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File №1 花園の実態 - その1

2015/03/10 21:00

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 いいお天気の午後。
 広い芝生のお庭の隅で、先生がしゃがみ込んでいる。
「何をしてるんです?」
 僕が声を掛けると、少しだけ振り向いて、しっ、と白い綺麗な指を一本立てた、
「観察してたんですよ」
「何を?」
「これ」
 さっき唇の前にあった指が地面を差した。
 ……アリの行列……。
「要は暇なんですね」
「何を言うんです。これは立派な社会行動学研究の為の観察ですよ。見て御覧なさい、この勤勉なアリ達を。皆同じ様に動いている様に見えて、ちゃんと役割があるのですよ。まるで人間社会の縮図です」
 なにやら小難しい事を言い出したが、きっと暇なんだ。
「お茶淹れました。一緒に飲みましょう」
「ありがとう」
 ああ、その顔。
 僕は眩暈に襲われる。
 蜂蜜みたいな金色の髪、透き通る様な白い肌。南の海の色の青い目……ブグローの絵の天使様みたいに綺麗だ。
「そうそう優一郎君はセーラー服とブレザーのどちらが好きですか?」
 見た目は綺麗だが、口を開けば変人だ……いきなり何を言い出すんだ。もう前後の無い、いきなりの話し方にも慣れたけど。
「えっと、中学か高校の女の子の制服の話ですか?」
「そう」
「僕はブレザーでチェックのスカートとか、見てて可愛いなと思います」
 アイドルグループのコスチュームみたいなの。あんなの着てるだけで女の子がみんな可愛く見えるよね。スカート丈は短め。ネクタイもいいけどリボンがいいな。あ、ちょっと妄想入っちゃったよね。
「それを聞いて安心しました。まさにそんな感じです。きっと君に似合いますね」
 え?
「……今、何か聞こえた気がしますが」
 空耳だ、空耳。
「作らせるので、後でサイズ測りましょうね」
 いや、幾ら変人でもそんな趣味はないだろ。僕、これでも二十歳過ぎの男なんですけども。コスチュームプレイにでも目覚めたのか?
「話が全く見えないので、最初から筋道を通して話していただけますか?」

 僕は小林優一郎(こばやしゆういちろう)。もうすぐ21になる。実年齢は。
 だが、自他共に認める超童顔、小柄のため頑張っても十五・六にしか見えないらしい。そこそこ体も動かしているし、ちゃんとご飯も食べてるのに一向に成長しないまま二十歳を超えた。どういうわけか生まれてこの方髭なんて剃った事ないし、下手したら声変わりもしたのかどうかもわからない。
「七五三じゃないんだから」
 成人式の会場に行っても、免許証を見せるまで中に入れてもらえなかった……。
 僕の職場兼住まいはこの京都市内の北の方、閑静な住宅街の中にあるだだっ広いお屋敷……の裏手にある小さなビルの二階にある事務所。
『錦小路探偵事務所』
 そう、探偵さん……の助手である。
 僕の雇い主、錦小路真理(にしきこうじまさみち)氏は二十九歳。独身。お母様はフランス人の元有名女優、お父様は歯ブラシからジェット機まで手がける一大企業グループのトップ。果ては遡れば皇室にも縁があるとか。つまり超のつくお坊ちゃま。幼少の頃から天才の誉れ高く、母の母国で全寮制の超有名校で一貫教育を受けた後、イギリスの有名大学で心理学、経済学を学んだ後帰国。なんとも華々しいお家柄、経歴なのだが……。
 何でそんな人が探偵なんかやってるかって? 趣味だよ趣味!
 趣味といっても、イギリスの探偵養成学校を出てライセンスも持ってるし、日本でも申請して認可の下りている正式な興信所だ。でもこのご時勢、そう仕事が無いのはどこも同じで結構ヒマ。
 今月に入ってした仕事って、愛人を作って逃げた旦那さんを探す女社長さんからの依頼と、結婚前の相手の家族調査の華道の家元さんからの依頼の二件だけだ。
 まあ、先生の実家がアレなんで、実際は仕事しなくても食べて行けるんだけど。
 そうだ。僕は真理氏を先生と呼んでいる。僕の先生だから。
 中学を出てすぐ、僕はこの京都に来た。
 両親は僕と妹がまだ小さいときに亡くなった。警察には自殺だと言われたが、僕達を残していったのが納得できなくて、その真相を知りたくて、テレビで見た探偵さんが事件の謎を解き明かすのを見て、これだ! と思ったのだ。僕は子供電話相談所に「探偵になるにはどうしたらいいですか?」と相談した。今から思えばホント、お馬鹿な子供だった……。
 だが、そんなお馬鹿に真摯に応えてくれた電話相談所のお兄さん、遠野さんの紹介で出会ったのが真理氏だったのだ。僕は色々あって弟子入りし、もう6年。
 まだ両親の死の真相は明らかになっていない。でもいつか……。

 ぶはっ。
 思わずお茶を吹き出した。
 先生は無言でハンカチを差し出した。
「僕に女子高に行けとおっしゃるんですか? 生徒として」
「そうだよ。まさか私にその役は出来ないでしょう」
 どこにアジアの血が入ってるかもわからない、金髪碧眼の美形は微笑んだ。なんてまあ、悪びれもせずそんな無邪気に笑えるものか。
「確かに僕は学生に見えなくも無いですけど……女子高って何ですか、女子高って!」
「仕方ないじゃないですか。そういう依頼なんですから。先月ニュースでも話題になってた飛び降り自殺した女の子がいたでしょう? ご家族がいじめが原因でないかと訴えましたが、教育委員会、文科省、警察の調べでもいじめの証拠が挙がらなかったし、遺書も残っていない。ですが、ご家族は納得がいかない様で。詳しい調査を依頼されました」
「自殺……」
 両親の事を思い出して、胸がキリキリ痛んだ。
「いじめの実態があっても、外から幾ら調べても何も見つからないし、またもみ消される。特に有名校ですし。現場に溶け込んでしまうのが一番の調査になります」
 言いたい事はわかるし、その通りなんだけど……でも……。
「きっと君の制服姿は食べてしまいたいくらい可愛いでしょうね」
「必要以上に嬉しそうですね」
「女性の制服姿を見ても嬉しくも何ともないですが、君だったら別」
 正直者め。
 その容姿と経済力があって未だ独身なワケがこの同性しか愛せない嗜好なのだ……。

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