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火を吹く魔獣△

2014/11/03 09:12

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 エリオさん、大丈夫だろうか。
 今日は何度も鼻血出してるけど、相当酷くぶつけたのかな。折角の綺麗な顔、腫れたりしなきゃいいんだけど。鼻が高いのも大変だな。
 馬も少しは慣れたけど、お尻が痛いものなのね。もう少しお肉があれば良かったのだろうか。でもこの顔で太ってたら最悪だしな。
 へへへ、でもエリオさんと二人でくっついて馬に乗ってるっていいよね。何か未だ自分の傍にこんな素敵な人がいるのが信じられないんだけど、嫌われてはいないようだし嬉しい。
 でも本気で好きになるのは怖い。もう失恋は懲り懲りだ。

 魔獣っていうのがいるという話をしていたら、本当に森の中で遭遇した。
「ムアンバと呼ばれる魔獣です。凶暴で火を吹きます」
 めずらしいほど上級の魔獣なんだそうだ。
 ぐるるる……と、低い恐ろしげな声を上げて、道を塞ぐ様に動かない獣。見た目は、真っ黒のライオンって感じ。それの牙を長くしたような。でも尻尾がぬるっと光る蛇みたい。とても大きい。馬ほどあるかな?
 馬が怖がって前足を上げて嘶く。
 自分でも信じられ無いくらい冷静に見てるなと思う。実は非常に怖い。基本私は怖がりだ。本気で怖い時って、何でだろう酷く醒めてしまう。今まできゃーとか言っても可愛くないと言われ続けて来たもんだから。
 動物は結構好き。だってね、犬や猫は顔がどうのとか言わないじゃない。だから子供の頃から好きだった。でもこれは……何か違う。魔力があると言っていたな。確かに何かどよんとした黒い霧みたいなのが取り巻いているのが見える。これだけで気圧されそうなほど。
「ユマ様は離れていてください。馬から降りられませんよう」
 エリオさんが静かに馬から降りて剣に手を掛ける。
 斬るのかな? 血が出たりするのかな。
 離れてろと言われたけど、馬の扱いなんかわからないし、とりあえず馬に下がってとお願いしてみると、横の木の影に移動してくれた。
 がっ、と怒った獣特有の声を上げて、魔獣が跳ねた。
 エリオさんが仮面を投げ捨て、剣を抜きながらひらりと身を翻した。
 うわあ、カッコイイ――――っ!
 ……とか見惚れてる場合じゃない。
 すごく早い動きで斬りかかったエリオさんの剣を、ライオンもどきがこれまた素早くかわす。ほんの少しかすめた鬣が黒い塵の様に舞うのが見えた。
 エリオさんの動きは素人の私から見ても無駄が無いと思えた。国一番の剣士だと巫女様も仰っていたが、本当に強いのだろう。
 金の巻き毛を靡かせて、いつもの優しげな顔を厳しく引き締めて剣を振るう彼は文句なしにカッコよかった。
 ざく、そんな音をたてて、エリオさんの剣が魔獣の肩口を凪いだ。青紫の液体が飛沫いたのは、血なんだろうか。
 でも流石は魔獣。たかが一撃では倒れなかった。斬られて本気で怒ったのか、ぐっと何かを溜め込むような仕草を見せた後、ぼっと口から火を吐いた。すごい勢い! 炎でエリオさんの姿が見えなくなった。
「エリオさん!」
 一瞬炎に包まれたかに見えたエリオさんだったが、無駄にヒラヒラしてると思っていたマントでそれを跳ね返していた。おお、形だけではなかったのか、あれ。
 もう一撃斬りかかったエリオさんの剣は、高く飛び上がった魔獣にかわされた。大跳躍の後、着地した魔獣の目が私に向いた。
 あ、しまった。思わず馬から降りてしまってた。
 迷わずコッチへ走ってくる魔獣。
「ユマ様――――っ!」
 エリオさんの声が聞こえるけど、足が固まって動けなかった。
 黒い影が迫って来るのが、まるでスローモーションの様に見える。
 尖がった牙がすぐ目の前に。無意識に目を閉じていた。
 手負いの獣は怖い……そんな言葉が頭を過ぎる。
「お、おすわりっ!!」
 思わず叫んだ言葉がそれって……自分でも呆れる。うん。
 ……。
 いつまで経っても、私は噛み付かれなかったし、炎に襲われる事も無かった。代わりに温かいものに包まれていた。
 恐る恐る目を開けると、魔獣はちょこんとお座りをしていた。私を包んでいた温かいものは、しっかりと抱きしめているエリオさんの腕。
「あれ?」
「ユマ様、大丈夫ですか!」
 エリオさんの声に反応したように、がうっ、とまた魔獣が立ち上がり、襲いかかろうとしたので、もう一度
「おすわり。動いちゃダメ!」
 そう言うと、魔獣はまた大人しくなった。
「す、すごいですね」
「魔法を使ってる意識は無いんだけど。エリオさん、怪我は?」
「大丈夫です」
 ぱっと見た所怪我も火傷もなさそうだ。良かった良かった。
 さて、この馬鹿でかい魔獣ちゃんだが、怖そうだが前足を揃えてお尻をつけて、お利口なワンコの様にしてるとよく見ればちょっと可愛い。
 この魔獣は凶暴らしいし、放っておいたらまたここを誰か通った時に危ないかもしれない。でも考えてみたら野生動物みたいなもので。何だか倒してしまうのも可哀想な気もする。
「もう少し小さいといいのになぁ」
 思わず口から零れた言葉はまたも魔法になってしまったようで。気がつくと、掌に乗りそうなほど小さくなって、足元でぎゃうと鳴いた。
 ……もう笑っていいですか? 私ってどんだけいい加減な魔法使いなんだろうか。
「もう悪さしない?」
「がう」
「じゃあおいで」
 手を差し出すと、ちょこちょこっと寄って来て、私の手にすりすりと顔を擦り付けてきた。
 ……うう、何コレ。可愛い! 手乗りライオン!
「エリオさん、このコ、連れて行ってもいいかな? 私は火の魔法とか使えないし、きっと役に立つと思うのよ。それに上級の魔獣なんでしょう? だったらもっと格の低い魔獣は近寄らないかもしれない」
 ぺろぺろと一生懸命掌を舐めてる魔獣。こんなに小さくしちゃったらもう置いておいたら死んじゃうよね。さっきエリオさんに斬られた傷は小さくなると同時に消えたようだけど。
「あまり気持ちの良いものではございませんが……ユマ様がいいなら」
 よおし、じゃあ旅は道連れという事で。

 チビ魔獣もゲットしたし、エリオさんのカッコイイ姿を見られたのでほくほくな一日目だった。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13