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誓いの儀式△

2014/11/03 09:11

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 笑ってはいけない……。
 人様の顔を見て笑うというのは大変に失礼だ。大体自分も似た様なものなのだから。
 表で並んでお迎えしてくれた神官のお兄さん達も揃いも揃ってというカンジだったので、必死で笑いを堪えてお腹が痛かったが、この巫女様は別格だ。しかし、これほどまでに残念な顔パーツを集めた女性というのは鏡で自分を見る以外滅多に無い。
 そのお方は、真っ白の清々しい空気の満ちた神殿の中、虹色に輝く澄んだ水を湛えたプール? 泉の方がカッコイイかな……の中央に島のように浮いた白い丸い石の上に立っておられた。
 このお方がこの世界で最もお美しいという巫女様か。成程、私が美人だと言われるわけだ。
 魔女っ子お面はさすがに失礼かと思い、私も素顔を晒しているが、なんかココなら大丈夫な気がする。私の顔を見た神官達が引くどころか、思いきり頬を赤らめたあたり、やはりここでは私はイケてるらしい。
 逆に、これまた仮面を外したエリオさんに対しては、神官達は目を逸らした。私は違う意味で直視出来なかったのだが……。
 眩しすぎますよ、エリオさん。周りがとんでもないだけに(自分も含めて)浮きまくってます。あなたがあの巫女様の代わりにあそこに立ってたら、絶対に「天使っていたんだなぁ」と思うよ。
 だが、何と言うか巫女様がこうも自信に満ち溢れて堂々としているのを見ると、神々しさみたいな物を感じる。綺麗に見えてくるから不思議。
「神に選ばれし魔女よ、良く参った」
 あ、声はとても素敵だ。偉い人なので、こちらからご挨拶せねば。
「はじめまして。時野由真と申します」
「私はこの神殿で神にお仕えする巫女、シルフェオル・トノエラ・ギュンティアオーレ・コノイと申す」
 非常に長いお名前ですね。どこまでが名前で苗字がどれなのかもわかりません。横で初めて聞きましたと小声でエリオさんが呟いてる。
「魔女ユマよ、トドラーから少しは話を聞いて貰えたであろうか?」
「まあ、ほんの少し。黒魔王を倒しに行けと」
 魔女ユマ……むう、えらい呼ばれようだなぁ。
「そこまで聞いておるなら話は早い。早速だが、この後儀式が済んだらそこの剣士と共に魔族の住むテーリャへ旅立って欲しいのだ。テーリャの中央にあるウレイ山の頂上の城に黒魔王はいる」
 巫女様~!
 それ、あまりにも早速すぎませんか? 何処っすか、テーリャって。ウレイ山ってなんですか?
「あのぉ、色々とお聞きしたいことがあるのですが。つい先日この世界に来たばかりなもので、さっぱりわからない事だらけで」
 少しわたわたしてしまったのがわかったのか、シルフェなんちゃらとかいう巫女様は優雅に微笑まれた。
「では、この世の長い歴史、魔族の情報、簡単な地図は剣士トドラーの頭の中に直接送っておこう。神より選ばれた異界の魔女の心には我でさえ触れられぬ。時間のある時に聞いておくれ。他に何か聞きたい事は?」
 直接頭にって……どえらいことを仰いますね。エリオさんお気の毒に。
「ええとですね、私が何故ここに送られて来たのかは?」
「神より選ばれたのだ。そなたが最適と。だが神にここに来たいと祈ったのはそなたではないのかえ?」
 う。確かに思い当たらなくも無いんですけども……祈ったというより恨んだってカンジで? でも事実なのでとりあえず頷く。
「一応、親姉妹がおります。私は戻れるのでしょうか?」
「さあの。そこまではわからぬが、役目を無事果たせばあるいは」
 という事は、やっぱり行かねばならないんですね。
 無茶苦茶だ――――。
 この前まで顔以外は普通の女子大生だった私が、何ゆえ魔王を倒しに行かにゃならんのだ。そんなのは、ゲームやアニメだけで充分だよ。しかも魔女って。せめて勇者でも呼べっ!
 ……正直、本当に魔法をちゃんと使えるかも怪しいのに。
「魔女よ、質問はもう良いか?」
「……はい」
 聞いても仕方が無さそうだしな。この無駄に諦めが早いのも私だ。
