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呪われました△

2014/11/03 09:51

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 温かい……それに心地よい重み。
 目を開けると、ごくごく近くに壁があった。すうすうと規則正しい音と、時折髪にかかる吐息。あれ?
 こっ、これは……エリオさんに抱きしめられてる? きつくじゃ無いけど私はエリオさんの胸に顔を埋めて眠ってたみたいだ。
 そーっとそーっと腕を抜け出しても、エリオさんは起きなかった。
 朝の日が仄明るく布越しに照らし出すテントの中。まだ朝早いみたい。
 そのまま枕元に座って、ぼんやりと間近にある綺麗な寝顔に見惚れる。顎のラインとか、微かに微笑んでいる様な唇とか、まつ毛とか……ああ、なんて綺麗。こんな天使の様な人が私を抱きしめて穏やかな顔で眠っていたんだ。
 幸せ。本当に幸せ。
 ちょっと前まで手を繋いだだけで真っ赤になってた人。見た目は対極にいるのに、この世で一番境遇の近い人。大好き。もう離れたくない。
 オデコにちゅってしてみる。
 そっと触れただけなのに、少し眉を寄せたと思うとエリオさんが薄く目を開いた。ほわんとした寝起きの顔がなんだか可愛い。
「ユマ様……」
 わー、大胆な事しちゃったよぉ! どーしよう。
「ごめん、起しちゃったね。まだ早いよ。もう少し休んでて」
 起しておいてなんだけど、すごく恥ずかしくなったので上着を羽織って誤魔化す様にテントから出た。
「えへへ。顔、洗ってこよ」
 昨日は草原の中の小さな泉の近くにテントを張ったから、水には困らない。精霊さんが飲んでも大丈夫な綺麗な水に浄化してくれた。
 そろそろデデルちゃんにミルクもあげないといけない。お湯も沸かさなきゃいけないし、エリオさんの朝御飯も用意しとこうかな。甘いのが好きだからパンケーキでも焼いて蜂蜜をかけようかな……うふふ、なんか主婦みたいね。ってことはエリオさんは旦那様?
 きゃー、何考えてるの私ったらっ! 顔から火が出そう!
 朝から幸せすぎて舞い上がっちゃう。
「ユマご機嫌だね」
「がうぁ」
 ポケットからリオちゃんとライちゃんが顔を出した。精霊さんはデデルちゃんを抱っこしてあやしてくれている。
「みんなおはよう。水汲んで顔洗って来たら朝ゴハン作るね。待ってて」
「わーい、朝ゴハンー!」
「がうあうあ」
「だうっ」
 ポケットから飛び出した賑やかなご一行はテントの方に移動。
 冷たく澄んだ泉。まずはお鍋と薬缶に水を汲んで、掌にとって顔を洗う。ひゃー冷たい~。しゃきっと目が覚めるね!
 ゆらゆら波紋を残した水面に映る自分の顔。
 うん、今日も見ただけでげんなりするほど絶好調に不細工だ。でもいいんだー。タイラさんも言ってたじゃない、こんな顔でも自信を持って生きていかなきゃ産んでくれた親に失礼だって。そうだよね、ある意味お父さんとお母さんから厳選した部分だけをもらった私の顔。そう思うとちょっとは愛着も湧こうというもの。悪い部分だけだけどさ。
 それにエリオさんは、こんな私でもただ一人だなんて言ってくれるんだもん。抱きしめてくれたんだもん。
「もうなんか幸せ~」
 我ながらこの顔で頬に手を当ててくねくねしてるのは気持ち悪いと思いつつやめられない。
 さて、いつまでも舞い上がってないで、朝食を……と行きかけたとき。

『お前が神聖の魔女か。醜い女じゃ』

 直接頭の中に響くような重々しい女の声がした。若いようにも年寄りのようにも聞える不思議な声だ。
「誰?」
 辺りを見渡してみてもそれらしい人はいない。テントの中からみんなに起されたのか、エリオさんが目をこすりながら出てくるのが見えただけ。彼等の声じゃないことだけは確か。
『我は魔族の偉大なる王』
「えっ? ひょっとして黒魔王?」
 どこっ? なんで? こっちから行く前に来ちゃったわけ?
『我は城から離れぬ。いつでも来るがよい』
 そっか。テレパシーみたいな感じなのかな? ここにいるんじゃなけりゃいいんだけどさ。
「今向かってますよー。もう少し待っててくださいね」
 なんだかこんな長閑な感じでよいのかと、自分でも呆れるが……。
『何故だ。なぜ? 我と変らぬその顔で、何故愛される? 気に食わぬ』
「なぜと言われても……ねぇ」
 自分にもわからないので返事のしようがないんだけど。

