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File №1 花園の実態 - その6

2015/03/10 21:02

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 教室に戻ったのは午後の2コマ目の途中。丁度担任の地理の時間。今日は午後も3コマあるのだが、結局皆に体調を心配されつつ(全然元気なのだが)早々に帰れと担任の先生に言い渡されてしまった。
 七限目はそれぞれの選択外国語で、僕はフランス語だからまあ問題ないのだが。先生がクラスの様子は代わりに見てくれるだろう。
 気になっていた星野さんも同じフランス語らしい。先生に言われるまで同じクラスとは知らなかったが、窓際の一番後ろにいたんだね。
 だが困ったな、もう少し調査したかったんだけど。放課後こそ生徒の本性が現れる時間なのに。
 一応佐倉さんに電話して迎えに来てもらうよう手配はしたけど、そこでふと自分のスキルを思い出し、着替えをこっそり頼んだ。
 帰り支度をしながら、授業を受けている他の生徒を見渡してみる。
 皆、真面目に授業を受けてるね。僕の行ってた高校とは偉い違いだ。大抵何人か寝てるのとか、携帯弄ってるのとかいたけど、そういうのもいないし……いや、いた。ここにも一人。
 星野さんだ。机に隠して携帯を見てるね。その顔は少し青褪めていて、酷く動揺している様に見える。
 そこで、僕の携帯がポケットの中でぶるぶるっと震えた。佐倉さんが校門の所に到着したようだ。
「それではお先に失礼します。迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「お大事にね。無理をしないように」
 担任の先生と他の生徒にお辞儀をして教室を出る。児島ちゃんと木下ちゃんが小さく手を振ってくれたのが微妙に嬉しい。
「さて、と」
 玲は真面目に授業を受けてるんだろうか。
 静まり返った廊下に出て、僕はいつもの顔に戻る。
 学校内が最もひと気が無くて、無防備な時間。それが授業中。サボる様な生徒もいないここでは、本当に廊下ですれ違う者もいない。
 先生にメールを打つ。

『件名:デザートタイム
 本文:やっぱりケーキは飽きたから和菓子にする』

 先生にはこれでわかる。
 昇降口の所で佐倉さんが待っていた。
「予定より早いですがBの方で行きます。用意はよろしいですか」
「了解しました。ではお車へ」
 校門を出るまでは、どこに人の目があるかわからないので、荷物を佐倉さんに預けて、お嬢様歩きのまま移動。
 校門の前に停めてあった車に乗ると、思わず溜息が漏れた。もう足なんか閉じてられない。情けない格好でシートにもたれかかる。
「はぁ……この格好も疲れるよ」
「よくお似合いですけどね。私も本当にこんな妹が欲しいです」
 佐倉さん、声が変らないから冗談に聞えないんですけど? そりゃ、僕だってこんな気の利くカッコイイ兄がいたらいいだろうなと思うけど。
「僕も佐倉さんみたいなお兄さん欲しい」
「坊ちゃまの前ではそんな嬉しい事を仰らないで下さいね」
 ふふふ、と珍しく笑ったイケメン運転手は、大通りから入った細い路地を曲がってマンションの駐車場へ車を停めた。学校から二分ほど。
 市内何箇所かにある先生の管理物件だから、無断駐車じゃ無い。
「部屋で着替えますか?」
「ううん、時間がそうないからこのまま車の中で」
「了解」
 カチと音がすると車の全ての窓が黒く変る。これで外からは見えない。
 まずウイッグを外して、ブレザーもシャツもスカートも高速で脱ぐ。佐倉さんが皺にならないように受け取ってくれる。横を向いて見ない様にしてるのが変。女じゃないんだからいいのに。
「うー、ブラが外れない。佐倉さんとって」
「はい……」
 何故か手が震えてる様に思えるのは気のせいだろうか。ま、何でもいいや。別に服の下は見えないんだからいいんだけど、ガードルも脱ぐ。
「ご苦労様~僕の息子よ~」
 思わず足を開いてしばし開放感を味わう。
「あ、あの、優一郎様……は、早く服を。目に毒……いや、時間が」
 ああ、そうだった。急がないと。
 狭い車内で横で自分も着替えてる佐倉さんの表情は変わらないが、耳まで真っ赤になってる。何で……そっか、パンツ女物……うう、これは情けない格好だな。秘密にしておいて欲しい。
 慌ててTシャツを着てツナギも。車のシート横のコンソールから出したミストで髪形チェンジ。ついでに色も着くのでやや茶髪に。唇が赤いのを隠すためにヌーディーな色の口紅も。とどめは眼鏡。
「優華と別人に見える?」
「絶対にわかりませんね」
 そう言う佐倉さんも別人に見えます。やっぱイケメンだけど。
 靴も履き替え、車を降りると、僕達は運転手とお嬢様から作業員二人に変身していた。出入り業者はバッチリ下調べしてある。ツナギはハウスクリーニング業者のロゴ入りだ。
 駐車場の隅に停めてあったバンに乗り換え、再び学校へ。
 学校を出てからここまでの所用時間十五分程度。まだ六時限目が終わるか終わらないかだろう。
 お嬢様達の学校は、淑女教育の一環として放課後に当番が掃除する。とはいえ、教室とその付近の廊下だけだ。科目の特別教室や、食堂などは業者に委託されている。先生が先のメールで正規の業者にすぐに連絡しているだろうから、堂々と行けばよい。
「いつも七時限目くらいから空いている部屋の清掃に入っているようです。今だと丁度良い時間ですね」
「では、お掃除に参りましょうか進藤さん」
「はい、小林君」

