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File №2 目撃者は語らず - その5

2015/09/12 23:33

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 謎が深まるばかりで一向に形が見えてこない。
 恐らく重大な秘密を持っているのだろうエリザベスは、まだ人見さんの膝の上で安心しきったように丸くなってる。人見さんもお疲れなのか、先生がやや元気そうなのを確認して安心したのか、犬を膝に載せたままうとうと。
 佐倉さんは事務所の方に防犯カメラの確認をしに行ってくれた。本当は僕が行こうと思ったのだけど、先生が離してくれないから。
 相変わらずソファーで先生の抱き人形状態になってる。人見さんも佐倉さんも何も言わないし。それにもうなんか慣れちゃって逃げようともしない自分にちょっと呆れる。ただ、今日は片手だけなのが違うところかな。
 いつもなら色々と話してくれる先生は黙ったまま。だから身を寄せながらも頭の中はぐるぐる巡ってる。先生が当事者であること、何か僕にすら語ってくれない事がまだあるみたいなので、自分で考えなきゃ仕方がないから。
 当たらなかったから良かったものの、僕だって危なかった。もはや他人事で済ませられる段階にない。まあ先生が怪我をした地点で他人事じゃないけど。
 さて。少しここまででわかっている事実だけでも整理してみよう。
 先生が受けた依頼は犬……エリザベスを三日間預かることだけだそうだ。なんだかまだ他にもありそうな気もしなくは無いのだが、そこは信用するという前提でだ。
 先生は河原で待ち合わせてエリザベスを引き受けた直後、何者かに狙撃された。最初は先生を狙ったものとばかり思っていたが、二番目の矢文が来たことで他にもいくつかの可能性が浮かんできたと思う。
 矢文の文面は警告。もし人を殺すつもりで射たとしたら警告にはならないし、そもそも手紙をつける必要なんかない。というわけで、浮かんできた可能性は二つ。
 ひょっとしたら先の銃撃も命まではとらない、脅しだけのつもりで撃ったのが当たったという可能性が一つ目。そして先生をでなく、犬を狙ったものが運悪く先生に当たったのかもというのが二つ目。
 考えてて、僕はもう一つあるかもしれないと気がついた。
 実際に現場を見ていないのと、唯一の目撃者が物言わぬ犬であることからハッキリはわからないのだけど……狙撃のあったその時、現場に依頼人はいなかったのだろうか? もしいたのなら、三つ目の可能性、依頼人を狙ったというのも出てくる。
 だがもしその場にいたのなら、なぜ人が撃たれているのに放置だったのかというのがひっかかるのだ。
「ねえ、先生。もう一度河原での状況を話してください。目撃者は本当にいないんですか? 後、もしまだ隠し事や誤魔化している事があるなら正直に全部話してください。僕だってもう散々心配してるし、無関係では済まないところまで来てると思うんです」
 さっき人見さんにこう言ってやれと言われたまんまだけどね。
 ゆるりと僕の髪を撫でてた先生の手が止まった。
「……端から優一郎君を無関係だなどとは思ってませんよ……」
 先生もやっと観念したのか、ふう、と大きく息をついてから話し始めた。
「まず、河原での状況ですが、別に何も誤魔化してません。帰ってすぐに話した通りです。目撃者は本当にいなかった。仮に私から確認できなかったところからでも、目撃あるいは銃声を聞いた者がいたのなら警察に通報するでしょうし、ニュースにもなるでしょう? それが無いということはいなかった事になる」
 ああ、なるほど。だが気になることはもう一つある。
「じゃあ依頼人は? 犬を河原で受け渡しだったのですよね? 先生は犬を抱き上げた直後と言いましたが、もうその場に預けた人はいなかったんですか?」
「そもそもその場に彼は来ておりません。この件は全てメールないし電話でやり取りし、顔をあわせておりません。指定された時刻にあの場所に犬の入ったバスケットを置いておくので取りに来いとの事でしたので」
「……それならまあ仕方ないですよね」
 犬の入っていたバスケットは佐倉さんが預かってくれているのを確認済みだ。
 うーん、これで一つ可能性は消えた。依頼人を狙ったわけではないのか。何かものすごくひっかかる不自然な点がある気がしなくもないけど、やや絞れた。
 でもここでまた新たな疑問が出てくる。
「でも先生、直接会うわけでもない、受け取るだけの用件なら僕でも良かったわけですよね?いつもはそうじゃないですか。なぜ自分で行ったんですか?」
 そもそもなぜ業務内容も告げずに行ったのかっていう根本的なところもあるけどね。僕ちょっと怒ってますから。
 しかし先生から予想外の返答が帰ってきたのは直後の事だった。
「では逆に聞きましょうか優一郎君。君は昨日、一昨日と一人で外に出ましたか?」
「え?」
 なに? 藪から棒に。
 いつもの前後の脈絡のない喋り方のような気もするけど……そういえば一昨日……先生が撃たれた前の日の朝から、事務所兼僕の部屋のあるビルの方からこちらの屋敷の往復以外どこにも行っていない。それだって一人じゃなかった。先生か佐倉さんが一緒。そもそも裏口から出入りすれば隣接しているので敷地内を横切るだけだ。そういう意味では一歩も一人で外に出ていない。広いし、先生のお母さんが来たりと人の出入りもあるし、昨日の昼間はそれどころじゃなかったから考えもしなかったけど。
 いや、でも僕の質問の返事にはなっていないよ?
