File №1 花園の実態 - その8
2015/03/10 21:04
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まだ一度も授業を受けたことが無いので初見だが、一見上品そうに見える科学の教師桐生。ブランドのスーツで眼鏡を掛けた四十代後半って感じの小柄な女性だ。三年の徳永もだが、とても自分の勤める学園の生徒を食い物にしているなんて思えない。他に三年生が一人、それと星野さんといった顔ぶれ。
「ティールームをお借りしましたの。ここのフィナンシェは紅茶にとてもよくあって美味しいんですのよ」
流石に人目の多いロビーでは無いのか。まあいい、GPSで位置は先生や玲にわかるし、ポケットのマイクは会話を拾ってるから佐倉さんの持ってるレコーダーに六時間まで録音できてる。
花柄の壁紙の可愛らしい部屋に案内された。テーブルには既にお菓子やお茶の道具が整えられていた。
「編入してらっしゃったばかりで、色々と気苦労もおありでしょう?」
「いえ。皆さんとても良い方ばかりで。今日はお邪魔ではございませんか?」
気苦労はそりゃあるよ、だって男が女子高だよ? でも僕の被ってる猫ちゃんは段々とお嬢様モードに慣れて来たな。
「放課後にお嬢さんたちだけで寄り道はいけないと言う事で、先生も一緒だけど、おばさんも若い人と一緒でもいいわよね」
「まあ。お若くていらっしゃるのに。先生と一緒で私達も心強いですわ」
徳永さぁ、上手だな。一緒が一番危ないっつーの
お菓子を勧めてから、桐生がお茶を用意し始めた。
「先生にお茶を淹れていただくなんて、私が……」
一応言ってみるだけだけど。
「いいのいいの。先生に任せて頂戴」
うーん、桐生はかなりの役者と見た。何、その笑顔。その人が良さそうな顔の裏で、児童買春の斡旋か……女って怖い。
高価そうなポットにぽこぽと音を立てて注がれるお湯。ふわりと紅茶のいい香りが湯気と共に広がった。
「知美ちゃんと仲良しですの?」
「はい。同じクラスですし。ねぇ、星野さん」
「え、ええ。勿論です」
昨日からにわか友達になったんだけどね。黙っておくね。ちょっと桐生にカマをかけてみようかと思う。
「玲お姉様もおいでになっているかと思っておりました」
「畝織さんは生徒会のお仕事がお忙しいらしくて。もうすぐ引継ぎでございましょう? そういえば畝織さんは佐倉さんがとても気に入っておいでのようですわね。残念でしたわ、佐倉さんが来てくださるとわかっておられたら起こしくださったかもしれませんのに」
何処までもお上品な徳永。旧家や上流家庭のお嬢様ばかりの学園内にあって、そう裕福とは言えない普通の庶民の娘だというが、玲の報告だと金遣いは派手らしい。他のお嬢様に引けをとらないように振舞っているのはわかるが、表立ってはアルバイトは禁止されているのに何処からその大金が出ているのかねぇ……美人の部類には入るだろうが、そう目を見張る容姿でも、自殺した女の子や星野さんの様に儚げな美少女でもない。だがとても頭が切れるのだろう。教師だけでは『商品』を集めるのは難しいが、同じ学生の協力があればやりやすいだろうし。かなりのお小遣いをもらうんだろうね。
ふと横にいる大人しそうな和風美人の三年生にも目を遣ったが、この子も商品なのだろうか? それとも共犯者?
ポットに被せてあったバラの柄のカバーをとって、先生がカップに注ぎ始めた。とてもいい手つきだ。
「佐倉さん、お砂糖は幾つお入れになる?」
え? 先に入れてくれるの?
