HOME

 

違います、人間です△

2014/11/03 09:42

page: / 30

 リオちゃんが教えてくれたお風呂はとっても気持ち良かった。
 癒しの泉だからか、馬をペガサスに変えちゃったり、水着を出したりと怪しい魔法を使いまくったわりに疲れてない。馬に乗っててちょっと痛かった腰とお尻も治った気がする。
 ライちゃんは飲んでたけど、飲んでも効くのかな? う~ん、このお湯持って歩きたい。でもなぁ、浸かっちゃったしねぇ。結構な量湧いてるみたいなんで、少し経てば大丈夫かな。
 ふと横を見ると、頬を桜色に染めた色んな意味で水も滴るいい男が。
 うふふふ、エリオさんの浸かったお湯ならこのままでも飲めるかも……いやいや、変態か私は!
「おーい、我もそろそろ浸けて欲しいのだが……」
 あ、忘れてた。ゴメンね、精霊さん。
「そろそろ上がりましょうか。のぼせちゃうといけないから。精霊さんも戻してあげないといけないし」
 すでにのぼせてる気もするエリオさんだけど、大丈夫かな。また熱出したりしないだろうか。
「そうですね」
 あ、声が元に戻ってるね。癒しの泉の力で戻ったのだろうか。なぜかお股の辺りを隠して私に背を向けてるけど、恥ずかしいのかな。見ないのにね。ピッタリ水着を履きなれないからだろうか。
 この世界でショックだった物の一つが下着だ。
 男も女もかぼちゃの様なふわんとしたデカパンツなのだ。フィット感が無いのでなんだかしっくり来ない。ドレスが薄いと変な線が出そうで嫌なのだが、男の人はズボンの中がモタッとしたり、スカスカしないのかな。そういえばお父さんはトランクス履いてたよね。あれと同じカンジなのだろうか。
 そういや下着姿は見たことが無いけど、かぼちゃパンツのエリオさん……可愛いかもしれない……。
 何を考えてるんだ、私。やっぱり変態みたいだなぁ。
 なんかさっきは恥ずかしくてするっと流しちゃったけど、リオちゃんが『本当に好きなら、いつかは抱き合ったりするんじゃないの?』なんて言うから、妙に気になっちゃって。
 いやさ、流石にモテた事もない私だって、テレビやら書籍やらに囲まれて生きてきたわけで。友達にも出来ちゃったコとか、絶賛ラブラブ中もいたわけで。多少の知識はありますよ、実践した事が無いだけで。
 抱き合うって……私とエリオさんが? それはつまり、あーなってこーなるって事ですか? うう、ありえないから。
 あまり考えるとちょっと恥ずかしいので忘れて、とにかく改心したらしい精霊さんを戻してあげようと青い石を手にした時だった。
「おおっ? なんだ先客がいるのか?」
 崖のほうから野太い人の声がした。
「何か人の声が聞こえた気がするけど……」
 ええ? こんな登るのも困難な崖の上に人が?
「ゆっ、ユマ様! 早く肌をお隠しになりませんとっ!」
 エリオさんが慌ててるが、裸じゃなくて良かったね。水着着てて。とりあえず「皆の服戻れ~」と言ってみたら一瞬でお着替え終了。エリオさんもホッとした顔だ。ライちゃんとリオちゃんはポケットに自主的に入った。
 そーっと崖の方を見ると、大きな手が見えた。続いてひょこっと顔が出て来た。やっと登り終えた所みたい。
 姿を現したのは、歳いってるのか若いのかは良くわからないけど、逞しい男の人だった。日に焼けた肌にチリチリの茶色の髪、顎まで届きそうなモミアゲが面白いが、顔はワリとカッコイイ。アクション映画に出てきそうな人だな。
「はぁ~やっと着いた」
 とんでもない崖だもんね。疲れたのか上がりきった途端男の人はへたり込んでしまった。こんなのを登る人って、ファイトで一発なCMでしか見たこと無いもんな。
「わあ、すごーい。自力で登ってきたんですねぇ」
 思わず手を差し出すと、その人は顔を上げて私の顔を見て固まった。
「げっ!」
 なんっすか、その声は。失礼な。しかも後ずさってるし。落ちるよ?せっかく上がって来た崖から。
「めっ、めっ女神様ああああぁ?!」
「違います、人間です」
 や、だからそれ以上下がったら……!
「おい、落ちるぞ」
 エリオさんが危うい所で男の人の手を引っ張ったが、またも彼は固まった。
「ひっ。ば、ばばば化け物っ?」
「……放そうか。このまま落ちろ」
 酷いよねぇ。エリオさんのどこが化け物だ。
「一応人間だ。お前も人のことは言えぬ顔ではないか」
 あ、そうか。この人も私が一目見てカッコイイと思えたわけだから、この世界ではかなりブチャイクな部類に入るわけで。
「まあ、折角苦労して上がって来たわけだから、助けてあげましょう」
「ユマ様はお優しいですね」
 いや、目の前で滑落死は見たくないってだけで。