「そういえば出てませんが……」
「それに、優一郎君はどうして私が依頼内容を君に告げなかった事と、犬を預かる件、私が撃たれた件、矢文の件、全てが同一線上にあると思うのですか? ひょっとしたらまるっきり別の線上にある事象がたまたま重なっただけだという可能性も考えられませんか?」
「はぁ……」
 また意味深なことを言うね、先生。それに先の質問への答えは置いておいて次に行っちゃうんですね。まあいつものことだし何か考えがあっての事なのだろうとは知ってるけど。
「ええと、僕が外出していないという点と、銃撃などの様々な件が必ずしも同一とは限らないというのと、何か関係あるんでしょうか?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない」
 そう謎のように言う先生。でもいつもの冗談まじりの顔じゃない。微笑みさえ浮かばない顔に、なぜか酷く胸騒ぎがした。
 聞きたいような聞きたくないような……なんだろう、このおかしな感じ。
 一瞬沈黙が落ちたが、この部屋にいるのは僕と先生だけじゃなかった。
「おい、何まだるっこしい問答やってんだ。すぱっと言えよ、すぱっと! ああ、もうイライラする」
 人見さん、お疲れで寝てるんだと思ってたら聞いてたんだね。
「怜士には関係無いでしょう」
「お前なぁ……」
 先生酷いなぁ。人見さんだって散々心配してくれてるのに。
 もう一度先生が僕の頬を撫でてため息をついた。
「……本当は明かしたくは無いのですが……佐倉、あれを」
 いつの間にか事務所の方から戻って来ていた佐倉さんが、先生に言われてポケットから何か取り出して僕に手渡した。それは白い封筒だった。
「三日前、私に届いた手紙です。差出人は不明。消印は四日前、この市内のごく近くの局からの投函になっています」
 先生への手紙。何だろう、何が書かれてたんだろう。ドキドキするけど確かめなきゃ。
「あけても?」
「どうぞ」
 思い切って一度切られた封を開けると、中には一枚の小ぶりな便箋が畳まれて入っていた。広げると微かに香水のようないい匂いがした。飾り気は無いけどとても上質の紙で、花の透かしの模様が綺麗。
 今どき珍しく手書きの手紙。万年筆かな? 濃紺のインクの流麗な字で一見詩のように見える文面が並んでいた。

『あなたの絶望する顔が見たいだけ
その大切な宝物に気をつけて
それを壊してしまえば
自分が傷つくよりも
自分の命を落とすよりも
あなたは絶望するでしょう?』

 何、これ……。
「脅迫文でしょうね。自分で言うのも何ですが、私に恨みのある人間は多いはずです」
「わかってるんじゃねぇか。多いってもんじゃねえよ」
 すかさず入った人見さんのツッコミは先生はするっと流した。
「悔しいですが非常に私の痛いところを突いているので、冗談で済ませられなかった。直接私に恨みをぶつけるのならそれでいい。でも、もし優一郎君に何かあったら……確かに私は絶望するですまないでしょう」
 表情はそう変わらない。でも僕の肩を抱き寄せてる先生の手に力が篭ったのがわかった。
 ああ、先生。文面の意味がわかりました。
 聞くのは怖いけど、でも――――。
「先生の大事な宝物って……僕?」
「ええ。他に何も思い当たることは無い。だからこれが来てから君を一人に出来なかった」
 どうしよう、すごく深刻な時なんだろうけど、今むちゃくちゃ嬉しくて泣きそうなんだけど。というか、飛び上がりたいくらいドキドキしてるんだけど。
 宝物……その言葉を噛みしめる。
「もしかしたら河原で弾を受けたのが君だったかもしれないと思うと……私で良かった」
「良くないです!」
 良くはないよ。先生わかってないね。先生が僕の事を大事に思ってくれてるってわかって嬉しいけど、それは僕だって同じだ。代わってくれたって傷つくのを見るのが辛いのは同じなのに。
 なんか個人的にじんわり盛りあがってたら、人見さんに現実に引き戻された。
「チョイ待て。ってことは、狙われてるのは真理、お前じゃなく優ちゃんって事か?」
「そういう事かもしれませんね」
 うーん、そうか。先生じゃなく僕が狙われてるのか……って、ええっ!?
