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不細工な女と不細工な男△▼

2014/11/03 09:06

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「性格はいいと思う。明るいし、よく気がつくし、話も面白いし、頭もいい。料理も裁縫も得意で女としては非常に素晴らしい。だがやはり付き合うとなると……」
 ああ、やっぱりね。一世一代の賭けもやっぱ黒星か。
「すまない。何というか、その、タイプでないというか……」
 もういい。聞かなくてもわかっている。並んでは歩きたくないよね。
 最後まで聞かずに私は背を向けて手を振った。
 後ろから、謝りながら着いて来るが、もうさっさと忘れてほしい。
 今更傷つきはしない。この顔でこれでも二十年も生きてきたのだ。
 もっと子供の頃は本気で死にたいと思った事さえある。
「ごめんね、もっと可愛く産んであげられなくて」
 実の母にまで言われるこの不細工な顔。
 一つ一つ見るとパーツはそこまで酷くないと思うのだ。お母さんにそっくりの開いてるのか閉じてるのかわからない離れた一重瞼の目と低い鼻、お父さんそっくりの無駄に小さすぎるおちょぼ口とエラが張った上にしゃくれた顎を除けば……って、いいとこ無いじゃないかっ!
 これでも剃ろうと抜こうと生えてくるゲジゲジ眉毛は整えてるし、お肌のお手入れは欠かさないので色白もっちりだ。
 試しにアイプチもやってみたし、ツケマもした。プロにアドバイスを受けてメイクも変えてみた……結果はしないほうがまだ見られると言われ、すっぴんに戻した。
「違う時代だったら美人だったかも?」
「整形しなよ。スタイルは悪くないんだし、家事も完璧出来て性格もいいしさ。それで顔良かったらお嫁さんにしたい女だよ」
 友人にはいつも言われる。うん、生まれた時代を間違えたってか?
 食べても太らない体はそこそこ華奢でいいカンジなんだそうで。貧乳だけどね。性格は……これでじめっとしてたら本気でキモイでしょ。諦めと開き直りと親譲りのお気楽者なだけ。後はもう悟りを啓いたのかもしれない。料理は食い意地がはってるので自分で美味しいものを探求した結果だし、裁縫は演劇部万年衣装係だったからな。
 大学に行きながら、せっせと裏方アルバイトで整形費用を貯めてましたさ。プチで済むほど生易しい顔で無いので、相当な大掛かりのものになる。何年もかけてやっと貯まった全額……この前空き巣に盗られましたよ。仕方なく実家に帰りましたさ。
 もう何もかも嫌になって来た今日この頃、密かに想い続けていた、顔に関係なく優しく接してくれる彼に告白して玉砕。
 ふん、もう明日から顔見るの辛いじゃないか。
 こういう時はやけ食いしてふて寝に限る。そう思い、私は家に急いだ。
 帰り道、後ろから声を掛けて来た男の子に、振り返ると「ゲッ!」と言われた。いつもの事だからもう慣れっこだけどね。
 しまったなぁ。せめてマスクくらいしてくりゃ良かった。
「おねーちゃん、どうだった?」
 妹の由佳(ゆか)が聞いて来たが、あんたに押されて思い切った結果だ。
「バツだよ。聞くまでもないと思う」
「酷いね~、女は顔じゃないよねぇ」
「……八割は顔だよ」
 ちなみに由佳は美人さんだ。同じ親から生まれてどちらからも良いパーツだけを引き継いだみたいだ。お父さんそっくりのパッチリ二重の大きな目と高いすっとした鼻、お母さんそっくりの形のいい唇にしゅっと尖った顎。私が先に劣勢な部分だけを一手に引き受けたおかげだと感謝してもらいたい。
「寝るわ。あ、これ一個あげる」
 やけ食いしようと買ってきた有名店のシュークリーム。八個買ってきたが一個ぐらいはあげる。
「え~、一個って。後全部食べるのぉ?」
「太らないのが取り柄だもん。傷心の時は甘いもので癒されるの」
 部屋に帰って、泣きながらシュークリームを頬張った。
 もう少しでいいから美人だったらな。
 せめて普通顔と呼ばれるくらいだったら。
 もうここまで来たらギャグにもならない不細工女だし。
「あ~、どこかにこの顔が美人だと言ってくれる様な国がないかな? もうどっかに行っちゃいたいよぉ~!」
 神様の意地悪。
 そう思いつつ、ふて寝した。
 時野由真(ときのゆま)、二十歳。自他共に認める超不細工な女、失恋。

