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File №1 花園の実態 - その3

2015/03/10 21:01

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 お嬢様学校生活二日目の朝。
 朝食の後着替えて憂鬱になる。
 ほんの少しこの格好にも慣れたけど、ガードルというものだけはどうも慣れない。万が一に備え、スカートが捲れてもすぐにわからないようにぎゅぅ~っとナニを押さえつけられているので大変な苦痛。蒸れるわ圧迫されるわ。どんな拷問ですかこれ。
「でも脱いだ時の開放感がたまりませんよね」
 ……先生、なぜ知ってる? 履いたことあるんですね。
 高校を出てからは、基本事務所のあるボロビルの方に住んでいるのだが、この仕事が終わるまでは先生の屋敷の方に寝泊りする。ってか部屋もあるし、食事や入浴にはほとんどこっちにいるわけだが。広いとはいえ、庭の向こうだからな。かといって家から一緒に行くと、後で色々大変なので、僕は佐倉さんの車で、先生は徒歩と電車で行くのだけど……。
 このキラッキラの人が朝の通勤通学ラッシュ時の電車に乗って行くのはどうなんだろう。伊達眼鏡にちょっとだけスプレーで染めただけの髪なんて変装にもなりゃしない。
 変な人に声を掛けられないだろうか、素敵な人を見つけてお持ち帰りしたりしないだろうか。痴漢にあったりしないだろうか。そもそも電車の乗り継ぎを知ってるのだろうか。そんな心配があるんだけど本人は全く気にしてないようで。
「行ってきますね」
 時間の関係で先生が先に屋敷を出る。
「気をつけてくださいよ。出来るだけ目立たないようにマスクでもしてってください。変な人に着いて行かないで下さいね」
「嫉妬してくれるんですか? 嬉しいですね」
 むぎゅっと抱きしめられただけだった。
 嫉妬? そ、そうなのかな?
「優一郎君も教室であまり女の子とくっつかないでくださいよ」
「それじゃ、仕事になりません」
 ……そっちも嫉妬してくれてるのだろうか? 一応は……。

 校門に高級車で乗りつけるのは僕だけではない。朝はちょっとした車の列が出来る。しかもご丁寧に白手袋の運転手が後部のドアを開け、そこから降りてくるお嬢様方。勿論普通にバスや徒歩で来る生徒もいるのだが、結構な数が送り迎え。本当にお金持ちのお嬢様ばかりなのだな。
 次はこの車という所で、校門を颯爽と先生が通り抜けて行くのが見えた。にこやかに挨拶なんかしちゃて。女の子達がつかず離れずついて歩いてるのを見ると、意味も無くむっとした。
「優一郎様、ご用意はよろしいですか?」
 佐倉さんの声が掛かってはっとした。僕の様な庶民に様付けはやめて欲しいのだけど、最近は慣れてしまった。
 イケメン運転手はドアを開けてお辞儀してくれる。
「お迎えは定時でよろしいですか?」
「ううん、今日はちょっと踏み込んだ調査をすると思うから遅くなるかもしれないです」
「ではお電話を。行ってらっしゃい、優華さん」
「行って参ります、お兄様」
 足を揃えてお上品に車を降りる。さて、お仕事開始。
「おはようございます、佐倉さん」
「本日も良い日和でございますね」
 僕も早速同級生の女の子達に囲まれてしまいました……。
 お嬢様達とはいえ、女の子達は姦しい。よくまあ朝からリボンの色がどうとかリップはどこのとか、どうでも良い事で盛り上がれるなぁと適当に相槌を打ちつつ歩く。
 しかしまあ、校門から校舎までの道のりの長いこと。
 その時後ろからどよめきが聞え、朝の登校でごったがえす昇降口までの道のり、モーゼの十戒を思い起させる様、さあっと生徒達が綺麗に二手に分かれた。誰か来たんだろうか。
 僕も倣って道を開けた。頭も下げなきゃいけないんだな。
 ……お嬢様学校が一気にヤクザの組事務所になったみたい。
 その真ん中を挨拶を両脇から受け、堂々と行く数人の生徒。ここほとんどお嬢様達だけど、余程のお金持ちのお嬢様か何かだろうか。
 さらさらの長い黒髪を靡かせ、モデルのような背の高い美少女が歩いて行く。キツ目の顔立ちだが、大人っぽくてすごく綺麗。何かものすごいオーラを感じる。やや後ろを歩いてるのはこれまた美しい女の子達だが、ぱっと見ただけでお付の者だとわかる。
 何故かその先頭の美女は僕の前で止まった。うえっ、目立たないようにしてたつもりだけど、何かおかしかった? 挨拶が小さかった?
「あなた、見ない顔ね。もっと顔を上げて見せて」
 色っぽいハスキーボイス。切れ長の美しい目が僕を睨んでる。
 ぞくぞくするような変な感覚に囚われて動けない。
「何年? 名前は」
「に、二年の佐倉優華です。昨日編入して来たばかりで……」
「そう。転校生なの。優華、覚えておく」
 や、覚えてくれなくていい。ってか名前呼ぶっておかしくない?
 彼女達が行き過ぎた後、周囲はまた元の平穏な空気に戻った。
 倒れそうなほど緊張した。考えてみたら成人してる僕より年下の女の子なのに、何でこんなに緊張しなきゃいけないんだ。
「大丈夫ですか? 佐倉さん。顔色が悪いですわ」
「今の方は?」
「三年のお姉さま方です。畝織玲(せおりれい)様とそのお付の方々。畝織様は生徒会長でいらっしゃいますのよ」
 畝織……聞いた事あるような。すぐには思い出せないけど記憶のどこかにある名前。後でゆっくり思い出そう。
「畝織様にお声を掛けられるなんて。羨ましいですわ」
「佐倉さんがお綺麗だからでしょうね」
 憧れの先輩ってやつ? 普通にお付の方とか言っちゃってるし。うーんと、こういうのって本当にあるんだね。男子校に行ってた友人に似たような事を聞いた事があるけど、共学のお気楽な高校に行ってた僕からしたら未知の世界だ。
 綺麗っていうか、多分毛色が違うから気になったんだろうな。バレてはいけないんだよ、僕が男だって事は。
 出来れば仕事上目立ちたくない。ま、学年が違うし、そう問題ないだろうと僕は忘れる事にした。