 不審者が花園に入れないよう、チェックは厳しい。裏門の通用口で見せる身分証は顔写真と名前。僕は本名、佐倉さんは進藤要さんだ。
「あれ? この曜日の人と違うね?」
 ガードマンはしっかりした人だった。
「新人に仕事を教えるための変更だよ。連絡は入ってると思う」
「おー新人さんかぁ。頑張れよ、若いの」
 佐倉さんの誤魔化しに、ガテン系のガードマンが笑いかけたので、僕も笑ってお辞儀しておいた。
「しかし、その靴すごいですね……」
 うん、僕もそう思う。一見普通の白いスニーカーだけど、これを履くだけで背が十センチ近く高くなる。慣れるとそう歩きにくくも無い。いつも見上げる佐倉さんの顔が近い。背の高さが変ると、別人になったみたい。
 校内に入ると、丁度次の時限の前の短い休み時間だった。
 食堂は最後らしいので、まず二階の使用していない特別教室から。
 教室を移動中の同学年の生徒や先生数人にすれ違ったが、誰も僕が先程までここの生徒の一人だった『佐倉優華』である事には気がついて無いみたい。礼儀正しい彼女達は「お仕事ご苦労様です」と挨拶までしてくれる。よしよし、僕も変装が上手になって来たよね。
 あ、先生発見。流石に先生はすぐにわかったのか、一言目に、
「やっぱり和菓子のほうがいい」
 そう小声で言った。
「お仕事大変ですね。頑張ってください」
「ありがとうございます」
 ああ、その笑顔は癒されるなぁ……。
 七限目のチャイムが鳴って、また校内が静かになった。
 まずは無人の音楽室。マニュアルどおりの清掃作業をしながら、さり気にチェック。ゴミ箱のゴミも見逃さない。
 廊下も清掃しながら行く。元々掃除とか好きだ。いいな、この仕事。僕、おかげさまでどんな仕事でも転職できそうな気がしてきた。
 順調に掃除をしていて、次に理科室と思ったが授業は無いにも拘らず人の気配があった。扉は少し開いたままだ。補習でもやってるのかと通り過ぎたが、ちらっと見えた中の人間に思わず立ち止まる。
 あれ? 星野さんだ。話してるのは……えっと確か物理の先生。今野だったっけ? まだ若くて派手目のイケメンで、僕から見たらホストみたいで好きじゃないタイプだけど、お嬢様達には人気がある。授業は至って真面目な感じだった。もう一人いる女の子は三年生のリボン。
 何の話してるのかな? うーん、ここからは表情までは見えないしあまりじっと見てるのも不自然だよな。
 前の廊下を拭くフリをしながら開いてる扉から手を差し入れて、内側の壁にマイクをぺたんとセット。何食わぬ顔で仕事に戻る。
 部屋に近づいたとき、三人はちらりと廊下を気にしたが、一瞬止まっていた会話は僕が遠ざかると同時に再開された。
「……を使えと言っておいたのに」
「言ったのに聞いてくれなかったわ!」
「そりゃ、男は生の方がいいでしょうよ。自分の方で何とかしてくれなきゃ。リングとかピルあるでしょ。これで三人目だ。いい加減マズイ」
「私は秘密を守る。だから見逃して。もう病院の予約もした」
「そっからさぁ、足がつくとか考えないワケ? これだから世間知らずのお嬢様は困るんだよねぇ」
「殺すの? 私も」
「人聞き悪いねぇ。借金塗れとはいえ、大企業のご令嬢を消すわけないでしょうが。まあ暢気な親御さん達も知りたくはないわねぇ、大事な娘が裏で何やってるかなんて。傷付けたくなかったら、どうすればいいかわかってるよねぇ」