    ** **

 俺は非常に困っている。
 到底人目についてはいけないこの醜い顔を、よりによって美巫女様に見せなくてはならないとは。
 いつもの仮面を被り、道行く人を恐怖で失神させない様に、人けの少ない早朝、こっそりと神殿に向かった。
「お待ちしておりました。トドラー様」
 白い長い聖衣を纏った数人の神官達が迎えてくれる。
 くそっ、嫌がらせのように皆なんと美しいのだろう。
 無駄に凹凸の無い顔、糸の様な目、人目を引く大きな口をしたものや、上品な窄めたような口。ああ、あの小柄の神官の頬骨の出っ張りと顎のエラの見事なこと。本当に腹が立つほど素晴らしい。
 巫女様にお仕えするものでさえこの様な選ばれた美貌揃い。美巫女様は直視できぬ程にお美しいに違いない。
 緊張して汗が流れる。だが仮面を脱ぐわけにはいかないのだ。
 広い神殿の奥深く、澄んだ水を湛える泉がある。その真ん中、白い石の神託の座に美巫女様は静かに立っておられた。
 ううっ、見てはならんと思いながらも目が離せない。
 銀の眩い髪に彩られたその顔は、神が与えられし最高の美貌。
 平たい顔に離れた緑の双眸、誇り高く上を向いた鼻。三日月のように甘い曲線を描く突き出した顎。全てを優しく受け止める受け口。白い頬に散りばめられた雀斑の愛くるしいこと。
 ……息が止まりそうだ。
「わざわざ呼び立てて申し訳無い。そなたが噂の鬼剣士か」
 声までもりんりんと鳴り響く鈴のよう。
「エリオ・トドラーと申します」
「仮面を外した顔を見たい」
「それだけはご勘弁ください。直視出来ぬ醜怪な顔、神聖な神殿の空気を汚してしまいましょう」
「よい。人は見た目では決まらぬ。国一番の剣の使い手、神は二つのものを同時にお与えにならなかったまでの事。さあ、顔を見せよ」
 なんとお優しいお言葉だろうか。流石は神託の巫女様
 覚悟を決めて仮面をそっと外した。
 神官達の「ひっ」と息を飲む声が聞こえる。
 だがもう慣れた……実の母でさえ泣いて詫びた顔だ。
 母親譲りの無駄にはっきりした深い二重の目に、長すぎる睫毛。妙に赤い唇。父親譲りの削ってしまいたい高すぎる鼻に細すぎる顎。頬骨も目立たずつるんとしたやや長めの顔。髭でも生やそうと頑張ったが一向に生えもせぬ。とんでもなく不細工なこの顔。
 ちなみに弟は大変な美男で有名だ。
 母親譲りの見事な頬骨に低く上を向いた鼻、父親譲りの落ち窪んだ目に大きな口。同じ親から生まれてどちらも親に似た部品をもらったというのに、この差は何なのだろう。創造の神を呪いたくもなった時がある。
「……なるほどな。さぞ辛い目にも遭って来たであろう」
 美巫女様は目を逸らされる事も無く、慈悲深く微笑みかけて下さった。なんと心の広い方であろうか。剣の腕は認められるものの、この顔で騎士に召される事も無く、近寄ることも嫌がられるこの俺の顔を。
「やはりそなたが適任。これから現れる神聖の魔女をお守りし、世界の秩序を歪めた黒魔王を倒しに行っておくれ」
 はぁ? 神聖の魔女? 黒魔王?
「俺……わたくし如きがそのような大役を?」
「神聖の魔女様は大変にお美しいお方。道中良からぬ誘惑も多いであろう。そこでそなたがしっかりお守りせよ」
 美人なんだ、その神聖の魔女。勿論美巫女様の命令は絶対だし、少しは嬉しいが、この顔を見て泣かれたらどうしよう……それが心配だ。
 自他共に認める超不細工男、エリオ・トドラー十九歳。困惑。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13