「では、これより剣士トドラーに誓いを立ててもらう儀式に移りたい。エリオ・トドラーよ」
 あ、巫女様、私は放置なのですね。
「はい」
「この誓いを立てれば強い力が手に入るが、生涯ただ一人に身を捧げ、二度と他の者を愛する事は許されない。誓いを破れば恐ろしい見返りがあるであろう。拒絶するのは自由。選択の猶予は与えよう。その場合、他の候補の剣士を神聖の魔女に付き添わせる事になる」
 ちょ、ちょっと巫女様? ものすごいハードな条件をさらっとお言いになられましたね? 生涯ただ一人に?
 二度と他の者を愛する事は許されないとか、とんでもない事言ってませんか。それは私に身を捧げよという事なのでしょうか?
 エリオさん、流石に嫌だよねぇ……こんなぽっと出の素性も良くわからない異界の不細工な女とずっとって。
 第一だ、選択の自由はって、私には同伴者を選ぶ権利は無いのか?
 まあ、絶対に他の人は選びようが無いんだけども……。
 エリオさんが黙って美しすぎる顔をやや俯けて考え込んでいる。そうだよねぇ、考えるよね。拒否するよねぇ。
「俺……私はユマ様に誓いを立てます!」
 ほえええ? 何力強く言ってんですか? 一生結婚も出来無いんですよ? 結婚どころか恋愛もだよ。他の可愛い女の子がいても無視しなきゃいけないんですよ? 怖い目に遭うかも知れないんですよっ?
 ほら見てみ? 自分で言うのもなんだけどブッサイクだよ?
 覗き込むと、エリオさんの頬がぽっと赤くなった。いやそうでなくて!
「他の者になどお任せ出来ません。ユマ様はこの命を懸けましてもお守りいたします。生涯気持ちは変わりません」
「エリオさん……そんな事軽く言っちゃ駄目だよ?」
「お嫌ですか、俺では?」
 そ、そんな悲しそうな目で見ないでよ。超絶美形の憂い顔って悶えそうになるわっ。
「やはりこの顔が気になりますか……」
「いやいやいや! 滅相も無い! そうじゃなくってっ」
「ユマ様が何と申されようと、気持ちは変わりません」
 勿体無い、勿体無すぎるよ。幾らなんでもそんな私に美味しすぎる……じゃなかった、エリオさんに気の毒で。
「そなたの気持ち、しかと受け取った。魔女ユマよ、異存は無いな?」
「異存も何も……」
「では儀式を進めよう。魔女ユマ、剣士トドラー、こちらへ」
 巫女様が個性的なお顔を神妙に引き締めて、両手を広げられた。
「うひゃ」
 急に足元のタイルみたいなのが浮いて、思わず変な声を上げてしまった。何事ですかっ?
 すうっと私達は水の上に移動した。くるんと向きを変えたタイルは、私とエリオさんが向かい合う形で止まり、二つがくっついた。
 宙に浮いたまま……って、これ巫女様がやってるの? すごい、すごいじゃないのよ! こんなのが魔法って言うんじゃないの? 私じゃなく自分が魔王倒しに行きなさいな。
「泉に落ちないように」
 巫女様の冷静な声。
「この神託の泉で誓いを立てよ。剣士トドラー、神聖の魔女ユマに全てを捧げ、その身を護り慈しむ事だけに務めるか?」
 なんっすかこれは。結婚式みたいだね。
「はい」
「ならば、証として魔女に口付けを」
 ぶっ。
 スミマセン、ふき出してしまいました。
 はいいい? 今何と申されましたか? く、口付けですと?
 エリオさんと私がですか? 美女と野獣逆バージョンですよ? 絵面的に最悪ではないのでしょうか?
「ユマ様……失礼いたします」
 頬にエリオさんの手が。その感触にビクッとして固まってしまった。
「怖がらないでください」
「……」
 怖いんじゃなくて……ああっ、なんて優しい声。
 ううっ、エリオさんの顔が近づいてくるよぉ。
 気を失いそうなんですけど、眩し過ぎて。なんでそんなに赤くなってるんですか? いや、自分も多分真っ赤だよ。熱いもん、頬。
 目を閉じた。
 柔らかくて温かい感触が一瞬唇に触れた。
 ほんの一瞬。でもそれは永遠にも思えるほどの時間だった。
「これにて儀式は終わり。旅の準備は神官に任せてある。今日はここで休み、明日の朝出立せよ」
 ものすごく事務的な巫女様の報告で、うっとり気分は吹き飛んだ。

 この歳だが、ファーストキスであったりする。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13