 三人いるが、喋ってるのは星野さんと今野先生だけだ。星野さんの声は点呼の時に返事を聞いただけだが、多分間違いない。
 これは……非常にとんでもない事を聞いたな。
「でも、これ以上自殺者が出ても警察が怪しみます」
 やっと三年生の女の子の声がした。まるで救いの天使様の声の様だ。
「そうだな。それはもっと厄介だ。まあいい方法を考えておくよ。それより、次の子をみつけないとねぇ。日本人のお嬢様は人気が高いんだよ。バカな海外の成金達は、今でも大和撫子なんて幻想を持ってるのが多いからさ。催促が来てる。徳永ちゃんは誰か良さそうなの見つけた? 新品じゃなきゃ駄目だよ」
 イヤホンから聞える声に吐き気がした。
 このクソホスト教師……!
 飛び出したいのをぐっと堪えながら、モップを動かし続ける。
「ちょっと背が高めだけど、今度転入して来た二年生なんかどうかしら? 日本人形みたいで綺麗な子だったわよ。あれは処女だと思う」
 ひょっとして僕の事でしょうか?
 うん、処女だけど……ってか男だからねぇ。
 救いの天使の声は一変して、死神の声になった。
「転入生って……佐倉さん?」
「ああ、そういえば知美は同じクラスだったわね。丁度いいじゃない」
「でもお話した事も……」
「上手く誘えれば、知美は見逃してやる。腹の事も理由は上手くつけてやる。だが逃げられると思うな」
 がたんと椅子の音。立ち上がったみたいだな。話は終わりか。
 ふうん。構図が見えて来た。
 先生、やっぱり自殺じゃないですね。そしていじめでも無い。
 三年生の徳永、物理の教師今野……ここを調べればいいな。
 で、僕が次のターゲットってワケですか。光栄ですね。
 モップをかけつつ、マイクを回収しに行く途中で、理科室から出てきたその二人とすれ違った。
「ご苦労様。理科室も空いたから」
 チャラい今野がにこやかに声を掛けて来た。さっきまでのドス黒い会話をしてた男とは思えない、温和な感じ。三年生の徳永という子もだ。お上品に会釈して去った。
 星野さんはそのまま教室に戻ったのか、マイクを回収した時にはいなかった。身辺が心配なので、一応先生に星野さんを見張ってとメールしておく。色々掴んだので、本当は早々に帰りたいのだが、この侵入作戦の困った所は、最後まで清掃作業を終わらせないといけない事だ。さっきの今野の言葉じゃないが、怪しまれて足がつくと困るからね。
 今野は物理の教師だから、ここはホームだ。何か証拠でも無いかとやや慎重にゴミ箱などを調べる。準備室も。二・三枚レシートらしきものをみつけたので、ポケットに入れた。
「そろそろ食堂の方も掃除に行きますか」
「大変ですね、掃除業者……」
 思わず佐倉さんと溜息をついた。広いよ、この校舎……僕達が行ってた普通の学校みたいに生徒にやらせればいいのに。
 面白かったのが、途中で畝織玲とすれ違ったのだが、玲は僕に気が付かなかった。優雅にお辞儀をして澄ました顔で歩いて行った。思わず吹き出しそうになったよ。
 結局全ての掃除が終わったのは日が暮れてからだった。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13