。
 しかし何でも入るなぁ……中はどうなっているのだろう。今度妖精にでも訊いてみるか。
 扉の取っ手に手を伸ばすと、中に向かってぎいぃと不気味な音を立てて勝手に開いた。
 外はまだ日もそんなに傾いていないが、中は少し暗い。
 香でも焚いているのだろうか。何か不思議な匂いがした。嫌な匂いでは無いが甘ったるい花の蜜の様な匂い。
「随分沢山いるな。女のにおいもする。男一人で良いのだぞ?」
 奥から魔族の男の声。
「あ、あいっ、愛する夫を差し出すのです。どうか私も一緒に」
 ユマ様が演技であろうが答えられた。
 愛する夫っ……!
 あああ、今体を稲妻にでも打たれたような衝撃が走りましたよ! ユマ様、演技とはいえ何と言う素晴らしいお言葉をっ!!
「ふん、妻帯者か。まあよい、一緒に来い。男ばかりでむさ苦しかったから、女も欲しかった事だしな」
 なんか……ユマ様を連れて行っていいんだろうか。ここまでお美しい方だから魔族でも良からぬ気を起さないだろうか?
 ともあれ、一緒に行けることになったので奥へ進む。デカイ家だな。無駄に豪華な。壊れてたとはいえ、村人の家はかなり質素だったし、タイラ達の身なりもボロだ、きっと強欲な村長なんだろうな。
 ま……どうでもいいが。
 使役されているらしい人間が三人出て来た。身なりも恰幅も良い男が一人。村長だろうか。
「どうだ?」
 見極めに出してきたという事か。
 あ、ユマ様を見て鼻血噴いてる奴いるな。対照的に俺を見て倒れそうになってる奴いるし。
「す、素晴らしいです。女神のような美しい女とこれ以上無いくらいの壮絶に醜い男です!」
 ……お褒めの言葉をありがとう。いいんだ、ユマ様を貶しさえしなければな。くうう、壮絶にって。流石にそこまで言われた事は……ちょっと鼻がツーンってした。な、泣かないからな。
「ご苦労、村長。もう出て行っていいぞ」
「はいいっ!」
 あ、村長行ってしまうのか。しかもタイラと案内の村人も一緒に? 俺達だけ?
「タイラさん達がいないほうが、思う存分暴れられますよ」
 ユマ様が囁く様に言って微笑まれた。ああ、そうですね。その通りです。
 入り口の広間を抜けると、奥にまたドアがあった。そこも手を伸ばす前に勝手に開いた。
「わあ、魔法ですかね? 自動ドアだぁ」
 魔女が何を感心しておいでなのでしょうか。テントや妖精や精霊、魔獣と俺の剣までポケットに入れてしまう方が。
 香のような甘い匂いは更に強まった。
 無駄に豪華な調度家具の部屋の奥、大きな錦張りの椅子に一人の妙に顔色の悪い男が掛けていた。
 くうう、なんとぉ。コイツが魔族というものなのか? 口惜しいが、う、美しいでは無いかああぁ!
 何、その立派な鉤鼻。きりっと吊りあがった目。頬骨とか、反則だろ!
「わあ、悪そうな顔ですねぇ」
 ユマ様は思いきり嫌そうな顔をしておいでだ。ユマ様の世界の感覚では醜いのだろうか。うーん、まだ慣れぬが、こんなに美しいのに。
「ほお、こいつは……確かに別格だな。きっと魔王様もお気に召されるだろう」
 いつの間に椅子を立ったかもわからなかったが、魔族の男は気がつくとすぐ目の前にいた。その長い爪の手が俺の顎を掴んでまじまじと見ている。何が別格だというのだろう。他の者と比べ物にならぬほど不細工だと言う事だろうか。
「おお、女。こいつはまた……美しいではないか。どうだ、私の物にならんか? 人間などには勿体無いわ」
 う。恐れていたことが。やはりユマ様の魅力に魔族ですら陥ちたか。触るなっ、近づくな、ユマ様が穢れるっ!
「えっと、私はエリオさんのつ、妻なので」
「それにしては処女の匂いがするぞ? 魔族は誤魔化せんぞ」
 ぐっ……! 何て事をいうんだあああっ! また鼻粘膜がヤバイではないかっ。そうか、本当に清らかでいらっしゃるのか、ユマ様! でなくてっ!
 魔族の美的感覚も人間と同じなんだと、小さくユマ様が呟かれたのは、魔族の男には聞えなかったようだ。
「ま、まだそこまで行ってないので」
「そうかそうか。と言う事は男の方も穢れてはおらぬのだな。まあ、ここまで醜い男だから手を出す女もおらんわな」
 思いっきり言われてるなぁ。
「しかし魔王様も酔狂でいらっしゃる。脆い人の子などを集めて可愛がられるとは。しかも人間にも相手にされぬような醜い者が好みとは。穢れてはおらぬゆえ良いと仰っていたが……」
「か、可愛がられる?」
「そうだ。床に呼んでいただけるよう、誠心誠意お尽くし申し上げるのだぞ。どうせそのような見た目では人の国でも生き辛かろう。抵抗さえしなければ悪いようにはせん。これは良い話なのだぞ」
 ってか、何? なんか物凄い事が聞えた気がするが。床にって……。
「魔王って、だっ、男色っ?」
「馬鹿者。魔王様は麗しき女帝なるぞ」
 へ? 魔王って女なのか?
 聞いてませんよ、美巫女様!

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まいるどタブレット小説 Ver1.13