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剣士は馬で▼

2014/11/03 09:07

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 美巫女様の神託通り、神聖の魔女が辺境の村に現れたらしい。
 黒髪の光り輝くような美しい女が、突如空から降って来たと言う。
 しかも自分の醜さを恥じて、ひっそりと身を寄せ合う者の村。
 迎えに行けと巫女様に命じられ、俺は内心わくわくして馬を走らせた。同じ醜いものばかりの村だ。少しは俺も気が抜ける。
 話によると、魔女はそのような醜い者達に囲まれても動じず、自分の美をひけらかすこともない心の広い女性であるらしい。魔女の名にふさわしく、泊めてもらったお礼にと村人に衣服を新調してやったり、見たことも無いご馳走を出して見せたという。
 ものすごい期待。
 ひょっとして、俺のこれまでの誰にも相手にされず、不細工だと罵られ続けた惨めな人生を、ひっくり返せるかもしれない。急ぎ馬を走らせる。
 神はまだ俺を見捨ててはいなかったのだ。
 そして、言われた村に着いた。
 このルドラの国は他国と違い王の上に神託の美巫女様がおられる神聖な土地。その辺境にひっそりと森に隠れるようにある小さな村。
 心の広いものもいるが、醜い顔に生まれた者は何かと生き難いご時勢。自らの姿を人に見られぬよう、同じ傷を持つもの同士が身を寄せ合う村だという。
 表で遊びまわる子供達が見えた。みな大きな目や高い鼻の残念な顔をしている。不細工同士が交わって出来た子達は、このようにまた残念な血を引き継いでしまうのであろう。だが、にこやかに笑う子達は一様に可愛らしくも見えた。それにしても皆身なりが良いな。
「お兄さん、なんでお面つけてるの?」
「あまりに醜いゆえ、顔を見せられぬのだ」
「オレの父ちゃんも母ちゃんも不細工だぞ。大丈夫だ」
「多分、そのような生易しいものでは無いと思うが……」
 子供と話していると、奥から村人達が出てきた。
 ふむ。確かに醜い者達だ。だが、俺と比べたら相当見られる顔だ。村人は皆一様に良い着物を着ている。これが魔女が与えたという服であろうか。貴族よりも良い生地を使っているようにも見える。
「神殿のお迎えの剣士様かい?」
 年かさの男が声を掛けて来た。頷くと、奥に通された。
「なになに~? お客さん?」
 間の抜けた女の声がした。
 村人を掻き分け、顔を覗かせた彼女を見た瞬間、脳天に雷が落ちたような衝撃を覚えた。
 もう、周りの不細工な村人の姿など全く見えなくなってしまうほど、彼女だけが光り輝いて見えた。
 ああ……なんと美しい! この世にこれ程までに美しい女性がいるなんて! いやいや。そうだ、美巫女様は魔女は違う世界より神に遣わされてやって来たと言っていた。そうか、これが神の美。
 美の女神様降臨!
 心臓がドキドキして、足が震えている。多分相当赤面しているだろうが、仮面のおかげで見られなくて良かった。
「ユマ様、いきなり現れては使者の剣士様が困惑されておいでです」
 不細工な女が美の女神の顔をベールで隠してしまった。
 余計な事を……そう思ったが、確かに隠してもらったほうが良かったかもしれない。舞い上がりすぎてちゃんと話せる自信がない。
「えっとぉ、偉い巫女様のお使いの方ですよね? なんでそんなヘンテコな仮面かぶってるんですか?」
 近寄り難いほどの美女なのに随分と砕けた物言いをなさる。
「酷い顔なので……」
「私は由真。あなたは?」
「エリオ・トドラーと申します」
「エリオさんね。まあ立ち話も何だし。丁度クッキーが焼けたから、一緒にお茶しましょうよ。って、人の家なんだけどね~」
「ユマ様、人の家などと。ユマ様がウチの様なボロ家にいてくださるだけで光り輝くようですのに」
 さっきの不細工女だ。ふむ、魔女はこの女の家に滞在しているのだな。
「チビちゃん達~! お菓子できたよ~!」
「わーい! ユマ様大好き~!」
 ぴとっと張り付く子供達を、慈悲深い顔で見ているその姿の本当に美しいこと。やはり女神様に違いない。ユマ様と申されるのか。
 随分と村人にも、子供達にも懐かれているようだ。このお世辞にも可愛いと言い難い子供達にまで愛情深く接して、菓子を振舞うとは。なんとお心の広い方なのだろう。
 本気で恋してしまいそうだ。
 分相応でないのは重々承知の上なのだが……。

 クッキーという物をはじめて食した。この上なく美味な食べ物である。さくさくとしていて、香ばしく、口で溶けるような甘み。恐らく王や美巫女様ですら食した事も無いであろう物を、最下層にいるであろう村人にまで……。
「くうう……!」
 何故か泣けてきた。
「どうしたの? 口に合わなかった?」
「いえっ! 感動して」
 いかんいかん。大事な仮面の中がびちょびちょになってしまった。
 もう一口と仮面の下をちょっと持ち上げると、ぽたぽたっと涙が落ちた。ううっなんて恥ずかしい。
「ねえ、取った方が食べやすいよ? 涙も拭こうよ」
 ユマ様が美しい顔でこちらを見ておられる。絶対引くよな。うん、取ったら一緒に旅など絶対にしてもらえない。
「えい」
 わたわたしている間に、後ろから伸びてきた手に仮面を奪われた。むうっ、子供の仕業かっ!?
「うっ……!」
 慌てて手で覆ったが、時既に遅し。
 一瞬の事だが、しっかりユマ様に見られていたようだ。彼女は目を見開いて、ぽかんと口を開いている。
 わあああっ! どうしよう。この不細工な顔に呆然としている?
「あ、あのっ……」
 だが彼女はそっと近づいて来て、今度は固まった俺の手を取り、そっと顔から退けた。
「よく……見せて」
「……」
 ユマ様の後ろで、バタバタと女達が倒れた。子供がひきつけを起こしたように泣き出す。すまん、怖い思いをさせて!
「なんて綺麗……」
 はぁ?
 ほう、と息をついたユマ様の頬が赤い。これは何かの間違いであろうか。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13