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File №2 目撃者は語らず - その3

2015/03/10 22:08

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 佐倉さんがかなり上手く処置していたこともあって、あまりやることが無いとブツブツ文句を言いながらも人見さんは先生をちゃんと手当してくれたみたい。
 なぜ「みたい」かというと、途中で気分が悪くなって僕が強制退場になったからだ。
 血はもう出てなかったけど傷口ばっちり見ちゃったし、洗うのに液体を注射針でかけたりとか、口は小さいけど早く治るように縫うとかもう……だめだ思い出すとまた……。
 トイレに駆け込み少し吐いた後、ソファーでへばってると人見さんが出てきた。
「……顔色悪いぞ。大丈夫か?」
 横にどかっと座って、頭がしがしって撫でられた。
「先生は?」
「きっつい痛み止め打っといたからしばらく起きないと思う。寝かしとけ」
 心配だけど痛くなくて眠れるならいいことだと思う。本当は傍にいたいけど僕を部屋から追い出したのは人見さんじゃなくて先生だ。
 真夜中。もう時計は日付を変えてもうすぐ一時。不思議と眠くはならないけど、人見さんも大丈夫なのかな。昼間は病院で仕事してるんだよね?
 コーヒーでも淹れようと立ち上がると、人見さんはいいから座ってろって言った。
「血とか傷見るの苦手だったんだな。すまなかったな」
「ごめんなさい、男のくせに頼りなくて……」
「気にするな。医者にはなれんがな」
 ……なんか様子が違うな。いつもの人見さんなら皮肉の一つでも返って来そうだけど妙に優しい。ひょっとして先生が僕がなぜ血液恐怖症になったのかを話したのかな。まあ……別にかまわないのだけど。佐倉さんも知ってるし。
 まだ小さかった頃に死んだ父と母。飛び降り自殺って事になってる。遺書も残ってたし、社費の使いこみがバレた事になってた父の務めていた会社の屋上には靴が揃えて置かれていた。その現場に行った時に見た血痕。もうほとんど処理されて赤い色は見えなかったけど残った染みの大きさは子どもにだってどのくらいの血が出たのかわかるほどだった。
 親類のおじさんに止められたけど、どうしても母の顔が見たくてめくった安置所の白い布の下。十二階の屋上から頭から地面に落ちた母は、顔の判別も出来なかった。
 それを見てから僕はしばらく血だけでなく、赤いもの全般だめだった。今は他のものは大抵平気になって、自分のなら擦り傷くらいなら平気。でもいっぱい血が出てたり生々しい傷を見ると動悸が激しくなって貧血を起こして倒れたりする。
 まあお医者さんになる気はないし、そう日常生活で困るわけでは無いのだけど……。
 なぜか僕の頭を撫でつつ、人見さんは話題を変えてくれた。
「あいつ、結構とんでもない事に頭を突っ込んでるんじゃねぇのか?」
「僕もそう思うんですけど……何も話してくれないし」
「変に頑固だからな、あの旦那は」
 ふう、って息をついてまた僕の頭をナデナデ。あの、ハゲるのでやめてください。
「俺も専門じゃないからあまり詳しくは無いが、一般的に出回ってる拳銃で人を撃つ弾は先が柔らかくなってて潰れて残るように出来てるからあんなに綺麗に貫通するもんじゃない。摘出をやったことあるけど、もっと中も酷いもんだ。まあ距離や使用する銃にもよるだろうが……おかげさんで軽傷で済んで良かったんだけどな。音もそんなに大きくなかったって言ってたし、なんつーかこう、素人相手じゃない気がするんだ」
 ひゃあああ。あれで軽傷なんですか。いやいやいや、それより一般的に出回ってる銃って……一般の日本国民は銃持ってません。やおやじゃないやのつくお仕事の方やおまわりさんくらいでしょう? 弾の摘出やったことがあるって人見さん、あなた……。
「朝から変わったところがあったり、気がついた事はないのか?」
