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File №1 花園の実態 - その4

2015/03/10 21:01

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 畝織玲(せおりれい)はよくわからない……。
 対面で座ったのならもう少し観察も出来ようが、何ゆえ隣にすわっているのだろうか。あまりくっつくとボロが出そうで怖い。男だとバレるとマズいというのに。
「あ、あの、あまり近いとお食事がしにくいのでは?」
「大丈夫よ。私お昼は食べないの」
 ……じゃあ何で食堂にいるんだ。僕は大丈夫じゃない。
 一気に食欲も失せた。
「玲様、こちらを」
 お付の女の子がさっと何かを取り出した。
 ダイエットシェイクか。すごくスタイルいいもんな。努力してるんだ。
「今日はラズベリー味なの」
 左様でございますか。そして思いのほか豪快に飲むんだね。
 甘い匂い。綺麗な横顔。ピンク色の液体が、形のいい唇に吸い込まれて行くのに思わず見惚れてしまった。ただグラスを傾けて栄養補給しているだけなのに、何だこの色気と存在感。何かオーラ出てる気がする。そりゃ他のお嬢様達が夢中になるのわかる……。
 いかんいかん。うっとり見てる場合じゃない。
 あ、そうだ。『優華』は体が弱いんだった。食欲も無くなった事だし、気分が悪いって事でさっさと逃げ出してしまおう。
「す、少し気分が……」
 わざとらしくオデコに手をあてて弱々しく俯いてみる。
「そういえば、体が弱くて学校に通えなかったとお聞きしましたね」
 お付A、ナイスフォローありがとう! ってか学年が違うというのにすでにそこまでの情報をどこから?
「あら、大変。保健室に連れて行ってあげるわ」
 ……墓穴掘りました。
「ひ、一人で参れますので」
 めっちゃ元気ですから。本当に連れて行かれたら大変だ。
「年下が遠慮をしてはいけないわ」
 だから本当は年上でしかも男なんだってば! そうは言えないけど、立ち上がった瞬間に視界がくいんと回ったと思うと、体が宙に浮いていた。
 周りからきゃーと声が上がっている。
 え。
 ちょっとまてぃ。僕、今お姫様抱っこされてるっ! 女の子に!
「あの、畝織様?」
「玲と呼んで頂戴」
 そんな事はどうでもいいけど、ええええ? 背は僕のほうが小さいけど、でも、でもっ!
 この女王サマなんて怪力! 僕を抱いてスタスタ歩いてますよ!
「あ、歩けます。重いのでお手を煩わしてはっ」
「何言ってるの軽いわよ? ふふ、可愛いわね」
 何か、プライドとかそういうのがガラガラと崩れ去って行くのを感じた。いやまあ成人過ぎてる男が、スカート履いて女子高に来てる地点で、プライドもなんもあったものでは無いのだけれど。仕事だし……。
 降ろして、駄目のやりとりを繰り返しても、ぎゅっと抱きしめられて降ろしてもらえない。そのまま周囲の囁きを浴びつつ廊下に出た。なぜかお付の子達もついて来ないんだけど?
 泣きたい気分です、先生~。
 その僕の心の叫びが聞えたのか、天の声が掛かった。
「どうかしましたか?」
 青い目に伊達眼鏡、ライトブラウンの髪。変装した先生。結構早くに食堂を出たと思ってたけど、まだ近くにいたんだ。
「こちらの二年生が気分が優れないそうなので養護のお部屋に」
「それでは私が連れて行きましょう」
 先生、助かりました。抱っこ代わってっ。
「お気使い無用ですわ。困っている生徒の面倒を見るのは生徒会の義務ですから。力持ちですの私」
 ……玲さん、この状況に僕は困ってるんですよ。
「しかしいかに力が強くても、マドモアゼルが人を運んでいるのを、男としては放ってはおけませんから。女性を助けるのが男の義務です」
 くっさい台詞で先生が必殺天使スマイルをおみまいしつつ、僕を抱いてる玲の腕に自分の手を重ねた。おおう、何か気持ち女王様の頬が赤くなった気がする。相変わらずとんでもない破壊力だな。
「では先生、お願いいたします。優華、またね」
 ぽい、と小荷物の様に僕は先生の胸に移された。
 これはこれでこっそり見ていたお嬢様方から悲鳴があがったのだけれど、僕的には何とか危機は脱した。

