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File №1 花園の実態 - その9

2015/03/10 21:04

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 証拠も集まり、思った以上に大きな犯罪だとわかり、後は警察に任せるかというところだが、まずは依頼者に報告だ。
「……いじめも嫌ですけど、この報告結果に亡くなった娘さんの親は正気でいられるでしょうか……僕としては正直見せたくない」
 まとめ終えた資料のファイルを先生に預け、僕は思わず漏らした。探偵の仕事は素行調査だったり証拠集めだったりとほとんど面白くない報告なのはいつもの事なのだけど、死んだ人に泥を塗るようなこの結果に、依頼主が耐えられるだろうかと心配なのだ。
 憎むべきは児童買春の斡旋をした教師など数人の大人や買った側だが、少女が身を売っていたのは事実。知らなければ自殺をした少女の思い出は両親にとって美しいまま残る。
 それに家族に迷惑をかけまいと死を選んだという事実は、先生が言ったように、ある意味そうならざるをえないよう追い込んだ側の殺人と同じだが、考えようによっては家族もまた被害者であるだけでなく殺した側であるかもしれないという事になるのではないのだろうか。親の社会的地位、体裁を守るために彼女達は死を選ぶしか無かったのだから。その事に気がついた時、遺族は怒りの矛先を向ける相手が無くなってしまうかもしれない。それはどれほど辛いのだろう。
「気持ちはわからなくもないですが、これが仕事ですから」
 僕の髪を撫でながら、先生はため息混じりに言った。
「それはわかってます。でも……」
 少し間を置いて、先生は語りはじめた。
「壁の向こうから細い紐の先がのぞいているとします。ほんのちらっとだけね。その先は、ただ紐が落ちているだけかもしれ無いし、或いはほつれかけたセーターかもしれない。だが爆薬の導火線かもしれない」
「はい?」
 先生……また突然難解な事を仰いますね。
「君は気になりませんか? 紐の先にあるものが」
「あの、そ、そりゃ気にはなるでしょうけど……」
 意味がわかりません。もう唐突な言葉には慣れたつもりでいたが、それでもまだまだ理解に苦しむ時がある。大抵何か大きな意味を含んでいたりするのだが、彼の頭のなかで進行している時間は人には見えない。
 気にした風もなく、先生は続ける。僕をナデナデする手は止まらないまま。
「真実を知るのは時にとても辛いです。だが真実を知らないままいるのはもっと辛い事かもしれない。壁の向こうにあるものが、どうでもいいものならそれはそれでいい。しかしもし爆薬だったら知らないまま大変な被害を受けるかもしれない。知ることで驚き衝撃は受けるでしょうが、それによって被害を受けるのを回避出来たかもしれないのに」
「……」
 何となく言いたいことがわかってきた。
「私達は紐の先が導火線である事を確認しました。今野、桐生達教師や協力していた生徒は処罰を受けてしかるべきです。依頼人への報告書には書きませんが、もっと上がいることも今野達の証言で掴んでいます。おそらく今回の女子校だけで無く、他の場所でも同じことが行われているでしょう」
 一人や二人の被害者では無いこの事件、個人が思いついて出来るような犯罪ではなく、もっと組織立ったものであるのは明白だ。僕だってそれは薄々感じていた。
 先生の言う導火線の先の爆薬はその上の事だろう。導火線の火を消せば被害は防げる。これ以上今回の依頼人の娘さんや畝織玲のお姉さんのような少女を出さないために。その家族が泣かないように。
 先生の説明はまだ続く。
「証拠は掴みましたが、ここから先は探偵の仕事ではありません。導火線の先を処理するのは警察の仕事。私達の受けた依頼はいじめの実態を調査する事でしたからね。報告書を見て、起訴するかどうかの判断は真実を知った依頼主に任せるべきです」
「……はい」
 ああ、やっぱりふわふわと掴みどころが無いようで、この人はすごいと思う。この人の弟子になってよかった。
 いつか両親の死の真相を掴むために僕は探偵になったのだ。それは壁の向こうを確かめる事。この人に着いて行けば、きっといつか真実を知ることが出来るだろう。たとえ辛い結果が待っていようと、僕はやっぱり知りたいし、知るために一番近いところにいるのだ。
「まさか客に国際的大物までいたとは驚きでしたが、それゆえ警察に委ねても事件を大きく報道することは無いでしょうし、依頼人達の最低限の尊厳は守れるでしょう」
「えーっと、あの僕を脱がしたおじさん、先生の知り合いだったんでしょう? なんだかすごく規模の大きいこと言ってってましたけど、どういった……」
「アダムスさん? ああ、某大国の副大統領の甥でね、本人も元議員。今はT社の顧問ですけど。父のホームパーティで何度か会ってますけど、あんなスケベ親父だとは思いませんでしたね」
 しれっと言いましたけど、T社ってとんでもなく国際的大企業ですよ? そこの顧問とか元議員とかって。副大統領? そんな人が普通にホームパーティに来ちゃうんですか? 今更ですが何かもう理解の限度を超えてるのでツッコミは入れないでおこう。
「どうでもいいんですが、そろそろ下ろしてくれないでしょうか。先生、重くないんですか?」
 うん、話している間ずーっと先生は僕を膝に乗せて抱っこの状態だったのだ。しかも向いあう形で抱っこなので、僕はがばっと足を開いて先生の胴を挟んでるみたいになってます。そして頭をナデナデ。僕、あやされてる幼児じゃないんですから。
「重くなんか無いですよ。もう優一郎君をこうして膝の上に乗っけたまま一生を終えてもいいくらい」
 一生を終えるって……このままですか。
「それは勘弁願いたいです」
「ああもう、思い出したら腹が立ってきました。アダムスの野郎はやはり半殺しにしておいても良かったですね。可愛い可愛い優一郎君をあんな……」
 ぎゅーっと強く強く抱きしめられて、少し息が苦しいくらい。首筋に顔を埋めると先生の匂い。この匂い……好き。
「本当に服を脱がされただけで何もされませんでしたよ?」
「それでも駄目です。君の肌に触れていいのは私だけですから」
 ……なんてワガママ。
 何にもしないくせに。他の人には平気で何でもやっちゃうのに、僕には今日はじめてキスしただけなのに。
「……僕、先生だったらいいですよ?」
「嬉しいですけど、まだ……君が大事だから。大事すぎて怖い。壊したくないから、もう少しこのまま」
 少し腕を緩めて、先生が僕のおでこに口唇を落とす。
 よくわかんないけど、好きですよ、そういうの。僕も先生が大事です。