「別に変わったことは……いえ、聞かなかった僕もいけないのだけど、いつもはちゃんと行き先まで告げてから行くのに、散歩に行くとだけしか……でも僕には説明せずに自分が行くとか、動物が好きでもないのに犬を預かってくるとか、考えてみたらいろいろ気になることはあります」
 業務内容を話すのは本当はいけないんだけど、依頼人も依頼内容もよくわからないからまあいいだろう。人見さんもこんな夜中に呼び出されて心配してるだろうし。
「……説明しなかったのは、お前を巻き込みたくないってところだろうけどな」
 なんだかその言葉に胸がちくんとした。心配してくれるのは嬉しいけど……それって僕はまだ仕事上認められていないって事なのではないのだろうか。そう思うとなんだか悲しい。
「ま、起きたら問い詰めてやればいい。こんだけもう心配掛けられてるんだ、無関係じゃないんだぞってな」
 わぁ! なんか人見さんそれカッコイイ! そうだよね、知らないほうが心配っていうのもあるからちゃんと聞き出さなきゃね。口悪いけどホントこの人は先生よりも気が利くのかも。
「とりあえず警察には内緒にしといたほうがいいだろうな」
「朝になったら僕、現場に行ってみるつもりだったんです。弾、落ちてるかもしれないし。そしたら秋葉さんにでも相談しようと思ってたけど……警察だしね」
「まあ、あいつも黙ってはいるだろうけど……ってか、お前、よく他の男に普通に接してるよな。俺も含めてだけど。知ってるんだろ、真理とどういう関係なのか」
「愛人でしょ?」
 そう言うと人見さんは微妙な顔をした。ちょっと照れてる気もする。え、なんか違う?
「エッチする人?」
「いや、そこまでストレートに言わなくていいから。そんなお子様みたいな顔で言われたらなんつーか心が痛い。じゃなくて、ヤキモチ妬いたりってのは無いのか? いやまあお前が真理の事を好きだという前提でだが」
 ヤキモチ……うーん、もう諦めてる感じだしね。今更。
「好きですよ。でも僕にだけ何もしないもん、先生は。なんででしょうね」
「それなんだけどな……うーん」
 突然話をやめて僕の顔をじっと見つめたと思ったら、人見さんは僕をがっしり抱きしめた。
 え? えっ? なんなの急に!
「ちょっと人見さん……!」
「こら、じっとしてろ」
 じっとしてろって……ぎゅーってそんなに抱きしめられたら抵抗するでしょう普通!
 それでもって、何故さり気なく抱き上げて僕を膝に載せてるんですか。成人男性としては小柄な部類かもしれないけどそんなにほいっと持ち運び出来るサイズじゃないですよ。先生と言いこの人といい、皆どうしてそんなにスマートに見えるのに力が強いんですか?
 更にくるんと身を返されて、たまに先生がやる向い合って抱っこの体勢になってしまった。足広げて膝の上に乗っかってるのって小さい子ならいいけど僕大人なんですが?
 艶々した黒い髪。ちょっと目尻のあがった切れ長の涼しい目元。先生とはまた違ったとっても綺麗な顔が間近にある。恥ずかしくなって顔を背けると、大きな手が両頬を挟んで自分の方に向けた。
「ほら、肩に手回さないと後ろに落ちるぞ」
 逆らい難いものを感じて言われるがままに肩に両腕を回した。僕、コアラだよこれじゃ。
 知らない人じゃないし、なぜか襲われるって危機感みたいなのは感じないんだけど、なんていうのかな……しっくりこない。
 先生だとこんな恥ずかしい格好でもなぜか落ち着く。重くないのかなって思うけど嫌じゃない。でも人が違うとこんなにおかしな感じなんだ。咬み合わないというか落ち着かないっていうか。
「ホント可愛いな、お前」
「どこがですか。子供っぽいとは言われますけど、至って普通顔だと思いますけど?」
 なんかなぁ。ここまで男前に可愛いとか言われても。先生もそうだけど、恵まれすぎた容姿に頭脳明晰、社会的地位もあるこの人達は感覚が世間一般とちょっとズレてるんじゃないだろうか。中学高校と目立たずモテずに埋もれて来た、没個性の僕みたいなのがきっと逆に珍しいんだ。ある意味珍獣枠としての『可愛い』なんじゃないのだろうか。
 どうでもいいので降ろしてください。