 無言でそのまま僕を降ろす気配も無く歩く先生。
「先生……怒ってます?」
「別に怒ってなど。何故私が怒らないといけないんです?」
 ウソ。絶対怒ってるもん。
「その、仕事としては大変マズイ状況でしたし」
「そうですね、調査になりませんねぇ」
 本当は僕が女の子と密着してたのが気に入らないんだろうけど。そんな事口には出さないけどね。
「ねえ先生、二年生の星野さんって子ちょっと気になりました」
「ああ、あれね。妊娠してるね絶対」
「え!?」
 思わず声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。
 でも、今何をしれっと仰いましたかっ?
「調査以来の件とは、まだ関係あるかどうかはわかりませんが、勘としては何かありそうな気がする。後、調査資料に今回の依頼者の件とは別に二年前にもこの学校の生徒の自殺があったという項目を覚えていますか?」
 そういえばあったね。だからいじめじゃないかと親御さんが依頼してきたわけで……。
「その生徒の姓が畝織でした」
「!」
 思わず飛び降りた。最初に名前を聞いた時にどこかで聞いた名前だと思ったのは、それだったのか。
「おや、もう大丈夫なのですか?」
「は、はい。歩けます」
 渡り廊下の途中で幸いにも人が少なかったのだが、一応演技は続けているんだな、先生。
「このまま自然に。続きは保健室で話しましょう。養護の先生は知り合いですから大丈夫」
 先に言っといてよ先生……。

「畝織家は宮内庁御用達の反物も扱う、代々続く染師の名家です。その名家の長女の涼花(りょうか)さんが亡くなり、世間的には事故としてもみ消されていますが、修平から状況は百パーセント自殺だったと聞いています」
 修平とは府警の刑事の秋葉修平の事だ。先生の彼氏の一人。
 本当はドラマみたいに刑事事件に探偵が首を突っ込むのは法律上ありえない。でも、個人的に仲がいいので、こっそり情報提供する事はあるのだ。持ちつ持たれつでね。
「じゃあ、畝織玲のお姉さん?」
「そういうことです。で、何が問題だったかというと、どうも妊娠していたらしいのですよ、涼花さんは」
「……それを苦に?」
「自ら望んでの自殺とも限りませんけどね」
 また意味不明な事を言うな、先生。自ら死ぬのが自殺ではないか。
「そうせざるを得ない状況に追い詰められての自殺は、本当の意味での自殺とは私は思わない。ある意味殺人だよ」
「……」
 両親の事を思い出して、胸がきりっと痛んだ。
「同じクラスでしょう? 星野さん。気をつけてあげたほうがいい」
「わかりました」
 そろそろ昼休みが終わる。先生は次は授業が入っていないようだが、僕は戻らないと。
「気分が悪いという事になってるから急がなくてもいいのに」
「気になるじゃないですか、星野さんも、他の生徒も」
 すっかり素で話していたので、女子高生モードに戻らないと。
 その時、扉をトントンとノックする音が聞えた。
「ピエール、そろそろいい?」
 丁度養護教諭が帰って来た。
 お礼を言って廊下に出て振り返ると、養護教諭が先生に嬉しそうに走り寄った。顔を見た瞬間、先生の知り合いという意味はすぐにわかったけどさ。何で女子高の養護の先生が男なんだろう……しかも若いイケメンって。危機感無さ過ぎなんじゃないの、この学校。
 まあ、女の子に興味無いみたいだからいいのか。
 教室に戻ろうとしてたら、階段の所で声が掛かった。
「もう大丈夫なの? 優華」
 うっ、畝織玲。ひょっとして待ち伏せしてたのか?
「ご、ご心配をおかけしました。おかげさまで大丈夫です。あの、もうすぐ午後の授業が始まりましてよ?」
 お嬢様モード全開で微笑んでみる。
「もう単位取れてるからいいのよ。あなたも保健室にいるからって二年に言ってあるからちょっと付き合ってよ」
「……」
 逆らい難い物を感じて、頷いてしまった。

 着いたのは誰もいない生徒会室。
 ああ、何かドキドキするな。
「安心しなさい。採って喰いやしないから。話をしたいだけ」
 言われるがまま椅子に座ると、どこからか缶ジュースを出してくれた。お嬢様でもこういうの飲むんだなぁ。デパートでしか見た事も無い高級そうな缶だけどさ。
「お話って?」
 早く逃げ出したい。年下の女の子のはずなのに、何でこうも圧迫感があるんだろう、この娘。
 ジュースの缶を開けながら、ふふっと玲は意地悪く笑った。
「とても可愛らしいし、上手に化けてるから他の人には絶対にわからないだろうけど、私にはわかる。あなた、男の子でしょう?」
 げ、バレてる。
 先生、二日目にしてピンチです! 調査続行無理かもしれません!

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まいるどタブレット小説 Ver1.13