「あ、ええと、自分で入れますわ」
「いいのよ。ミルクとお砂糖は先に入れたほうがいいでしょ? 任せてね、美味しく淹れるから。甘いほうがいいかしらね」
……ミルクはともかく砂糖は初めて聞いたよ? 僕は甘いものが好きだけど、こんな風に甘い菓子があるときは砂糖もミルクも入れないし、ストレートだ。
「どうぞ」
一人づつにカップが配られる。
「ありがとうございます」
ミルクティー。少しだけ薬っぽい臭い。何か入ってるね、これは。ふうん、そのために先に砂糖を入れたのか。一緒に何かまぜるために。
少量口に含んだが、紅茶の渋みとは違う苦味を感じた。たぶんフルニトラゼパムあたりの睡眠薬でも入れてるんだろう。濁りがわからないようにするのと味を誤魔化すためにミルクを入れてあると見た。
飲み込まずに口を拭うフリをしてハンカチに染みこませた。このハンカチは一見薄くて可愛い花柄でわからないだろうが、先生発案の事務所特製の物だ。主に証拠を集めるときに使う。裏地に高分子ポリマーが入ってるので結構な吸水性がある。水分が戻らないし。
「少し苦い気がしますが・・・」
「ちょっと濃かったかしら? お砂糖とミルクもっと入れる?」
にこやかに笑って返されただけだった。自分も飲んでいるが、そっちには入ってないんだろう。
「いえ、このままでも」
さり気なく飲むフリだけしておく。
しばらく本当にいかにもお嬢様のお茶会という風情の、音楽だとかファッションの話という僕にはちんぷんかんぷんの会話が続いたが、僕の向いにいる桐生先生は頻りに僕越しに遠くを見る。入ってくる時にそちらに時計があったのを覚えてる。きっと時間を気にしているんだな。紅茶を飲んで二十分ほどか? そろそろ薬が効いてきてもおかしくない頃なんだろうか。
「あの……少し気分が……」
オデコに手を当ててよろけるフリをしてみた。もし睡眠薬と違っても体が弱い設定なんで何とでも誤魔化せる。
「あら大変。大丈夫?」
徳永が慌てて来てくれたが、微妙に嬉しそうな感じだ。横にいる星野さんの膝が震えてて、ぎゅっと拳を握ってる。それにフリとは言え、少量は確実に飲み込んでる。本気で少しだるい。一服盛られてるという読みは正解だったらしい。良かった、大量に飲まなくて。
「丁度ホテルですし、お部屋をお借りして少し横になられては?」
「でも……あ……」
テーブルに突っ伏す。演技演技。くたーっと寝ちゃう演技ですよー。
「誰か呼んで参ります!」
徳永と一緒にいた三年生の女の子の声だ。慌ててるところをみると、彼女は一味では無いのかな。でも紅茶も飲んでたよね。彼女には盛られて無かったところをみると共犯者側か、はたまたサクラに呼ばれたか。
テーブルに突っ伏した僕を支えるように引き起こしたのは多分徳永だ。力を抜いたままで完全に身を預けると、首がくにゃっと後ろに下がった。良かった、カツラ取れなくて。軽く頬をぴたぴたされたが、そこは演技を続けなきゃ。全く反応しないように頑張って目を閉じてた。
「効いたみたいですね」
「あの……佐倉さんは体が弱くてらっしゃるので、無理は……」
星野さんが弱々しく声を上げたが、多分後の二人は聞いてないだろう。
「ふふ、可愛らしい寝顔だこと。良くやったわ、知美。上玉を用意してくれたのだから、約束通りもう帰っていいわ。でもわかってるわね?」
桐生の冷たい声がする。
「はい。絶対誰にも話しません。ごめんなさい、佐倉さん……」
星野さんは涙声だ。いいよ、僕は大丈夫だから。早くここから逃げて。表に出たら玲が保護してくれるから。そうでないと誰かに帰り道に口封じされたら困るもの。
ドアが開く音。そして人が動く気配。多分星野さんが出て行ったのと誰か入って来たんだ。
「何かお困りですか?」
あ、何か変なイントネーションの日本語。外国の人かな? 若い男の声。ホテルの人ではないな。
「こちらが気分が悪くなられて」
呼びに行った三年生はまだ焦ってる。やっぱサクラなんだね。
「お部屋のほうに運びましょう」
ひょいと持ち上げられてびっくりしたが、動くわけにはいかないのでそのまま身を任せる。向こうで徳永が三年生の女の子に心配するなと諭しているのが聞える。
それより。抱っこされてる僕を挟んで桐生と男性が小さな小さな声で話をしているのが耳に入る。英語だ。
「お待たせしたわ。アダムス様は?」
「既にお部屋にお待ちです」
「ではごゆっくり」
ごゆっくりって~! このままおっさんの待つ部屋に連れて行かれるのか~!
廊下を抱かれたまま運ばれる途中、ホテルの人と男が知り合いのこの女の子(つまり僕)が気分を悪くしたから、自分達の部屋で休ませると話してるのが聞えた。そのままエレベーターに乗った感覚がある。何せ目を開けられないんで、寝たフリを続けてるから周囲が見えないんだけど音と感覚だけで状況を把握しないといけない。
「本当にこの国のお嬢様は可愛いな。ボスに渡すのが惜しいな」
大柄で若そうな感じだけど、なんかすごいこと言ってるね?
