鷲掴みされました△
2014/11/03 09:46
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「この女も人とは思えぬほど美しいが、魔王様はそれはそれは直視出来ぬほどお美しくてあられるのだ。どうだ、男、見てみたいであろう?」
なんとっ。黒魔王って女なんだー! しかも美人かぁ!
これは衝撃の事実。美巫女様そんな事一言も言ってませんよね? まあ男だとも言ってないような気もするけど。
でもこれはある意味チャンスで無いでしょうか、エリオさん。
どうせ魔族の国に行かなきゃいけないんだったら、この際連れてってもらうっていうのもアリかもしれないよ? どうやって行くのかは知らないけど。
んでもって、ぱぱっと本題を果たしちゃう。
そしたら速攻お家に帰してもらえるかも。お父さん、お母さん、由香。みんな待ってくれてるかな? もうどうでもいいやと思われてたら嫌だけど、またこんなにモテモテでも便利な魔法も使えない、普通の……じゃないな、普通じゃ無い超不細工女に戻るけど。
いや、でも魔王を倒さなきゃいけないわけで。この世の理を曲げてしまうほどの相手って、女だって関係なく強いんだろうな。
うーん、やっぱ怖いかな、いきなりは。
それに……何だろう、このもやっとした気持ちは。
エリオさんとの旅も終わっちゃう?
目的地にあっという間についちゃったら、一緒の馬に乗るのも、一緒のテントで寝るのも、一緒に新しい場所を見るのも……何もかもすっとばして終わっちゃう? それは寂しい気がする。
それよりも、だ。
魔王に可愛がられるって……ナニ。
えっとぉ、妖精とか精霊の美的感覚は私と同じとして、魔族はどうも人間と同じようだし。エリオさんを見てくらくらって来ちゃう事はないかもしれないけど、どうも魔王は特殊な趣味をお持ちのようだし、えっといわゆる『ブス専』というやつでしょうか? いやいや、エリオさんは決してブスじゃないんだけどさ~どっちかといえばこれ以上無いくらいの美形なわけなんだけどさ、この世界では……って、もうややこしいなっ! とにかくだ、それは個人的にイヤなわけで。
そして。これまたややっこしいが、この魔族のおじさんが直視出来ぬほどお美しいと言ったという事はだ、女魔王は私以上に不細工であるわけで。ふむ、美人さんで無いならまあいい?
いや、良くないっ! エリオさんにとっては不細工さんは美人なわけでしょ? ……うう~ん頭の中こんぐらっちゅれぃしょん。
とこに呼ばれるようとか言ったよね。床って寝床、つまりはベッド。って事はアレですか、そういうお相手なわけですよね?
触っただけで鼻血出しちゃうような初心なエリオさんが、何歳かしらないけどの手だれのオバサマにベッドであれやこれやと……悶えてるエリオさんとか色っぽ過ぎ……だめだ、想像の限界を超えて脳内で自動モザイクがかかったっつーの。
とりあえず魔王のベッドは血の海になるだろうね、鼻血で。失血死しないだろうか、エリオさん……その前にコッチが鼻血出そう。
「何を赤くなっておいでなんでしょう、ユマ様?」
イケナイ妄想の世界から引き戻されて、気がつくと不思議そうにエリオさんが覗き込んでいた。ああん、もう。その顔は何度見ても反則。
もう一度ぼっと頬が熱くなった。
「な、何でもないよ。でもやっぱりヤダ。怖い」
主にエリオさんが食われちゃう的な意味で。
「しかし、上手くすればすぐにでも魔王のところに……」
そうなんだけどっ。私もそれは思ったけどっ。
「行っちゃ駄目だよっ!」
ポケットから声がした。リオちゃんだ。ダメじゃない、隠れてないと、あなた魔王のところから逃げてきたんじゃ……。
「ん? 今の声は? 姿は見えんがそういえば妖精のニオイがするな。精霊も魔獣も近くにいるのを感じるぞ」
でっかい鉤鼻をひくひくさせて、青白い顔の魔族のおじさんが私の方に顔を近づけてきた。
「お前から臭うぞ? 確かに美しすぎるがもしや人間では無いのか?」
「い、いえ、人間ですよ」
近い近い。ううっ、昔絵本で見た悪い魔法使いみたいな顔だよぉ。目が吊り上がってるよ、耳尖がってるよ。怖いよ~。
「エリオ、魔王は超・超・ちょ~~不細工なんだよっ! 怖い夢見ちゃうよ? おしっこチビッちゃうよ? ユマどころじゃないよっ? そんなのにカラッカラになるまで精気搾り取られちゃうんだよっ!」
「こら、リオっ! お前何だ、そのユマ様どころじゃってのは!」
あのう、エリオさん? ツッコミどころが違う気がする。そこじゃなくてカラッカラになるまでって所に反応しようよ。
「リオ?」
ひっ。魔族さんの斜め四十五度の眉毛がぴくんって更に角度上がったよ?
