水の精霊▼
2014/11/03 09:23
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精霊だと?
まだ人間の土地を出ていないのに妖精はいるわ、おまけに精霊まで。
「ユマ様下がっていてください!」
とんでもなく危険な気配。
普通の剣では精霊は斬れないが、神殿で巫女様にお力を籠めて頂いた俺の剣は精霊でも斬れるらしい。
直接人に敵対する魔族と違い、精霊や妖精とは本当は戦いたくは無い。だが、もし襲ってくるならばユマ様をお守りするためには相手が誰であろうと戦う。それが俺の誓いを守る事だと思う。
「水の精霊なのよぅ! 魔族についてるの!」
小さな妖精はこれに追われて来たというのか。
湿った風が強くなり、霧状の物が人の形を取り始めた。いつの間にか俺の肩に飛び乗っていた魔獣が低く唸っている。
「弱し人の子よ。妖精が来たであろう。その者を渡せ」
水色の髪の水色のドレスを着た女が立っていた。
「……」
ううっ、この俺が言うのも何だが……
精霊、超不細工っ!
「わあ……綺麗」
えっ? ユマ様、何うっとり言ってるんですかっ?
ああ、そうかユマ様の美的感覚は俺とは逆だから、こういうのが綺麗というワケなのだな。だから俺の事も……って、ややっこしいな。
それどころじゃないし!
「何で妖精を追いかけてる?」
「その者は魔王様のお顔を見たからだ」
は? 何だそれ。
「ちょっとっ!」
ユマ様が、一歩踏み出した。やっ、危ないから下がってろと言ったでしょうが。
「精霊か何か知らないけど、こんなちっちゃい子いじめないでよ!」
「ちっちゃい子って……アタシ二百歳過ぎてるから子供じゃないよ?」
妖精、いらん事を言わんでいい。
「何よ、それ? 魔王の顔見ただけで追いかけるの?」
「追うだけでは無い。始末する」
……あ、何か腹が立ってきた気がする。
「この妖精は可愛くは無いがそんな理不尽な理由で始末されるなど許せぬ。助けを求めるものを渡せるものか」
勢いで言ってしまったが……自分から宣戦布告してしまった。
「エリオさん、カッコいいです!」
ユマ様も後押しして下さるので、まあいいか。
「ふ。渡さぬなら力づくで捕らえる」
精霊が手を上げたと思うと、ざぁっという音と共に、何がが地面から立ち上がった。
竜? いや、あれは水。
水の塊がうねる竜のように向かってくる。大きな口を開けて。
「エリオさんっ!」
ユマ様の声がしたが、気にせず剣を振りぬいた。
手ごたえはそう無かったが、水の竜は半分に分かれた。
「ほう、やるでは無いか人間」
褒められても嬉しくも無い。何かなぁ、ものすごく上から目線で言われてる気がする。
「弱し人の子と言ったな? 弱いかどうか確かめろ」
「ふ……儚い命のものが可愛らしい事を」
何かこいつ、不細工なだけでなくムカつく。
確かに精霊や妖精、魔族と比べて人の寿命は短い。それでも俺達は魔王を倒しに行くのだぞ。こんな所で精霊などに勝てなくてどうする。
また水の竜が来たが、今度は立てに真っ二つにしてやった。
大した事ないかも?
いや、安心するのは早かった。二つに斬ったはずの水の竜は消えてはいなかった。分かれて二匹に増えてるしっ! 一匹はこっちにまた向かってくるし、もう一匹が妖精を抱きしめているユマ様の所へ!
「ユマ様っ!」
自分のほうに来た奴は放っておいて、とにかくユマ様のところに走る。
「水……傘かな?」
間に合わないと思ったが、ユマ様が何か呟いたと思ったら、何処から出されたのか盾の様なものを翳し、水の竜を跳ね返した。無事の様だがあの細腕だ。水圧でふらふらじゃないですか!
「エリオさん、後ろっ!」
そうだ、もう一匹いたんだ。慌てて振り返り斬る。
だがまたも増やすだけだった。俺の馬鹿。
「ユマ様、大丈夫ですか?」
「うん。平気。傘は壊れちゃったけど」
傘というのか、その盾みたいなのは。細い骨組みに布を張ったようなものだが、曲がってバラバラになっている。
「面白い事をするな、女。魔法使いか?」
跳ね返されたのが意外だったのか、精霊の女が僅かに顔を歪めた。
「魔女みたいです。一応」
……ユマ様、一応じゃなくていい加減すごい魔女だとお認め下さい!
