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値切りまっせ△

2014/11/03 09:16

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 リドルという国に入った。
 国境を越えるのにお金を取られると思っていなかったので、用意していなくて少々戸惑ったが、関所の番をしている兵隊さんはおまけしてくれたみたいだ。
 なんだ、結構優しいじゃない。よく考えたら、お面をつけたままでは失礼だったのかもしれない。
「ユマ様、このリドルはよそ者に対して金に煩い国なのです。とくにルドラから来た者は格好の餌食です。何か買い物をする時も普通の倍の値段はふっかけて来ますので、素直に聞かずに多少値切る交渉をして下さい」
 なるほど。外国で日本人が高い買い物をさせられるのと同じってわけね。私、値切るの苦手なんだよね。妹の由佳が首を傾げて「おまけしてっ」と可愛く言えば端数くらい切ってくれる店でも、私には一円だっておまけしてくれた事ないもんな。
「あの、あまり他の者にユマ様のお顔を見せるのは嫌なんですが、困ったときは仮面を外せば大丈夫かもしれませんよ。先程のように」
 ああ、そうか。エリオさんの綺麗な顔を見ているとすっかり忘れるのだが、ここは美醜が反対なのだった。まだ解せないが、私は超美人なのだったな。由佳じゃないが、可愛くお願いすればきいてくれるかもって事かな?
 ところで……。
「まあ顔を見せるのは折角なので、武器として使わなくもないと思うけど。どうしてエリオさんは私の顔を他の人が見るのが嫌なの?」
「うっ、それはっ」
 仮面で顔はよく見えないけど、耳が真っ赤ですよ、エリオさん。
「……も、勿体無いからです……」
「別に減るものでなし、いいんじゃない?」
「で、でもっ、嫌なんですっ。そっ、その……他の男の視線がっ、ユマ様に向けられるのが!」
 ……よくわからないが、なんかすごく一生懸命で可愛い。
 よぉく考えてみる。私もエリオさんの顔を他の人が悪く言うのは面白く無い。うん、なんか勿体無い。