「しかし華奢に見えて見た目よりがっちりして重いなこの娘」
ドキ。わ、わかるよね。流石にこうがっしり抱っこされてたら。
先生、まだですか?
トントンとドアをノックする音。
「ミスター、お連れしました」
「開いてる。入れ」
奥からやや歳いってそうな渋い声が答えた。さーて、どんな人なのかな。中に入って顔みたらお芝居終わって逃げよう。
僕はブレザーと靴を脱がされてベッドに降ろされた。ふわんとしてて気持ちいい。ブレザーのポケットには証拠のハンカチやマイクが入ってるのであまり触らないでくれるとありがたいのだが。
「では、ごゆっくり」
「うむ」
ま、またごゆっくりですかっ! 出て行ったね、連れて来た人。
薄―く目を開けてみる。高めの天井、落ち着いた色の壁。沈み具合からキングサイズぐらいのでっかいベッドだとわかるし、なんかかなりいい部屋みたい。
「これはまた、ジャパニーズビューティだな」
低くて渋いおじさんの声。まだ寝たフリはしてるんで顔は見えないけど。
え? なんか服のボタンを外す感触が! 早速なの? げー! やだやだ、脱がすんじゃなーい! ええい、もういいよね?
ばちっと目を開けて身を起す。
「おや、目が覚めたのか」
目の前にいたのはかなり大柄の、太ってるって感じじゃないけど恰幅のいい五十代って感じの茶色い髪の白人のおじさんだった。
って、おい。おじさん僕はもう起きたのに、ボタンを外す手が止まりませんけど?
まあいいか。この胸見たらがっかりしてやめてくれるだろう。
ご丁寧にブラをずらして下さいました。ぺろん、とシリコンパッドが情けなく転げ落ちる。
「これは……」
驚いてる驚いてる。ツルペタです。おっぱい無いですよー。
「残念だけど、そういうことなんで。ごめんね、がっかりしたでしょ」
というわけで、ベッドから降りて立ち上ってみた。ぽかーんと驚いているおじさんには気の毒だが帰らせてもらうから。
でも僕が思ってた方向におじさんは驚いてなかったようで。
「おう……まだ胸も無いほどの幼女だとは思わなかった」
「いや、それ違うし。もう子供じゃないし。男だから胸無いよそりゃ」
「またまた。そんな冗談を。そうか、胸が小さいのを気にしてるんだな。大丈夫、いっぱい触ったらそのうち育つ」
「……」
なかなか渋い賢そうなおじ様だが、頭残念な人なんだろうか。
「下もちゃんとついているよ? ほら」
スカートを捲り、ちろっとパンツを超高速でずらして中をお見せしてみた。まさかこれでわからないほどのお馬鹿では無いだろう。
「……見えたな」
「あるよ。男だから。だから面白くないでしょ? じゃ、そういうことで」
さりげなーく外れた服のボタンを留めつつドアに向かって移動するもおじさんは追いかけて来た。腕を掴れる瞬間に合気道の技でかわしてやろうと思ったが、相手も只者でなかった。逆にかえされた。
「Oh、AIKIDO。おじさんも国で道場に通ってる。四段だよ」
……すみません、僕初段です。二段試験の論文が駄目でした
「で、でもっ、あの?」
「東洋の神秘! こんなに綺麗な男の子もいるんだな! 日本はやはり奥が深い。いやあ、騙されたよ。大丈夫、女の子じゃなくても君なら全然いける。どっちかというと同性の方が好きだし」
「……」
おじさん、なんか目がギラギラしてるよ? いけるって何がっ? ってか最初からそっちの人っ!?
「もう前払いで相当出してるって聞いてるし、折角だから遊ぼう。いやぁ、この私の趣味を知り尽くしたようなチョイスに感動するよ。気に入ったら君には特別にお小遣いもあげるよ。なに、悪いようにはしない」
って! ちょっと何抱き上げてもう一回ベッドの方に移動してるんですかっ? 小荷物ですか僕は!
ばふっと再びベッドに押し付けられる。
「脱がせてあげようね」
はやっ! 何この素早い動き。さっきボタン留めなおしたのにまた全開になってるし! スカートがばーって捲られてるし!
