眠れぬ夜▼
2014/11/03 09:17
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ユマ様は意地悪だ。
まるで俺を試すように、振舞われる。
街中で腕を組んで歩くなんて、恥ずかしくて口から心臓が出そうになった。
圧倒されるような美貌に、魔女ゆえの気配からか、すごい存在感があるのだが、並ぶと肩ほどまでしかない小さくて華奢な体。
抱きしめたら、無駄に長い俺の手足ですっぽりと隠してしまえそうだ。
い、いやっ、抱きしめるなどとそんな恐れ多いっ!
仮面を外しても、ユマ様は嫌な顔をされるどころか、素敵だとさえ言ってくださる。これは気遣って言って下さっているのだとわかっていても、ほんの少しでも俺に自信を与えてくれる。
己の存在をも否定したかった俺の心に、微かに目覚めた希望。
ユマ様がどんどん愛おしく思えてくる。
だが、ただお守りし、尽くす事はしても恋をしてはいけないのだ。
好きになればなるほど、愛おしく想うほどに、最後が辛くなるから。
でも今は……こうして一緒に旅を出来る間だけでも、儚い夢でもいいから、気持ちだけはユマ様に相応しい見栄えの良い男だと錯覚していても良いだろうか?
この機会を与えて下さった巫女様に本当に感謝する……。
などと、粛々とした気でいるのに、宿の部屋のベッドが一つしか無いというのはいかがなものだろうか。しかも無駄に広い。
「俺達、床に何か敷いて寝ますから、ユマ様はベッドで。な? 魔獣」
「うがぁう!」
む、言葉はわからぬが、その顔は全面否定しているとみた。
「いいじゃない、折角高い宿屋に泊まるのに床なんて疲れも取れないでしょ? これだけ広いのだし。一緒に寝れば。ねぇ、ライちゃん?」
「がう」
一 緒 に 寝 る !
「な、なりません、なりませんぞっ! 男女が同じ寝台に寝るなどっ」
「でも昨夜も同じテントで寝たんだし」
「……」
そういえばそうだな。同じ?
俺、何焦ってたんだろう。そうだ、別に何をするワケでもないし?
下心丸見えみたいで恥ずかしいぞ、俺!
「キスもした仲だしさ」
……その一言が余計です、ユマ様。
この宿屋、高いだけあって風呂にもちゃんと入れて、すっきりもした。そしてベッドも大変ふかふかと心地よい……のだがっ。
「落ちるよ? もう少しこっちに来れば?」
「だ、大丈夫です」
何故か背中を向け合って寝ておるというのは、如何なモノか。
枕元で魔獣は寝そべってるし、灯りも消したので顔もそう見えないだろうが……休息の時間の筈なのに一向に休息出来無いこの胸の高鳴り。
あ、すうすう寝息が聞こえる。ユマ様はもうお休みになったのかな? お疲れだったんだろうな、きっと。
背中を向けてるのに、何か良い匂いするなぁ……。
ちょっと体勢が苦しくなって来た。寝返りを打つくらいはいいだろうか。眠ってらしゃるみたいだし。
くるっと向きを変えると、目の前にユマ様の顔が!
コッチを向いておいだだったとは。
しまったぁ、ユマ様が壁際。灯りは消しても窓からの月明りでぼんやりと表情まで見える。
「……」
ううっ、すごく……可愛い。昼間は美しいと思うのだが、こうして眠っておられる顔は小さな子供の様な愛らしさ。
この方が来られたという世界の美しさの基準が本当に逆であったら、もしここもそうで、ユマ様が言われる様に俺みたいなのが美しいのだとすれば……それでも、この方は醜くなどないと思う。可愛い、そう思う。
手を動かせば届く距離に、息すら掛かるほど近くに、愛おしい人がいる。思い切って手を伸ばしてみようか、抱きしめたらどうだろう、そう思った時視線を感じた。
「がぅう?」
見てたのか、魔獣! 何、その顔。お前笑ってない?