 お嬢様達は正直そうお利口では無い。ごく普通の高校ではあるが既に卒業してる僕にとっては、授業内容は簡単なもので、嘘の履歴とはいえ進学校に行っていたというのはバレそうに無いのでほっとした。
 数人のクラスメイトと仲良くなれた事だし、今日は少しくらいは調査をしたい。お昼は学食があるという事で、一番おしゃべりな児島さんとおっとりした木下さんと一緒に行く事にした。
 広くて立派な食堂。以前調査に行った会社の社員食堂と比べて数段設備がよい。お弁当の子もいるが、かなりの生徒がここを利用しているようだ。こういう場所は調査にはもってこい。
『人間、食事をしている時は本性が僅かながらも現れます。その所作をよく観察すると見えてくるものがありますよ』
 これは以前先生が言っていた言葉だ。
 たとえばお箸の持ち方で、家庭環境がわかる。親の躾の度合い、関心度。器用か不器用かわかる。食べるスピードでも何かしらわかる。性別、本人の性格にもより全く正確とは言えないが、商売をやっている家の子、生活時間が不規則な家庭環境の者は食べるのが早い傾向にある。
 良く見てると教職員の姿もちらほら。先生もいるかな? いや、多分ピークをずらして来るんじゃないかな……って、いるしぃ!
 女の子に囲まれてますね。笑ってるけどその顔は不機嫌な時の顔だよね。見てたのがわかったのか、目があってにこっと笑われた。
「きゃー、今こちらを向いて微笑まれましたよっ」
 児島さんが喜んでいる。先生の授業を受けるため韓国語から急遽フランス語に変更したというツワモノだからな。
「素敵ですわね、先生」
「そ、そうですか?」
 いかん、気が散る。調査、調査。
 あーしかし、ここの食事美味しい……お上品に食べなければいけないんだけど、おかわりしたいくらい。くそう、体が弱い設定なので残す位でないといけないのが悲しい。
 ざっと見渡した感じ、大体学年ごとで数人のグループが出来ていて、窓際のよい席には三年生が多いみたい。胸のリボンの色が違うのでわかる。僕達が今いる席は中央より。食事の受け取り口から遠い所に一年生が固まっている感じだ。
 あれ? 隣のテーブルにぽつんと一人いる子がいる。リボンの色は二年生。暗い顔でお箸で料理をつついてはいるが、一向に進まないような。
「児島さん、あちらの方……」
「星野さんですね。どうなさったのかしら。いつもは三年のお姉さま方とご一緒ですのに」
 ふうん。確かに可愛い子だ。色の薄い茶色の髪のお人形の様な美少女。年上のお姉さま方に可愛がられているのだな。
「お一人でしたらお誘いしてみましょうか?」
 木下さんがあっさり言ったところをみると、別にいじめられてるってワケでも無いんだ。
 でも何だか気分悪そう。放っておいてあげた方が良いのでは……そういいかけた時、
「あら、優華」
 ハスキーな声が後ろから掛かった。う、この声は。しかも横柄な名前呼びは。どよっと周りから声が上がってるし。
 そろっと振り返ると、やっぱり生徒会長様だった。畝織玲だったな。と、そのお付の二人。
「隣に座ってもいいかしら?」
「はっ、はい。わたくし達は向こうへ行きますのでっ!」
 児島ちゃーん。木下ちゃーん。逃げないでくれ~!
 ぼっちだった星野さんの所に二人は移動した。マジですか、僕を置いて行くんですかっ?
「私が一緒だと嫌なの?」
「め、滅相もございません。大変光栄ですぅ」
 ナニ、この生徒会長。女王サマ? 調査どころじゃ無いじゃん。
 ふと先生の方に目をやった。食事を終えたのかトレイを持って立ち上がる所だった。
 青い目がコッチを睨んでる。微笑んで。
 ひいいぃ、絶対怒ってる顔。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13