 国境の関所から一番近い街に着いた頃にはもう日も傾き、結構な時間になってしまった。今日は出来れば宿屋で泊りたい。
「十二リルや。飯付で十四。二人やったら大マケにマケて二十五」
 宿屋をみつけ、エリオさんが値段交渉中。イマイチ相場はわからないのだが、エリオさんに言わせるとルドラの首都の倍ぐらいだとか。
「これ以上ビタ一文まけられへんで!」
 なぜ関西弁っぽいのだろう、このおっちゃん……。私の脳内翻訳機能で聞くとそう聴こえる。
 うーん、やっぱり余所者にはふっかけて来るんだねぇ。幾ら神殿とルドラの王様が結構な額持たせてくれたとはいえ、無駄に使いたくないしまだやっと隣の国に来たばかりなのに。
 第一小さな外れの街なので他に宿屋が無さそうだし。
 早速だがお面を外してみる。相手おっちゃんだしいいよね。
「もうほんの少しでいいから、安くしてくれると嬉しいなぁ」
 出来るだけ可愛く言ってみる。自分で想像するとかなりキモいが、心だけは自覚美女のつもりで。よし、首も傾げてみよう。
「……ほな二人で十五で。勿論朝飯付きでどやっ!」
「わーい、ありがとう」
 前払いでお部屋確保。ものごっつぅええ加減やな、おっちゃん。ゆでだこみたいになってまっせ……真似てみた。
 宿も決まったし、馬も預けたのでちょっと街を散策してみる。もう面倒なのでお面は外したまま。代わりに薄いベールを被ってみた。この方が涼しくていい。お面は顔が蒸れる。エリオさんはよく平気だな。
 そのエリオさんは、さっきの宿屋のやり取りが面白く無かったのか無言。
「怒らないでよ。私だってさぁ、本当はやりたくないけど。でも折角巫女様達が持たせてくださったお金を、無駄にはしたくないのよ」
「……別に怒っておりません。事実助かった事ですし」
 ふうん。声がちょっとスネてるよ?
 朝御飯は付くらしいが、晩御飯は無いので街で食べるのだが、また値段交渉しないといけないんだろうな。
 小さな街だが、一通り店は揃っているしそれなりに賑やか。私は整形費用を稼ぐのに精一杯で、他の大学生の様に海外旅行なんかした事がないけど、テレビなんかで見たヨーロッパの古い街の景色はこんなのじゃなかっただろうかと思う。石畳にレンガで造った建物。食べ物や飲み物を外に置かれたテーブルで楽しむ人々。
 ……まあ普通という顔をした人が多い。腕を組んで歩いてるカップルはどちらも残念なお顔だったり。きっと美男美女なんだろうけど。
 これが私のよく知っている世界なら、きっとエリオさんは女の人に囲まれてるか、逆に綺麗すぎて高嶺の花として憧れるだけの存在なのだろうな。こんな私なんかと一緒にいるなんてありえない。
 黙ったままのエリオさんの腕を思い切って掴んでみた。我ながら大胆な事をしたと思う。でも腕を組んでるカップルが羨ましかったんだもの。
「ユマ様っ?!」
「私、男の人とこんな風に歩いたこと無いから、あの人達みたいに歩いてみたいの。駄目?」
「おっ、俺もっ、うううう、腕を組んで歩くなんてし、した事……」
 どもってるね。照れてるね。私もね、ドキドキしてるけど。
 ひゆーって囃す様に若い男の子達が通り過ぎた。
 何だか気持ちいいな……。
 初めて一緒にくっついて馬に乗ったのも、初めてキスしたのも、初めて手を繋ぐのもいつもこの人。
 どう考えても釣り合わないのはわかってるけど、でも今だけは。
 黙って一緒に歩く。
 背高いね、エリオさん。脚も長いよね。
 ほんの少し値切って生ジュースを買った。それを持って少し外れの噴水の傍に一緒に腰掛ける。
 デートだね、まるっきり。
 もう夕焼けの時間で、ぽつりぽつりと街灯に火が点る時間。電気は無いみたいだから、ガス灯なんだね。
「外せば? 飲みにくいでしょ?」
「でも……」
「見たいの。その顔」
 辺りをきょろきょろしてから、そっとエリオさんが仮面を外した。
 ほう……思わずため息が漏れる。最後の日の名残で赤く染まったその顔。戸惑うようにほんの少し眉を寄せてるのも色っぽくて。
「何度でも言うよ。本当に素敵」
 私、何かすごく大胆になってる気がする。
 誤魔化す様にジュースのカップに口をつけたエリオさんは、普通の光の中で見たら真っ赤になってるんだろうな。
「ぎゃう?」
 あ、ポケットからライちゃんが顔を出した。きっと果物の甘い匂いにつられたんだろう。
「お腹空いたよね? 待っててね、えっとお肉がいいのかな?」
「がぁうあぅ(出来れば生で)」
 この子の餌も買わないといけない。食べさせるのは宿に帰ってからでもいいとして、店で食べるのはきっとエリオさんが嫌がるだろうし。
「お買い物に行こう。何か買って帰って宿で食べようよ」
 ……何だかんだで値切りまくった日だった。

 焼いたお肉にパン、少しの果物とライちゃん用の骨付き生肉を買って帰って宿の部屋で二人と一匹で一緒に食べた。あ、ペット持込み不可だけど、ライちゃんは格の高い魔獣だけあってお利口なので、無駄に鳴かないからバレないだろう。
 二人きりの時はエリオさんも仮面を外してくれるようになった。いやぁ、目の保養だわ~。
 でもどうも赤面してるままなのよね。
 この世界の基準では私はエリオさんのタイプなのだろうか。
 だったらいいんだけどな。私の一方通行でなかったらいいな。
 だんだんこの人が好きになる。
 一緒に旅が出来る相手がこの人で良かった。
 でももし、目的を果たしてしまったら?
「……今はまだ考えなくていいよね……」
 思わず独り言を漏らしたその時、
「しまったぁ!」
 エリオさんが頭を抱えて叫んだ。
「ど、どうしたの?」
「ベッド二つの部屋を頼むのを忘れて……そのっ、二人用の広いベッドが一つしかありませんっ!」
 う、本当だ。今の今まで気が付かなかったが。
 ダブルのベッドで一緒に寝るんですか?
 宿のおっちゃんは気を利かしたつもりだろうが……折角宿屋で泊るのに寝袋も悲しいよねぇ?

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まいるどタブレット小説 Ver1.13