 依頼人に調査結果を報告する前に、刑事の秋葉修平さんに事件の全容を説明した。畝織玲のお姉さんの件で、既に彼とは情報の交換はしているらしいので全くの部外者ではないし、後は警察にお任せという事なので事務所で相談。ついでに薬物入り紅茶のハンカチや録音音声など証拠物件もお渡しする。
「なんとまあ……そんな大掛かりな事になってたのか」
 秋葉さんも呆れている。
「わかった、じゃあ後は任せろ。上手いこと処理しとく」
 名家の子女ばかりの女子校、事件が公になると困るという内情をわかってるだけに、細かい指示も無く納得してくれるのが有難い。
 秋葉さんは先生の彼氏の一人だが、やっぱりイケメン。百九十センチ近い大柄でいかにも刑事っぽいワイルド系だが、先生の性癖を考えたら頂かれている方だと思うとちょっと俄に信じがたいが……性格もあっさりしてるし、僕にも弟みたいに接してくれるので嫌いではない。
 ええと、現在秋葉さんが出勤する前、早朝。これから僕は最後の登校をして女子校生活を終えるため、学校に行く前なので佐倉優華の姿です。
「ってかさ、優坊似合いすぎじゃねぇ? どっから見ても女の子だな」
「……それは褒められているのかしら?」
 お嬢様モードで返してみる。
「当然だ。優華ちゃん、俺と付き合うか?」
 冗談でもやめましょうか。先生が横で謎のオーラを放ってますよ。
「修平、優一郎君だけはあげませんよ」
「わかってるって、冗談だ。俺はまだ死にたくない」
 意味はわかりませんが、秋葉さんも先生だけは怖いようだ。