 矢が頭の上を掠めて行ったのを思い出して、お腹の辺りがぞぞぞっと冷たくなった。じゃあアレも脅しでも何でも無く、本気で殺そうとしてたんだとしたら?
 なんか色々考えてたのは何だったんだと思うくらいに、僕の推測はガラガラ崩れてまた一つ可能性は消えた。
「てかさ、結局これって真理に恨みがある奴が、八つ当たりで優ちゃんを狙ってるって事だろ? ほれ見ろ、やっぱ痴情のもつれってやつじゃないか」
「身も蓋もない言いようですね、怜士」
 うん……身も蓋もない。でも間違ってない。来るなり言ったもんね、人見さん。お医者さんってよりとんだ名探偵じゃないか。
 まあ一応フォローを入れておいてあげよう。
「まだそっち方面の恨みとは限らないじゃないですか。家の方や仕事上の恨みという線もありますよ?」
「いや。犯人は絶対、真理に素気無くされて拗れた奴だ。賭けてもいい」
 断言したね、人見さん。何を賭けるって言うんですか。
 実は僕もそう思わなくもないとは言わないけどね。実際人見さんも言ってたもんね、僕の事を殺したいくらい憎かったって。他の人だってそう思ってたって全然不思議じゃないもの。
 でもなぁ、なんかそれって……迷惑?
 しばらく申し合わせたみたいに三人で黙った。先生はともかく、人見さんは僕と同じ理由で黙ったんだと思う。
 僕が狙われてるかもしれないってこと、そして先生のいつもと違う行動のわけはわかった。わかったけど、他の事柄については? エリザベスの事とか、矢文の件とか。ってかそもそも銃撃の犯人は?
……何か結局、余計謎が深まっただけな気がする……。
「ええと、じゃあ犬の秘密うんぬんの手紙を射て来た相手と、銃撃の件、それに先の手紙で脅してきた相手は、一致しないって事ですか?」
「一致しないかもしれないし、するのかもしれない」
 うーん、またですか先生。
「先の銃撃と、脅迫文の件は私は同一犯だと思っていました。犬の依頼の件は全くの偶然で時期が重なったに過ぎず、事務所の方から出た私と優一郎君を間違えたまま追跡していて、周囲に人気のない隙を狙ったのかとね。手紙の主が私を知っている人間でも、実行犯は別に依頼したのなら充分にありえる取り違えです。変装というほどでは無いですが、地味に髪を隠すなどもしていましたし」
 なるほど。人見さんも撃ってきたのは素人では無く、余程の手練れじゃないかって言ってたしね。
「しかし……矢文が来た事で私もわからなくなった。『かもしれない』と言ったのはそのためです。こちらもシルエットだけで私と優一郎君を取り違えたに過ぎず、また違う件が深刻化して並行で進んでいるだけとも考えられますが、根本から繋がっていたという可能性も出て来た。今時予告めいた脅迫文を紙の手紙で送ってくるなんて、芝居がかった面倒な事をする人間がそうそういるとは考えにくい」
 先生……面倒って。まあ、確かにそうなんだけど。
 え? じゃあ振り出しに戻って二通の手紙は同じ相手『かもしれない』ってことだよね。内容はともかく、手書きの綺麗な字で洒落た便箋にしたためられた手紙と、細く折りたたまれて矢に入ってた、印刷しましたって感じの活字の外国語が同一の人とはちょっと想像もつかないというのはあるけど。
 その辺は先生も考えてはいたみたいだ。
「両方が手書きなら筆跡を見れば特定できる。しかし片方が印字というのはその辺りを誤魔化す工作ともとれます」
 ふむふむ。そういう考え方も出来るのか。いやぁ、でも……。
「ってか、なぜドイツ語で矢文なんですかね?」
 素朴な疑問をつぶやいてみる。即答したのは人見さんだった。
「矢文の差し出し主がドイツ人なんじゃねぇの?」
 いや、人見さん、それ短絡的すぎませんか?
