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File №1 花園の実態 - その2

2015/03/10 21:00

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「歩き方はもっとお上品に」
「え~。今の女子高生なんてガニマタ大股開きで歩いてますよ?」
「カトリック系超お嬢様学校ですからね。そこいらの雑草みたいなメスと一緒にしてもらっては困ります、優華《ゆうか》さん」
 酷い事言ってるなぁ、先生。雑草みたいなメスって。
「スカート短くありませんか? お嬢様学校なんでしょ?」
「最近はそんなものです。ううーん、もう少しぐっと来るかと思いましたが、予想以上に似合いすぎて女にしか見えないので萌えませんね」
 ……褒められているのか貶されているのかよくわからない。言っとくけど僕二十歳過ぎてますよ。男ですよ。スカートの中身ダメダメですよ?
 姿見には清楚な女子高生にしか見えないのが映ってるけど。肩くらいまでのショートボブのカツラ。お上品を感出すためにあえて真っ黒。目は大きい。睫毛は元々爪楊枝二本乗せられるくらい長くてカールしてるので何もいじってない。鼻はちょっと低めだけど、唇はわりとぽってり系。グロス塗ってもらったので自分でもちょっと色っぽいかなと思う。普通の男の時は童顔に見えるが、こうしてみると結構お姉さま系。
 男の娘。そういう言葉があるらしいが、まさにこれがその状態。
 佐倉優華《さくらゆうか》。それがこの姿の僕の名前である。
 ちなみに佐倉さんは先生の運転手さんだ。一応名家の一員なので彼の妹という事で。本当は佐倉さんは一人っ子なんだけど。
「体が弱いと言う事にしてありますので、体育には出なくてよろしい」
「助かりました。着替えるのはちょっと……」
 正直、一番得意な科目は体育なのだが、仕方ない。
「それから、私は職員室におりますので報告はそちらに」
 臨時フランス語講師として先生も行くらしい。現講師がたまたま(?)知り合いなので推薦してもらって交代で。思いっきりコネと交友関係を行使してるな。
 本当のフランス語の講師の先生、なかなか美形だったしな。ってか、話してる時腰に手回ってたもん。既にごちそうさましちゃたんだろうな。
「明日からお願いしますね、優華さん」
「……はぁい」
 明日から着る事になる制服は早々に脱いだ。
 あ~スカートって股スカスカする……。


「佐倉さん、学校内をご案内いたしましょうか?」
「お昼は私とご一緒してくださいますね?」
「その髪型素敵ですわね。どちらのサロンですの?」
「お肌お綺麗ですね。お化粧品のブランドは?」
 ……僕はとんでもない所に放り込まれた気がする。
 ここ、日本? ここ、現代?
 こんなお嬢様達は既に絶滅したと思っていた。アニメや空想の中にだけ棲息する伝説の生き物だと思ってた。いるんだ、まだこんなに沢山……。
 授業終わりのチャイムと共に、僕の周りにわらわらとお嬢様達が集まった。
 男としては小柄だとはいえ、168センチはお嬢様達の中では高い部類に入る。一瞬で「お姉さま」キャラを作られてしまったらしい。見上げられるキラキラした視線が眩しすぎる。
「前の学校の話を聞かせてくださいませんか?」
 嘘八百の履歴で、僕はここに来る前は有名進学校にいた事になっている。本当は……とりあえず自分の名前が漢字で書けたら入れる様な、先生の家の近所というだけの共学の高校を卒業したんだけど。
「病気がちであまり登校できませんでしたので……」
 ウソだ、僕は風邪すら滅多にひかないくらい丈夫で皆勤賞をもらえるくらいだったのに。陸上部でがんがん動いてたのに。いい加減探偵さんも長くなるとウソも平気で言える様になる。
「まあ、それは。お体が弱くていらっしゃるのですね。もしご気分が悪くなられたらすぐに私達におっしゃってくださいね。養護のお部屋にご案内いたしますので」
「た、助かります……」
 出来るだけ高めの声で。
 皆の視線が一斉に廊下に向いた。
 あ、先生だ。微妙に茶色っぽい髪になってるけど変装ってほどじゃない。
 ちら、と一瞬視線がこちらを向いたが、何も言わず通り過ぎた。手に教科書。
「アルノー先生も素敵でしたけど、今度の先生、なんてお綺麗な方なのかしら」
「ピエール・ビノシュ先生ですって。早くフランス語の授業にならないかしら」
「私もフランス語を選択すればよかった」
 英語以外の第二外国語の選択は自由らしい。僕は勿論フランス語を選んだ。家でも習ってるもん。ってか第二外国語ってあるんだな。
 ピエール・ビノシュって……母方の本名じゃん。今は日本国民だが前はフランスとの二重国籍だったし。そういや教員免許ももってるんだよな。僕みたいにニセモノじゃなく本物だし。
 早く仕事終わって帰りたい。


 初日は何も無かった。いじめがあるとも思えない雰囲気だったのだが……。
「ああ、女臭い。身も心も穢れてしまった気がする」
 先生が嘆いている。身も心もすでに穢れきってるあんたが言うな、そうツッコミを入れたかったが止めにした。周り全員大嫌いな女の中だもんな。しかも必要以上に絡まれてたし。その見た目だもん、そりゃ若い女の子が放っておくわけないじゃないか。
「どうでした? 印象は」
 タイを緩めて無造作にソファーに身を投げ出す。オットマンに乗せられた長い足は靴脱いじゃってる。本当にくたびれた感じだな。
 僕はその隣に座った。
「まだ何もわかりませんよ。もう少し誰か一人とでも仲良くなれたら話も聞けると思うのですが。明日以降ですね」
「仕事上仕方がないとはいえ、君に触れる女がいると思うと……」
 長い腕が僕の肩に回る。頭を抱き寄せられて、抵抗もせずに身を預ける。
 ……ここ、好き。先生背が高いから僕の頭は鎖骨に当たる。
 ふわっとムスク系の匂いがした。
 猫みたいにこうやってくっつくのが好き。細い綺麗な指で髪の毛をいじられるのも好き。
 何時間でもこうしてたいけど、でもここまで。
 先生は他の人には色々するのに、僕には唇にキスすらしない。頬とおでこまで。
 前に訊いた。どうして? って。僕の事嫌い? そんなに魅力無い? って。
「大事すぎて壊してしまうのが怖いから」
 そう言われた。何だかよくわからない。
 他の人には平気でキスもするし、あっという間にとことん行ける所までいっちゃうのに。
 明らかに何かしてました、という風情の、疲れて、でも蕩けるような顔で明け方に家を出てく人を何人も見た。
「さ、子供は早く寝なさい」
 そう言って早々に部屋に追いやられるんだ。
 僕、もう子供じゃないのに。いつまでたっても子供扱いなんだから。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13