 でも降ろしてくれなくて。頬にあった手は今度は背中に回って、ぎゅっとまた抱きしめられた。逃れようにも逃れられなくて、そのまま黙って数秒。 
「うん……なんかわかる気がする」
 耳元で優しく囁く声。
「何がですか」
「真理の旦那がなんでお前を大事にするか」
 そう言いながらも離してくれない。
「正直な、お前のことが憎くてたまらなかった。たぶん他の奴もそう。悔しいけど俺だって真理の事が本気で好きだ。でもセフレ以上の関係になんかなれやしない。心の底からこっちを向いてくれない。それでもいいって割り切ってても、お前だけはなんで壊れ物みたいに大事に大事にされて愛されてるんだって……そう思ったら殺したいくらい憎かった」
「……」
 何も言えなかった。
 先生を好きな人がいっぱいいるのは知ってる。そういう関係だってことも。でもそうだよね、本気で好きだったらずっと傍にいる僕が憎いよね。殺したいほど憎い……か。僕はなぜか他の人達をそんな風に憎く思えないのは何故なんだろう。先生は僕の事を心の底からこっちを向いてくれてるのかな。わからない。わからないけど……好きって気持ちはわかる。
 それに、僕にだって他の人を羨ましいと思うことだってあるんだよ。
「でもなんか納得した。ってか今逆にお前のほうが欲しいかもって思う」
「え? ええっ?」
 ちょっと! さっきまで殺したいくらい憎いって言ってたのに! ちょっと思考が飛び過ぎじゃないの? 何だろう、なんか急に怖くなってきたんだけど。
「キスしたことある?」
「あっ、ありますけど」
 あるというか……唇には一回だけ?
「でもその先はまだ知らないだろ?」
「……はい」
 逃げたくて身を捩ってみても腕は解けない。なんでそんなにがっしり抱きしめてるの?
「俺が教えてやろうか」
 ど、どうしよう、怖い。目が本気っていうか何か電波みたいなの出てない?
「お、教えるって?」
「愛しあう方法だよ」
 そう来るかなーって思ったけど。そんなに爽やかに笑われても。ひょっとしてひょっとしなくてもピンチ? 更に抱き寄せられて人見さんの体を跨いでる足がもっと開いて、お股ぴったりくっついてるんですけどっ!
 先生が白ならこの人は黒。そんな綺麗な顔が近づいてくる。逃げようとしたものだから体が後ろに傾いて本当に腰に回ってる腕だけでぶら下がってる感じになってますけど!
 唇が迫ってきた時。
「わふっ!」
 人見さんの肩に一気に緊張感が吹っ飛ぶような白いのぺっとした顔が覗いた。
 エリザベスぅ~! よし、いい子だ。よく来てくれた!
「お、なんだ? お前も一緒に混ざる?」
 肩に顔を乗せてる闖入者に、長閑に声を掛ける人見さん。混ざるって一体何にっ!?
 でも僕の唇の危機を救ったのは犬だけじゃなかった。
「怜士、それ以上やったら殺しますよ?」
 ドアの方から冷たい声。
「先生!」
 包帯だらけの上半身に白いシャツを肩に掛けただけの格好で先生がドアにもたれかかるように立っていた。
 人見さんの手が緩んだので落ちそうになったけどなんとかこらえて、膝から飛び降りて駆け寄る。人見さんはエリザベスを乗せたままぽかーん。
「お前、なんで起きて……」
「残念ながら私はあまり麻酔の効かない体質でして」
 いや、そういう問題でなくて。
 でもなんだかものすごくホッとする。
「そいつはいい事を聞いた。開腹手術する日が楽しみだ」
 未遂で終わった人見さんは憎まれ口で返すのを忘れなかった。
「ちぇっ、可愛い優ちゃんにキスもさせてもらえなかった」
「当たり前です。触っていいのは私だけです。」
 そうワガママ爆裂に言いつつ僕を片手で抱き寄せた先生。
 先生、ツッコミ入れていいですか。ものすごい事言いましたよね、あなた。殺すって!
 それに気がついたのだけど、麻酔が効かないって事は痛みも抑えられないって事じゃないのだろうか。今ものすごく痛いでしょ? 手震えてますよ?
 なんて言うか……事件は一体どうなったんだろうね、エリザベス。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13