「な、何もせんっ」
ぷいと、もう一度ユマ様に背を向けて、俺は眠れぬ夜を過ごした。
とりあえず、鼻血を出さなかった俺を褒めて欲しい。
宿屋の食堂の隅で人目につかぬよう朝食を摂る。食事の時は仮面は不便だから外している。
「大丈夫?」
「絶好調ですよ」
いや、正直体がみしみし言っているし、寝不足だ。朝方うとうとしかけてベッドから落ちた。そのまま床でしばらく寝た。
「あ、コーヒーがあるんだ。良い匂い!」
朝食の後出されたコピを嬉しそうに飲んでおられる。南方の果実の種を炒った茶の一種だが、俺は苦いので苦手だ。ユマ様の国ではコーヒーというらしい。
「コピって言うんだ。名前まで似てるね」
「ルドラでは金持ちしか飲めませんが、リドルでは庶民でも飲むのですね」
考えてみたら、値切らなくてもこの宿そう高くなかったかもしれない。
「リドルは金に煩いとルドラでは言われているみたいやけど、魔族の襲撃が隣の国まで来てますさかいな、流通もままなんのですわ。それにほれ、他のお客もおられんでしょ? この頃何処も不景気でなぁ。まあ、多少はふっかけてますけどな」
宿屋の女将が苦笑いで言う。
「そやけど、こないな別嬪さん見たことないわ。それにここまで不細工な男も。気に入ったさかい、コピはウチのとっておきを淹れたんよ」
「女将さん、すごく嬉しい!」
ユマさまが猛烈に感動しておいでだ。うむ、不細工と言われたが、顔を見てもこの女将も主人も顔を顰めるでも無い。
リドルの人は結構心が広いのかもしれない。
情勢も知らず値切りまくったので、前払いはしてあったが気の毒に思えて、宿を出る時もう少し金を払おうとしたが受け取ってもらえず、ユマ様が魔法で出された錦の反物を置いていく事にした。
「こんな立派な布見たこと無い!」
「女将さんの着物でも。それとも売れば少しくらいにはならない?」
大層喜んでくれた様なので、ユマ様もご満悦だ。
清々しい気持ちで再び旅を続ける。
「隣の国にまで魔族の襲撃が来てるって言ってたわ。怖いわね」
「力の強い魔族に襲われたら、普通の人間には太刀打ち出来ません。急がねばなりませんね」
リドルはそう小さな国ではないが、細長い形をしている。最短を取るため、横切るのには何日もはかからないだろう。この隣の国、ヒリルは妖精の国と接している。その向こうが魔族の国テーリャだ。
妖精、精霊の国もかなり広いが、そこを越して既に人間の土地にまで魔族が来ているとなると……妖精達も魔族側に傾いているのだろう。元々魔族と近い存在だからな。
「私に一体何が出来るのかわからないけど……人が沢山死んだり悲しい目に遭うのは見たくない」
ユマ様が小さく首を振るのが見えた。
正直、俺にも何が出来るのかわからない。魔王って強いのだろうな。
何となく馬を早く走らせる。今日はリドルの真ん中くらいまでは行きたい。
山がちのルドラと違い、平坦な土地の多いリドルは見通しが利いて移動が楽だ。馬も良い調子で走っているし、ユマ様も馬に乗るのも随分馴れられた様子。美しい草原に差し掛かった頃、馬の鬣ににぶら下がって遊んでいた魔獣が俺の腕に飛び乗ってきた。
「こら、爪が痛い。邪魔だ」
「がぁうあうあうっ!」
何を言ってるのかわからんのだが。
「ライちゃんがこの先に何かいるって。こっちに来るみたい」
「何か? 他の魔獣か?」
「うぎゃうぉ」
「魔獣では無いって」
この辺りに人は住んでいない。見渡す限りの草原。もう少し行けば大きな街があるのだが……。
その何かは、すごいスピードでやって来た。
何だ、あの光。小さな光るものが高速で近づいてくる。
かわそうと、馬を横に動かすと、光も同じように横へ。
ぶつかるっ!
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