「あの不敬をはたらいた愛の妖精か。生きておったのか?」
「デデル、不敬ってなによぉ。知らないわよ。大体、アタシは一度だって魔王の手下になるなんて言ってないもんっ。勝手に愛の妖精だからって捕まえといて、百年たっても愛の実がならなかったからって追い出しといて殺そうとしたそっちが悪いんでしょうが!」
とうとう、ポケットからリオちゃんが飛び出した。
なんかすごく大事で難しい話をしてたような、リオちゃん。そしてこの魔族のおじさんはデデルさんというのか。そういえば表でそんな事をいってたような?
「ねえ、リオちゃん愛の実って?」
「それは後で。とにかくっ! ユマ、ダメだよ。それに他に捕まってる人達も助けるんじゃないの? きっと連れてかれたら殺されるよ」
ああ、そうだった。私達だけの問題じゃ無いじゃないの。この村もだけど、近隣の村から集められた男の人達も気の毒だよねぇ。
「貴様、妖精ごときがベラベラと喋りおって……」
ああっ、すっごく怒ってる。リオちゃん隠れてっ!
デデルさんとやらの手がリオちゃんを掴もうと伸びてきた。だが、寸でのところでかわしたリオちゃんはすかさずポケットに飛び込んだ。
でも行き場を失ったデデルさんの手は何かを思いきり鷲づかみにした。
むぎゅ。
「あ」
あ、じゃないから。
それは妖精さんではありません。それは私のおっぱいです。
お っ ぱ い つ か ま れ た 。
……。
「いやあああああああああっ!!」
思わず大声で叫んでしまった。ついでの事を言うと、思いきりひっぱたいたと思う。ええ、デデルさんが飛ぶほど。
おっさん、酷いじゃないかっ! 女のおっぱい鷲づかみなんて! 誰にも触らせてないのに! しかも爪が痛かったしっ!
「い……いいっ」
って、なんで仰向けにひっくりかえってるのにまだ手が何かを掴んでるみたいな格好になったまま? いいって何がっ? 余韻でも味わってる? きいっ、腹たつぅ~!
考えてみたら魔族に平手なんて無謀な事をしたわけだが、何か横から私が一瞬で我に返るくらいの、恐ろしい気が立ち上がっているのを感じるんだけど。
「剣」
エリオさんがこっちに向かって手だけ伸ばしている。その顔は思いきり笑っているが、目だけ笑っていない。
「ほい」
どうしていいかわからない私に代わり、ポケットから剣を出したのはリオちゃんとライちゃん。
「ふっふっふっふ……」
あのう、エリオさん? なんで笑ってるんですか? どよーんと黒い負のオーラが見えるようですが。
「きーさーまー。俺の……俺のユマ様にっ……」
じゃきんって剣を抜くエリオさん。
や、今俺のユマ様って言いました?
きゃ~! 嬉しいんですけど、でもっ!
「ど、何処から剣を?」
床にお尻をついたまま後ずさるデデルさん。剣が振り下ろされるのを見るのが怖くて、思わず目を閉じた。
……。
「むっ!」
「ふん、人間如きに斬られるものか」
目を開けるとエリオさんの剣はデデルさんの眉間すれっすれで止まっていた。何か薄く膜のようなものが見える。シールド?
そのままデデルさんが立ち上った。
「これ以上無い極上の魔王様への供物だが、我に剣を向けるとは。無事で済むと思うな」
えっとぉ、怒らせちゃいましたね。そして結構マズイ状況ですよね。うん、宣戦布告されてしまいましたね。
「言っとくけど、デデルは強いわよ。かなり高位の魔族だから」
……リオちゃん、そういう情報は先に言おうよ。
ぶわ、とデデルさんの髪が立ち上り、蛇のようにうねうねした。なんか微妙に全身が光っている様にも見える。あれって魔力?
「女、この男を片付けたら後でもう一度揉ませろよ」
絶対イヤです!
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