「はあ~! 生き返った!」
 男の人は泉の水をごくごく飲んで、すっかり元気になった。さっきまでそのお湯に私達が全身浸かってたという事は黙っておこう……大丈夫、そんなに汚れてなかったし、ダシも出てないと思う。
 名前はタイラさんと言うそうだ。平? 平良? 何だか日本人の苗字の様な名前だな。どうでもいいけど。
 タイラさんは、丸一日かけて崖を登って来たのだという。
「へえ、神殿からいらした魔女様なのですか。空飛ぶ馬とはまた便利な」
 なんか、ズルみたいですみません。
 ずいっとタイラさんが近づいて来て、どきっとした。ううっ、エリオさんとは全く違ったタイプだが、とてもカッコいい。
 何か……そうだ、この人誰かに似てると思ったら、この世界に飛ばされる前に告って玉砕した彼に似てるのよ。ちょこっとだけど。それにモミアゲが違うけど。
「しっかし、こんな綺麗な人見たこと無いっす! いやぁ、本当に女神様かと思いましたよ。癒しの泉以前に心が癒された気分です。ずっと見ていたい」
「お上手ですね、タイラさん」
 何か恥ずかしいなぁ。良く考えると全く逆の事を言われているのだよね。感覚が逆という事は『こんな不細工なの見たこと無い! 心底気持ち悪いから二度と見たくない』日本ではそう言われているのだね。うん、何度も言われた事あるね。
 そっかぁ。癒しの泉でも顔は治らないのか……。
 ずいっとエリオさんが私とタイラさんの間に割って入った。
「ええい、ユマ様にそれ以上近づくな。お顔を見るな勿体無い」
 エリオさん、すごく不機嫌だね。勿体無いって別に見ても減らないから。
「ユマ様と仰るんすか。女神のようにお美しい方が、なぜこんな見るもおぞましい化け物のような男と? しかもうるさい。オレも大概不細工で有名だがこれはすごい。そっちの方が勿体無い」
「なっ……!」
 こらこら、何てこと言うんですか。
「……普通の者に言われるならともかく、こんな不細工な男におぞましいとか言われるなんて……」
 ほら、エリオさんが凹んじゃったじゃないのよ。
「がうぁうぉ」
「よしよし、泣くな」
「泣いてなどおらんわっ」
 ポケットからリオちゃんとライちゃんが出てきて、両肩に止まってナデナデしている。一応励ましてるつもりなんだろう。
「あの、タイラさん? エリオさんは神殿で誓いを立てた聖なる剣士です。私にとって、いなくては困る人。まーその……私の夫のようなものでしょうか」
「お、おおおおお、夫っ!」
 あらら、エリオさんが口元を押さえて、ぼふんと音が立ちそうな勢いで真っ赤になった。
「なんか、紹介まずかった?」
「いっ、いいええええっ!」
 良かった。少しエリオさんが復活したみたいだ。だって本当だもんね。
 だが、タイラさんは首をフリフリして頭を抱えている。
「ああ、なんと不憫な! なんという悲劇! それは余りにユマ様にお気の毒じゃないっすか!」
「全然お気の毒じゃないよ? どっちかというとエリオさんが気の毒だと思うんだけど。ってかさ、タイラさん、ちょっと落ち着こうか」
 あかん。この人、人の話を全く聞かないタイプだな。割とイケメンなのに気の毒な。
「私達の事はいいからさ、何でタイラさんは苦労してまでこんな崖を登ってきたの? 癒しの泉に着く以前に死んじゃうかもしれないじゃない。そんな危険を冒してまで来るというのはワケがあるでしょ?」
「そうだった! この泉の水を汲んで早く持って帰らないと!」
 ほお、一応目的があって来たんだな。そりゃそうか。
「何か病人か怪我人でもいるわけ?」
「村に魔族が襲ってきて。死人はいませんが大変な事に」
 ……早く言いなさいよ。めっちゃ大変じゃないのよ!
 突然、タイラさんがあんだけボロクソ言ってたエリオさんに向き直った。
「あんた、丁度いいや。探してもここまでピッタリな奴はいねえ。ちょっと力をかしてくれないか?」
「何だ、藪から棒に」
「村に来た魔族は、不細工な男を捜してるんだ」
 何だか全然よくわからないんだけど。
「癒しの水を汲み終わったら、オレが差し出されるはずだったんだけどな、イマイチお眼鏡に叶わなかったみたいでさ。あんたならきっと気に入られる」
「……なんだそりゃ」
 うん、エリオさんの言うとおりだ。なんだそりゃだね~。
 エリオさんを差し出す云々は別として、村人さん達が困ってるのは放ってはおけない気がするんだけど……。
 しばらくうーんと考えこんだ私とエリオさんの耳に、申し訳なさそうに小さく声が掛かった。
「あの……我を忘れてはおらぬか?」
 ああ、そうだった。精霊さんの事はすっかり忘れ去っていた。

page: / 30

 

 

HOME
まいるどタブレット小説 Ver1.13