 まだ逮捕状は出ていないものの、流石に今野と桐生は休みだった。逃亡の可能性もあるが、その辺は秋葉さんの手腕を信じたい。
 理事長にだけは正体を明かして事件のこと、これから警察が入ることを説明し、どちらも秘密は守るという確約を交わしたが、他の何も知らない生徒や教職員には僕達は自然な形で消えなくてはならない。探偵とは最後まで正体を知られてはいけない職業なのだ。たつ鳥後を濁さずです。
 兄役の佐倉さん、理事長と一緒に職員室へ。担任の先生に療養が必要になり海外の病院に入院するため、学校を離れなくてはならないと説明に行く。勿論大嘘の理由ではあるが、病弱という設定はここでも活かされることとなってあっさり信用してもらえた。
「わずか数日でしたが、お世話になった学友の皆さんにご挨拶をしたくて」
 頑張って演技ですよ。担任の先生、泣き出しちゃってなんかもう申し訳ないです。
 教室で先生がクラスメイトに説明すると、純粋培養された無垢なお嬢様たちまで泣きだした。うう、ごめんなさい。騙して本当にごめんなさい。申し訳なくて僕まで演技でなく泣けてきました。
「せっかく皆様と知りあえて、楽しく共に学べると思っていたのに……残念でなりません」
「佐倉さん、忘れませんわ!」
「私もです。元気におなりくださいませね」
 木下ちゃん、児島ちゃん、そんなに泣かないでよ。星野さん、後でちゃんと病院に行ってよね。もう脅されもしないから、きっとちゃんとやりなおせるよ。
 ……というわけで、僕はやっと女子高生『佐倉優華』から探偵事務所の助手『小林優一郎』に戻ることが出来るのだ。
 先生? 生徒と先生が同じ日に消えるなんて絶対に不自然なので、先生にはもう二日ほどフランス語教師でいてもらいますよ。頃合いを見計らって、交通事故にでも遭っていただきます。勿論架空ですが。
 皆に見送られつつ、学校を後にしようとした時、すごい勢いで走ってくる髪の長い姿が見えた。
「優華!」
 畝織玲だった。
「佐倉さん、ちょっと二人で話をしてきていいかな?」
「はい。ではお車で待っておりますので」
 ホント気が利くよね、佐倉さんは。
 玲と二人で、ゆっくりと校門の方に向かい歩きながら話す。
 自分という存在を抑えてまで姉の死の真相を知ろうとした畝織玲は、ある意味僕と一番近い人間だろう。
「仕事……終わったんだな」
「うん。もう佐倉優華はこの世からいなくなるんだ」
「会えて良かったよ。姉さんの死の真相も知ることが出来た。でも……何か目的を果たしてしまうと空っぽになった気がする」
 一年半よく頑張ったんだもんね。おそらく人生で一番楽しくて夢いっぱいのはずの時間を自分のためにじゃなく使ったんだものね。
「……お姉さんを死に追いやった犯人は裁かれる。君はまだ若い、きっともっと楽しい事や素敵なことがいっぱいあるよ」
 ゴメン、陳腐なことしか言えないけど。綺麗で頭も良くて真っ直ぐないい子だから、まだまだこれからだと思うんだ。一応年上としてそう思う。
「俺もこれからは本当の姿で生きる事にするよ。学校も変わって男としてやり直す。正直、この格好は親を泣かせてたんだよな」
 あー、少し気になってたんだけど、ご両親も知ってたんだね。納得。
「なあ、もう会えないのかな?」
「さあね、どうだろう。同じ街に住んでるんだから何処かですれ違うかもしれない。でも僕だってわからないかもしれないよ」
 変装を変えたら学校で会っても気が付かなかったもん、玲。
「そういや男なんだもんな。年上でもいいや。なあ、付き合わない?」
「いや、それはちょっと……」
 玲、根本的なところで間違ってるよ。男だってわかってから、しかも自分も男に戻るって言ってから付きあおうって、おかしいよ?
 ……とか言いながら、僕も先生のこと好きだって思うのはやっぱり間違ってるから大きな声では否定出来ないんだけどね。
 何だかんだ言ってる間に、長い校門までの道のりは終了し、佐倉さんの待つ車に着いた。ここで初めて会ったよね。そしてここでお別れ。
「じゃあね。ありがとう。これから頑張ってね」
「ああ、あんたもな」
 握手をして僕達は別れた。秘密は守る約束をして。

 こうして清楚な花の咲き乱れる花園の実態は、ほとんどの人に知られることも無く終わった。勿論、美人生徒会長が実は男であった事も、こっそり生徒と教員に探偵が入り込んでいたことも秘密のままである。

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まいるどタブレット小説 Ver1.13