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温泉に行こう△

2014/11/03 09:47

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 エリオさんが高熱を出したので焦ったが、薬が効いたのか僅か一日で復活した。塗り薬であったらしいが、効いたのならいいだろう。
 扁桃腺もちは熱を出すと高いもんね。妹の由佳は小学生のときに切ってもらってた。男の人の方が多いっていうし、珍しい事では無いのだが、こちらの世界では手術はしないようだ。これからもちょっと気をつけてあげたほうがいいかもしれない。
「基本丈夫に出来ているのですが」
 多少声がかすれてるのがちょっとセクシー。
 本当はまだ無理して欲しく無いのだけど、次の街まで急ぎたいというのには頷けた。まだリドルを抜けるには数日かかりそうで、食料の調達もしたいし、街だったら宿にも泊まれる。何より……。
「あったかーいお風呂に入りたいよね」
「そうですね」
 ぽくぽく。
 お馬さんに揺られ、草原を行く私達。
 この草原は風が冷たい。夕方からかなり冷え込む。街に着いたら少し温かいコートが欲しいな。多分欲しいよ~と口に出して願えば出てくる気がするが、魔法(?)を使うとどぉっと疲れる。極力控えたい。
「そうだ、この草原を抜けた所にある岩山の途中に、お風呂あったよ」
 何故か私の頭の上に乗っかってるリオちゃんが、くいくいと髪の毛を引っ張った。
「お風呂?」
「人間のお風呂って、温かいお水が溜まってるところでしょ? 精霊から逃げてるときに湯気の出てる大きな温かい泉が湧いてるのを見たよ」
「温かい泉……」
 人はそれを温泉と呼ぶ。お・ん・せ・ん。
 いい、いいよ、温泉! 岩山の露天風呂!
「エリオさん、行きましょう」
「方角的には途中ですけど、僅かに街とは離れますよ?」
「温泉に浸かりたい。きっと心身共に回復できるわ」
 もうコートの事なんかすっかり頭からすっ飛んだ。いいんだ~いざとなれば出せるし~。
「ところで妖精」
 ふいに頭の上が軽くなったと思ったら、リオちゃんはエリオさんに襟首を掴まれて捕まっていた。
「お前いつまで一緒にいるのだ?」
「魔王の所に行くまで」
「いつ仲間にすると言った? 精霊と戦う羽目になったのも元はといえばお前がぶつかってきたからでは無かったか?」
 そういえばそうだな。何となく流れで一緒に来たけど、この子逃げてたんじゃなかったっけ?
 エリオさんの手から逃れて、また私にぴっとりくっついたリオちゃん。
「ユマ~、お兄さんが意地悪言う」
「まあまあ。これも何かの縁だし、黒魔王の事を良く知ってるみたいだから一緒に行ってもいいんじゃない? 小さいし邪魔にもならないし」
「わーい。やっぱりユマ好き~」
 すっかり懐かれちゃったね。確か二百歳過ぎてるとか言ってたような気もするんだけど、子供みたいね。
 女の子なら誰でも、こんな小さくて綺麗で羽根のある妖精って憧れるんじゃないかな。ほら、ピーターパンの横にいたちっちゃな妖精。エリオさんと並んでるとまさにあの感じ。
「まあ一緒に行くのは良いですが、気に食わない事があるのです」
 渋々認めたっぽいエリオさんだけど、物申してみたらしい。
「気に食わない事って?」
「……まず名前が」
 エリオとリオ。似てるから? それは別にいいと思うのだけど。
「後はユマ様にくっつきすぎだ」
「ははーん、ヤキモチ妬いてるんだね? やだなぁ、お兄さんってば。ほうら~一応リオ男じゃないし? ちっちゃいけどおっぱいあるよぉ」
「妖精は両性だろう。し、下もついておろうが」
 えっ? そうなのっ?
「つ、ついてるの? リオちゃん」
「んとねー、妖精の国ではね、好きになった相手と合意でどっちが男になるか女になるか決めるの。女になった方が子を産むのよ。アタシはどっちかっていうと女よりで育てられたけど、ちゃんとあるよぉ」
 なんかそんな魚がいたような気がする。
「ユ、ユマの傍にいればそのうち男になるかもしれん」
「ありえるよね~。顔は残念だけどユマはいい女だし」
「くっ……!」
 あの、エリオさん。ヤキモチを妬いてくれるのはすっごい嬉しいのですが、根本的な所にツッコミいれていいですか?
 リオちゃんちっちゃいです! 掌サイズの男にどうもされませんよ私。
「がうぁおう」
「お、何だ魔獣まで」
 参加しなくていいから、ライちゃんまで。今の一言はエリオさんには訳さずにおこうね。また熱が上がるといけないから。
 オレも男なんだけどって、魔獣に言われてもねぇ……。
 今日から寝るときはこのチビ共を少し離しておこう。