「ありえなくは無いと思いますが……犬の件の依頼主も日本人ではありませんし」
「え?」
 先生、今さらっと言いましたが結構重要な事なんじゃないですかね?
「まあ依頼人の方はドイツ語はわからないと思います。英語と日本語しか話せない」
依頼人はそうかもしれないけど……ん?
 先程、先生は依頼人とは顔を合わせず、メールか電話で依頼を受けただけで会っていないと言わなかっただろうか。随分と詳しいよね。
 まあそれはいいとして……別件だって言ってたわりに、ここで話題に出すってことは、先生もやっぱり脅迫文と矢文が同一か近しい人物だとほぼ確信を得てるって事だ。
 それに、依頼主と手紙の主は関係あるって事にならないかな?
 考え込んでいる間に、追及する間もなく先生と人見さんで話題が変わってしまっていた。
 まずは手近なところから攻めようという事になったみたい。
「うーん、ぱっと見どこかに何か隠しているようには見えないな」
 エリザベスが人見さんに両手を持ち上げられてバンザイのポーズで膝の上で転がされている。あちこち触られても嫌がるでもなく、されるがままの犬のお嬢様は遊んでもらっているとしか思っていないのかもしれない。
 僕も加わって耳や首輪のメダルを調べてみた。でも別段変わった様子もない。
「体の中とか? 重大な情報を記録したチップか何かをどこかに埋め込んである……ってそんな映画や小説みたいな事あるわけないか」
 何気なく言っただけだけど、僕は直後に激しく後悔することとなった。相手の職業と性格をすっかり忘れていた。
「ありえなくもないんじゃないですかね。迷子対策の登録チップを埋め込むのは義務になっている国もありますし。この子は耳にまだ埋め込んでないけれど、ひょっとしたら他に……」
「俺は人間の医者であって獣医じゃないが、捌くのは得意だ。解剖するんなら手伝うぞ」
 人見さんっ! 何てこと言うんですか。それ冗談にしても笑えませんから!
「可能性はあるでしょうが、流石に預かり物を腑分けして調べるわけにはいきませんね」
 腑分けって先生っ!