『呪われろ』

「え?」
 短い声が響いたと思った途端、顔を火で炙られるみたいな熱さと痛みが襲った。
「きゃあああ――――!!」
 痛いよ、熱いよ、助けて!
 顔を覆って地面に転げまわる。それでも痛みも熱さも消えない。手には熱さを感じない。だから本当に火がついているわけでは無いのに、じりじりと焼け焦げていくようなこの痛み。痛いよりも怖い。
 呪いって何? 何でこんな事……。
 もう堪らなくなって、目の前の水に顔を突っ込んだ。息が苦しいとかもうそんなのどうでもいい。とにかく冷やそう。そうでないと熱くて!
 不細工だけど、一応女の顔なの! 火傷で爛れた顔なんかじゃないの!
 冷やすと随分楽になった。でも息が苦しい。だけど……顔を上げるのも怖い。見るのが怖い。どうなってしまったんだろう、私の顔……。
「どうしたの?!」
「ユマ様――――!」
 リオちゃんとエリオさんの声だ。
 嫌、来ないで。多分酷い事になってしまった私の顔を見ないで。
「見ないで!」
 顔を覆った手を怖くて離せない。触ってみたところ爛れているとか、でこぼこになってる感じはしないし、もう痛くもないんだけど。
「ユマ、何があったの? ほら、見せてごらんよ」
「お怪我をなさったのですか?」
 リオちゃんとエリオさんが心配そうに声を掛けてくれるけど、でも怖い。
「違う……から。お願い。見ないで」
 顔を覆ったままリオちゃんに説明してみた。
「黒魔王に呪われたみたい」
「呪い? どういうことよ?」
「なぜ同じような顔なのに愛されるんだって。意味がわからないよ」
「……何となくはわからなくもないけど……」
 えー? リオちゃんはなんで納得しちゃうのよ?
 顔を覆っていた手に誰かの手が重なった。ちっちゃい。デデルちゃん?
「これ、大人しくせよ」
「だー、まあーあー」
 抱っこしていた精霊さんが引き止めてくれているが、デデルちゃんは私の手を引き剥がそうと必死だ。大好きないないいないばあのつもりなのかもしれないけど、でも。
「まぁーあー! ふぃいい……」
 ついに泣き出してしまったので、仕方なく手をどけてみた。
「ひぐっ」
 私の顔を見たデデルちゃんが、へんな声をあげて固まった。
 そ、その反応! ちっちゃい子が見ても驚くほどの酷い事に?
「えええっ?」
「なんと」
「がうぁ!」
 リオちゃんも精霊さんもライちゃんまであんぐり口を開けて固まった。
 思わずエリオさんの方を向いたけど、彼もすごく驚いているし。
「ユ、ユマ様……なんて……なんてお労しい! わあああぁ――――!」
 エリオさんがデデルちゃんを抱き上げて号泣しながら走って行った。ライちゃんもその後を追って走って行ったというより逃げた。
 うう、やはり酷い事になってるんだ。海溝並みにずどーんと気分が沈む。
「そこまで酷くなってるんだ。まあ元々どうでもいい顔だったけどさ、呪われたんだもんっ。お化けみたいになっちゃったんだね?」
 思わず漏らしてみても、気持ちが晴れるわけでは無い。ああ……なんかもう人生終わった気がする。
「ユマ、こう言っちゃなんだけど、アタシは美人になったと思うんだけど」
「うむ。我もそう思うぞ」
 なぜか残っていた女性陣……いや、リオちゃんは女じゃないが……がやさしく声を掛けてくれたが、それってどうよ? 元が酷かったからマシになったってか? とちょっとやさぐれてみたりもするんだけど。まあ一応励ましてはくれているのだろうな。
「ありがとう、リオちゃんも精霊さんも。気休めでも嬉しいわ」
「気休めなどでは無い。確かめてみよ」
 精霊さんが水を鏡のような形に固めて私に差し出した。見るのは怖いけど、でも現実を受け止めないと。
 そーっと覗き込んでみた。
「え? わぁ! うそっ!」
 ちゃららららららー。なんという事でしょう。
 頭の中で音楽とナレーションが響いたよ。
 水の鏡に映った自分の顔は、信じられないくらい美人になっていた。パッチリした目に、すっと通った鼻、小さすぎず大きすぎない唇。しゃくれた顎も頬骨もエラの張った顎も無い。おお、まさに私がこうなりたいと思っていた理想の顔。元の顔を考えたら、盗まれた美容整形代の何百倍出しても無理だよ、この変化は。
 まさに匠による劇的改装ではないか、これ。
 黒魔王、ありがとう! とお礼を言いたいくらいなんだけど。いきなり今度は嬉しくなった。生まれて二十年、自分の顔に惚れ惚れするなど初めてだ。
「これが呪い? なんか良く考えたら嬉いだけじゃん」
「いや、ほらでも。エリオの事考えてみなよ。妖精や精霊から見たら綺麗でも、人間や魔族にしたらその顔はものすごおおぉく不細工なわけ。化け物レベルだよきっと。チビは知らない顔だから驚いただけだろうけど」
「あ……!」
 そう言う事か!
 一応醜くなる呪いをかけられたというわけか。エリオさんがあんなに綺麗なのに、他の人に失神される不細工扱いと言う事は、私も物凄い化け物級不細工女になってしまったというわけなのか!
 わあ、それは大変だ。エリオさんに嫌われてしまう。というか、もう嫌われたかもしれない。二度と朝みたいに抱きしめてくれたりしない。そう思うと急に怖くなって悲しくなってきた。
 さっきまで舞い上がるほど幸せだったのに、いきなり突き落とされたような。やっと人並みに好きな人と一緒にいられると思ったのに……。
 酷い、これが呪いなんだ!
「わああーん! 不細工でもいい、元の顔に戻りたいよぉ!」
 今度は私が号泣する番だった。悲しくて、悔しくて涙が止まらない。嫌だよ、こんなの。自分が醜いと罵られるのはいい。もう慣れっこだから、今更だもの。でも、でもエリオさんに嫌われるのが怖くて、
 わんわん泣いてたら、ふいに後ろから抱きしめられた。
「泣かないでください。ユマ様が悲しいと俺も悲しいです」
「エリオさん……」
 戻ってきてくれた? でも顔を見せられないよ。
「こんなの嫌だよね。一緒にいるの嫌でしょ? 嫌いになるよね」
「そんな事無い! たとえどんな姿でも、ユマ様はユマ様です!」
 くるんと体を返されて、もう一度ぎゅっと抱きしめられた。
 ああ、エリオさん。その言葉を信じていいんですか?

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まいるどタブレット小説 Ver1.13