 岩場が見えて来た。
 思ったより険しい岩場で、その中腹辺りからもうもうと湯気が上がっているのが見える。
「これを登るんですか? 余計汗をかいて疲れそうな気がしますが」
 秘境の露天風呂。魅力的だがエリオさんの言うとおりだ。
「この妖精の様に飛べるなら話は別ですが」
「馬が飛べたらいいのにね」
 ほら、ペガサスみたいに羽根があるとかさぁ……と思いきりイメージしちゃったので、発動してしまいましたよ、ご都合魔法が。
 お馬さんに真っ白のデカイ羽根が生えてしまった。
 ぱたぱたと羽根が動くと、ふわっと馬が浮いた。
「ユマ様……」
「いやぁ、やろうと思ってやったワケじゃないんだけどさ」
 最初慣れないからか脚をバタバタしてたお馬さんも、しばらくするとコツを掴んだのか、安定しだした。
「あっという間でしたね」
「あっという間だったね」
 目指す温泉までひとっ飛びでしたとも。
 思ったより開けた場所で、充分にテント張れそうな広さだし、泉は澄んだブルーで、岩山の上から流れ落ちてくる小さな川から水が注がれている。
 さて、温度は……。
 恐る恐る手を浸けると、何とも良い温度だった。
「でも思ったより小さいね」
 二畳ぶんくらいでしょうかね。まあリオちゃんから見たら相当な大きさではあるのだが。
 成分はわからないが、ライちゃんがごくごく飲んでるところをみると大丈夫みたいだ。
 日本人の血が騒ぐ光景だな。
 私は温泉が好きだ。よく家族や友人と行ったものだ。タオルで体でなく顔を隠せと言われたものだが……。
「おお、癒しの泉ではないか」
 ポケットから響くような声が聞こえた。そういえば水の精霊さんを入れてたんだった。
「これ、癒しの泉って言うの?」
「そうだ。我をそこに浸けてくれ。元に戻れる」
 いやぁ、それってどうなの? 何となく石っころになってて可哀想なんでつれて来ちゃったけど、魔王の手下なんじゃなかったっけ?
「また攻撃してきたりしない?」
「我は倒されたものに調服される。その剣で斬った男の命に従う」
「俺?」
 エリオさんに従うんだってさ。良かったね、もう敵じゃないんだって。
「従うと言われても……」
「いいじゃない。もし戦う時になったら便利だよ、いてくれたら」
 でもその前に。
「癒しの泉なんだって。エリオさんの喉も治るかもよ。入っちゃおう!」
「ええ? ここで風呂に入るんですか? ま、ま、まさか……」
「うん。一緒に入ろう。大丈夫見ないから」
 わーいと既に服を脱ぎ捨てたリオちゃんとライちゃんが温泉に飛び込んだ。私は何度か混浴の温泉も経験したので、わりと恥ずかしくない。普通のときに裸を見られたら恥ずかしいのに、何故か温泉っていうだけで羞恥心が薄れるのは謎ではあるのだが。
「ぬ、脱ぐんですか?」
「お風呂は裸でしょう? 見ないってば。なんなら水着着る?」
 水着案に何とか納得してくれたエリオさんだった。
「気持ちいいよ! 早くおいでよ二人とも」
 魔法で水着姿になった私達。でもエリオさん真っ赤! お風呂に入る前からすでにのぼせたみたいな顔してますけど。
「おい、我は放置か?」
 水の精霊が石っころのままで何か言っているが、気にしないでおく。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13