「なに。縫い戻せばわからない。俺の縫合の腕は知ってるだろ?」
「ああ、それもそうですね」
 先生まで! 思わずエリザベスを人見さんの膝から抱きあげて部屋の隅に走った僕を、白い人と黒い人が同時に見て笑った。
「優一郎くん、勿論冗談に決まっているじゃないですか」
「冗談の顔じゃありませんでした、二人とも!」
「くぅん」
 エリザベス、のどかに首を傾げてるけど、この人達綺麗だけど怖いんだよ……。

 何の進展もないまま、すっかり陽ものぼって明るい日差しがカーテン越しに差してくる朝。
 佐倉さんが朝食を用意すると言ってくれたけど、正直食欲も無いので揃って辞退した。元気にお食事タイムなのは犬のエリザベス嬢だけ。
 結局、色々考えても仕方がないので、『犬の隠した秘密』というのはエリザベスを返す日まで静観することにした。要はあれこれ詮索するなと言われたんだから、従っちゃえばいいんじゃないかって事で。なんで最初に気づかなかったんだよ、僕。
 探偵だからって『そこに山があるから登るんだ!』みたいに『そこに謎があるから挑むんだ!』なんて無いんだよ。報酬が発生しないなら仕事じゃないんだから要は放置でいい。
 僕に関しては……期限も定かでないのにこのまま引きこもり状態で隠されているってのも面白くないんだけど……。
「で? 怜士はなぜまだいるのでしょうか。病院の方はいいんですか?」
 先生が言うように。人見さんはまだおいでですよ。佐倉さんが庭にエリザベスを連れて出てくれたからやっと解放されたんだけどね。
「今日は夜勤の救急の番だし、それも代わってもらったから問題ない」
「私はこの通りもう大丈夫ですから帰って休みなさい。色々巻き込んですみませんでしたね」
 先生には珍しく、やや大人しめにお礼まで言ってお引き取りをお願いししている。でも人見さんは肩を竦めただけ。
「俺はお前のために残ってるんじゃねぇ。優ちゃんの護衛ってことで。聞いちまったら放っておけないだろ? いつものお前なら充分にこのお姫様を守れるだろうが、今は無理だろ」
「……」
 あらら。先生も納得したのか黙ってしまった。
 ついでに人見さんはなぜ僕を引き寄せて肩を抱いてるんでしょうか。守っていただくにしても、そこまで密着しなくても。ってか何故逃げなかったんだ、僕。
「お前もなぁ、苦労するよな。だからほら、俺に乗り換えてもいいんだぜ?」
 人見さん、冗談で見せつけてるんでしょうか、やめましょうか。先生微笑んでるけどものすごい殺気を放ってますよ?
「君に任せる方が危険な気がしますね。大丈夫、佐倉もおりますし」
 なんだろう、この男前同士の笑顔の応酬。
 それに、確かに人見さんは違う方面でちょっと危険……夜冗談抜きで襲われそうになったし……。
 そうこうしてる間に、わんわんと声が聞こえて来た。エリザベスと佐倉さんが帰ってきたみたい。
 僕が立ち上がると、先生と人見さんもソファーから立ったけど、立ち上がってすぐに先生がふらついた。
「先生!」
「……大丈夫、ちょっと血の気が足りないんですかね。牛乳でも飲んでおきます」
「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
 倒れないよう受け止めたけど支えるのがやっと。顔色がすごく悪い。普通に喋って一見元気そうに見えてたけど、まだ熱もあるみたいだし……。
 どうしようと思ってたら、ひょいと人見さんが先生を抱え上げてくれた……って!
 お姫様抱っこされてますね先生。ものすっごく嫌そうに抵抗してますけど。
「ちょっと怜士!」
「こら暴れるな。やっぱり大丈夫じゃないじゃないか。医者が必要ってこと」
 こんな時だけど、絵になりすぎてて面白くない。何ですか先生、ちょっと照れてるみたいな顔しちゃって。可愛いじゃないですか。なんとなくムカッと来ますけど。
「歩けますので降ろしてください」
「嫌だね。いつもは逆だからこんな時ぐらい甘えろよ。恥ずかしいんだぜ、大の男が抱えられるの」
「あれは足腰が立たなくなった君を仕方なく……それに服を着てない分軽いし」
「服ぐらいでそんなに変わるかよ。ってか、お前、お子様の前でそういう事言うなよ」
 ひそひそ言っててもバッチリ聞こえてますからね、二人とも。
 へ、へえー。そうなのか、いつもは逆なのか。そんでもって人見さんは恥ずかしがりながらも先生に抱っこされてたりするんですか。裸でですか、そうですか。
 どうやったら足腰立たないなんて状況になるのかは想像できなくてピンと来ないんだけど、人見さんの方がちょっとがっちり見えるのに、先生はホント力持ちなんですね。それに僕はお子様じゃないですけども?
 ふーん……大切な宝物、そう言ってたわりにねぇ……先生?
 ツンケンやりあってると思ったら結構仲良かったり。なんなの、この二人。
「じゃあ先生、人見さんに大人しくベッドまで運ばれてくださいね。もう少し寝ててください。大丈夫、僕の護衛はいっぱいいますから」
 面白く無いので、ニッコリ笑っておいた。ちょっぴり怒りを乗せて。
 なんか……地味に脅迫の手紙を送ってきた人の気持がわかるかもしれない。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13