上からおじさんが覆いかぶさってきた。さすがは有段者、足も手も動かないように膝と手でなんて上手に押さえてるんだ! とか関心してる場合じゃない。
逃げなきゃ……でも怖くて、おじさんは大きくて動けなくて。
すり、と大きな手が脇腹をなぞった。
「やっ……!」
くすぐったい。ぞくぞくして鳥肌が立つのがわかった。
っておーい! パンツいつの間にそこまでずらした!
「ふふ、可愛い」
嫌だよ、こんなの。助けて先生!
上から顔が近づいて来る。怖くて思わず目を閉じた。
「その子から離れろ!」
バタンとドアが開く音と共に、よく知った声が、今まで聞いた事もないくらいに鋭く響いた。
次の瞬間には僕に被さっていたおじさんが勢い良く壁に向かって飛んで行った。ひええぇ、蹴り飛ばしたんですかっ?
「遅くなってすみませんでした」
長い足を床に下ろして、金色の髪を直したのは先生。
その顔にいつもの天使の様な微笑みは無くて、とても厳しい表情。
「優……一郎君……」
青い目が真っ直ぐ僕を見て大きく見開いたかと思うと、すい、と逸らされた。
はっ! そうだ、僕今とんでもない姿になってる! 制服のブラウスは全開、スカートは捲り上げられ、パンツは腿までずり下がってるし!
「あの男、半殺しにしていいでしょうか? 殺さない程度に」
「そんな恐ろしいことを言わないで下さい! こっちが犯罪者になってどうするんですか。僕まだ何もされてませんから!」
うん、されてない。押し倒されて脱がされただけで。
真顔で怖い事言うね、先生。でも冗談じゃなくやりそうだ。空手の有段者が人を傷つけたら凶器と同じなんていうのは出鱈目だけど、それでも普通のダメージじゃすみませんよ? 本より重いものを持った事無いように見えて、先生は滅茶苦茶強いです。自分の倍ほどの幅のマッチョさんでも瞬殺です。その人がもうさっき思いきり蹴ってましたけど……。
蹴った相手も武道有段者で良かったというところかな。
「っつ、誰だ貴様は勝手に……て! えええぇ?」
蹴り飛ばされたおじさんが立ち上って、先生を見て固まった。
「どんなエロ外国人かと思ったら、アダムスさんじゃないですか。外にいた護衛に見覚えがあると思ったら。ほう、日本に女の子を買いにいらっしゃっていたとは。叔父様にご報告したらどんな顔をなさるでしょう」
え? 知り合いなの?
「ま、待て、初めてなんだ、本当に。取引先の社長に日本にいい遊びがあるからと紹介されて。本当だ、バレたら政治生命に傷がつくだけでなく国際問題に……」
何か、ものすごい規模の大きな事いってますけど? そんな大物? 顔広すぎます、先生。
「私は警察じゃないので、貴方をこの場でどうしようもない。だが、その子は私のものだ。今すぐ返して下さい」
……先生。今、私のだって言った?
お客の大物さんにこの事は内密にとお願いして、一旦部屋を出た。出た瞬間に先生は僕をきつく抱きしめた。
「ごめんなさい、遅くなって……」
先生、ちょっと震えてる? 僕もなんだか今になってすごく怖かったと思った。こうして抱きしめられて心底ほっとした。
「キス一つされなかったですよ。本当に大丈夫だから」
そういうとやっと先生の顔に笑みが戻った。
「今野がなかなかしぶとくて。ま、もう腰も立たないほどお灸をすえておきましたんで、逃げられはしませんよ。少しくらいは酷い目にあった女の子達の気持ちがわかったでしょう。ちゃんと証言するそうです」
……それは多分殴る蹴るじゃなくてご馳走様という事でしょうね。怖いですよ、先生。それでもそんなに普通にしてられるってあなた……。
「しかし優一郎君、私以外の男に大事な体を見せるなんて、何という恐ろしい事をするんですか」
……先生、なんか怒るところがズレてると思います。
「男だとわかったらやめてくれるかと思って。まさかどっちもOKなんて思わなかったし。それに脱がされたんで不可抗力です」
「悪い子はお仕置きですよ」
「え、僕は悪い事なんかし……」
してないって最後まで言わせてもらえなかった。柔らかいもので口を塞がれたから。唇?
そう長い時間じゃなかった。ほんの一瞬の事だったけど、初めて先生にキスされた。離れてすぐにぷいっと向こうを向いた顔の青い目がほんの少し涙を溜めていたような気がするのは、気のせいだろうか。
こんなお仕置きならもっとして欲しいかもしれない。
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