「このお方は神聖の魔女。神殿より黒魔王を倒すために派遣された、異界よりの聖なるお方だぞ」
「……ほう。魔王様をとな……」
俺、余計なことを言ったかもしれない。何か本気でなかった精霊から目に見えて殺気が漂ってきたような。
「この兄さんは阿呆かっ! さっきアタシがこの精霊は魔王側についてるって言ったでしょうがっ」
うう、妖精に後頭部を叩かれた。
ってか、お前っ、出てきてどうするんだよ?!
慌ててユマ様が妖精を再び捕まえ、ポケットに入れた。
「やっぱ、この場合戦わないといけないのよね? 魔王の手下みたいだし」
「そうですね。本当はあまり精霊や妖精は敵に回したくないのですが」
そんなわりと長閑なやりとりをしていた俺達を、精霊は放っておいてくれなかった。
何匹もに増えた水の竜に囲まれ、周囲から水を噴出してくる。
「濡れたくないよ~!」
緊張感の無いユマ様の声はまたも魔法を発動させ、見えない壁が出来た。くるんと丸く覆いをかけたみたいだ。簡易の結界のようなものか?
勢いを増す水に、そう長くはこれも持ちそうに無い。
妖精はポケットから顔を覗かせて心配そうに見ている。いいな、小さいというのは。
ん? 小さいといえば。
「ユマ様、小さくした魔獣は大きく出来無いのですか?」
「ライちゃん? 多分元の大きさに出来るよ」
「水には火属性が効くでしょう。奴の火炎なら何とかなるかも」
ユマ様に可愛がってもらうだけでなく働け、魔獣。
「人間共が何をごちゃごちゃ言っている」
精霊がまた手を上げると、バラバラになっていた水の竜がまた一つの大きな姿に戻った。
「ライちゃん、やっちゃって!」
「がう」
魔獣はずんずん大きくなって、森で最初に出会った時の寸法に戻った。元々は魔獣の中でも高位のムアンバ。がぁっと一声吠えて、襲い掛かって来る水の竜に向かって火を吹いた。
簡単に消されるかと思った火は、じゅっと音を立てて竜を小さくした。
「魔獣まで調伏したというか?」
精霊も少し焦っている。
しかしこのままでは埒が明かない。空気の中にも水は豊富にある。精霊が手を翳すとまた集まり始め、今度は大きな波の様になって襲ってきた。精霊本体を斬らないと終わりは無いだろう。
すぐにそうしなかったのは、そう相手を憎く思えなかったからだが……。
「不細工な魔女共々波に飲み込んでくれる!」
ぴき。
貴様、言ってはいかん事を言ったな。
「俺の……俺のユマ様を不細工などと言うなっ!!」
不細工は貴様だ精霊!
思わず斬りつけると、高い悲鳴が上がった。
水色の女は直後今にも俺達を飲み込もうとしていた波共々、霧のように霞み、ざぁと雨のように上から水が降リ注いだ。
ことん、と足元に先程の女の瞳と同じ色の青い石が転げてきた。
「すごいじゃん! 結構高位の精霊なのよ、あれ」
妖精は喜んでいるが、何か後味は悪い。
「殺すつもりは無かったのだが……」
「死んで無いよぉ。その核を砕かないと精霊は死なないの。今は力を使いすぎて眠っちゃっただけ。そのうちまた戻るよ」
そうか、それならいいのだが。
「じゃあ、精霊さんも連れて行っちゃおう」
ユマ様は青い石を拾い上げて、またしてもポケットに入れた。
この妖精にももう少し詳しい話を聞く必要があるな。
結構世界は切羽詰った状態になっているのかもしれない。
「お姉さん、服乾かさないと風邪ひいちゃうよ?」
ああ、そうだった。思いきり最後水を被ったものな。馬から毛布でも取ってきて、魔獣に焚き火でもしてもらって……。
ふとユマ様の方を見て、俺は思わず言葉を失った。
「エリオさんも濡れちゃったね」
ユマ様……濡れた服が……そのっ、す、透けてっ……! 胸の辺りとか大変な事にぃいいいい!
ダメだ。意識が遠くなってきた――――。
精霊、お前とんでもない攻撃だな、コレ。
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